勇者がせめてきました
「ウンディーネ様が出陣なさるぞっ!!」
一気に湧き上がる魔王軍の将兵の皆さん。
志気士気は最高潮です。
正直怖いです。
近寄りたくないです。
必死で沸き立つみんなの横を通ろうとします。
大きい人がひょいっと私を掴みました。
「ウンディーネ様。壇上まで御連れします」
ぽいっ。
あ。わたし、いま空を飛んでます。すごいです。
って。
投げるなぁあぁっ??!
「きょ、今日は皆さん。御集まりいただき、誠にありがとうございます」
私は頭を下げます。
血で錆びのついた剣や槍を手にし、血臭のこびりついた盾や鎧を身に纏った魔族の皆さんの視線が期待を込めて私を射抜きます。
~ ほらほら。はったりはったり。みんなゆっちゃんを見てる ~
頭の奥で声が聴こえます。
たっちぃ~。私泣きたいんだけど。
そうおもいますが、たっちぃの声は私にしか聴こえません。
そのたっちぃは今頃神社の境内でツルゲーネフ(作者註訳:ロシアの作家)にでも頬を染めているのでしょう。
不良で通っているたっちぃは、実は純情だったり。
『がいな』だから男の子の影が無いみたいだけれども、実は人気があるのです。
「私から言えることは一つしかありません」
血に湧きたつ皆を見渡します。
戦争って。お父さんやお母さんたちから聞いたことしかなかった。
きっと。知ることはなかった。だからこそ。
「生きてください」
怖い。
知るがゆえに。怖いです。
知るがゆえに。私が率いる皆さんには生きてほしい。
「うおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
ビクッ。
震える私。
皆さん、何故か泣いていらっしゃるのですが。どうしてでしょう。
皆さんは盾を剣で、斧で打ち鳴らし、一斉に叫びだしました。
「ウンディーネ様ッ! そのお気持ち通じましたッ!」「私はウンディーネ様とノーム様のために死にますッ!」「勇者に死をッ!!」「うおおッ!!!! 我ら末端兵にまでこの心遣いッ!」「もはや一遍の悔いも無しッ」「この命ぃ?! ウンディーネ様のためにッ!」
あの。みなさん。
なにか勘違いしてませんか?
わたしは『生きろ』とは申しましたが、『死ね』とは言っていません。
誰かのために死ぬなんて、私は許しません。
ましてや私のためとか。ふざけてません?
~ 由紀子。無理。みんなその気になってる ~
たっちぃ~~~~~~~~。泣きたい……。
~ ホラホラ。男どもがその気になってるんだから、せめて笑顔で送ってあげなよ ~
●●陛下バンザイじゃないんですよ? たっちぃ。
「わたしは『生きろ』とは言いましたが、『死ね』とは言っていません。
誰かのために死ぬなんて、私は許しません。ましてや私のためとか。皆さんは魔族のため、生きることを考えてください。そして明日に繋げるのです。人間に屈してはいけません。
たとえ、今敗れることがあろうと、その気持ちがあれば。必ず、必ず復興できます」
その言葉を聞いた皆さんはピタリと動きを止め、襟をただして私に一斉に言葉を返しました。
「御安心をウンディーネ様!!」
「勇者に死をッ」「我ら覚悟完了しました」
「必ず! 必ず不届きな勇者を倒してごらんにいれます」
「いくぞモノ共ッ!」
かえって士気が上がった魔族の皆様は一斉に立ち上がりえいえいおーと。
えっと。
えーっと。
……たっちぃ~。
~ 泣かない泣かない。大将はドンと構えておくもんさ ~
たっちぃの『声』を聞きながら、私は滂沱の涙をこらえておりました。