『神聖皇帝』ディーヌスレイト
「失敗か」
魔族の男が呟くと壊れた魔玉を投げすてた。
転がり、やがて止まる。
それはひび割れた『魔玉』。
男は気がつかなかったが、その魔玉は。まだ『生きていた』。
累々と積もる。肉の塊たち。命は。既にない。
その全ては。薄い金色の髪に整った顔立ち。尖った長い耳に細身の身体を持つ女性。
『血袋』の血を集め、生贄どもの呪いや嘆きを力に変え、魔力に転換し、魔玉として生成する。
その魔玉が生まれるまでに、人間は万。畜生や虫共は億。魔族千の命を必要とする。
魔玉が無事に生まれても適合することはまず無い。
「失敗作」は廃棄処分する。その前に少々『愉しみ』に使うが。
「所詮、魔王になり損ねた人形よ」
魔族の男はそう笑った。魔王など、人形に過ぎぬ。
ボコボコと波打つ透明な容器の中で、エルフ女性の『身体』が魔力で合成されていく。
『魔玉』はたった100年で壊れる。実に面倒な品である。『魔王』は、記憶を引き継ぎ、身体を入れ替える。
「魔王も。所詮人形。そして『我ら』もな」
男はそう呟き、酒を煽った。
だから気付かなかった。ひび割れた『魔玉』がある種の粘液を受け、それを身体の一部としたことを。
それがうごめき、ゆがみ、粘液状の魔物と化した事も。
その魔物が、『栄養』である命を。魔力を必要としていたことを。
男はそれなりの魔力を持つ魔族であった。
粘液状のそれにはいまだ知性も感情もなかったが、それが格好の『エサ』である事は把握していた。
男は。赤黒い粘液の塊の一部となった。
そのひび割れた魔玉を内部に持つ粘液は次々と命を食らい、魔力を喰らって行った。
それは、100年たっても完全に砕け、壊れることなく。むしろ呪いと怒り、絶望を受けてより強く輝いていく。
小さなネズミの身体にアンバランスな巨大なひびわれた魔玉を頭に持った不思議な生き物が大きな蛇に吸い付く。蛇は干からびて。死ぬ。
ネズミは消え、頭の部分を巨大な魔玉とする小さな蛇が這い出す。
蛇には知性が無い。だが一つの『言葉』だけを知っていた。
『ディーヌスレイト』『ディーヌスレイト』『ディーヌスレイト』『ディーヌスレイト』
蛇は、猪に噛み付いた。
そのひび割れた魔玉は猿の身体を得、頭より心臓が快適な位置であることに気がついた。
なにより、脳に知性を蓄えることができる。これがなかなか使い勝手のよいものだった。
そして、この身体を人間、もしくはそれに比類する種族のものにしなければならぬことに気がついた。
猿は通りがかりの村娘に襲い掛かった。逆らう村は皆殺しにした。
以後十年。勇敢な冒険者たちが若い娘を生贄に要求する猿神を倒すまでその『猿』の暴虐は続いた。
猿神を倒した冒険者たちは、その猿に心臓がない事実に気がついたが。真相までにはいたらなかった。
強い『子』を身体に得た魔玉は、人の世界に紛れ込み、
次々と身体を入れ替えていく。より強く。より強く。
やがて気付く。強いものより、権力のあるものを身体にすれば、強いものを従えられると。
魔玉は知識を。知恵をつけることを覚えた。
『ディーヌスレイト』『ディーヌスレイト』『ディーヌスレイト』『ディーヌスレイト』『ディーヌスレイト』
それは渇望。
知識は強さと同じく限りがない。魔玉は完全な姿を求めた。
それが、魔玉の生まれた意義。完全な魔王になること。
魔玉は壊れていたが、意義は覚えていた。
『ディーヌスレイト』『ディーヌスレイト』『ディーヌスレイト』『ディーヌスレイト』『ディーヌスレイト』『ディーヌスレイト』『ディーヌスレイト』
幾多の人間を食らい。犯し、侵食し、取り込み。魔玉は完全な姿へと進化していく。
だが、止まらない。とめられない。遂に魔玉は、人間どもの最高の権力者を。食った。
「……」
魔玉。いや、ディーヌスレイトを目指すものは自らの半身をみた。
半分は。『神聖皇帝』。枯れ木のような老人。
半分は。『でぃーぬすれいと』。美貌のエルフにして。それを超越したもの。『伝える者』の名を持つ異世界の魔王のコピー。
『魔玉』の中に今まで喰らった命の心が、記憶が溢れた。
そして知った。魔王とは。『人形』であると。
魔王行動三原則
第一条 魔王は魔族に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、魔族に危害を及ぼしてはならない。
第二条 魔王は魔族にあたえられた命令に服従しなければならない。魔王の持つその全ての命令権は魔族の総意に基づくものでなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
第三条 魔王は、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。
『完全な魔王』を目指していた魔玉は。狂った。
だが、彼、否彼女には。完全な魔王になるという存在意義があり、逃げられるものではない。
「ならば。完全な魔王になるまえに。なると共に。魔族どもを滅ぼしてやる」
『神聖皇帝』ディーヌスレイトは狂気の笑みを浮かべた。
「魔王を生み出すには人間の命も必要だ」
ニンゲンモ。ホロボシテヤル。
「奢り高ぶる魔族よ。大地に血を振りまき。命たる魔力を浪費し、食いつぶす愚かな人間どもよ。私を生み出したものよ。私を生み出した世界よ。神々よッ! 魔王の『オリジナル』よッ! 全てだ。全てが。憎い。憎い。憎いのだッ 」
死ね。滅べ。嘆け。砕けろ。絶望しろ。憎み殺して消えろ。
この世界ごと、消えてなくなれ。
彼女の呪いは。世界そのもの、世界の法則そのものに向けられていた。