ルームメイトのお姫様 03
すっかりと意気投合を果した哲平と宗司は、他に知り合いもいないので二人仲良く夕食を共にした。食事は普通の家庭料理といった感じで、だが量だけはたくさんあるので哲平にとっては満足のいくものだった。
お腹一杯で食堂の椅子にもたれかかるように座っていると、不意に手元が暗くなった事に哲平は気が付いた。上体を逸らして顔を上向かせると、自分を見下ろす男と目があった。哲平を見下ろすその男は、無造作に立っているようで、それでいてモデルのように品があり存在感を強く発していた。顔立ちが整っているからそう見えるのかもしれない。
(・・・んだ?こいつ)
哲平は見下ろしてくる男を睨み上げた。初めて会うはずなのに、やはりこの男も自分に対して好意的ではなく、むしろ誰よりも敵意を剥き出しにしているように哲平には感じた。自然と、哲平にも男に対しての対抗心が芽生えてくる。
「おい」と男が低い声で言葉を掛けてきた。
ぴくりと、哲平の眉間が震える。だがすぐに「喧嘩はご法度」と思い出して、哲平は改めて振り返って男を見上げた。
大人になれ、と哲平は自分に言い聞かせる。
男は舐るように哲平の姿を上から下まで見てくる。そして。
「ちょっと面貸せ」
開口一番、喧嘩腰で男は命令してきた。
哲平の返事を聞く前に踵を返そうとして、哲平が立ち上がらないことに男は気付く。
「早く来い」と怒ったように男は言ったが、哲平はいっこうに立ち上がろうとはしなかった。冷めた目で男を見ながら、ふんっと鼻を鳴らす。
「あいにく、名乗りもしないような奴に貸す面は持ち合わせてないんでね」
(誰がついていくかっ、馬鹿者め!)
売られた喧嘩は気前よく買う主義の哲平だ。喧嘩を売ってきた奴が悪い、というのが哲平の持論なのだ。これで喧嘩になろうが相手が悪い。哲平の火のついた闘争心は揺るぎないものだった。
はっきりと対抗するように言ってきた哲平の言葉に、男は僅かに目を見張る。怪訝そうな顔で、なおも男は哲平を見下ろして呟いた。
「お前、俺を知らねーのか?」
「知るかよっ。俺は今日ここに来たばかりなんだ」
哲平の言葉を受けて、男は馬鹿にしたように目を細めた。それには哲平もかちんとくる。
立ち上がろうとしたところで、哲平は宗司に肩をつかまれた。宗司は力強く、腰を浮かせた哲平をイスに座り直させる。そっと、宗司は哲平に顔を寄せると耳打ちをした。
「生徒会の書記をしてる沢下心先輩だ。例のファンクラブの副会長」
宗司の言葉に、哲平は少し驚いた表情を浮かべた。
「多分、二葉のことで話があるんじゃないのか」
そう言われて、哲平は顔をしかめさせた。
「俺はないぞ」と言ったところで、目の前にいる男、心には通用しないのだろう。
心の中には、ついて来ないという哲平の選択肢は存在すらしていないのだ。
「ここは素直に行ったほうが良いと思うぞ」
「・・・面倒くさい」
「なるべく騒ぎにならないようにしないとまずいって。生徒会に目を付けられるのも厄介だしな」
「別に怖くなんてねーよ、そんなもん」
「他の学校のことは知らないけど、うちの学園で生徒会といったら、生徒の中での最高権力なんだよ。独裁と言ってもいい。それに媚びへつらう奴らも多いから、生徒会を敵に回すって事は学園を敵に回すって事と同じなんだよ」
「それがなんぼのもんじゃい」
「問題を起こせば謹慎、停学、退学」
「うっ・・・」
「しかも教師は生徒会の味方だ」
「・・・」
「ここは一つ、お前が大人になれって」
「・・・はあ」
宗司に諭されて、哲平はようやく重い腰を上げた。
心はようやく自分に従うように立ち上がった哲平に対して嘲るような笑みを浮かべ、踵を返す。
哲平が付いてくるかどうかも確認することなく、心は早足で歩いていってしまった。
どうにも、ここの人間は相手に歩調を合わせるということを知らないらしい。
「思いやりって言葉は何処に消えちまったんだ」
そうぼやきながら、哲平は仕方なくといった様子で心の後に続いて行った。その後を宗司が付いてくる。
「お前って良い奴だよな」
何も言わなくても付いてきてくれた宗司に対して、哲平は顔を綻ばせた。
「・・・放っておくと、お前の場合何をしでかすのか分ったもんじゃないからな」
先ほどの食堂での哲平の好戦的な態度に、宗司は一抹の不安を抱えていた。哲平が見かけよりもだいぶ気が短いらしいことに気がついたのだ。それに二葉真奈佳の話は、今日来たばかりの哲平には酷だろうと宗司なりに気をきかせたのだった。
