リア充、爆発しろ!
プロローグ
俺はただいつもの通学路を歩いていただけだった。指定された道を、駅まで続く歩道を急ぐわけでもなく自分の歩幅でゆったりと歩いていた。代わり映えのしない風景をぼんやりと眺めながら。
いつも変わらなかったはずなのに、なのに、目の前で爆音と眩い光を伴ってすぐ前を歩いていたカップルが爆発した。
今日は朝から嫌な事が続いていた。
寝癖はなかなか直らなかったし、玄関を出たら黒猫が横切っていったし、授業では俺の分のプリントだけ足りなかったし、弁当には嫌いなにんじんが入っていた。
昼からだって嫌なことが続いた。
昼休みに図書室に行くと騒いでいるグループがいたし、移動教室になったことを誰も教えてくれなかったし、可愛らしい便箋に書かれた不幸の手紙が靴箱に入っていた。
一つ一つを見るとたいしたことじゃないが、こうも連続して続くと何かの陰謀だと思えてくる。俺が何をしたっていうのだ。
「ただ俺は、俺の好きなことをしてるだけなのに」
歩道を歩きながら携帯にぶら下がっているストラップ俺の嫁、霧谷 希に話しかける。もちろん希は何も語ってくれないが、優しく微笑みかけてくれる。
そう、俺――高峰 仁はいわゆるヲタクである。別にそれを隠すつもりもないが、公言するつもりもない。誰に迷惑をかけるわけでもなく、ただ自分の好きな可愛い美少女たちで身の回りを固めているだけなのに、クラスメイトや知らない他校の生徒、どこの誰かも分からない赤の他人まで蔑まれた眼で見てくる。
好きなもので身の回りを固めるってのは極自然なことだろ?
女子高生も可愛いものが好きだから、携帯電話をラインストーンでデコレーションしたり、ピンクの小物を持っていたり、可愛いかすら判断が付かなくなったよく分からないぬいぐるみをつけていたりする。
それと何が違うというのだろうか。リラックマのストラップと希のストラップに違いなんてない。なのに、世間の目は冷ややかである。
「誰も分かっちゃくれとは言わないが♪」
小声で、前を歩いているカップルに聞こえないように小声で歌ってみる。ちなみに、カップルの馬鹿としか思えないような会話はこちらまで筒抜けである。後ろ姿の制服を見るに同じ高校なんだろう。俺にとっちゃどうでもいいことだ。
「でねぇ~、今度の日曜日なんだけどぉ~」
イチャイチャ
イライラ
「日曜はどこにデートに行こうか、ゆうたん」
イチャイチャイチャイチャ
イライライライラ
「私はひろたんと一緒ならどこだっていいよ~」
イチャイチャイチャイチャイチャイチャ
イライライライライライラ
「俺もゆうたんと一緒ならどこだって楽園だよ」
「ひろたん~」
「ゆうたん」
イチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャイチャ
イライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライライラ
対戦車ライフルって、俺の小遣いでも買えるかな?
俺にとってはどうでもいいこと、俺にとってはどうでもいいことなんだ。だが、目の前で公然とイチャつかれるとこう頭に来るものがある。
そんな人の気も知れずにカップルはイチャつき続ける。完全に二人だけの世界にトリップしてしまっているご様子だ。
「このリア充が」
聞こえないよう細心の注意を払って吐き捨てる。
この場に拳銃とリア充を撃っても罪にならない法律があるなら、歴戦のガンマンも真っ青な早撃ちを披露してやる。しかし、あいにくと現代日本は銃社会でもなければ、そんな法律もない。平和大国、日本に感謝するんだな。
そんな日本の素晴らしさを微塵も感じていないカップルどもは見せ付けてやるぜ!ってくらいイチャイチャと一つの携帯電話を二人で見ている。
「リア充、爆発しろ!」
恨みを込めて忌々しく呟く。そう、俺は呟いただけだった。
突然、目の前のカップルは轟音で騒音をかき消し、輝く光で視界を奪って――
爆発した。
一日目 出会い
苦痛でしかない授業からようやく解放されて、忌々しい学校に別れを告げて通学路を歩いていた。今日半日の不幸な出来事を呪いながら、画面の向こうから出てこない恥ずかしがり屋な美少女たちに癒されていたはずだった。いつもと変わらない退屈な日常のワンシーンのはずだった。
