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ククク。ヤツは四天王の中では最弱……。  作者: 鴉野 兄貴
ククク。跪(ひざまづ)くがよい。あのお方こそ我らが主。魔王様だっ!
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魔王様。御救いください

 馬は貴重である。

 曰く『名馬は城よりも高い』。本末転倒を表す諺はこの世界にもある。

 この世界では、騎馬民族でも無い限り、そしてよほどの重要な局面で無い限り馬は移動後、下馬して戦う。

 『鐙』の概念も無い。いや、無かったというべきか。

 騎馬民族が持つ『鐙』は恐ろしい兵器である。

 馬上に乗ったまま剣を操り、馬上に『立つ』ことを可能とする。


「なんか足りなくねぇか?」


 彼らの王が馬を操る騎士たちを見て呟いた一言、その後王自ら描いた図案は彼らにとって革新的であった。

 彼らの新しい王となった男、久は職人である。当然だが図面も書ける。


 『勇者』達のもたらした知識や技術。

 特に久の持つ工作技術は人間達に魔族に対抗する程の技術革新を生み出した。

 武具の統一規格、部品ごとの生産ラインの概念。そして図面。


「頼まれた通りに作ったが、なんじゃこれは」


 気難しそうなドワーフがその物体を如何わしそうに見ている。

 大きなハンドルには三角形の重りがついていて、ハンドルの回転を助ける。


「回転速度は統一なんだよな?」

「速度調整も可能じゃ」


「サンキュ。『藍蘭胴あいらんどう』」


 『藍蘭胴』。

 ドワーフは彼らの独自の言葉にて鉱石や宝石を名前としている。


 手動式なことを除けば『藍蘭銅』の作成したそのからくりは『旋盤』に似ていた。


「これさえあれば何でも作れる」


 嬉々として久は『ねじ』を瞬時に作ってみせた。


『同じものを作れない? 何が一点モノだ。職人の誇りだ。俺たちに必要なものじゃない』


 ハッキリ言われた『藍蘭胴』は生意気な若造と殴り合いの大喧嘩を演じたのだが。

 目を見張るドワーフに『今日から魔族は俺たちの敵じゃない』と久は笑った。



 それほどの技術革新をもたらした勇者、久は轟音を立てて崩れ落ちる城壁と運命を共にするところだった。


「まさか。まさかッ」


 『飛行』を発動するが、轟音と崩れ落ちる土は上下の感覚すら久から奪う。

 そこに瓦礫が襲い掛かる。


 ゆうしゃは しんでしまった。


……。

 ……。


 魔力を奪う奴隷の鎖をつけられた魔族五〇〇〇名。

 投降したものに虐待を加えぬよう、久は最も安全な自陣の手元に彼らを置いていた。

 その気になれば久を討てる。その事を指摘したものも数多くいたが久は笑って手を振っていた。

 彼らの王は時々、刹那的な判断を下す。


 馬や牛の世話をしていた彼らは見た。

 無敵を誇る城壁が崩れていく姿を。その城壁と『勇者』が運命を共にする姿を。

 彼らの故郷、暖かい『魔都』が人間軍十六万を飲み込み、自ら燃えていく姿を。


 『四天王』はなんの為に存在するか。

 彼らの卓越した戦闘能力? 否。

 炎を操り、風を操り、地形を操り、水を操る彼らの軍事における能力は計り知れない。

 風向き一つ。地形の差、水の流れ、炎の強さ。それだけで決した戦は多い。


 その真の力を彼ら今代の四天王は存分に発揮して見せた。

 『魔都』内部の主要施設や拠点に味方を瞬間移動させる力を持つ四つの魔門。

 彼らの力を敵に使用し、十六万の人間軍をあえて迎え入れ、閉じ込め、暴風と炎で焼き払ったのだ。

 敵の総大将。『勇者』は、固唾を飲んで見守る魔族五〇〇〇の民の目の前で城壁と運命を共にした。


「これが、ウンディーネ様の狙いだったんだ」

「恐ろしいお人だ」


「だから、我らに生きろと」

「はい。生きます。私達は最後の瞬間まで生き抜いて見せます」