無言で歩く心の後に続き、二人が通されたのは寮内にある一室だった。ドアの横には「月島楓」「河内佐奈留」という名前が掲げられてる。それを見て、宗司は部屋に入る事を躊躇う素振りを見せた。
哲平は宗司の横にいて、宗司の動揺にすぐに気付く。
「どうした?」
「いや・・・ここ、生徒会副会長の部屋だ」
「へえ」
「ファンクラブの会長でもある」
「へえ・・・はあ!?」
「・・・こんなに早く出てくるなんて・・・よっぽど哲平を警戒してるんだな」
宗司の神妙な声に、哲平はうんざりとした様子で肩を落とした。本当に余計な警戒だと思えて仕方がない。
「さっさと入れ」という憮然とした心の命令口調に、哲平と宗司はようやく室内へと足を踏み入れた。
室内に入った心は無言で壁際に立った。部屋に入ってくる哲平を睨みつけてくる。
哲平はドアの閉まる音を聞きながら、ゆっくりと室内を見回した。
哲平と宗司、心の他に、哲平が来るのを待ち構えていたように二人の人影があった。
一人は端正な顔立ちの男前がベッドの縁に座っている。その横には校内新聞の写真で見た美少女・・・ではなく少年が寄り添うようにして座っていた。皆が皆、室内に入ってきた哲平を注目している。
哲平は居心地の悪さを感じながらも、宗司の横で周囲を威嚇するように胸を張り仁王立ちしていた。
「なあ、あれ誰だ?」と哲平は宗司に耳打ちした。
哲平はベッドに腰掛ける多分長身の男に視線を流す。哲平の視線を追うように宗司もその男をちらりと見た。
宗司は声を潜めて、哲平に耳打ちする。
「ベッドに座っているのが生徒会副会長の月島先輩だ。その隣りがお前のルームメイトの二葉」
「てめーが押しかけてきたんだ。俺たちはルームメイトなんて認めてねー!」
宗司の声を聞きつけた心がすかさず反論を示す。
「・・・だそうだ」と否定する気のない宗司が哲平を見た。その目が「それで納得しろ」と物語っている。そしてなるべくおとなしくしていろという宗司の切望が哲平にも伝わった。
「河内先輩はいないみたいだな」
宗司がほっと息を吐く。
「誰?」
「この部屋のもう一人の先輩だ。生徒会の会計をしている」
「ってことは、ファンクラブ会員か?」
「いや、河内先輩は違うと思うけど」
宗司の言葉は歯切れが悪かった。
なるほど、と哲平は思った。その河内という先輩も含めてここにいる生徒会の役員は警戒する必要のある者ばかりという訳か。
「おい」と声を掛けられて、哲平はベッドに座る男、楓を見た。楓は先ほどから射るような冷たい視線を哲平に向けてきていた。心とは違い好戦的ではないが、友好的とは冗談でもいえない視線だ。むしろ、何を考えているのかが分りにくい分、不気味ですらある。
「真奈は一応お前と同室ということになっているが、しばらくは部屋に帰さないからそのつもりでいろ」
楓は有無を言わさぬ迫力で言い切った。
どんなつもりだよ、と哲平は内心で呆れてしまう。帰る帰らないは本人の勝手だろうと思うのだが、そこはあえて言わずにおいた。我慢し譲歩する自分は大人だなと哲平は密かに自画自賛する。
「じゃあ、点呼とかはどうするんですか?」
一応相手は先輩なので哲平は敬語を使って聞いてみた。入寮の際に渡された案内には毎日消灯前に点呼があると書かれていたのだ。
「上に話は通してある。お前が気にする必要はない」
冷たく突き放すような楓の言葉に、哲平は「あ、そう」と受け答えるしか反応を示せなかった。
そこで会話は途切れ、そろそろ帰ってもいいだろうかと哲平は考える。こんな居心地の悪い場所にはもういたくはない。哲平は宗司を見上げた。
「もういいよな」と哲平は宗司に小声で聞く。哲平を見下ろしてきた宗司の目も、早くこの部屋から出たいと語っていた。
そんな哲平と宗司の様子を前に、「お前・・・」と楓がボソリと言う。
この部屋に来て一度真奈佳の姿を見ただけで興味を示すそぶりを見せない哲平に、楓は不信感を募らせていた。
「真奈を見てどう思う?」
つい、楓は余計なことだと思いながらも聞いてしまった。だがそれは確認しておかなければならない重要事項であることは確かなのだ。もし真奈佳に対して少しでも好意を寄せようものなら、すぐにでもこの寮から追い出してやると楓は決めていたのだ。そして、真奈佳に対して絶対にそういった不純な気持ちを誰もが持つものだと楓は確信に近い思いを持っていたのだ。
聞かれた哲平はといえば、きょとんとした顔で楓を見た。
どう、とはどういうことなのだ?
