正念場なのです。負けちゃダメなのです
「落ち着け。この城壁はノームの設計だ。けして破れぬ。破らせぬッ!」
~ 正念場だね。ゆっちゃん ~
由紀子です。三重のお堀を埋めるように近づく人間軍の大型兵器。
次々打ち込まれる石だの岩だの死体だの排泄物だのに辟易しています。
ちなみに、排泄物は空気抵抗が大きいので防衛側はさておき、あちらが撃ち込むのはちょっと。です。
~ カッカする気持ちは判るけど、うわ。自滅 ~
くす。
「土よっ」
「岩よっ」
次々と生み出される土が、岩が敵の登攀を阻み、城壁を補修します。
あの子達が消えて何日も経ちました。唐突に我が軍にもたらされる情報が激減したように感じます。
「勇者自ら攻めてきたぞッ!」
「サラマンダーッ 一騎打ちだッ!」
城壁の下から久さん。……にっくき勇者が一騎打ちを挑んできました。
「解ったッ! 相手に不足なしッ!」
「ちょっと待った」
ダメ。絶対ダメ。貴方は安い挑発に乗っちゃダメなんですからね。
~ そうだよ。自重自重 ~
「ククク……自重か」
サラマンダーさんはニコリと笑いました。
「キコエンナァァッ??!」
「こんだらぅ??!」
城壁から空を飛んで一気に勇者に向かうサラマンダーさんに罵声を浴びせます。
桃栗三年柿八年。枇杷のだらずは一八年と言いますが。
「百八十年生きてだらずだかなおらんかぁ??!」
「何故俺を指定しない」
「貴方まで自重しないなら、私は魔将辞めるわ」
イライラとサラマンダーさんの戦いを見守るシルフィードさんににらみをきかせます。
「そうか。ならば今すぐこの人間軍を吹き飛ばさねばならんな」
はい?
~ は? ~
「俺と結婚して所帯を持ちたいというか。殊勝な心がけだ」
「こんだらず」
幻覚でしょうか。彼の透明な歯が光ったように見えます。
~ だらぁ~
あの子達はどうしたのでしょうか。姿をみせませんが。
「報告」
「どうした」
魔族の青年が震えながら呟きました。
「船が陸を進んでいます。その数。五十」
「莫迦を言え」
「お疑いなら、見てください! あれを!!」
「……」
「……」
私達は絶句しました。
朝焼けのキラキラした光を受け、あの『道』にそって陸を船が進む。
その不思議な光景に敵も味方も手を止めます。
「うおおおおおおっ! すっげぇ!」
「パネェェッ?! 」
なんか敵味方で応援しているし。って?!
「戻れっ! サラマンダー!」
シルフィードさんが『風の囁き』で言葉を伝えます。
「ここで大将首を取らねば俺たちに機会はないっ。今この手で勇者を討つ!」
「船が動いているッ! 戻ってくれ火のっ!」
「なんだと」
「戻れッ 焼き払ってくれッ」
~ サラマンダーさん。戻ってッ ~
久さんの声が聞こえます。
「もう少し、付き合ってもらうぞ。サラマンダー」
「クッ」
次々と船が湾内に進入します。沸き立つ魔族軍と人間軍。
「おおおおおっ?! オマエラのところすげぇなっ?!」
「あははっ! うちの大将はすげえだろっ!」
「いかん。水の。後を任せる。死ぬなよ!」
「風のッ」
シルフィードさんは円月湾のほうに飛んで行きました。残されたのは私だけ。
そこに轟音。
振り返ると城壁の反対側に埋めた壷に耳を当てていたエルフさんたちが悶絶しています。
「音響攻撃ッ?」
そして、先ほどまで朝焼けの光に包まれていた空が。
夜になっていきます。私達の頭の上だけ。
空から赤い火の玉が、いくつも。いくつも。
「避けてっ」
キュ キュ と言う音と共に飛来した赤い火の玉は城壁を粉みじんにしていきます。
『隕石嵐』
人間には使えるはずの無い高位魔術の筈です。
ぞくり。『気』が集まっていきます。
「何者だ」
「『魔術師』フランメ。『水のウンディーネ』様。御機嫌よう」
またも結界に影響なく姿を現した敵。
間違いありません。彼女は。
その綺麗な女性は私に一礼すると杖を構えます。
「貴様も『勇者』か」
「その通り。今日はツェーレの仇討ちに参りました」
え?
「無限に実体のある分身を作り出し、こちらの攻撃は通るが敵の攻撃は素通りする。彼女の力を打ち破ったのは貴女ですね」
あの。かようなことは存じないのですが。
それより恐ろしいことを彼女はつづけます。
「海には『僧侶』ヴィンドが向かっています」
「ッ?」
「うふふ。行かせませんよ。あなたはここで死ぬのですから」
フランメさんは無詠唱で炎の弾丸をいくつも空に浮かべます。
いくつも。
いくつも。
着弾すると巨大な火球に変化する『火球爆裂』を。
「さようなら。『水のウンディーネ』」
無数の炎の玉が私に襲い掛かりました。