由紀子。吶喊(とっかん)
吶喊とは。突撃の意。
1 つきとおすこと。つらぬきとおすこと。
2 短期間で一気にしあげること。突貫「昼夜兼行の―工事」
3 ときの声をあげて、敵陣へ突き進むこと。吶喊。「敵陣めがけて―する」
ときの声をあげること。
「車夫は一斉に―して馬を駭かせり」
激しい揺れ。凄い津波が私達を襲いました。
「魔王様ッ!」」
叫びますが、魔王様はもういらっしゃいません。
つまり、魔王様がいないということは魔王様の魔力で活動する炎のも、風のもいないのです。
火の。風の。わたしは。
「魔法が使えません」
「なんですって」
魔王様のおっしゃったことは本当だったようです。
「どんどん『魔力』が枯れていきます」
顔を青くする魔族のお兄さんに。
「痛ッ」
乙女のたしなみ。手持ちの縫い針で軽く手の甲を刺し、血を分けますが。
「魔力が。回復しません」
なんてこと。本当に魔法の力が薄れて行っていると。
「速やかに全員、魔王城に避難を」
魔王城の外にいらっしゃる人間軍の残党の皆さんを収容しなければいけません。
山の高いところにいらっしゃるので、無事だと思いますが。
「ウンディーネ様ッ 危険ですッ」
「彼らは新たな『魔族』ぞっ!」
魔王様、火のと風のが亡き今、私は頑張らないといけません。
次々と隕石が落ちてきて、周囲を火の海にして行きます。
「皆のもの、魔王城の守りを固めろッ! 何人かは私に続けッ 人間達を救いに行くッ」
人間軍の皆さんを救うべく、脅える馬を宥めつつ、私たちは駆け出しました。
「どうなっているんだ」
「久様は」
皆さん無事なようですね。
「魔王は、滅んだ」「神聖皇帝様も滅んだ」「魔法が、使えない」
無事では。無いようです。この目は。絶望の目です。
「しっかりするのの」
『子供達』は今回の戦役では大活躍ですね。
「魔法が、使えないんだ」
「医者が、医者が」
「傷が治せない」
……。
「皆さん。速やかに魔王城に逃げましょう」
「いやだ。いやだ。悪魔の城なんかに」
「もう。終わりなんだ」
パニックを起こさないだけマシなのかもしれません。
あの『声』からして、久さんが無事なことだけが救いですね。
天を多い尽くす隕石と燃え上がる森、川、山。
何度も地割れを起こす大地。荒れ狂う津波にも『魔都』と魔王城はよく耐えています。
人間軍の皆さんは神様にお祈りしていました。
そういえば、たっちぃの声が聞こえない私は、誰にお祈りすればいいのでしょう。
日本の神様や仏様には声が届かないと思うのですが。
『久。由美子』
!!?
あの。知らない声。たっちぃに似ているけど、似ていない。声でした。
『黙れ』
久さん?!
脳裏に、不思議な光景が浮かびました。
久さんと、金色の髪をした女の人がお話をしていらっしゃいます。
「愉しいッ! 愉しいわッ! 調子に載せて、載せて載せて、『勇者』になっていく道化共ッ?! その道化から『チート』を奪って、なんでもない小物に殺される。あの。あの絶望の顔を」
なん。なんですか。この嘆きは。怒りは。悲しみは。辞めてください。止めて下さい。
ある『勇者』は『魔王』を滅ぼした後、帰還を前にして仲間に殺されました。
ある『魔王』様は勇者に滅ぼされる前、魔族の皆さんに生贄同然に突き出されました。
ある『勇者』さんは志半ばで、民衆に投石されて亡くなりました。
ある『魔王』さんは魔族の発展を考えて、廃棄処分にされました。
ある魔王様はある勇者様はある魔王様はある勇者様はある魔王様はある勇者様はある魔王様はある勇者様はある魔王様はある勇者様は。
辞めて。ください。
「ウンディーネさまッ! しっかりしてっ!」
ダメですね。私。『子供達』に慰めてもらって。しっかりしないといけないのに。
「もう。だめなんだ」
人間軍の皆さんが嘆いていらっしゃいます。彼が指差す先を見て、驚きました。
白い翼を持つ。人。あれは元の世界でも絵で見たことがあります。
「天使……さま?」
『私の可愛いお人形。魔王。壊れた玩具。神聖皇帝。魔力をこの世界から奪う? させないわ。この世界は。皆は。私のおもちゃだもの』
へたへたと皆さんが膝をつき、祈りを捧げています。私は。動けません。ショックです。
天使様が。人を襲っています。魔族を襲っています。ここからでも。解ります。
『絶望しなさい。私を崇めなさい。みんな。私の…… ご♪ は♪ ん♪』
膝が、震えます。腕に。背中に鳥肌が立ちます。歯が噛みあいません。涙が。出そうです。
『みーんな。滅んじゃえ♪』
人間軍の皆さんは膝をつき、涙を流し、神に許しを乞うてます。
あの下には、あの魔王城の下には。あの天使様たちに襲われている先には。みんながいます。
「おど……」
嘗て、父に問うたことがあります。
何故、人は生きなければならないのかと。罪に塗れ、血にまみれ、汚れていきながら。
『汚れし命よ。わたしに逆らうおもちゃ。みんな壊れちゃえ♪』
謎の声。超越者としか思えない声。
膝の力が抜けていきます。
そこに。
声が。聞こえました。
『由紀子。魔将の道は茨と山査子の道だ』
「人間ならば、良きことを成せ。生きている限り」
……え?