気が付けば、目の前は惨劇だった。ガードレールは大型トラックにでも激突されたかのようにひしゃげ、台風の後のように街路樹は倒れている。人々は何が起こったのか理解できずにただただ立ち尽くす。もちろん、俺だってそうだ。
「なっ……」
目の前を歩いていたバカップルが今は消し炭のごとく真っ黒焦げになって倒れている。さっきまで二人で見ていた携帯電話は跡形もなく砕かれて、それらしき欠片がそこらじゅうに散らばっている。
「きゃああああ~~~~!!」
「な、何が起こったんだ!?」
「救急車!いや、警察が先か?」
止まっていた時計の針が動き出したかのように、女性の悲鳴を皮切りに呆けていた人々が突然あわただしく動き出す。俺もようやく正気を取り戻す。
「テロか!?テロなのか!?」
パニックを起こす者。
「君たち、大丈夫かね?」
「おい、あんまり無理に動かさないほうがいい」
二人に近付き、容態を確認する者。
「もしもし、えっと……その……」
どこかへと電話している者。
「おいおい……」
爆発を間近で目撃した俺。
騒然とし始めた辺りをただ呆然と眺めるしかできない。その間も周りの喧騒は増していくばかりで、野次馬たちも集まって騒然となる一方だ。
爆発しただと!?いやいや、どんなライトノベルだよ。どんな魔法を使ったら、こんなファンタジー的出来事が起こるって言うんだ。
アルミを何とか加速させて爆発させたとか?どこの学園都市だよ!そんなことできたら、米軍から秘密裏に引き抜きに来られるか、暗殺されるぞ。
俺の隠された超能力が覚醒したのか?そんで、美少女が目の前に現れて非現実超常バトルに借り出されるってか。爆発系の能力ってことは主人公だな、俺。
「君、大丈夫かね?」
「なわけあってたまるか!」
呆然と立ち尽くしていた俺を心配した男性が声をかけてきたのに返事するようなタイミングで一人ツッコミをいれてしまい、それを真に受けたのか焦った風に聞き直してくる。
「大丈夫じゃないのかい?」
「いえ、大丈夫ですよ」
爆風でずれたメガネを直しながら慌てて否定する。あまりにも不自然だったため、別に意味で心配されそうになる。
「本当に大丈夫かい?」
「ははっ、だいじょう……大丈夫です」
乾いた愛想笑いを浮かべながらも、冷や汗が俺の顔や背中を滴り落ちていく。声をかけてきた男性は少し不審に思いながらも「そうかい」と納得はいっていないようだが、深く聞いてこない。
正直、大丈夫なわけがなかった。いや、別にどっか怪我したとかではない。思い出してしまったのだ、爆発する前に呟いた言葉を。
『リア充、爆発しろ!』
いやいや、まさかそんな言葉でリア充が爆発したら、日本中のいたるところで爆発が起きているっての。そんなわけ……そんなわけ……
「おい、君、どこに行くんだね」
さっき声をかけてきた男性が驚きながら引き止めてくるのを振り切って、俺は騒がしくなったその場から走り出した。自慢じゃないが、体力に自信はない。それでも、全速力で駆け出した。つまりところ、怖くなって逃げ出した。
遠くからパトカーや救急車のサイレンが忙しなく聞こえてくる。走っている間にも幾台もすれ違った。日本の警察と緊急医療は仕事熱心のようだ。いつの間にやら町全体が騒がしくなってきているような気がする。
目的もなくただ我武者羅に走ってしまったため、ここがどこだか分からない。見たことがない景色が広がっている。あまりこの辺の土地勘はないので、ふらふらと疲れて動きが鈍くなった足をゆっくりと動かす。
「こんなところに神社?」
住宅街を抜けると、少し開けた場所に古ぼけた神社がひっそりと佇んでいた。まるで地域住民に忘れ去られているように静かに自分の時間を刻み続けている。
「こんな神社があったんだなぁ」
神社の鳥居をくぐり、狛犬に睨まれながら境内へと入っていく。
こう見えて、俺は神社に目がない。正確には神社にいる巫女さんに目がない。あの朱色の袴の神々しさ、白衣から溢れる清らかさ。そのすべてが美しい。単純に言えば、巫女萌えなのだ。巫女さん、最高!
だから、神社を見つけるたびに巫女さんに出会えることを祈りながら境内を徘徊するようにしている。変質者じゃない、ちゃんと神社そのものにも一応興味はあるから。
そんな感じで先程までの疲れを若干忘れた都合のいい足で境内をずかずかと歩いていく。古ぼけて寂れてこそいるが、手入れはそこそこに行き届いているようである。これは巫女さんがいる確率が高いぞ。
期待に胸を膨らませていると、本殿前に人影を発見!
