生きとし生けるものよ
天から燃える岩が降り注ぐ。山は焼け、谷は砕け、川は逆流し、地割れが人々を。生き物を飲み込んでいく。
『死んじゃえ♪ 死んじゃえ♪ みんな私のごはんになっちゃえ♪』
ケタケタと笑う狂気の声。
人の。魔族の。動物の。魔物の。そして草花の心に響いていく。
赦しを請うもの。怒りを抱くもの。嘆きを放つもの。全てを容赦なく『死』が襲った。
天から喇叭の音が鳴り響き、白い翼に輝く剣と盾を持った男女が微笑みながら迫る。その斬戟は大人も老人も子供も、小さな赤子まで容赦なく屠っていく。
焼け爛れた城壁。砕けた四つの大門が護っていた都の中央。
漆黒の城の中で人は、魔族は最後の抗いを続けていた。
その人に、魔族に。情け容赦なく雷が落ち、焼き払い。水が押し流し、炎が嘗め尽くす。
『赦しを請え。愚かなる魔族よ。人の子よ。我は女神也』
祈るものは絶望する。彼を。彼女を救う意思は、『女神』には無いことを。いや、『この世界』そのものを『女神』は捨て去るつもりだということに。
『久。無駄よ♪』
久の蹴りが、突きが空しく空を切る。
「くそっ! この卑怯者ッ 出てきやがれっ」
しかし、人間と神とでは住む世界が違う。久には『女神』を認知する事も攻撃する事も叶わない。
『諦めなさい。誰が貴方に力を貸して上げていたと?』
「神聖皇帝。みんな。そして由紀子さ」
久はニコリと笑った。
だから。俺は諦めない。と呟く。
『愚かな道化。一生、そこで醜い踊りを披露しなさい』
久の蹴りがまた空を蹴った。
「走れっ! 私が怯んだら、後ろから討てッ」
由紀子が叫び、馬の運動エネルギーと位置エネルギーを剣に込めて斬りかかる。
既に普通の女学生の由紀子には。鉄の剣は重く。肩が外れそうに痛い。
「怯むなっ ただ翼が生えて魔法が使えるだけの人間だッ」
由紀子は怯まない。彼女を護る『子供達』も敢然と『天使』に挑む。
人間軍が温存していた騎兵たちは真価を発揮し、魔王城との間で挟み撃つ形で『天使』を迎え撃った。
「ウンディーネ様が、戻ってこられたぞッ!!」
叫ぶ魔王城の兵士達に第一軍団旗を振って応える由紀子。
「ほら。見やがれ」
久は笑う。あいつは諦めていない。と。
『……生意気なウジムシどもめ』
暴風が由紀子達を翻弄し、更に天から雷が、隕石が降り注ぐ。
「怯むなッ 闘えッ 魔族の勇士よッ! 人間の『勇者』達ッ!」
『勇者』なんてもういないのよ♪ 誰が。誰があの世界の生き物を護ると? 『私』だけ♪ 『私』だけが『神』なのに♪
愚かな道化達。踊りなさい。疲れきって、絶望して、私の糧になりなさい。
『女神』は久に。由紀子に。世界に生きる命全てに告げた。
『滅びの時が来たわ♪私の怒りを買った愚か者ども。審判を受けなさい。お前達を護る神は。悪魔は。精霊は。一柱もいない。滅びのみがお前たちの結幕。死こそが運命』
~ うっせ~んだよ ~
『ッ?!』
『女神』は。世界の全ての命は。見た。
木で出来た不思議な形の神殿に腰かけ、本を読む美しい長身の少女を。
彼女が強い光を受けながら、立ち上がる姿を。
彼女の黒く、長く。美しい髪を止める髪留めがはずれ、三つ編みが解けて。
さわさわと光を受けて広がる様を。
~ 神も。悪魔も。手前らを見放した? そんなことはねぇぞ ~
「たけ……だ。さん?」
「よっ 久」
身体が鉛のように重く感じる。それでも拳を握る久は。見た。
自らと『金の髪』の間に両手を広げて仁王立ちする。美しい少女の姿を。
「たっちぃ?」
「よ。由紀子。元気か?」
天使たちに囲まれ、もはやこれまでと目を閉じた由紀子の耳に。親友の声が直接響く。
由紀子が目を開けると、『金の髪』と。久との間で皆を護るように腕を広げる少女が。親友がいた。
「ここにいるぞ。お前たちを護る『大精霊』がここにいるぞ。
あたしはお前たちを見捨てない。親友たちが守るお前たちを。世界を」
炎につつまれ、それでも逃げようとする蛞蝓。
熱風に煽られ、羽をもがれていく虫たち。地割れに飲み込まれる樹木。
生きとし生けるものは見た。生きとし生けるもの全ては見た。
彼らを殺そうとする『金の髪』に挑む少年の姿を。
彼らを導くべく剣を取り、叱咤激励する少女の姿を。
そして、彼らを。自分たちを守る。『大精霊』の両手の温かさを。
『武田彰子ッ!』
「この武田彰子様が。いるぞ。『勇者』たちよ。この世界の生きとし生けるすべてよ」
彰子は告げた。世界中の『命』に。
「闘えッ! 『汝ら』は『勇者』なりっ!」