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ルームメイトのお姫様 02

 513号室。

 初めて鍵を差し込む瞬間は、緊張と期待と不安で満たされる。

 カチャリ、と鍵の開く音を耳にしたとき、哲平の胸の鼓動は最高潮に達していた。

 ゆっくりとドアを開ける。この先に自分の部屋がある。そして三年間共に暮らすルームメイトがいるのだ。

(どんな奴だろう)

 第一印象が大切だ。哲平は第一声を頭の中でシュミレーションしていく。

(ここは一つ、フレンドリーにいくか)

 哲平は手に力を込めてドアを大きく開いた。

(・・・あれ?)

 三度ほど瞬きを繰り返して、哲平は室内を見回す。そこには人の影も形も何もなかった。

(・・・なんだよ。緊張して損した)

 哲平は誰もいない室内をもう一度注意深く見回して、深く息をついた。

 寮は二人一部屋のはずだ。当然、哲平の与えられた部屋にはルームメイトがいるはずなのだが、その姿がどこにもない。今は出かけているのだろう。何も出迎えて欲しいとは思っていなかったので、哲平は特に何を思うでもなく室内に手荷物を降ろした。ルームメイトにはいずれ必ず会えるのだから、急ぐこともない。

「とりあえず・・・ちゃちゃっと片付けとくか」

 小さく息を吸い込んで、哲平は独り言を呟いた。

 室内には使われた形跡のある壁際の机と二段ベッドの下の段、そしてベッド脇に置かれたクローゼットがある。となると、その残りが自分の使っていい部分なのだろう。

 部屋の隅には段ボール箱が二箱、積み上げられている。見覚えのあるそれは、事前に哲平が寮へと送っておいた荷物だった。

 段ボール箱を引き寄せて、哲平は早速荷解きを始めていった。それほど多くない荷物は、きっとすぐに片付いてしまう。そうしたら寮内を少し見回ろうと、荷物を出しながら哲平は考えていた。


 予想通り、一時間もしないうちに荷物の片づけが終わってしまい、哲平は見取り図を手に部屋のドアを開けた。ここには知り合いは一人もいないので、当分は一人で時間を潰さないといけない。先に両隣の部屋に挨拶に行くべきか、と考えながら廊下へと出ると、目の前に突然現れた壁に哲平は額をぶつけてしまった。

 視線の先には人の体があり、それが誰なのか確認しようと哲平は仰ぎ見る。首の傾ける角度が大きいほどに、何だが自分が惨めになっていく気がしてならない。

 突然哲平にぶつかられたその男は、哲平を見下ろし、そして今しがた哲平が出てきたドアを見つめた。そしてもう一度哲平を見下ろす。

「もしかして、新しく入る編入生ってお前か?」

 ポツリ、と男は言った。

「おう。俺は編入生だ。そういうお前は編入生じゃないな」

「ああ、俺は持ち上がり組みだ」

「へえ、何年?」

「一年だ」

「中学?」

「んなわけわるかっ」

 男が声を荒げた。

 哲平はからからと笑う。

「だよなー。いや、ここって中学と高校が一緒だろ。だからもしかしてふけ顔なのかと」

「おいっ」

「冗談だって」

 哲平は男の腕を軽く叩く。

「ちょっとしたコミュニケーションのきっかけを作ろうかと思っただけだよ。ほら、俺ってここに知り合いがいない編入生だから、最初のつかみは肝心だろ」

「・・・」

「俺、木ノ倉哲平。お前は?」

 哲平に聞かれて、男は気を取り直したように哲平を見下ろした。

「本田宗司だ」

「よろしくな、宗司」

 突然哲平に名前を呼ばれて、宗司は目を見張る。

 哲平は基本的に人見知りというものを一切しない。直感的に第一印象の良い相手に対してはとことん馴れ馴れしくするタイプなのだ。

「今日から友達ってことで」

「あ、・・・ああ」

「んでさ、友達ついでに教えてもらいたいことがあるんだけど」

 言いながら、哲平は視線を周囲に走らせた。先ほどと同様、何だか怖い視線をそこらかしこから受けている気がしてならない。親の敵を見るようなその視線は、哲平にとってとにかく居心地が悪かった。理由も原因も分らないから余計に不気味だ。