 奴隷の鎖につながれた彼らは、震えながら燃える魔都を見ていた。



「いやぁ。死んだ死んだ」


 そこに場違いな明るい声。振り返る魔族たち。その背後には。


 「よっ」


 楽しそうに手を振ってみせる、彼らの現在の主人。死んだはずの男。

「どった? みんなして泣いちゃって」


 それは彼らの目の前で死んだはずの久だった。



 一方の魔都は地獄だった。

 女を求め、奴隷を求め、破壊を繰り返し、貴重品を牛に載せて進む人間軍十六万は異変に気がつくのが遅れた。

 気がついたら、膨大な宝物を手に炎の中にいた。

 ここで宝物を捨てなかった者達は炎に焼かれた。


 四つの魔門は炎から逃れる人間軍と激しく戦っていた。

 しかし、これから始まると予測し、空回りに終わった宴に自ら鎧を脱いだ人間どもは『扉』達の敵ではなかった。

 彼らは魔門と、炎の間で蒸し焼きになっていった。


 そして魔王城。


「総数四万。全て収容完了」

「よくやった。休め」


 兵士に労いの言葉をかける由紀子。

 この魔王城は『無限の客室』なる施設がある。

 無限の概念を数学的に説明する説話に登場するホテルと同じものだ。


『一号部屋にいるものは手数だが二号部屋に移れ』


 この指示を繰り返すことで、四万の民を収容することが出来る。

 通常の客室ならば最後の部屋に滞在する者は追い出されるが、この客室は無限に存在する為、新たな部屋が出現する仕組みである。


「ありがとう。二人とも」


「ふん。軽いものだ」

「ククク……。皆殺しよ」


 由紀子が軽く眉をしかめるのを魔将二人は見抜いたが、敢えて何も指摘しない。

 彼女は本来優しい。それは敵である人間にも適用される。

 十六万の人間の断末魔は彼女の眠りを妨げるであろう。


「魔王さま」


 三人は彼らの主に膝をつく。手を軽く振って「苦しゅうない」と暖かく応える魔王・ディーヌスレイト。


「四天王よ。頼みがあるのだが」

「なんなりと」


 魔王。ディーヌスレイトは驚くべき事を命令した。


「魔王城の周囲にて、救いを求める民がいる。彼らを迎え入れてやれ」

「……」

「……」


「……魔王様。666年生きてボケていらっしゃるのですか」


 思わず不遜なことを言ってしまった由紀子。口を押さえるがもう遅い。


「見てみろ」


 ディーヌスレイトは水晶球を何処からともなく取り出す。

 略奪を楽しんでいた者達は武器も防具も宝物も捨て、焼けた魔王城の城門を火傷も顧みず激しく叩いていた。


「魔王様ッ! 魔王様ッ! お助けくださいっ! 哀れな我らを御救い下さいッ!!」


~ おいおい。なに言ってるんだ。あいつら ~


 たっちぃが怒るのも無理はない。『魔都』の民は先に魔王城に収容済みだったので被害は出なかったが、普通の都市ならば四万の民は狂った十六万の略奪者に晒されるところだった。


「彼らの多くは訳もわからずに魔族は悪だと信じてはるばると旅をしてきた挙句、親族や仲間を戦で喪い、魔族憎しの思いと略奪の愉悦の為だけに戦っていた愚かな民にすぎん」


 そして。


 魔王は三人に告げた。


「民が愚かなのは、王が愚かなのだ。民が救いを求めるのに応じぬのは、王に耳がないからだ」


 魔王は続ける。


「助けてやってくれ」


 魔王は、由紀子達に命を下した。其の間にも、魔王城の前で人間達は松明のように燃えていく。


「魔王様ッ! まおうさま!」「お助けくださいっ! 哀れな我らを御救い下さいッ!」「無力な私達を御救い下さいっ!」「いれてくれっ! いれてくれっ! 城に入れてくれっ」「俺はしにたくないっ」「いやだいやだいやだっ」


 赤く焼けた鉄塊となった魔王城の扉を、己が燃える異臭を放ちながら叩き、もだえ、踊り、やがて燃え尽きて炭となる。それはヒトの形をしていた。

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