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ククク。ヤツは四天王の中では最弱……。  作者: 鴉野 兄貴
ククク。四天王の力の一端。見たいか。ヤツこそ『土のノーム』よ
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あなたの名前は由美子です

~ しっかり。ニンフさん ~

「ニンフッ! 死ぬなっ! 」


 副官のニンフさんを抱えて走ります。


 バルラーン絶対防衛圏は私たち異世界人が持ち込んだ知識で構築された塹壕と外壁で出来た防衛陣です。

 穴を掘り、土を敵側に盛るだけで如何な盾より硬く、傾斜と穴によって敵の前進を止め、如何な攻撃も土が軟らかく受け止めてくれるのです。

 ノームと私が再構築した陣はいまだ機能し、人間の馬の動きを止めています。


~ 外壁が燃えている。ゆっこ ~


 大規模攻撃魔術を受けたのでしょう、崩れた外壁から、人間軍の大型兵器が見えます。

 塹壕のせいで馬を使うことは出来ないはずなので、あれを一度分解してから移動となると、魔都進撃はかなり遅れるはずです。思案しながらも走る足を止めるわけにはいかず。


「ウンディーネ様」

「なんだ。ニンフ」


 ~ ニンフさん。傷に触るよ ~


 水魔法と高度の回復、治癒魔法、薔薇を操る妖精のニンフさんは何度も何度も私を助けてくれました。魔法と言うモノを初めて私達に教えてくれたのも彼女でした。


「申し訳ありません。私が不甲斐無いばかりに」


 一瞬、視界が昏く歪みました。


「それは、私も同じだッ! いや、決死を指示して逃げた私のほうが罪深いっ!」

~ 由紀子。まだ泣いちゃダメ。敵が追ってきている ~


 思わず取り乱す私をたっちぃの声が引き戻してくれました。


 このまま捕まって殺されたほうが楽になるのでしょうか。

 いえ、そんな甘いことはないでしょうね。

 四肢を切り刻まれ、たっぷり穢されながら死ぬのでしょう。


~ ほんと。人間ってろくでもないな ~


 ええ。魔族は『悪』らしいですから、どうしようもありませんね。


~ 『悪だから倒す』のはまぁいい。しかし悪だから何をしても赦される。それは悪人の考えだろ。由紀子 ~


「たっちぃ。理屈じゃないんです。これは」


 『霧雨』の清浄な水を生み出す力でニンフさんの身体を綺麗にしてあげます。


~ 由紀子。頑張ったもんな ~


 ノームの憎しみを断つ試み、その意思。絶対に受け継ぎます。

 傷に弱ったニンフさんの身体は震え、ずるりと重く、そして暖かく。


「ウンディーネ様。貴女は魔族に必要な人」

「?」


 ニンフさん。ダメですよ。しっかり休んでください。

 私が叱責すると彼女は無理に笑ってくれました。


 『霧雨』で腕に傷を入れます。ちょっと痛いけど。

 魔族は血を飲むことで魔力や体力を回復させることができるのです。


 したたる血潮の臭いと痛みを彼女の口元に寄せて。 


「飲んで。ニンフ」


 ニンフさんは首を振ります。


~ 自主的にくれる血はもらったほうがいいよ。ニンフさん ~


 それでもニンフさんは首を縦に振ってくれません。


「貴女に会って三年。たった三年。それなのに」

「ニンフ。呑め。私の腕に噛み付け」


「この世界に生まれて三百年。それほど長い時間ときとも思わなかったのに」


 ニンフさんの血色の無い唇が震えるように動きます。


「貴女達と過ごした三年は、私にとって最も長い時間でした」

「ニンフ。呑めッ! 」


~ ニンフさん。呑んで ~


 遠い業火の明かりが、彼女の頬を照らします。人の焼ける臭い、誰かの勝ち鬨が聴こえます。

 私は自分の腕に吸い付き、自分の血をたっぷり口に含んで、彼女の唇に注ぎ込みました。

 しょっぱい自らの血潮の味を。彼女の柔らかくて甘い香りのする唇に。

 唇を固く閉じて抵抗する彼女を強く抱きしめ、無理やり歯をこじ開けて血潮を注ぎ込み。


 ぐったりと大地に身を任せる彼女の頬に血色が戻っていきます。


「ウンディーネ様。はしたないですよ」


 戦闘とは違う焦りに耳まで熱くなります。


「初めての接吻だったのに。酷いわ」

「舌入りとは大胆ですね」


「恥ずかしいからやめてよ」


 そんな私にニンフさんは血のついた綺麗な舌を出しておどけてみせます。はっ はっ 恥ずかしいッ?! やめてくださいッ?!