「おっ、待望の巫女さんか」
完全に疲れを忘れた足はいつの間にか早足になっていた。そして、本殿前の人影がだんだんはっきりしてくる。
「巫女さん、巫女さん」
ついに人影が影じゃなくなり、その姿の全貌を俺の前に現せる。そこに立っていたのは……
「巫女さん?」
ではなかった。
そこには赤も白もなく、あるのはただ黒一色である。いや、部分的に白が申し訳なさそうに自己主張している。
そこにいたのは、巫女さんではなくゴスロリ少女であった。
神社にゴスロリ?なんだ、その西洋と和風が正面からいがみ合っているようなシチュエーションは。どこまでも違和感の塊だ。大玉で玉入れをするくらいバランスが悪い。
そのゴスロリ少女(今までリアルでは見たことがないレベルで可愛い)はじっと俺のほうを見つめている。睨んでいると表現しても過言じゃないくらいにメガネ越しに視線が刺さる。ショートボブにカットされた綺麗な黒髪が風に靡いている。
「あ、あの~」
その視線にいたたまれなくなった俺はおそるおそる美少女に声をかけてみる。
「貴方が『リア充、爆発しろ!』と言ったから爆発した」
少女はスカートをはためかせながら、風の音かと聞き逃しそうになるくらい静かな声を発した。なんでもないような内容なら聞き逃していただろう。だが、今の俺は聞き逃すどころか、はっきりと一字一句間違わずに耳に入ってきた。空耳か聞き間違いであって欲しい言葉が。
「え?」
かすかな希望を抱きながら一応聞きなおしてみる。しかし、答えは
「……」
無言であった。
二人の五メートルほど離れた間を風が通り過ぎていく。少女のゴスロリ衣装が風に煽られて、スカートの中が見えそうで見ないチラリズムを披露してくる。だが、俺はそれどころではなかった。
な、なに言っちゃてるのかな、このゴスロリ娘は。見たとこ中学生くらい?だけど、大人(高校生)をからかっちゃいけないよ。
美少女から視線を外すことができずに、笑わせようとしないにらめっこでもしているようにお互いに見つめあう。少女のふくらみが少し足りないが、そこがいい!胸元にぶら下げられたアミュレットが太陽光を反射して煌く。
プレッシャーに押し潰されてしまう前にどうにか口を開いて、事態の打開を計る。
「なぁ、どうして俺が……」
「貴方が願ったから」
「その前に、なんで君がそれを知っているか知りたいんだが」
「貴方にはそういう力がある」
ダメだ、こいつ何言っても聞いちゃいねぇ。
願ったから叶った?そりゃ、どこの宇宙人や未来人と友達になりたがっている神様ですか。まだ超能力のほうがマシだ。無口ヒューマノイドインターフェースには会ってみたいが。
「つか、君の名前は?」
「名を尋ねる前に自分から名乗るのが礼儀」
電波的なことばかり言う割に意外と常識的なことも言ってくる。
「俺は仁。高峰 仁だ」
「仁。私はミナ」
いきなり呼び捨てですか。しかも、自分は名前しか名乗らないのかよ。
「で、俺のさっきの質問なんだが」
「……」
また無言ですか。ミナは完全に俺を舐めきっているというか、他人に興味がないような態度を取っている。
わけが分からん。言ってることも電波だし。今流行りの中二病ってやつか。
「貴方はすでに逃げられない」
最後まで怪しげな電波を受信しているとしか思えないような発言を残して、話は以上だと踵を返すとそうそうに本殿から立ち去ろうとする。
「って、おい!どこ行くんだよ。まだ俺の話は終わっちゃ……いねぇ……んだけどなぁ~」
こっちは何も分からないままだというのに、ミナはどこかへと消えてしまった。突き出した手が中途半端に行き所と目的を失い戸惑う。
「なんだったんだ、今の娘は」
希に話しかけるも、やはり何も答えずに微笑みかけてくれるだけだ。
こうして俺はゴスロリ電波美少女、ミナと出会った。出会っちまった。
もしかして、このまま非現実超常バトルに借り出されたりするのか?勘弁してくれ。そういうのはラノベとかで見るから楽しいんであって、実際に巻き込まれたりしたらたまったものじゃない。どうせならラブコメ(ハーレム系)の世界に借り出してくれ。
結局、神社ではゴスロリ少女に出会っただけで、本来の目的(?)である巫女さんには出会えなかった。巫女さんのいない神社なんて神社じゃない。
騒然となっていたのも少し落ち着きを取り戻し、日常へと戻ってきていたので、俺も日常へと帰るべく自宅へと帰還する。
「ただいま~」
疲れ切った体を鞭打ちながらリビングへと入っていくと、母さんがソファに腰かけてテレビで夕方のワイドショーを見ていた。
「おかえり~、遅かったわね」
「まぁ、いろいろあったんだよ」
母さんに適当に返事をしながら、鞄を床に置き捨てて冷蔵庫の方へと歩いていく。冷蔵庫から冷えたスポーツドリンクを取り出し、コップに注いで一気に喉の渇きと身体の疲れを癒していく。
テレビではアナウンサーがニュースを伝えて、コメンテーターたちが己の意見を好き勝手に披露している。