質問の意味が分らずに、とりあえず真奈佳を見た感想でも言えばいいのかと思い直す。それならばと、哲平は改めて真奈佳を見た。
途端に、心から「じろじろ見るんじゃねーよ!」という罵倒を投げ付けられた。
相性が良いのか悪いのか、心の発言は哲平の闘争心に火をつけてしまうようだ。
「初対面でどう思うかと聞かれたら、とりあえずどんな奴か見るのが普通だろうがっ」
哲平は心を睨みつける。哲平の中で、心が先輩だという認識は全くないようだ。
心は壁から背中を離すと、一歩、足を踏み出した。
「なんだと!?てめー、先輩に向かってどんな口聞いてんだ、こらっ」
「はっ。俺は歳で相手を敬うことはしない主義なんだよ。1年2年早く生まれたからって威張るんじゃねーよ!」
「てめえ!?」
「なんだよ!喧嘩なら買ってやるぞっ」
鼻息荒く、哲平と心はにらみ合う。一触即発、である。
「止めて、心先輩」
不意に、男にしては少し高いキーの声が二人の間をさえぎった。見ると、真奈佳が不安そうな顔で心と哲平を交互に見つめている。
すがる様に真奈佳に言われて、心はすぐに一歩引いた。壁に背中をつけて、だが視線は哲平に定めたまま睨みつけてくる。顔には不本意だと大きく書かれているが、それでも心は真奈佳のお願いを無視することは出来ないようだ。
「哲平」と横にいる宗司に名前を呼ばれて、哲平は熱した頭を冷やしていった。深く息を吐き、気持ちを落ち着かせていく。
「質問に答えろ」と楓に言われて、哲平は話が振り出しに戻った事にうんざりした。
「・・・会ったばかりで何を思えって言うんすか」
哲平は本心を隠すことなくそう言った。だが、楓は納得していない表情で哲平を見据えてくる。何かを答えなければ、楓は自分を開放してくれないのだろう。本当に面倒なことに巻き込まれてしまった。哲平はため息を吐き出しながら喉の奥から声を絞り出す。
「まあ・・・正直に言ってもいいんなら、言いますけど」
哲平はじろりと真奈佳を見た。全ての元凶がこの美少女のような少年、真奈佳にあるのだと思うと、どうしても見る目付きがきつくなってしまう。真奈佳は哲平の強い視線に怯えるようにして、楓の腕にしがみついた。その姿は本当にか弱い少女のようで、保護欲を誘うものだった。男なのに、男には全く見えない。
(・・・ああ、俺、こいつを)
「どつきてー」
真奈佳を見つめたまま、哲平はぼそりと呟いた。
哲平の言葉に、周囲の空気が凍りつく。だが、哲平はそんな事には全く気付かなかった。ようやく自分の納得できる感想を得られた事に勢いづいたのか、ふつふつとわきあがる感情をそのまま声に出していく。
「何ていうか、マジでムカつく。何なんだ?それ。お前本当に男か!?顔なんてもんはどうだっていいんだよ。男っぽかろうが女っぽかろうが、もって生まれたもんだし親から授かったもんだしな。整形しろとか言うつもりは一切ねーけどよ。だって、それも個性の一つだろ。だけどな、男に生まれたからには気張ってなんぼだろうがっ。守られることが当たり前みたいなその態度が俺は気に食わない!女じゃないんだから。別にな、体が男でも心は女だって言うんならそれでもいいんだよ。でもお前は男だろ。男なら大切なもんを守るために戦えよっ。拳でのし上がれよ!それが男ってもんだろうが!」
哲平は拳を握り、熱弁した。我ながらなんと男気溢れる主張なんだ、と自分に酔いしれていく。
「・・・お前」と楓は呆気に取られた様子で哲平を見遣った。
「真奈を見てなんとも思わないのか?」
信じられない、といった様子で楓が言った。
「だから、いろいろと思ってるじゃないっすか。しな垂れるなとか、膝をつけて座るなとか、馬鹿みたいに目を潤ませれば良いわけじゃないとか」
「そうじゃないっ。可愛いとは思わないのかと、聞いているんだ」