~ 由紀子。悪いけど敵が来ている。数は一〇人 ~


 苦笑いする私達に、敵の追撃が迫り、私たちは必死で走ります。

 『霧雨』の水をのんだ私たちの体力はある程度回復しています。

 私の受けた傷はニンフさんが治してくれました。魔法が使えない将軍でごめんなさい。


 魔都まで走る。とてもじゃないけど女二人には難しいことです。


「ウンディーネ様」

「どうした。ニンフ」


 あちこちにある塹壕は防壁であり、落とし穴であり。隠れ場所でもあります。

 塹壕に隠れ、息をひそめ、敵から逃れる中、ニンフさんは私にお話をしてくれました。


「御存知ですか? 私たちの種族には名前が無いことを」

「そういえば」


 そのような話を聞いたことがありました。

 私の顔を見乍らニンフさんは微笑みます。

 やっぱり絶世の美女って言葉がぴったり。


「私に、名前があれば、其の名前を呼んで下さいますか」

「勿論だ」


 もちろんです。なにをいっているのですか。ニンフさん。


「自分や、同族ではつけてはいけない決まりになっているのです」


 魔蝿が飛び交い、卵を産みつけようと生者をも襲う状況。

 隠れた塹壕の中で彼女は私達にこういいました。


「名前を。私につけて下さい。大精霊様。由紀子」

「……」


 寂しそうに言うニンフさんに何をいえばいいのでしょう。

 心の中でたっちぃと短く言葉を交わして、一つの名前を言いました。


 魔蠅の羽音に脅えながら、狂気と悲鳴との中、安らぎがあるならば。


『由美子』


「由美子。ニンフさんって美人だから」

「ゆ……み……こ……?」


「自由の『ゆ』。綺麗な人の『み』。女の子の『こ』」「ユミコ……」

「私の『ゆ』。きれいだから『み』。私達三人の『こ』」


「由美子。魂に刻みました」


 花の様に笑う由美子と私達は強く抱き合いました。


「行こう。由美子」

「ええ。由紀子」


 私達は御互いの手を取り、魔都に急ぎます。


「ウンディーネを殺せッ!」

「金貨一〇〇〇〇枚は下らんぞッッ」


「副官、ニンフも一緒のはずだっ」

「ニンフは絶世の美女と聞く。生け捕りにすれば一生遊んで暮らせるぞっ」


 私達を探す人間軍の追討の声が近くで聞こえ、その姿が見えます。鎧を脱ぎ捨て、狂った獣の目で私たちを求める彼らから必死で逃げ。皆に死を迫った私達だけ逃げ。


 罪の重さに逃げきれず、やがて退路も断たれた私は覚悟を決めました。


「由美子。私は残る」

「由紀子?」


 『霧雨』を握り、『水の羽衣』と『大地の鎧』を確かめて。


「貴女は、魔都に」

「絶対ダメです」


 もう、囲まれています。逃げられません。逃げるならば、一人を犠牲にしなければ。

 そして、一番魅力的な『エサ』は私です。


「もう逃げられない」

「それでも、貴女は魔都に向かうべきです」


 彼女の冷静な言葉に私の膝が震えます。


「死んだみんなに、なんと言えばいいの」

「貴女がいなければ、魔都の民がもっと死ぬのです!」


 相争う私たちに別の声が聞こえます。



「見つけたぞ。ウンディーネ」


 下卑た笑みを浮かべる人間の戦士たちに剣を構える私と由美子。剣先を敵に向け、由美子を守って立つ私に彼は告げました。


「剣が震えているが、本当に最強の将軍なのか」

「来るな。殺したくない」


 その言葉を口に出してから、鎧を脱ぎ捨てた彼の身体には女性のものと思しきひっかき傷が無数についていることに私たちは気づきました。


 ゲラゲラ笑う彼は憎しみに満ちた顔で私をにらみます。


「何の冗談だ? これだけ殺し殺されて。おれっちの弟も死んだ!」


 覚悟を決めて、剣を握り。たとえ無力でも、由美子だけは護ってあげたい。


「行くぞ。由美子」


 由美子に告げます。短い間でも、最も長く共に過ごした副官にして友に。


 しかし由美子はかぶりを振ってこたえました。


「由紀子。ごめん。私は貴女を裏切る」


 そう、ニコリと笑って。

 え? どういう……ことですか。


「さようなら。由紀子。彰子。私達はずっと一緒」


 私の足がゆっくりと消えていきます。


 こ、これはっ?! 『転移魔術』?!


 命と引き換えに由美子は私達を魔都に飛ばす術を。


「だめ。由美子ッ」


 私達の目の前で、由美子は崩れ落ちてゆきます。


「触るな。由美子に触るな」


 由美子の最後の笑顔はとてもきれいで。


「触るなッ! 由美子ッ! 由美子ッ!」


 下卑た笑みを浮かべる男共が、由美子の亡骸に触れる瞬間を目に焼き付けたまま、私達は。

 手を振り上げるも由美子の手には触れれず、彼女の微笑みを守ることも叶わず。


「だめっ? 由美子ッ 由美子ッ 由美子ォォおおぉぉっっ」



「ウンディーネ様がご帰還されたっ!」

「意識が無いッ! 薬師をよべッ!」


 由美子。由美子。由美子。ゆ……み……こ……。

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