「これは無差別テロだ。手口は全く分からないように手の込んだテロだよ、きっと」
「いや、怪奇現象としか言いようがないね。人が突然爆発するなんて摩訶不思議すぎて聞いたことがないよ」
「もし犯人なんてものがいるとしたら、かなり猟奇的ですね。被害者に共通点がなさすぎますから。しかも、日本全国で同様の事件が起きているのですから、犯人は組織なのでしょうか」
今日の俺の耳は絶好調らしい。知りたくない情報ばかりを集めてきて、俺の脳を無駄遣いしていく。
はっは、今回ばかりは聞き間違いだよな?と淡い期待を抱きながら、恐る恐るとテレビの画面に視線を向ける。そこには大きく『全国各地で人が謎の爆発!これはテロなのか、祟りなのか!』とテロップが出ていた。
一度メガネを外してレンズを拭いて、画面を再度確認する。どうやらメガネは正常のようである。
「嫌ねぇ~、人が爆発するだなんて。でも、幸いにも死傷者はいないってことは爆発しても安全ってことかしら?」
母さんが暢気に少しピントがずれた感想を洩らしている。俺はその後ろで先程吸収した水分を冷や汗として放出する。
いやいや、そんな人が爆発するような事が全国各地であるだなんて馬鹿な話があるわけ……ないよね?きっとマスコミが似たような事件を適当に並べて面白おかしく報道しているだけだよな?
「あら?この辺りでもあったそうじゃない。この辺も最近物騒になってきたのかしら。あれ?仁くん、すごい汗かいてるけど、どうしたの?」
「ちょっと走って暑いだけだよ、はは」
俺は手早くペットボトルを冷蔵庫の扉に片付けると、母さんの脇を抜けて鞄を拾い上げて足早に自室へと逃げ込んだ。
どういうことだよ、いったい。ミナは言ったはずだ、俺が願ったから爆発したんだと。それが奇跡的確率で本当だとして、その影響が全国に広がったってのか?きっとマスコミの陰謀か何かだ。ネットは真実を知っているはずだ。
自室のドアを後ろ手で閉めると同時に、部屋の自作タワー型パソコンの電源を入れる。黒く死んでいたモニターが息を吹き返すようにOSのロゴを映し出す。
「さっさと起動しやがれって」
着替えることもせずに鞄をベッドに放り投げると、パソコン前のハイバックチェアに座り込む。ハードディスクドライブがカリカリと音を立てて、徐々にパソコンが起動していく。
「よし、まずはネットで情報収集からだ」
起動したてでまだ少し重いパソコンに鞭打ちながら、インターネットブラウザを立ち上げてニュースサイトやブログ、掲示板を検索していく。
苦労せずに爆発事件の情報は見つかった。ニュースサイトの大多数は先程のワイドショー同様の内容を伝えるだけで、真相に繋がるような情報もなければ目新しい情報もなかった。ブログもそのニュースを見ての感想がほとんどで静かなものだ。
「さすが、ここは違うな」
だが、某有名掲示板だけはお祭り騒ぎであった。
『おいおい、この爆発してるのってリア充ばっかりじゃね?』
『リア充、爆発しろ!が現実になったってか。そんなバカな話があるわけ……あるじゃねぇか!』
『こんなのマスゴミの陰謀だ。受信料払えっていう策略だ』
『俺、実際にリア充が爆発するとこ見たぜ』
『ついに、我らが神が動き出したか。リア充どもに裁きを下す時だ!』
マスコミは無差別だと言っていたが、ここの住人たちはみごとに爆発しているのがリア充であると確信している。いくつかは実際に見たって奴の書き込みもあり、信憑性はそれなりにありそうだ。
「やっぱり、全国的にリア充が爆発しているのか……」
俺はそれを身体に染み渡らせるかのように背もたれに体重をかけて、だらけた体勢で天井を見上げる。
俺が『リア充、爆発しろ!』と願ったから爆発しているのか、別に俺が願っていなくても起きるのかは分からない。高確率で後者だろうけど、前者を否定できる要素も皆無である。
「はは、俺が願ったから爆発したねぇ~」
ゴスロリ電波美少女、ミナはそう言った。
だからって、俺にどうしろってんだ?俺が爆発しないように願ったら爆発は止まるのか?そんな便利な能力ならもっと別のことに使うっての。
結局は何も分からないままだった。なぜリア充が爆発しているかも、ミナがあんなことを言ってきた理由も、どうして俺なのかも。
モニターの壁紙の希が笑いかけてくる。ああ、嫁はこんな時でも可愛いなぁ。
「なんか今日は疲れた。全部が悪夢であることを祈って寝よう」
なんか考えるのがだるくなってきたし、いくら考えても演算能力が初期パソコン並みの俺の頭だと無駄でしかないのでもう寝ることにする。
俺はどこにもでもいる平凡な高校生だ。ただちょっとパソコンが得意で、アニメやマンガ、ラノベが好きなだけだ。特別な超能力もなければ、どっかの神みたいに願ったことを実現する力もない。当然、古代魔法も現代魔法もできない。
声が聞こえる。とっても心地よく、癒されるような声だ。
「…………」
その声が何と言っているかはっきりは聞こえない。
「……貴方が……」
俺が?
