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ククク。ヤツは四天王の中では最弱……。  作者: 鴉野 兄貴
ククク。四天王の真髄に恐れおののくがよい。ヤツこそ四天王『風のシルフィード』
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散華

「莫迦な。私の分身は敵の攻撃を受け付けずに一方的に攻撃できるはずなのに」

「ふーん」「あっそ」「そだね」「すっごいねぇ」


 この世界には携帯できる時計は無いはずだ。

 しかし各所で少年少女達の放った捨て身の一撃はまったく同時にツェーレの心臓を貫いていた。


『因果律に愛されし妖精』


 ツェーレの脳裏に彼らに対する伝説が蘇る。まさか。まさか。

 いや。まさか。そんなはずは。


「いやだ。いやだ。醜く崩れていくのは嫌だッ」


 ツェーレは最後の力を振り絞って分身を生み出す。その数二〇以上。

 しかし長剣を持った少年はひるまず、右手の剣を正眼に構える。


「本物の『分身の術』見せてあげる」


 『ヒュ』。


 人の目に複数に見えるほどの速度で動き回れるのならば。

 体当たりしたほうが強いのは道理である。そして少年は其の通りに動いた。

 一瞬で弾け飛ぶ肉と血。その数二十。それがツェーレの最後であった。


「いやだいやだ。助けて。助けて」


 ツェーレは心臓を貫かれて潰れた肉片の状態で尚叫んだ。

 其の肉片は崩れ、小さな少女の姿を一時取る。

 しかし、それも一瞬。

 醜く崩れ、太った中年女性の姿へと変貌していく。


「どうしてチート能力がなくなるのっ 神よッ 神よッ」


 冷たく彼女を見下ろす少年は黒い剣をその肉片に突き立てた。

 同族の『子供たち』も同じく思い思いの武器によって全く同時に一撃を入れる。


『涙のツェーレ』


 古咲ふるさき 香緒里かおり四十五歳。

 2011年12月7日転移。死因は不摂生から来る脳卒中。



「もう一回、ウンディーネ様に撫でてもらいたかったな」


 少年はゆっくりと膝をついた。


「でも、僕、頑張ったよね」


 こぽり。微笑む口元から血が噴出す。

 血だまりの中、少年少女たちはそれだけ言って事切れた。


「サラマンダー様。私、やりました」

「シルフィード様。後は任せました」


 彼らの活躍は、勇者軍の進撃を一週間阻害した。



「ゾンビマスター様ッ!」


 セイレーンの少女が蒼白な顔を更に青くさせて駆け込んでくる。


「背後から、船が」

「なんだと」


 損傷が激しいが、確かに軍船だ。その数は五十近い。


「どういうことだ」

「陸送で湾内に侵入したものと思われます。迂闊でした」


 彼にはもはや流れる血潮も汗も存在しない。

 だが、その彼ですら怖気を感じた気がした。


 敵の軍船は魔都から吹く強風によって恐ろしい勢いでこちらにやってくる。


「迎撃を」

「はい」


 敵の軍船の動きが止まる。

 あらぬ方向から吹く風に悪戦苦闘する敵の艦船。


「ゾンビマスター!」

「シルフィード様ッ?!」


 青く透き通る筋肉質な男が空を飛んでくる。


「良かった。無事か」

「今のところは」


 軍団の違い。

 確執も乗り越えて彼らは手を取りあう。

 しかし。


「シルフィード。邪魔はさせぬぞ」


 荒ぶる波の上を歩いてくる人影。


「貴様は」

「『僧侶』ヴィント」


 涼やかな表情の青年は微笑んだ。


『ターンアンデッ……』


 その詠唱より、シルフィードの動きのほうが速い。彼はヴィンドを吹き飛ばし、自分もそれを追った。


「モノ共ッ! 海戦開始だっ!!」


 生前は名提督だったゾンビマスターが叫ぶ。


「ゾンビマスター様ッ!」

「なんだっ?」


 魔法のほら貝を手に蒼白な顔をさらに白くする副官の少女。


「私の一族が、強襲を受けて滅んだようです」

「……」


 セイレーン族全滅。

 それは、湾を抜けられることを意味していた。


「あのヴィンドは、幻影かっ?!」

「遅い。遅いのです」


「『神の代行者』『聖者』たる私に歯向かう魔のものは、滅ぶのみ」


 二人の前でほほ笑む敵は先ほどシルフィードがその魔力で『世界の果て』に吹き飛ばしたはずの。


「滅べ。汚い肉片。『ターンアンデット』」

「『加護なき絶望』」


 振り返るヴィンド。

 確かに、愚か者で有名な風の魔将は自分の幻影を追ったはずだ。

 しかし風の魔将はそこに在り、かの者が吹かせる風もまた健在。


「四天王の真髄を知らんのか」


 暴風に包まれた男は冷笑を浮かべる。


「聞け。俺が『風のシルフィード』だ」



「どちらも風使いとは」

「面倒ですね」


 海上を走り、暴風に包まれた男を迎撃する『僧侶』ヴィント。


 一方、ゾンビマスターは苦戦していた。


