魔法の国が消えてゆく(久視点)
久視点
「何故。手を止めた」
月夜のなか、喉元に寸止めされた剣を見ながら『神聖皇帝』は呟いた。
俺は勤めて、ニッコリと笑ってみせる。
「お前が可愛いからかな?」
くらえ。俺の渾身の『ニコポ』を。
真鍮の仮面が真っ二つに割れ、美しい細い髪の女の顔が。露出する。
「ば。ばかなことを言うな」
顔が赤いぜ。『神聖皇帝』。
~ こういう使い方をするんだ。久。お前。タラシの才能あるぞ ~
……武田さん。あのね。
物凄くいい気はしないが、使えるものは使わせてもらう。
さぁ。『神聖皇帝』。どうする? 俺の『ちぃと』能力は一味違うぜ。
「わ、私を生かすつもりかっ?!」
「『憎むな。殺すな。許しましょう』って言ってな」
俺は呟く。
「俺も、魔族を憎んでいる。殺したいと思っている。許したいと思わない」
「ならばっ!」
「いや、お前と同じだな。この世界の全ての命を。憎んでいる」
「そうだっ! 我らは同類ッ!」
「だから。人間にならね? 『神聖皇帝』」
空に浮かぶ俺たちの間を、優しい風が吹きぬけた。
きっと。この風は散っていった皆の意思なのだ。そう。思いたい。
ヤツは呟く。
「にんげん……だと?」
「そそ。『人間』って結構面白いぜ」
そりゃ不完全だし、腹も立つし、嫌な事もいっぱいあるけどな。
「私は。壊れた人形だぞ」
「俺も壊れた人間だぞ」
ほら。こいよ。『神聖皇帝』。
俺は。手を伸ばす。
「なんなら、第二婦人にしてやってもいいぜ?」
~ おい。こんだらず ~
カッと『神聖皇帝』の半分だけの顔が俺の挑発に乗って赤くなる。
「だ、だ。だれがっ?! 貴様の『力』など『魔王』である私に通じるわけがないだろうっ!」
~ めっちゃ効いてる。押せ。久 ~
あいよ。彰子さん。このまま揺らす。
というか、俺の人生。どっちにしても詰んでないか?
~ 今更気がついたのか ~
いやな、俺だって、もうちょっと大人しくて綺麗で控えめな嫁が欲しいって思うんだけど。
~ じゃおれが ~
だが。断る。
「魔王を殺さねば、勇者は帰還できない」
「そうだな。この世界も悪くない」
「魔王が死なねば。勇者が死なねば。この世界の魔力は。消える」
「なくていいじゃん」
「傷も治せない。移動も。経済も回らない。世界が成り立たない」
「つくってやらあ。オマエラの為の便利な機械を」
魔法なんてなくても、今のこの瞬間は。最高の魔法だ。
「ほら。こいよ。『神聖皇帝』」
俺はもういちど。腕を伸ばした。
おずおずと、ヤツの指がおれに触れ。赤らむ。
なんか。すっげぇ。罪の意識を感じるんだが。
~ お前、マジでイイヤツだな ~
当たり前だ。エアデやツェーレやフランメやヴィントが異常なんだ。
俺は一途なんだ。浮気はしない主義なんだ。彰子さんの莫迦野郎。一生根に持ってやる。
「久。ありがとう」
もう一度。引きつった頬をゆがめる。多分笑えていると。思う。
後ろからも。同じ声が聞こえたのに気がつき。振り返る。
「魔王?」
~ でーさん?! ~
月夜の中、『魔王』はゆっくりと『神聖皇帝』に近づこうとする。
空を飛んで逃げ回り、何故か俺の背後で厭々する『神聖皇帝』。
やっぱ罪の意識を感じる。
~ 由紀子には黙っておいてやる ~
おお。さすが大精霊様。一生ついていきます。
「久。由紀子。そして。大精霊。武田彰子殿。この世界にいけとしすべての命に我は告げる」
魔王と神聖皇帝は俺に一礼した。『伝える者』の力が、世界に広がっていく。
「私たちは決意したのだ」
二人は、お互いを見つめあって微笑む。
こうしてみると、本当に美人だな。由紀子がいなければ惚れていたかもしれない。
~ さすがにひくわ ~
うっさい。俺だって男の子なんだぞ。
「『魔法』も『神』も無い。世界に戻すことを。人が、人の意思で未来を切り開く世界に戻すことを」
俺は微笑む。ほんと、おまえらってみんないい女だよな。最高だよ。
~ もっと俺や由紀子を褒めていいぞ ~
はいはい。最高です。
「最後に。『人間』になれて。良かったと思っている」
二人の女神は微笑みあい。お互いの胸に手を伸ばした。
「ん? お前ら。どうするんだ?」
~ でーさんっ! やめろっ?! ~
二人の腕はお互いの胸を貫き。お互いの魔玉を引き抜いた。
「さらばだ。久。由紀子。彰子……私の。私達の。『友』たちよ」
「月が満ちる満月のように。希望よ。導きたまえ」
「魔力がなくとも。闇が全てを優しく包む新月のように。暖かさと思いやりを」
二人の手の中の。紅い。紅い魔玉が握りつぶされて。砕け散った。
な……。
~ でーさんッ!? ~
由紀子の。『声』が『聞こえた』。
「魔王様あぁぁっッ!!」