「……貴方が……願ったから……」
俺が……願ったから?
二日目 疑問
人は夢を見る。それは記憶の整理であったり、深層心理の表れだったり、霊的なお告げだったり、いろいろと言われていたりするが、実際はいまいち分かっていないらしい。
俺は夢に思い入れは特にない。どうせ見たところで起きてしばらくすれば、忘れるようなものだ。そんなものはないのと同じじゃないか。
しかし、今朝の夢だけはずっと頭にへばりついて離れないでいやがる。断片的にしか覚えていないが、それがずっと頭の中で永遠リピートされている。
「ああ、面倒だ」
面倒だといえば、今朝の教室は本当に面倒でしかない。どこもかしこも昨日起きた爆発事件の話で持ちきりである。何年の誰と誰のカップルが爆発しただの、彼氏のほうは他にも女がいただの、彼女は援交していただの。あることないことが噂として教室だけでなく、学校全体を駆け巡っている。
「軍曹、掲示板は見たかね?」
「ああ?」
それだけで世の女性を虜にできそうな声が聞こえたので、机に伏せていた頭を上げて話しかけてきた主をダルそうに見る。俺を「軍曹」などと呼ぶ人間は一人しか知らない。
「なんだい、なんだい。お疲れだね」
そこには今すぐにでも若手イケメン俳優になれそうな名前と声を持ちながら、頭に迷彩柄のバンダナを巻いているイケメンとは程遠い存在がいた。
「なんだ、水嶋 健か」
「うお、なぜにフルネーム!?」
「うっさい、俺は今忙しいんだ」
「机に突っ伏しているのに忙しいのか?そんな非生産的な行動をしているのなら、俺の話を聞けって」
なにが非生産的な行動だ。このクソゲーでしかない現実から一時的にでも離脱できる行為の素晴らしさが分からんのかね。
「リア充どもが爆発しているのは知っているよな?」
知っているどころか、それで現実から逃避したいんだが?まぁ、それがなくても常に現実から逃げ出したい。
「そこで、どうしてリア充どもが狙われているかなんだが」
「テロとか怪奇現象ってか?ヲタクの神の裁きとか言い出すなよ」
「ありゃ?もう見ちゃってたのかよ。まぁ、あれだけのお祭り騒ぎになれば嫌でも目に入ってくるか」
水嶋はおどけるように頭を平手でペチと叩くと、誤魔化すように笑う。その後は自身の軍事ネタを語り始めたので、放置安定でぼんやりと窓の外を眺める。
今日もあの神社に行けば、またミナに会えるのだろうか。リア充どもが爆発しているのなんてどうでもいい。リア充がどうなろうが俺には関係ないし、むしろもっと爆発しろとさえ思う。だが、この事件ばかりは無関係と言っていられないような気がする。
「いろいろ確かめないと」
「あん?」
チャイムがリア充どもで膨れ上がった教室に鳴り響く。
昨日と同じ通学路。ほとんど代わり映えしない風景の中で一箇所だけは昨日とは全く違う姿をしている。「立入禁止」と書かれた黄色のテープで囲われ、あまりお世話になりたくない人々がよく分からない作業をしている。道路の一部が少し焦げているのが生々しい。
「やっぱ、迂回すればよかったか」
俺は放課後になったらすぐに学校を飛び出して、昨日の神社に向かった。できたら、ここは通りたくなかったが、なにぶん昨日偶然見つけたような場所だ。普通に行っても辿り着けるか分からないのに、回り道なんてしたら確実に迷子になってしまう。
「ああ、君、君」
現場を避けるように歩いていると、スーツを着た体格がいい明らかに刑事だろう人に声をかけられた。無視するといらぬ誤解を招きそうなので、黙って立ち止まっておく。内心は冷や汗が大洪水を起こしている。
「充義高校の生徒だよね?」
「はい、そうですけど」
「昨日、ここで起きた事件については知っているよね」
「まぁ、一応」
大丈夫だ、まだ何もばれていない。いや、俺は何もしていないんだから、何も恐れる必要はないはず。
「じゃあ、昨日、ここで何か目撃していない?不審な人とか不審物とか」
「えっと、何も見てないです」
「本当に?どんなに些細なことでもいいんだけど」
