ルームメイトのお姫様 04
チャラリララ~。
軽快な機械音の奏でる音楽に、哲平は布団の中でもぞりと動いた。
うっすらと目を開けながら、手を伸ばす。何度かその手が宙を彷徨い、哲平はようやく音を奏で続ける携帯電話をつかみ取ることに成功した。もぞりと、哲平は布団の中から頭を出す。
哲平の手の中にあるちかちかと光るそれは、朝の7時を知らせている。昨日、寝る前に哲平が自分でセットしたアラーム音だ。
(・・・もう朝か)
哲平は鈍い頭をふらふらと上げながら、慣れた手つきでアラームを切った。
右に左に視線を彷徨わせ、ようやく自分が寮の自室にいるのだと自覚した。
哲平が入寮して初めての朝だ。
(朝飯は・・・)
「8時までだよなー」
一度身体を伸ばすように状態をそらせて、哲平はもそもそと布団から這い出ていった。
二段ベッドの上段に眠っていた哲平は、そろりとベッドの淵に取り付けられたはしごを下りていく。
床に足をつけ、もう一度身体を伸ばし、ようやく哲平は室内に自分以外の人影があることに気がついた。それはベッドの下の段の縁に腰掛ている。
「あれ?」とまだぼんやりとしている視界に目を凝らすようにしながら、哲平は怪訝そうに顔をしかめた。
「お前、当分帰ってこないとか言ってなかったか?」
そう声を掛けると、室内にいた人物、真奈佳がもじもじと身体を揺らしながら、遠慮がちに哲平を見上げてきた。
「うん・・・そのつもり、だったんだけど」
真奈佳はちらちらと、哲平を見上げては俯く。言葉を濁しながら、物言いたげな視線を投げかけてきた。
朝からそんな意味不明な姿を見せられた哲平は、途端に不機嫌になっていった。別に真奈佳はルームメイトなので同じ部屋にいることは全く構わないのだ。なのだが。
「言いたいことがあるならはっきり言え!俺は朝はテンションが低いんだよ!めちゃくちゃだるいんだっ」
哲平は誰が見てもテンション高めの声を張り上げる。
きっぱりと、冷たく言い放たれた真奈佳は、気後れしたように俯いてしまった。そのままじっと動かない。
(・・・ったく、朝は何も考えたくないのに)
哲平は寝癖の目立つ頭を掻いた。面倒だと思いながらも、どうにかした方が良いだろうと考えを巡らしていく。仮にも真奈佳はルームメイトなのだ。これから三年間は同じ部屋で過ごす事になるのだ。たとえ当分の間この部屋に帰ってこないとしても、どこかで顔を会わせる機会はあるだろうし、その頻度は普通の同じ学校の生徒というだけよりも高いはずだ。できれば気まずい雰囲気は作りたくはない。なるべくなら仲良くしていきたい。
哲平は真奈佳の前にしゃがみ込んだ。見下ろされるということはそれだけで相手から威圧された感じを受けることを哲平は身をもって知っているからだ。普段見下ろされる事が多い哲平からしたら、ちゃんと話をする時くらいは目線を合わせろとよく思っていた。なにぶん、相手の方が背が高いので必然的に哲平は見上げる形となり、それが大層気分の悪い事なのだ。
「なあ、俺に何か言いたいことがあるのか?あるなら何でもいいから言えよ。俺はわりと気が長いほうだから、ちゃんとお前の言い分も聞いてやるからさ」
意識して少しだけ声を和らげて哲平が言った。
「・・・あのね」と、真奈佳がゆっくりと顔を上げる。
哲平の目をじっと見つめる真奈佳は、意を決したように口を開いた。
「朝ごはん、一緒に食べようと思って」
「・・・は?」
「だから、哲平と一緒に朝ごはんが食べたくて、帰ってきたんだ」
「・・・あ、そう」
哲平は拍子抜けだ。もっと何か言われるのかと思っていた。昨日はつい頭が熱くなってしまい、自分の主張を盛大に披露してしまったのだから、そこに何か思うところでもあったのかもしれないとわずかな心配をしていたのだ。だが、それは取り越し苦労のようだった。
真奈佳は真剣な顔つきで哲平を見つめる。そこに嘘は見られない。本当にそれだけなのだろうと、哲平は感じた。
可愛らしい顔を不安げに曇らせながら、真奈佳は哲平の返事を待っていた。それが家に置いていかれる子犬のようにすがりつくような表情で、哲平は邪険に払う事が出来なくなってしまった。別に朝食くらい一緒に食べても良いし、むしろこれからのこともあるからそれなりに交流を深めた方が良いのかもしれない。同じ屋根の下に暮らし同じ釜の飯を食べるということは、兄弟同然と言ってもいいくらいなのだ。そして、きちんと話をすれば真奈佳のいいところも分るだろうし、友達にもなれるかもしれないのだ。