 尖兵たちのほとんどは不死者。『僧侶』どもとは相性が悪すぎる。

 対して勇者軍の船のことごとく、『僧侶』が控え、海水を聖水に変える魔導装置を装備している。

 『ターンアンデット』の通じない水棲魔族の多くは志願兵であり、種族自体は精強でも錬度は低い。


 次々と『ターンアンデット』を受けて崩れ落ちる魔族艦隊の主力艦。

 『今代の水将軍は、海戦に疎い。お前が補佐してほしい』それは恩人であるノームの遺言となった。


「由紀子様の為に」


 彼は石で出来た剣を抜く。


「まだ倒れるわけにはいかん」


 海を割って次々と現れる幽霊船団。既に彼の限界を超えている。


 ただ立っているだけで配下のスケルトンたちは崩れて行く。

 既に彼のガレー船はほぼ機能を停止している。

 彼の周りを取り囲む、僧侶や聖騎士たち。


 敵は目に入らない。

 石剣を振り回し、血風に染まる。

 斬る。砕く。蹴り落とす。


 戦場の中、呟く。


「死神か」


 『死神』といわれた少年は巨大な鎌を手に、苦々しげに微笑む。

 世界はモノクロームで包まれ、止まり、ゾンビマスターと死神だけの会話の場となる。


「お前は、地獄に連れて行くには惜しいんだが」

「不死者の定めだからな」


「諦めがいいな」

「良いわけが無かろう。俺にも。愛する女がいるんだ」


 そういって苦笑いするゾンビマスターに『死神』は目を見張った。


「お前ら。そー言う関係??!」

「悪いか」


 死神は目を見張りながら呟いた。


「だって、腐った死体とセイレーンの少女って犯罪だろ」

「由紀子様にも似たようなことを言われたな」


 今となっては、懐かしい。



「さて。最後の仕事だ」

「どうするんだ?」


「切り札を用意している」

「ほう」


「最も、不安定でな。自爆すること間違い無しだ」

「おい」


 ワラワラと集まる僧侶や聖騎士の中、血に染まった彼が叫ぶ。


「地獄に堕ちたい者は、この船に留まれ」


 船が炎に包まれる。

 必死で逃げ惑う聖騎士たちを尻目に彼は舵を握った。



 視界には人間軍の旗艦。



「避けられんぞ。俺を迎える『地獄』からはな」


 瞬間。

 ゾンビマスターの周囲から『地獄』が広がり、人間軍の艦隊を飲み込んだ。


「ゾンビマスター様ァ!」


 少女の声を聞きながら、ゾンビマスターは再び地獄へと戻っていく。

 願わくば、あの少女だけでも。生き残って欲しいと願いながら。


……。

 ……。



「惜しい。惜しい。惜しい」


 少女は振り返った。


「……嘘」

「シルフィードは逃がしましたが。ゾンビマスターは死んだようですね。おっと」


「最初から、生きていませんか。ははは。これは失礼」

「……」


 からからと楽しそうな笑い声。


「ところで、知っていますか」


「忌々しいセイレーンは、貴女が最後です」


 大仰な仕草とともに『僧侶』ヴィントは残虐な笑みを浮かべる。

 少女の裸の足は不安定な岩礁の上で血まみれになりながら敵を追う。

 戦場から何とか逃れた彼女の前には存在してはいけない愛しい人たちの敵。

 婚約の証の飾り短刀を手に少女は必死でそれを突き立てようとする。


「其の程度ですか。もっと頑張らないといけませんよ」

「この生臭坊主め」


「それにしてもがっかりですね。貴女が卵生だなんて」

下種ゲスめ」


 少女のナイフのように鋭いヒレや、手に握られた短剣はヴィントに届かない。


「ゾンビマスター様を帰せッ」

「ふふふ。地獄で会えるじゃないですか」


 しばしその短剣をかわし続けていた『僧侶』。

 『幸運にも』神の加護でいかなる攻撃も当たらず、そして通じない。

 勇者たちの中で最強とされる彼に対して、セイレーンの少女はあまりにも無力だった。


「飽きました」


 ヴィントは竜巻を呼び出す。


「『竜巻交差』」



 しかし、少女は楽しそうに笑っていた。

 絶望に染まることなく。いや、達観したかのように。


「貴方達の主力艦隊が、入ってきたわね」

「なんですか。唐突に」


 少女は膝をついて祈りを捧げる。


「ふふふ。神の代行者の私に今から祈りとは」


 では遠慮なく。

 あざ笑うヴィントに少女は告げた。


「死になさい」



 ヴィントは見た。

 敵味方の軍船を駆逐して背後から迫る巨大な津波を。


 それは少女の祈りを受けて一斉に自爆した爆裂岩たちの起こした津波だった。 彼はいつものようにそれを避けようとした。


「神の加護が我らにはあるのですよ。特に私は無敵……なっ?!」


 彼のチートは発動しなかった。



 『僧侶』ヴィント

 島崎しまざき 昌一まさかず 32歳

 1997年。1月転移。餅を喉に詰まらせて死亡。

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