な、なんだ、このしつこさは。これが聞き込みってやつなのか。それとも、俺を疑っているのか。なぜバレたし!?いや、俺は犯人じゃない。犯人じゃないんだ。
「ええ、何も見てません。すみませんが、急いでいるので失礼します」
「ああ、ちょっと君~」
刑事が引き止めてくるのを無視して、早足気味に歩き出す。さすがに走り出すのは不自然なので自重するが、今すぐにでも走り去りたい。
そうして、俺は今日もこの場から逃げるように立ち去った。
神社にはそれほど迷わずしてなんとか辿り着けた。やはり神社は気付かれないようにこっそりと周辺住人の生活を見守っている。
鳥居をくぐり抜け、狛犬に見守られながら境内へと進んでいく。巫女さんがいないのに、この行き届いた手入れは誰がやっているのか少々疑問に思いながら、昨日は詣でるのを忘れてしまった本殿に向かう。
本殿前まで行くと、予想通りそこにはこの場に相応しくないというか、マッチングしていない人影があった。黒一色に包まれ首からアミュレットを提げた美少女、ミナが遅いとでも言いたげにじっとこちらを見ている。別に来るとも約束していなかったのに。
「よう」
「……」
俺が気軽に片手を上げて挨拶するも、ミナはやはりというかなんというか無言で返事をしてくる。
「爆発は止まらない」
「全国的に起きているのも俺が願ったからって言わないよな?」
「貴方が願ったから」
「俺がいつ、何を、どこで願ったって言うんだよ」
「……」
ダメだ。きっとこの娘は電波なこと以外はしゃべれない呪いにかかっているんだろう。
「分かった。質問を変える。俺はどうすればいい」
昨日からずっとあった疑問をストレートにミナに投げかける。もっと確かめたいことは多々あるのだが、おそらくはぐらかされるだけだろう。
「貴方はどうしたい」
質問に質問で返してくる。あまり感心できないが、確かに俺はどうしたいんだろうか。俺はこの爆発事件を止めたいのか?真犯人でも見つけ出したいのか?
「俺は……」
「もうすでに世界は回り始めている」
ミナは俺の答えを聞こうともせずに踵を返し、本殿の裏手に姿を消す。昨日と変わらず自分の話が済むと早々に立ち去っていきやがる。
「いろいろ確認するどころか、さらに疑問が増えちまったな」
一人残された境内で天を仰いでみる。空はどこまでも高く、いくら手を伸ばしても届きそうにない。
ずっとそうしていても仕方ないので、昨日し忘れた分も詣でて神社を後にする。やはり今日も巫女さんの姿を確認する事ができなかった。
神社を後にして自宅へ向かう途中で、新刊の発売日であったことを思い出した。少し遠回りになってしまうが、本屋がある商店街のほうまで足を伸ばす事にする。
夕方の商店街は買い物客や寄り道している学生でごった返している。西日が真っ赤に燃え盛っているのに照り出されて商店街のシンボルである時計台が輝いている。
「よう、軍曹」
本屋を目指して歩いていると、前方から聞き慣れたイケメンボイス(声のみ)がしたので携帯から顔を上げる。迷彩バンダナがこれだけの群集の中でもすぐに見つけられた。
「水嶋か、どうした」
「俺はいつもの軍事ショップでアサルトライフルの談義よ」
合流して、俺の隣を歩く水嶋の話を聞き流しながら商店街を進む。
「さっき聞いたんだが、爆発した奴の携帯電話まで粉々だったらしいぜ。それだけの爆発力なら死亡していて普通なんだとよ」
「へ~」
「それなのに、無傷だなんて不思議なこともあるもんだ」
そういや、昨日の現場にも携帯の破片みたいなものがたくさん散らばっていたなぁ。
携帯なんて今のご時世、小学生でも持っているようなアイテムになっちまった。リア充たちは携帯があれば何でもできるらしいが、よくこんなショボイ処理能力しかない端末で満足できるなって思う。最近はスマートフォンで結構改善されてはきたが、やっぱりパソコンの処理能力には到底追いつかない。
「よくパソコンなしで携帯だけで生きていけるよ」
