闇がやさしくつつむ新月の夜のように
「お前があの瞬間、皆を殺しださないか、俺は心配していた」
久は剣を抜く。
~ 注意しろよ。久。アイツはある意味、でーさんより強いぞ ~
武田彰子の声に頷く。久。
久は素手と違い、剣は素人だ。
だが、わが身を犠牲に多くの敵を屠ってきた。
その影には回復魔法の存在がある。
この世界の魔力は有限。
そしてその源は。勇者達の。人々の血を吸って生まれた魔王の。
『命』
「俺は、この世界を恨んでいた。憎んでいた。微笑む皆を。疑っていた。自分の『ちぃと』やらではないかと」
だから、身を捨てて。闘えた。死んでもいいと。傷ついてもいいと。
「だが、違うんだ」
命を捨てて、魔力を削って彼を、『彼女』を。皆は救って、護ってくれた。その心を。命を。無駄にしないと誓う娘に。
会った。会えた。
「俺と。お前は。同類だよ。『神聖皇帝』ディーヌスレイト」
久は剣を構える。今、彼を纏う鎧は聖鎧ではない。
『大地の鎧』
由紀子とノームの鎧。
水しぶきを上げる『水の羽衣』の力を受けた『炎のマント』が高温高圧の蒸気の鎧を形成し、風を呼ぶ『風の靴』が彼に飛行の力を与える。左腕には『ギガス・マキナの盾』。
『神聖皇帝』自身が全ての力と知力と魔力を持って召喚し、『真なる勇者』として生まれた久は、いま人魔と神々の力を得て世界の命運をかけて『神聖皇帝』と対峙していた。
「絶望は、最も幸せなときに与えたほうが、愉しい」
「それが、手を出さなかった理由か。クソが」
『神聖皇帝』は夜風の中ニヤリと笑う。
月夜に照らされた足元の雲が、大陸のように。輝く。
~ くるぞっ 久 ~
「ああ。解っている。彰子さんっ!」
久はその卓越した空手の技術を使い、敵の攻撃を見切り、予測して攻撃をしのぐ。
しのぐ。防ぐ。かわす。よける。しのぐ。防ぐ。かわす。よける。しのぐ。防ぐ。かわす。よける。しのぐ。防ぐ。かわす。よける。しのぐ。防ぐ。かわす。よける。
「お前には合わない闘い方だな。自滅的な剣しか使わない貴様が」
「無傷でてめぇをやっつけてやるよ。完全勝利ってヤツだ」
この体、この身は。世界が、皆が生かしてくれたもの。それを自ら傷つける闘いは。もうしない。
一気につめより、剣を振るい、全てを切り裂く次元の刃を。逆に切り裂く。
「これが運命なら。俺は抗う。そして」
彼は叫んだ。
「満月みたいな綺麗な身体で、由紀子を抱いてやらぁっ!」
一部、不謹慎かつ不適切な発言があったことをお詫びします(作者)。
『神聖皇帝』は易々とその攻撃をかわし、万の剣を呼び出す。
「!!」
「魔王・『マーラ』よッ!」
身体能力を向上し、時間そのものに干渉する魔王の力を発動する『神聖皇帝』。『神聖皇帝』はオリジナルとなった異世界の魔王すら持っていない力を発動した。
「死ねッ! 久ッ! マーラの力は死すら永劫の快楽となるっ」
しかし、久は瞳を閉じて、由紀子を想う。
「俺。やっと解ったんだ。由紀子さん」
『勇者』とは力を持つ者でも。ただ勇気を持つ者でもないと。
『アナタもきっとなれる。月がいつか満ちるように』
「君が、君こそが。真の『勇者』だって」
~ そりゃそうだ。あたしの親友なんだからな ~
全ての『勇者』に力を与える武田彰子の力を得た久は『神聖皇帝』に並んで。飛ぶ。
「この私の速度に。並んだッ?!」
「『月光仮面』舐めんな」
二つの影は空を駆け、雲を蹴り、風を砕いて並び。剣を、魔道の刃を交わしあう。
「俺に、皆に勇気を与えてくれる。『君』が、君こそが。ほんとうの『勇者』だっ!!」
久は必殺の突撃をかける。しかし、いつもの死を賭けたものではない。希望に向けて。剣を突き出す。
月の光の中央で、二つの影が交錯した。