「んじゃ、行くか」
哲平はゆっくりと立ち上がった。
「着替えるから少し待ってろよ」
言い終えて、哲平はちらりと視線を向けた。座り込んだままの真奈佳は、ぱっと花が咲いたような笑みを浮かべて哲平を見上げてくる。その笑顔は、ブラウン管の中で笑顔を振りまくどのアイドルの女の子たちよりも可愛らしいものだった。
(・・・ほんと、詐偽だよなー)
哲平は真奈佳の笑みを見下ろしながら、しみじみと思う。これだと騙される輩がいても当然だ。もっとも、哲平とすると真奈佳が男だと分っている時点で、どれだけ可愛い顔立ちをしていようが女の子に対するような対応に変える気など微塵もない。
哲平はクローゼットを開けると、中からジーンズとTシャツを取り出した。入寮して二日目で、寝巻きで外をうろつく気にはとてもなれない。それくらいのPTOはわきまえている哲平だった。
着替え終わるとそのまま哲平は部屋の外へと出て行く。その後を追う様に、真奈佳も哲平の開けたドアを潜り抜け、部屋の外へと出て行った。
ざわりと、周囲が騒ぎ出す。
部屋から出てきた真奈佳の姿を見た生徒たちが、途端に騒ぎ出したのだ。そして、真奈佳の隣りに立つ哲平を見て、剣呑な視線を投げかけてくる。
その突き刺さるような視線に、哲平は一晩寝て忘れてしまっていたここでの自分の立場というものを思い出した。昨日も感じた居心地の悪さが哲平を襲っていた。面と向かって喧嘩を売られるほうがずっと気が楽だ。ただ遠巻きに敵意を向けられているだけだと、いちいち相手にするのも馬鹿らしい。かといって、無視するには向けられた視線は強すぎる。
(・・・なんで俺がこんな目に・・・)
哲平は急激に感じる重荷に、そっとため息を落とした。
ご機嫌な様子で食堂へ向かおうとする真奈佳を押しとどめ、哲平は宗司の部屋の前に立つ。宗司はすでに朝食を食べているかもしれない。それでも一応、といったように哲平は力いっぱい部屋のドアをノックした。
出て来いっ、と念じながら何度かドアを叩き続けていると、ようやくガチャリと音を立ててドアが開かれる。
開いたドアの隙間から、宗司が顔を覗かせた。
正面に立つ哲平を見やり、「何だよ、朝っぱらから」と少し不機嫌そうな声を投げかけてきた。
「朝飯、食ったか?」と哲平が聞くと、「これからだけど・・・」と返事が返ってくる。そうしてドアが完全に開かれて、宗司が姿を現した。すぐに哲平の横に立つ真奈佳に気付いた宗司は、途端にその表情を曇らせた。目で「自分を巻き込むな」と哲平に訴えかけてくる。宗司の気持ちを察しながらも、哲平は引く気は一切無かった。
「朝飯、一緒に行こうぜ!」
哲平は宗司が逃げられないように腕を掴んだ。右足を差し入れて開いたドアを固定する。宗司は嫌そうに顔を歪ませていた。
「・・・俺は遠慮する」
すでに周囲に群がり始めた寮生たちから痛いほど険を含んだ視線を送られているのだ。この上仲良く食堂で食事をしようものなら、後どんな仕打ちを受ける羽目になるのか考える事すら恐ろしい。だがそれは哲平も同じで、何より自分だけが巻き込まれることが面白くないのだ。
「そんなこと言うなよ」と哲平はにこやかな笑みを浮かべながら言った。掴んだ手に力を込め、「逃がさんぞっ」と目で訴える。
二人は身を寄せ合うようにして声を潜めて囁きあった。
「俺を巻き込むなよ」
「俺だって巻き込まれてるんだ」
「なら回避すればいいだろう」
「出来なかったんだよ。一応ルームメイトだし」
「だから、ルームメイト同士仲良く二人で行けよ。そして親睦でも深めろよ」
「俺一人でこんな針の筵に飛び込めって言うのか!?」
「俺は飛び込みたくはない」
「俺だって嫌なんだよ」
「だったら・・・」
「だけど、それは別に二葉のせいともいえないことだろ」
「・・・それは、まあ、そうだが」
「というわけで、一緒に行こう!」
「いや、意味が分らんし」
「俺一人じゃ、怖いじゃん」
「お前なら十分乗り切れるだろ」
「俺たち友達だろ」
「・・・昨日まではな」
「宗司ぃー」
哲平は宗司の腕にしがみついた。
「一緒に行ってくれよ!正直、俺一人じゃ荷が重いんだよ。こんな鬱陶しい視線を向けられ続けたら、温厚な俺でもさすがに切れそうでさ。入寮二日目で暴れるわけにはいかないだろ」
哲平に拝むように頭を下げられて、宗司は諦めたように深く息を吐いた。