「ああ、俺もパソコンなしとか無理だ。けど、あの弾道計算アプリは欲しい」
リア充とヲタ充の違いってのが、携帯電話かパソコンかの違いと言われたりするが、あながち間違っていないような気がする。
「そういや、軍曹はどこに行くんだ」
「ん?本屋。今日、スーパーダッシュ文庫の発売日だから」
全国展開の大型書店に入る。本来ならこういうとこじゃなくて、特典があるアニメショップとかのほうがいいのだが、なにぶん片田舎なこの地方では無理な話である。さっさと秋葉原に住みたいぜ。家賃は高いらしいが。
慣れたものなので一直線にライトノベルの新刊コーナーへと向かう。水嶋はさっさとミリタリーコーナーへ行ってしまっている。
「えっと、スーパーダッシュの新刊はっと……」
平積みされた色とりどりの美少女たちの中からお目当ての娘を探し出す。今月はこんなにも出てるのかよ。
新刊を数冊小脇に抱えてレジへと向かおうとすると、いかに高校生活を楽しんでいますって感じの男子グループがラノベコーナーに近付いてきた。
「うわ~、すげーキモ~」
「萌え~ってか」
「こんなの読んでるから女にモテないのによ。あっ、読んでいてもモテないか。キモイから」
下品な笑い声が馬鹿でかく木霊する。ラノベの一つを取り上げると、表紙をバシバシ叩いて馬鹿にした後、乱雑に投げ捨てて棚に放り出す。
「け、ヲタクは家で画面に向かってハァハァしてろ。外に出てくんな。空気が汚れる」
三人組の一人が俺とすれ違いざまにかっこいいとでも思っているのか、捨てセリフをわざわざ聞こえるように吐いていく。
いいことを教えてやろう。お前が鞄につけている赤いボーダーを着たウサギのぬいぐるみだが、元々はヲタクの巣窟ニコニコ動画で流行っていたものなんだぜ。
「どうした、軍曹。なんか微妙に険悪な雰囲気だったようだが?」
ミリタリーコーナーにいた水嶋が心配して近寄ってくる。
「リア充、ばく……」
「リア充、縛?」
「リア充、駁撃するのが好きだよなぁ」
危ない。もう少しで爆発しろ!って言うとこだった。別に俺にそんな力があると信じていないが、否定しきれない以上下手なことをしないほうがいいだろう。
「爆撃?爆撃といえば、ベトナム戦争の時は……」
水嶋の軍事薀蓄が始まったのでその場に放置して、一人レジで会計を済ませる。そういや、透明のブックカバーが切れていたな。
「すみません、これもお願いします」
「はい、かしこまりました」
はぁ、今月も早くも小遣いがピンチだ。アフィリエイトの数、増やそうかなぁ。
ネットが繁栄したこのご時世、ネットの海を探せばいくらでも違法データが出てきて、アニメもマンガもラノベも見放題、読み放題だ。ゲームですら簡単に手に入れられる。だが、そんなのはヲタクとして正しくない。そりゃ、金はかかるが、それが当たり前なんだ。ちゃんと金を払ってこそ、好きな作品は続くし、アニメ化したりする。
「あ、あのCDって今日発売だっけ?もう流れてるかなぁ」
「あれだろ?あれなら昨日にはもうあったぜ」
「マジかよ。そのサイト、教えてくれ。もうCDなんてバカらしくて買えないぜ」
商品を受け取り帰ろうとしたら、出口のところで先程の男子三人組が周りの迷惑を考えない声で騒いでいた。自動ドアの前で携帯を片手に立ち止まっている。
「リア充、爆発しろ!」
限界だった。呟かずにはいられないくらい。何か起きるわけでもないだろうけど、そう言わずにはいられないほどムカついた。
爆風が俺の脇をすり抜けていく。爆炎も爆音も大してしなかった。それでも、入口では真っ黒になった人型が三体倒れている。
「やっちまった……のか」
騒然となっていく店内で俺の周りだけは静かだった。本当は騒々しいのかもしれないが、俺には音がなくなったかのように遠くでぼんやりと聞こえるだけだ。
逃げ惑う人やどこかへ電話する者、何も出来ずに呆然するだけの俺。
また、目の前で爆発が起きた。俺が呟いたから。俺が願ったから……
「軍曹~、大丈夫か~」
ああ、俺が、俺が……
