『ちぃと』能力。消失?!
「勇者ヒサシは何処に行ったか解るかッ! 彼が連夜同胞を守るため夜な夜な厳しい魔族の監視を抜け出し、素手で不貞魔族と戦っていたのは皆の知るところだが」
『神聖皇帝』は叫んだ。
「直接対決を避けようとした卑怯卑劣な魔王に、聖剣を奪われた上で、討たれたのだっ!」
「違うッ!」
批難の声を受けて由紀子は叫んだ。
しかし、小娘である由紀子の声は群集の声に紛れて消えていく。
一方、『神聖皇帝』の朗々とした声は群集の中でも人々の耳に、心に響く。まるで『伝える者』魔王・ディーヌスレイトのように。
「もはやこれまでだが」
仮面の奥の口元が嗤って見えた。
「幸い、護衛も少ない」
小娘の声なんてとどきはしない。仮面の人物は由紀子をあざ笑う。
(どうして? どうして?)
由紀子の声はけして大きくは無いのに朗々と戦場の隅々まで届くとは魔族の皆が知るところである。
にもかかわらず、今日の由紀子の声は。皆に届かない。
「この愚かな女を血祭りに上げ、我らの意思を示すのだッ!」
さすがに逡巡を示す群集に『神聖皇帝』は笑う。
「復讐を恐れて殺されることを危惧しているようだが」
もはや、我らは皆殺しが決まっている。と告げる『神聖皇帝』。
「だまれっ! 我らは皆殺しなどしないっ!」
そう叫ぶ由紀子だが、群集には届かない。
神聖皇帝は大仰に腕を振ると。由紀子の背中側に暴風が舞った。
由紀子の背後から、扇形に広がる。血。血。血。
由紀子の正面では『神聖皇帝』が仮面の下で確かに笑っていた。
「みろ。魔女が本性を表したぞッ! 少しの怒りや動揺で、これほどの人を殺すッ! そんな女はいないっ!
この女は、勇者としての義務を果たさず、人間を逆恨みし、魔族についた悪魔だッ!
其の上、十六万もの同胞を生きながら燃やしたッ!」
「ちが……」
ちがう。ちがう。ちがう。
由紀子は叫ぶが、誰の耳にも届かない。
「たっちぃ」
どうしよう。由紀子の言葉に、武田彰子は応えない。
「さぁ。この者の鎧を剥ぎ、慰み者にして火にくべろッ!」
「魔女に死刑を!」「魔女は火あぶりをっ!」
『子供たち』が由紀子を守ろうと周囲を固めるが。
「だめ」
由紀子は呟いた。
「逃げて」
群集が投げた石から『子供たち』の一人を逆に庇った由紀子に、人々が一斉に襲い掛かる。
『大地の鎧』の加護は高く、由紀子を穢すことなど出来ないと思われたが。
「!?」
手で触れる事も叶わぬはずの『水の羽衣』はあっさり脱がされ、『大地の鎧』はボロボロとはがされる。
「や、やめて」
鎧下を破られ、必死で下腹部を庇おうとする由紀子の手が乱暴に剥がされた。
~ ふふふ ~
たっちぃ? なに笑っているの?
我先にと服を脱ぎだす男たち。
~ お前の能力は、もうない ~
『すぐには犯すな。ゆっくりと絶望を味あわせてやれ』
神聖皇帝の声が響く。
意味が。わかりません。たっちぃ。
由紀子は絶望の中、親友までおかしくなったのかと思った。
~ あはは ~
「おい。誰が死んだんだって? てか。俺の未来の王妃になにしてるんだ?」
「貴様ら。我らが水魔将に対しての乱暴狼藉。今後どうなるかわかっておろうな」
「ククク……皆殺しだ」
由紀子を押さえ込む力が緩む。
恐怖のあまりゼェゼェと荒い息をつく由紀子を。優しく抱きしめる少年。
「てめえら。心配かけたな。俺はピンピンしてっぜ?」
勇者・久だった。
その両脇をシルフィードとサラマンダーが固めている。
「まったくだ。武田さん」
アハハと勇者は笑っている。
勇者と魔将たちが肩を並べて笑っている異常な光景に群集は唖然としている。
「誰が死んだって?」
そういって群集にニコニコと笑う男。久。勇者。ヒサシ。
彼の『声』は朗々と人々の耳に。こころに。ひびく。『勇者』たちのチート能力の一つである。
「久……さん?」
「いや、まいったまいった。あと少しで魔王を討てると思ったのにさ」
ニコニコ笑う久の腕の中、安堵した由紀子はへなへなと力が抜けていくのを感じた。
~ ちっ 彰子め ~
親友は。武田彰子はこんなことは言わない。
恐怖を。群集以上の恐怖を由紀子は『その存在』に感じた。
あなた。だれですか。
由紀子は薄れる意識の中、疑問を口にだそうとしていた。
アナタ ダレデスカ。アナタ ダレデスカ。アナタ ダレデスカ……。
註訳)服は破かれましたが間一髪で未遂です。