陸(おか)より来た悪魔
「さてと」
「うん」
『いこ♪』
『子供たち』は御互いの顔を見て手を握り合う。
彼らは厳密に言うと子供ではない。既に成人している。
「あたしたちは槍と太鼓と食料」
少女は微笑む。
敵軍には子供の娼婦や男娼、巡礼者の連れ子たちもいないわけではない。
「僕らはあの道を破壊する」
「僕は、海で」
「僕は坑道戦を続行する」
人間軍が敷き続ける謎の道。
これだけは防がなければならない。
彼らの予知能力はそれを告げていた。
坑道。
如何に強靭な新型防壁といえども、下部から破壊魔法を用いた地雷戦術を取られると崩れる。
食料。資材の強奪。あるいは破壊。
盗賊の技を持つ彼らには難しいことではない。
無限のバックも持った。重量を無視するバックと、サイズを無視するバックのセットである。
「えへへ♪」
少女が微笑む。水のウンディーネに撫でてもらった余韻に浸る。
「気持ちは判るけど、落ち着けよ」
少年が苦言する。
「そ。そ。成功したらまたウンディーネ様に撫でてもらおう」
「皆。準備は出来た?」
黒髪の少年が呟く。
「おっちゃんの墓に言って来た~!」「皆が呑んでいた酒場に。潰れてたけど」「僕は育てのお母さんとお父さんに。死んだけど」「僕も僕も」
「あたしも。あのね。シルフィード様に御守りを」「いつの間に」「あの人、御守り持てるのかなぁ?」「モテ無いだろうね。女の子的に」「私がいるわよっ?!」「いや、君にそういう素振りしたら僕はあの人見切るよ。ロリコンじゃん」「ひどっ?!」
「サラマンダー様に火種壷の炎貰った」「絶対成功させて帰ってこようね♪」「おう」
幼子のようにとりとめなく。
若い娘のように口々にはしゃぎ合う彼らの顔が一斉に引き締まる。
「君たちは我が種族の精鋭だ」
少年は叫ぶ。
「我ら、愛するものの為にッ!」
彼らは一気に風より疾く駆けぬける。
其の姿は人間の目には触れることなく、城壁を駆け、城壁を登る人間軍の兵士の頭を軽く踏み、堀を飛び越え散っていく。
子供の姿をしたこの妖精族は、心から愛するものたちの為に死をも厭わぬ勇敢さを発揮する。
「『生きて』か」
少年は微笑む。
「それは、私達も貴女に言いたいのです。水のウンディーネ様」
そして、彼もまた、死地に赴く。
一方。
「あはは。良い感じだ」
久は楽しそうに笑っている。
彼の周囲の作業員や娼婦、捕虜たちも笑っている。
「全部敷く必要は無い。それなりの強度があればいいぞ」
必要以上の強化を咎める仲間に久は呟く。
「いや、破壊活動が行われている。もう少し強化しておいてくれ」
「ただの事故だ」
「そう見えるがな」
久は視線を受けているのを感じて苦笑する。
「あ。捕虜のオマエラを疑ってるわけではねぇぞ?」
「うっせ。童貞!」「よっ?! 童帝王!」
「なんだそれはっ?!」
捕虜の頭を殴るな。勇者様。
ケタケタと笑いあう人々。彼らの王は貴族や騎士たちと行動するのを嫌う。
「破壊活動? ただの事故では」
眉をしかめる少女に久は苦笑する。
「気付かなかったのか?」
「そんなはずは無い」
「事実だ。ツェーレ」
久の断定に『忍者』ツェーレは不機嫌そうな様子を見せた。
『勇者』の中でも最強の隠密である彼女の目をかいくぐれるはずが無い。
「私のチート能力で見抜けぬわけが」
「捕虜のみんながやっていないのは君が保障してくれている」
しかし。
久は思い出したように吹き出す。
「ちーと。って。……『勇者』の癖にイカサマとか」
ププっと笑う彼にツェーレは口元を歪める。
「チートって言うのは、神様がくれた特典なんですっ!」
「ぶはははっ! また言ってるっ!」
腹を抱えて笑う久に、ツェーレは『(なんでこんなのに惚れたんだろ)』と内心呟いた。
「ああ、俺に惚れてもいいことねぇぞ? 丁稚奉公の工員だしな」
「っ?!」
「な、なんで気付くのっ?!」
「莫迦でも無い限り気付くだろ」
久は見た目に反して鋭い感性を持つ。
「あと、俺は一途なんだ。ハーレム作るつもりも二番も御免だ」
「はいっ?」
「いや、お前モテモテだし」
「いや、逆ハーは夢でしょ?!」
とんだ忍者様だ。久は呆れた。
「お前、つつしみってもんがないな」
顔を赤らめて呻く忍者を尻目に、勇者は笑う。
「おーい! 海軍の皆! 準備完了!」
ひけー! ひけー! 人々が笑いながら縄を引く。
其の先には大きな軍船。コロで転がし、木と石のレールに乗せる。
「油油っ!」「はははっ! すげーー! 船が陸を進んでいるよっ?!」
大笑いする人間達に、今、貴族も奴隷も捕虜も無かった。
次々と陸を進む大型船は魔都に向かっていく。
「これで円月湾を背後から突く。シルフィードの風が逆に味方してくれるわけだ」
久はそういってニヤリと笑う。
「ヴィントならゾンビマスターに勝てる」
「サラマンダーの炎と、ウンディーネはどうするのですか」
「サラマンダーは俺が相手する。ウンディーネ、および城壁と堀はフランメに任せた」
後は任せた。
そういって姿を消す勇者。転移魔法だ。
「!!」
充分な軍船が次々と乗り、湾を目指す中、次々と軍船が燃え出し、レールが砕ける。
「久が言った破壊活動か」
唇を噛むツェーレ。
「水~! 水は何処だっ?!」
「ここ~! ここに水あるよ~!」
『子供』の声。
いけない。まずい。
「ばかっ!! 水をかけるなっ!!」
水を得た油は爆発するように散り、更に火勢を強めた。
「クソ。砂だっ! 砂をかけろっ! 魔軍第四軍団の捕虜を呼べっ!」
「憂さ晴らしで殺しました」
「馬鹿者ッ?!」
混乱する人間軍の中、少年の男娼や子供の娼婦を装った『子供たち』が駆け抜ける。
ある者は食料を食いつくし、ある者は武器を破壊し、ある者は軍船陸送路にヒビを入れる。
そんな彼らに立ちふさがるものがいた。全て同じ姿。
「この私のチート能力を掻い潜るなんて」
実体を持つ分身。それは全てツェーレだった。
「今更気がついたの?」
子供たちはそれぞれ微笑んだ。
「殺す」
「やってみたら? 仲間殺しさん」
黒髪の少年がおどけて見せるとツェーレの瞳が憤怒に燃えた。
「貴様如きが、『勇者』に勝てると?」
「ははは。どーだろ」
少年はニッコリと笑って謎のポーズをとる。
「へんしん!」
少年をマントが包み、体格に似合わぬ長剣と黒い盾が出現する。
「エルフの亜種か」
「そゆこと♪」
「だが、『勇者』に勝てると思うなっ!!」
少年の目が細まる。更に数を増やし、一斉に全方位から襲い掛かる『ツェーレ』に呟く。
「行くよ。臆病者のおばちゃん」
「誰がおばちゃんだっ?!」
影と影が交差する。