 宗司からはそういった視線を受けなかったので、哲平も聞きやすさを覚えたのだった。

「俺に向けられる痛い視線の理由とかって、知らねーか?」

 聞かれて、宗司は僅かに視線を周囲に流した。そして苦笑する。その様子に、哲平は確信を持った。

「知ってるなら教えてくれ。なんか、すげーむかつくからどうにかしたいんだよな」

「説明できると思うが・・・ここだと、ちょっとな」

 宗司は言いよどむ。そして、哲平が背にしている部屋のドアを見た。

「今って・・・その、ルームメイトはいるのか?」

「部屋に?いや、いないよ。俺が来たとき誰もいなかった」

「そうか。なら、部屋で話そう。入れてくれないか」

 遠慮がちに宗司に言われて、哲平は快く部屋のドアを開けた。

 少し緊張した様子の宗司だったが、哲平の言うように室内に誰もいないことを確認すると、ようやく肩から力を抜いて室内へと入っていった。


「で、何でだ?」

 宗司と向かい合って座った哲平は、すぐに話を切り出した。待ちきれないといったその様子に、宗司は苦笑する。

「ええっと、説明するにはいろいろとあってな。順番に言わせてくれ」

「おう。いいぞ」

 偉そうに言う哲平に、宗司は気にした様子もなく自分の言葉を頭の中で整理していく事に集中していた。

「まず、ああいった敵意丸出しの視線はお前が原因じゃない。不可抗力というか、木ノ倉には全く非はないんだ」

「哲平でいいよ」

「あ、ああ。わかった。で、原因は木ノ・・・哲平のルームメイトなんだが」

「この部屋のもう一人か?」

「そう。会ったことは・・・ないよな?」

「ないな。俺今日来たばっかなんだぜ。来たとき誰も部屋にいなかったし」

「会えばすぐに分るんだが・・・その、ルームメイトっていうのが二葉真奈佳という奴で、うちの学園じゃかなりの有名人なんだよ」

「へえ」

「顔がとにかく可愛くて、女みたいでな。ここはほら、男子校だろ。しかも周りに何もないど田舎だし。女の子と知り合える機会なんて殆どないから、おのずとそういう対象になっちまうんだ」

「・・・そういう?」

「アイドルとか、そういったことだ」

 哲平はいまいち理解しきれないといった様子で顔をしかめた。

「そいつ、男だろ?」

「男だけど、可愛いんだよ。美少女って感じでな」

「でも男だろ」

「まあ、そうだけど。それでもいいっていう奴らも多いんだよ」

「・・・ホモか」

「いや、まあ、そこまでいく奴は少ないだろうけど。ようはアイドルの追っかけみたいな感じだな。ファンクラブもあるし。ストーカーまがいの取り巻きとかもいるし。とにかく、基本は誰も抜け駆けなし。勝手に話しかけたりするとファンクラブからリンチされるんだよ」

「なんだよ、それ」

 ばかばかしいといった様子で哲平は言った。宗司は苦笑するばかりだ。

「実際に過去、二葉は何度も襲われそうになった事があるみたいだし、二葉を守るためにファンクラブが出来て規約とかが作られたんだ。皆のアイドルだから皆のもの、誰か一人が特別になるってのは許せない、ってのが今の現状だな。自分が守ってやっているみたいな自己満足が良いんじゃないのか」

「・・・はあ。でもさ、それと俺と何の関係があるんだよ」

「だから、お前のルームメイトが二葉なんだよ」

「だから?」

 全く理解できないという哲平に、宗司は焦れたように言った。

「今まで二葉はずっと一人で部屋を使っていたんだ。何か間違いが起こっちゃいけないっていう上の判断らしい。だけど、お前が入ってきた。皆のアイドルと同じ部屋で寝るお前を、あいつらが認められるわけないだろ。出来るならここから追い出してしまいたいとか考えてるんだよ、きっと」

