人間にしてくださり、ありがとうございました
人権(じんけん、human rights)とは、人間としての権利のこと。人権思想において人間が人間として生まれながらに持っていると考えられている社会的権利のこと。
日本における人権。
日本国憲法は、国民主権(主権在民)、平和主義とならび、基本的人権の尊重を三大原則としている。
基本的人権とは、人間が、一人の人間として人生をおくり、他者とのかかわりをとりむすぶにあたって、決して侵してはならないとされる人権のことである。すべての人間が生まれながらにして持つ。
基本的人権は、生命、財産、名誉の尊重といったような個別的具体的な権利の保障へと展開することが多い。このため、体系化されているさまざまな権利を総称して「基本的人権」ということもある。
人権に関する法律の整備の基本的な部分は、主に内閣府と法務省が担当しており、法務省の人権擁護局がその中心となっているほか、必要に応じて担当する省庁が法律を整備している。(ウィキペディア日本語版より抜粋)
「撃てッ」
次々と防壁に向かい魔法が爆ぜ、半壊した防壁の機能を奪って行く。
「ウンディーネ様。もう資材が」
「使えるものは何でも使えッ」
魔将の周囲で指示を仰ぐ建築士たち。我々の世界では家を建てる職業だが、この世界の戦場では現場指揮官の一種である。
「夜まで何としてでも持たせろッ」
「夜までに落せッ」
土嚢を積み上げ、魔術の蔦や魔物、時には死体すら積み上げて防衛する魔王軍。
対して物量で攻める人間軍。両者必死の戦いが繰り広げられる。
爆発音。頭をふったウンディーネが叫ぶ。
「何が起きたッ」
「報告。1番、3番防壁崩壊。『自爆魔法』です」
「な」
絶句。
「なんだと」
魔族に刻めばその力を増すことができるが人間に刻めば力の代償に死の苦痛を受けるとされる呪印に覆われた由紀子の表情が凍る。
「こちら側の爆裂岩の間違いではないのか」
爆裂岩とは、岩に魔導で仮初の命を与えて作られる。動かず、騒がず、敵を監視しつつ、刺激に応じて自己判断で自爆する魔族側の兵器である。
「あんな危険なもの、防衛圏には置きません」
彼らは元が岩だけに少々気難しい。
「第四軍団がいれば土の魔法で」
「現在、『水壁』『氷壁』『魔蔓』で耐えています」
今の防衛圏は既存の高価な石材を廃し、土を盛って防ぐ新型城壁を導入し、あえてある程度崩れるようにしている。
これで多少の爆発魔法は防ぎ、登攀を試みるものを落とすことが出来る。
しかし、神や悪魔に命を捧げる代償に仲間を護る『自爆魔法』を防ぐほどではない。
「急げッ! 土嚢でも何でも使えッ」
「おぅ! 」
魔族も負傷者も捕虜も無い。皆が必死で壁の修理をする。
そこを狙い人間側から撃ちこまれた矢の雨、投石器による釘や石や死体が爆ぜる。
「同族や捕虜にも容赦無しかっ!」
「捕虜を使っているのは向こうもこちらも同じだが」
魔族の青年と捕虜の人間が戦場で苦笑い。
「ありゃ。酷いわ」
「否定しない」
震える子供が投石器の上に乗っているのが見える。泣きながらこちらに突撃してくる魔族たちは、彼の親族なのだろう。
『魔導封印』。
魔族ならば一般人でも習得していることが多い魔法の使用を封じる簡単な魔法だが、神や悪魔、魔神に自らの命を捧げて発動する『自爆魔法』は防げない。
また。人が爆ぜる。
それと同時に用済みになった『弾丸』がこちらに飛んできた。
ぺちゃ。『弾丸』は城壁に傷一つつけずに、赤いペーストになった。
攻め手の怒号がますます高まり、受け手の声が細くなっていく。
由紀子は覚悟を決めた。
「ここまでか。ニンフ。お前は逃げろ」
「ウンディーネ様が先ですッ」
「お前は女だ」
「ウンディーネ様は女の上に子供ではありませんかッ」
争う魔将と副官、御互い譲らない。
「ウンディーネを殺せッ」「犯せッ 切り刻めッ」
「させるかッ」
「我ら決死!」「我ら決死!」「我ら決死!」
「魔族に死という祝福を!」
「神よ。我らが『金色の髪』よ。御照覧あれ!」
魔族軍の中には素手のまま、もしくはスコップを持った捕虜まで混ざっている。
「ばか。人間どもは引っ込んでいろッ!」
「この期に及んで、水くせぇよっ!!!」
建築士の一人に笑う人間の男。
「もう、てめえについていくって決めたぜ。俺は」
魔族も捕虜もなく、彼らは人間軍の波の中に自らの身を盾として堤として捧げ、砕け散っていく。
「ウンディーネを探せッ! 子供だっ! 子供を捜せッ 殺せッ!」
ウンディーネこと由紀子を求めて斬り込んで来る人間兵たちを必死で食い止める魔族軍。
「夜まで持たせろッ」
「夜までにウンディーネを殺せッ」
投石器の爆撃は、人間にも魔族にも容赦なく浴びせかかる。
あちこちで肉が、骨が、土が、血が爆ぜ、炎が燃える。
激を飛ばす子供と絶世の美女は目立つ。彼女たちを求めて斬りかかっていく敵兵士たちを迎撃する魔族軍の数はどんどんすり潰されて。
「ウンディーネ様ッ」
薔薇の花を操るニンフの魔法が由紀子を矢から、投石から防ぐが、防ぎきれるものでもない。間一髪。踊りこんできた影が由紀子を護る。
「逃げて、下さい」
捕虜の一人がそういって微笑んだ。
急ぎ彼の傷を確認した由紀子は愕然とした。もう助からない。
「何故だ。捕虜の貴様が」
呆然と彼を抱き起こす由紀子。
「帰れるのだぞ。隠れていれば人間軍の元に。故郷に」
戦場の中、由紀子の凛とした声に微笑む捕虜の男。
「俺。農奴の生まれで、兄弟は売られたり、〆たりで。魔族は悪だ。アイツらを殺せば報酬が貰えるからって口減らしにこんなところに。
でも、愛し合う女以外に手を出せなくなる魔法をかけられて、魔族の女と恋して。皆で酒呑んで。歌を歌って。殴り合って。
ウンディーネさまが仰っていましたよね。『人間の権利』って」
凄く。幸せでした。
「『人間』にしてくださり、ありがとうございました」
青年はそういって息を引き取った。