焦れたように楓が言う。哲平は「ああ、そういうことか」とようやく楓の質問の意味を察した。
「まあ、可愛い顔はしていると思いますけどね。そんなこと、たいした事じゃないでしょう」
事も無げに哲平は言い切った。
「いいですか、男ってのは顔じゃないんですよ!ハートです!心意気!中身で勝負してこそ男ってもんでしょう!」
「はっ」と、心が鼻で笑う。
「モテない奴ほど、そう言うんだよな」
心底馬鹿にしたような心の言葉に、哲平はじろりと睨みつけた。心はなおも言いつのる。
「そういうのを負け犬の遠吠えって言うんだよ」
「んだと!?」
「でもって、モテない奴ってのは、女も顔じゃないとかぬかすんだよな。そりゃ美人には縁がないからそう言わざるを得ないんだろうけどな」
くくっと、心が笑った。
「顔だけで人を判断するような奴は、最低だと俺は思うけどな」
負けじと哲平が心に噛み付く。それを心は余裕の笑みで受けて立つ。
「第一印象なんてものは、まず外見だろ。男も女も、見た目の良い奴に擦り寄っていくんだよ」
「そんなのは最初だけだ」
「だが、きっかけすら掴めないようなお前らには、その次の付き合いも縁がないだろ」
「お前みたいな歪んだ価値観を持った奴こそ、その次の付き合いなんて無理だろうな」
「知ったような口を利くな」
「知らねーよ、お前のことなんて」
哲平と心が睨み合う。
「きれい事並べたって、結局お前も顔で相手を選ぶんだよ。人間なんてそんなもんだ」
心は吐き捨てるように言った。
「俺は違う」
哲平はきっぱりと言う。
「どうだか」と心は乾いた笑いを漏らした。
「俺は」と哲平が静かに言った。その目はとても真剣で、思わず心も言葉を詰まらせる。
「付き合う奴を顔で選んだ事なんて一度もない。そいつがどういう奴かちゃんと自分で確かめて、選ぶんだ。上辺だけの付き合いなんていらない。顔で選んで隣に並んで、それでいいなんておかしいだろ。そんなの、身につける装飾品と同じだ。そんなのはダチでも何でもない。女だって同じだ。顔じゃない」
哲平は拳を握る。
「女は・・・」
哲平は言葉を切った。
一瞬の静寂。
室内にいた誰もが、息を飲み、哲平の次の言葉を待った。
「女は巨乳が一番だ!!」
哲平は声高々に、自信に満ち溢れたように言い切った。
「・・・はあ!?」
心はぽかんと口を開けたまま哲平を凝視する。哲平以外の誰もが、言葉を忘れたようにただ哲平を凝視していた。
「腰のくびれとたっぷりと弾力のある胸。これぞ男の浪漫だよな!」
「・・・おい」
「童顔に巨乳もエロくて良いけど、やっぱりきりっとした少しきつめの目元に巨乳が一番良い!」
「おいっ」
「小○A子最高ぉ!あの体のラインは芸術だー!」
「てめー!人の話を・・・」
「あっ」
興奮気味だった哲平が、突然大人しくなった。心は訝しげな視線を向ける。
哲平は俯き、その場に固まっている。
何事だと、皆が哲平に注目していた。
「・・・チンコたった」
ぼそりと、哲平が呟いた。
「・・・さ、最低!」
突然、真奈佳が叫んだ。その顔は真っ赤に染まっている。
「信じらんない!そんな・・・下品なこと」
肩を震わせながら、真奈佳が言った。
「真奈、こういう輩には近づいてはいけないよ」
楓は哲平を汚いものでも見るような目で睨み、真奈佳の肩を抱き寄せた。
「お前、最低だな」と心が呆れたように言う。楓とは違い、そこに軽蔑の色はないので、同じ男として分らないわけではないようだ。
哲平は、周囲の反応にそれこそ信じられないといったように目を見張った。
「何言ってんだ!これは健全な日本男児として当然の反応だぞ!男に組み込まれた遺伝子がそうさせてるんだ!あの胸でなんでたたねーんだよ!それこそ異常だろうが!」
「たつか!っつか、それ以上言うな!真奈の前だぞ!」
「こいつだって男だろ!俺たちと同じじゃねーか!」
哲平は真奈佳を指差して叫んだ。