「それってさ」

 哲平は明らかに不服そうに眉間に皺を寄せる。

「俺、関係ないじゃん」

「だから、最初にそう言っただろ」

「うー」と哲平が唸る。

「好き好んでこの部屋になったわけじゃないのに!」

「・・・まあ、不運だよな」

 同情するように宗司は言った。

「なあ、部屋って変えてもらえたり出来ないかな」

「無理だろ、空き部屋なんてないから。だから編入のお前がこの部屋にされたんだよ」

 冷静に指摘されて、哲平は頭を抱える。

 女みたいな男がアイドルで、ファンクラブがあって、ストーカーがいる学校。宗司の言葉を反芻しながら、哲平は頭をかきむしった。

「なんつーところだよ。ありえねー」

「哲平」と宗司は哲平の動揺している姿を見ながら声を落として言った。

「俺は中等部の三年間をここで過ごしてきたが、だからこそお前にアドバイスできる事がある」

 真剣な宗司の声に、哲平はごくりと唾を飲み込んだ。

 室内に緊張が走る。

「有り得ないことが有り得ない。ここはそういう場所だ」

「・・・は?」

「つまり、ここに外の常識は通用しない。ここは別世界か異世界だとでも思ったほうが良い。俺やお前に必要なのは平常心だ。どんなことがあっても自分を見失わない鋼の心だっ」

 宗司は声に熱を込めて言った。

 その姿に、哲平の心にはなぜか同情心が沸いてくる。

「お前、苦労してきたんだな」

 哲平は涙を拭うふりをした。そうしながら、目の前のこの男はやはり見た目通り良い奴なのだろうと哲平は感じていた。しょっぱなから友達になれそうな奴と知り合えた自分は、きっと幸運なのだろう。

「とにかく、この部屋にいるだけでも悪目立ちするんだ。これ以上は止めたほうが懸命だな。なるべく二葉には近づかないほうがいい。間違っても好きになったりすると、確実にここじゃ生きていけなくなるぞ」

「んなこと言われてもなー」哲平は戸惑ったように言う。

「その二葉って奴、そんなに言うほどのもんなのか?」

「真奈姫って言われてほぼ全校生徒プラス先生たちにちやほやされるほどには可愛いな」

「・・・真奈姫、ねー。・・・ん?真奈姫?」

 哲平は身を乗り出した。

「そんな風に呼ばれてるのか?」と聞けば、宗司は神妙な顔で頷く。哲平の頭の中では、数時間前に見た映像が巡っていく。

「今日ここに来る前に掲示板で新聞みたいなの見たんだよ。学校の校舎近くにある掲示板。そこに真奈姫の休日とかいうふざけた記事があってさ」

「それが二葉だ。写真もあっただろ」

「ああ」哲平は道すがらに見た写真を思い浮かべた。

「確かに可愛いって感じだったな」

 写真の中の美少女は、それだけでも心をときめかせるだけの魅力があった。実際に動き喋るところを見たらさぞかし可愛いのだろう。だが。

「所詮は男だろ」

「そう言って、二葉に魂売った奴がここにはごろごろいるんだよ」

 宗司はため息をつく。

「二葉がここに入学した時は大変だったんだ。中等部も、高等部からも二葉の姿を見るために校舎に先輩たちが押し寄せてきたんだ。人気のないところに連れ込もうとしたり、勝手に奪い合いの喧嘩を始めて怪我人が出たりしてさ。それで治安維持もかねて、当時の高等部の生徒会が公認のファンクラブを結成したんだよ。規律を作ってある程度の牽制をかけたんだ。今じゃあ、二葉に勝手に話しかけることすらタブーになっている。クラスメイトであってもな。当然、ルームメイトのお前もだ」

 そう言う宗司の顔は、真剣そのものだった。

「近づく事すら出来ないアイドルが、突然沸いて出た編入生と同室で、しかも寝顔なんて見れるかもしれないなんて思えば、そりゃ殺意も生まれるだろうさ」

 宗司の言葉に、哲平は表情を曇らせていった。

「なんか、その二葉って奴も可哀想だな」

「え?」

「だって、勝手にいろいろと思われて、勝手に守られて、周り固められて、そんなんじゃ自分でダチを作る事も出来ないんだろうな。何をするにしても、そんなのは自分の勝手なのに」

「・・・そうだな」

 宗司はまじまじと哲平を見た。本当に心からそう思っての言葉なのだろう。哲平の表情には上っ面の飾りが全く見られない。

(・・・良い奴だな)

 宗司は今日始めて会った哲平に対して、今までにもまして強い好感を得ていた。

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