振り返ります。
嘆き悲しみ、絶望に沈む皆さん。とおちゃんたちの声が聞こえた筈ですが。
仮にそれが幻聴であったとしても、その声で私は落ち着きを取り戻すことが出来ました。
「みんな。おちついて」
私の声が聞こえる。そんなことは思っていません。私の声の『ちいと』は無くなったのですから。でも、皆さんは私のほうを見ました。
「魔女。ウンディーネなら、何かッ!」
「魔女様ッ! なんとかしてくださいッ!」
「十六万を焼き払った貴女なら策があるはずだッ!」
「そうだそうだッ!」
……。
私は手を伸ばし、皆さんを制します。
「私には、もう『ちいと』がない」
だから、小さい声でしか喋れません。
「絶望だ」
「もう、裁きを待つだけなのだ」
「神よッ! 女神よッ!」
小さな声でしかしゃべれません。
大きな力は、振るえません。
それでも。
「馬を」
「うん」
『子供達』が馬を連れてきました。私は、馬に乗ります。鐙や鞍を確かめます。流石久さん。いい出来です。
「策があるのか。『水のウンディーネ』」
誰かに問われました。私は微笑みます。
「皆さん。御覧なさい」
私は剣で魔王城を指します。嘆いていた皆さんはピタリと私の言葉を待ちます。
「あの都は、あの城は。皆さんの新たな故郷となります。皆さんの。新たな友と、恋人がいる都と城です」
私は。
「私は。『水のウンディーネ』は、あの城を護らなければいけません」
「策は? 策があるのだろう?!」
「そうだっ! 『水のウンディーネ』ならばっ!」
「神に赦しをッ!」
「お願いしますッ! 貴女はもう一人の『勇者』なのでしょうっ?!」
私は。首を振ります。
「久さんは、皆さんの事を『新たな国を俺と作る勇者』と呼びました」
私も、その中の一人として、恥ずかしくないことをしたいと思います。
「馬を持てッ!」
久さんが出しそびれた秘密兵器。騎兵五千。そして、一時没収した武器がまだあります。
「何をする気なんだ」
脅えた声を出す、兵士さんたち。
「『何もしません』。私はなすべき事を成すのみです」
微笑んで見せます。
そうです。こんなところでくじけたら、たっちぃの親友ではありません。
「武器は、返却する」
「な?!」
「私は、魔王城を護りに行く。ひとりでも。いく」
「莫迦なッ?!」
色めき立つ皆さんに私は告げます。近くでまた隕石が落ちました。炎が私を照らします。
「私は、皆さんにとって魔女です。友の。家族の敵です。仇を討つなら、私が背後を見せたときがチャンスですよ」
「……」
「どう。されるおつもりなのですか」
王族の方が私に尋ねてくださいました。
どうするも。こうするも。『策』などひとつしか。
「魔族に。策無し。ただ、護るもの、愛するものの為に。我ら剣を。杖を取る」
私の剣の先には、魔王城。
「我は魔王軍第一軍団が将。『水のウンディーネ』にして『勇者』の一人。西尾由紀子ッ!」
私の剣の先には、護るべき町と、人たちと、『敵』がいます。
「魔族の策はただ一つのみ」
愛するものを護るため。正々堂々。剣を取り、矢を放ち、槍を揃えて。誇りを胸に。
『吶喊!!』