「ふざけんな!真奈をお前みたいなクソ馬鹿と同じにするんじゃねーよ!」
心が叫ぶ。
「っつーより、何だよ、お前。さんざん偉そうなこと言って、結局外見で判断するんじゃねーか!」
「何がだよ」
「何が中身だよ。巨乳がいいとか言ってる時点で、てめーは女を外見で選んでるんだろっ」
「ばっか!ただの巨乳じゃねーぞ。全体のバランスだって大事なんだ。こう、山と谷が絶妙のバランスで・・・」
言いながら、哲平は両手で身体のラインを宙に描いていく。
「はー、やっぱりいいよなー、夢だよ、ドリーム!あそこには男の浪漫が詰まってるんだ」
うっとりと、哲平が呟いた。
「んなことはどーだっていいんだよ!胸なんてでかかろーがなんだろうがな。俺はお前の頭の中が信じられねーよ」
心は苛立ちを隠そうともせずに苦々しく言い放った。
ぴくり、と哲平の眉が上がる。そろりと心を見て、哲平は一つのことをひらめいた。
一人で納得するように頷くと、窺うような視線を心に向ける。
「お前、もしかして貧乳派か」
そういうことか、と哲平は納得する。言われた心は、目を丸くするばかりだ。
「はあ!?」
「うんうん、人の好みはそれぞれだもんな。悪い、俺の好みをお前に押し付けるべきじゃなかったよな。貧乳だって見れば味があっていいもんじゃねーか。恥ずかしがることはないぞ」
哲平は心を安心させるように笑みを浮かべて見せた。
「・・・だから」
心はこめかみに血管を浮かべながら奥歯を噛み締める。握った拳は、遠目でも分かるほどに震えていた。
「お前と一緒にするんじゃねー!」
気が付けば心に部屋を追い出された哲平と宗司は、二人肩を並べて自室へと戻っていた。道すがら、哲平はやれやれといった様子で肩をすくめる。
「あいつら、短気だよな」
真剣に哲平は言った。そこに来て、堪えきれないといったように宗司は声を立てて笑い出した。肩を震わせるその様子は、今まで必死に我慢をしてきたのだということを容易に示している。
「哲平。お前マジで良いよ。最高!」
宗司は哲平の肩を乱暴に叩いた。
「宗司も巨乳派か?」
「いや、俺はどっちかっていうと、その中間くらいが好きだな」
「そっかー。それも好みだもんな」
哲平はへらりと笑う。
「なあ、哲平は本当に二葉を見てなんとも思わないのか?」
「なんだよ、お前まで」
「だって、正直あれだけ可愛いのは、実際の女の子の中にもそうはいないだろう」
「あー、確かにな」
哲平は素直に頷いた。
「あれが女だったら惚れてるかもしれないな。貧乳だけど」
「そこかよ」
「いや、そこは重要でしょう。・・・ってのは冗談で」
「冗談なのかよ」
「まあまあ。問題なのは、だ。二葉が男か女かってことだ。体がじゃねーぞ、中身がだぞ。あいつは女みたいな見かけでも中身は男だろ。女っぽく振舞っていてもな、あいつは男なんだよ。なら、俺は同じ男として接するべきだと思うわけだ。ダチとしてでもなんでもさ、付き合う以上はそいつの人間性ってのをちゃんと見ないといけないと思うんだよ。面なんてもんは、人間にとってはただの付属品だろ。それに左右されていたらいつまでたっても腹割って話なんて出来ないじゃん。そんなのもったいねーし、つまらねーだろ」
哲平の言葉に、ややあと宗司が口を開く。
「お前って、カッコイイな」
「おお!?マジで?」
「マジマジ。俺、お前と知り合えて嬉しいよ」
宗司の言葉に、哲平は喉を振るわせた。
「宗司っ」
「哲平っ」
二人は力いっぱい抱きしめあう。
そのまま数秒、周囲の怪しげな視線に気付いて、哲平と相思はゆっくりとお互いの身体を離していった。ここが廊下だということをようやく思い出したのだ。ふざけ合うにしてもここまでが限界だ。
「・・・戻るか」ポツリと哲平が言う。
「そうだな」宗司も頷いて、二人は肩を並べてそそくさと自室へと戻っていった。