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ククク。ヤツは四天王の中では最弱……。  作者: 鴉野 兄貴
ククク。跪(ひざまづ)くがよい。あのお方こそ我らが主。魔王様だっ!
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踏み絵

 踏み絵ふみえは、江戸幕府が当時禁止していたキリスト教の信者を発見するために使用した絵。本来、発見の手法自体は絵踏えふみと呼ばれるが、手法そのものを踏み絵と呼ぶ場合も多い。当初は文字通り紙にイエス・キリストや聖母マリアが描かれたものを利用したが、損傷が激しいため版画などを利用し、木製や金属製の板に彫られたものを利用するようになった。絵踏が廃止されると、そのまま廃棄されたり再利用されたりしたため現存するものは少なく、表面が磨滅した形で現存しているものも多い。


 また上記から転じて、ある事柄への該当者や反対者をいぶりだすために用いる道具や、その手段を「踏み絵」と呼ぶことがある。(ウィキペディア日本語版より)

「由紀子。たっちぃ。此度の働き。感謝している」


~ 由紀子。しっかりしろ。まだ闘いは続いているんだぞ ~


 魔王さまとたっちぃの声が虚ろに響きます。

 こんにちは。西尾由紀子。二十歳はたちです。


「一六万もの敵兵を都市毎焼き払った」「奇跡だ。助かった」「俺の家が」

「敵が埋め尽くす主要道路が一瞬で炎の塊になり、区画ごとに押し寄せた炎が情け容赦なく人間どもを皆殺しに」「城壁と町をああいう風に使う将は見たことが無い」「計画的に炎を回し、唯一の避難先が魔王城とは。服従か、死か。か。恐ろしい女だ」


 ちなみに、大阪大空襲など先の大戦で米軍が行った戦法を参考にしたのは言うまでも無い。

 逃げ道をコントロールして効果的に人間そのものを生ける松明にして、他の人間をも焼く。


 其の上で、作戦上の誘導先が偶然魔王城の城壁になっただけだが、結果的に人間達に『聖なる法典(魔王への服従)か死か』の踏み絵を行わせることになった。

 由紀子もたっちぃも、神父様からかつてのキリスト教弾圧を聞いている。

 勿論、何故禁教になったのかという経緯も理解しているが。


 由紀子の姉は幼き日に大阪大空襲の炎を目撃し、そのあまりにも現実離れした光景に『きれい』と発言し、父に叩かれたそうだ。

 まさか、その時の情け容赦の無い攻撃の話を。自分が『敵』に使うことがあるとは。


 おなじ、人間なのに、魔王についている。

 悪魔。悪魔。あくま。あくま。しにたくない。

 十六万の断末魔が聞こえる気がした。



「由紀子。おちつけ」


~ 由紀子。しっかりしろ。それは幻聴だ。もし本当に死者がそう言ってたとしても。あたしが守ってやる ~


 気がつくと魔王様が私の手首を握っていました。

 泣いていたみたいです。取り乱したようです。みっともないです。


 この時は自分のことばかりで、魔王様がおっしゃったことの意味を私は後まで本質的に理解できなかったのです。


「由紀子。私を殺して、心臓をくり貫け」

「え?」


「お前の悲惨な記憶は、私が抱きしめて消してやる。お前は十七歳の学生に戻り、たっちぃと仲良く暮らす」


 どうだ? 魔王様は優しげに微笑みましたが。


「ふざけないでください」


 私は彼女の胸に抱きつきました。本当なら暖かい心臓の音がするその胸に。

 冷たい、魔玉が埋め込まれた、その柔らかい胸に。


「ふざけないで。ふざけないで」

「私は、魔法で作られた人形だ。だから、死んでもいい」


 その胸は柔らかくて、暖かくて。なのに心臓の音が聞こえません。


~ でーさん。そりゃないだろ。あんた王様なんだから ~


 たっちぃの声が聞こえました。


「有利な条件で講和を結ぶなら、今しかない。か」


~ そうそう。さっさと使者を出せよ。もう勇者軍は主力を失ってガタガタだろうし ~


「ニンフ。いや由美子だったか。彼女はとんでもない切り札を用意してくれたのだな」


 魔王さまはそうおっしゃると、私を振り払い、水晶球を取り出しました。


「これは」

「驚いているぞ。人間は」


 主力を失った人間軍の陣地を囲む。魔族の集まり。その数、五万以上。


「この場合、あの五万が軍かどうかなど、今の人間たちには重要では無い」


 魔族は、子供や女性でもそれなりに戦えます。先立って避難させた女子供と第四軍団の皆さん。

 そして、決死隊としてバルラーン絶対防衛圏を守っていた第一軍団五千人の生き残りの皆さん八百人。

 由美子は『神』に命を捧げ、代償として生き残りの皆さんを第四軍団の皆さんと合流させたのです。


 ~ 由紀子。きっと、魔族の未来は明るいさ ~


 そう、信じたいです。そして、その時、『人間』の私はどうなるのでしょうか。


「由紀子。君は人間で、本当ならば『勇者』なのだぞ。この世界に留まり、必死で守りぬいた民がお前に牙を剥く可能性は否定できない。

勿論、私もお前を護る為にこの身を賭けるが。それよりも」


 あとは、語らずとも彼女の言いたいことはわかりました。だって。


『心臓を、くり貫いて、元の懐かしい世界に。戻れ。あとは私達の世界の出来事だ』


 ともだち。ですから。


 

「嫌です」


 だって。だって。だって。


~ 魔王様。『ニコポ』って力が勇者達に備わっているって御存知でしたか ~


「勿論知っている」


~ 知っているんなら教えてくれよ ~


「たっちぃ。由紀子は、その『ニコポ』で将軍になったと本気で思っているのか」


~ いんにゃ ~


「魔族は誇り高く、命を顧みず仲間を守る。勿論それは尊い心だが」


~ おれ、由紀子が泣いてたのも、脅えていたのも、みんな知ってる ~


「死んだものの意思を継ぎ、生きることから目を逸らさず。罪を受け入れながら前に進む。それは由紀子の美徳だ。力ではない。態度で彼女は示したのだ。

自らを慕い、信じてついてきたものの物語を継ぐ意思が、只の学生を将軍にしたのだ」


~ 由紀子。お前は。泣いて、泣いて、泣いて、いつも泣いて。それでも、それでも皆の意思を無駄にしないため闘ってたんだろ ~


 ……。


「魔王様。今こそ和平の使者を!」


 彼女はもう一度私を抱きしめておっしゃいました。


「解った。弱い王ですまん。散った皆のため、生きる皆のため。頑張ってみる」


 星が見えます。この星を包む輪が見えます。天の川が見えます。

 ふと、お父さんとかわした会話を思いました。


『お父さん。どうして私、産まれたの。生きていると穢いこと、悪いことばかり覚えないといけない』


 そんなの、嫌だと私は叫びました。泣いて叫びました。

 生きていく限り正しいことが通らないことを覚えていかなければならない。

 その事実に悩み苦しむ私にお父さんはこういいました。


……。

 ……。


(つづく)

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