「軍曹?しっかりしろ」
勘弁してくれ。俺が何をしたって言うんだよ。
「おい、軍曹、どこ行くんだよ」
気付いたら、すべてを放り出して駆け出していた。
夜の帳が完全に落ちてしまった星空が俺をあざ笑うように照らし出す。住宅街の明かりは温かさを醸し出しながらも、俺には冷たく突き刺さるようである。目的もなく考えもなく、ただただひたすら逃げるように走っていたはずなのに、いつのまにかここに辿り着いていた。
「また、来たの」
ゴスロリに身を固めた美少女は独り言にも思えるつぶやきを洩らす。俺は返事もせずに本殿の階段に腰をかける。ミナは何も言わずに俺の隣に座ってくる。うっすらと肩が触れ合う。
「本当に俺がやっているのか」
「貴方は……」
ミナのアミュレットが月明かりを反射する。
「ミナ、本当のことを教えてくれ」
「……」
ミナは何も言わず、無音の時がゆっくりと流れる。それが一時間だったのか、一分だったのかは俺には分からない。でも、落ち着くには十分で嫌いな時間じゃなかった。
「これ……」
ミナがおもむろに取り出した代物を受け取り、月光に当てて確認してみる。
「なんだ、これ?」
古銭のような形だけど、古銭にしては小さいような気がする。暗くて読めないが、何か文字が刻まれているようだ。
「お守り。サムハラの文字が刻まれている」
「サムハラ?」
「同じ」
そう言って自分の首から下げているアミュレットを持ち上げるだけで、やっぱり俺の質問には答えてくれない。帰ったらネットで調べてみるか。(サムハラ――不思議の四文字で、身を守ると言われる。漢字ようだが、漢字ではなく神字らしい)
「くれるのか?」
「……(こく)」
ミナの小さな顎が分からないくらい小さく頷く。なんか心なしか頬が赤く、嬉しそうな恥ずかしそうな、かわいいは正義!って叫びたくなるような表情をしているような気がする。それは俺の願望であって、妄想であろう。この無表情姫がそんな顔するわけがない。
俺はこれからどうしたらいいんだろうか。
声だ。また声が聞こえる。澄んだソプラノボイスが俺に語りかけてくる。
「……」
でも、やっぱり何を言っているかは分からない。
「……貴方が……」
だから、俺がどうしたんだ。
「……貴方が……望むなら……」
俺が……望むなら?俺が望むと何があるんだ。
三日目 決意
目を覚ますと、見慣れた天井だった。あまり記憶がないが、神社から帰ってきて、無意識にベッドに倒れこんでいたらしい。
「俺が……望むなら……」
断片的な記憶を頼りに呟いてみる。夢なんて起きたらすぐに忘れていたのに、なんでこの夢だけは覚えているんだろう。
「仁く~ん、そろそろ起きないと遅刻ですよ~」
母さんの間延びしたのほほん声がキッチンから聞こえてくる。重たい身体をのっそりと持ち上げる。
「うげ、制服のまま寝オチしちまってた」
寝汗で張り付いたワイシャツを脱ぎ捨てて、着替えを持って風呂場へと向かう。その時、ポケットから何かが転げ落ちる。
「ん?ああ、ミナからもらったお守りか」
拾い上げて、失くさないように机の上に置く。あとで、ヒモかなんかでストラップにでもして携帯に吊っておくか。
どっかに適切なヒモがあったかなぁっと考えながら、自室を後にして階下へと降りていく。夢のことはすでに忘れかけていた。
教室に入ると、昨日以上の騒がしさであった。二日連続で起きた爆発事件は噂話にはちょうどいい肴なんだろう。当事者(なのか?)としては勘弁してもらいたい限りだが。
「ほらよ、軍曹」
席に着くと水嶋が来て、昨日放置してきた俺の荷物を机の上に落とすように置く。学生鞄と買ったばかりのラノベ数冊が重たげな音を立てる。
「さんきゅ」
「昨日はどうしたんだよ、急に走り出したりして」
前の席から椅子を分捕り、逆に座って俺に顔を近づけてくる。声はイケメンでもそれ以外は残念なんだから勘弁してくれ。もっと美少女になってから頼む。
「あの現場から軍曹の荷物を持ち出すの結構大変だったんだぜ?」
「それはすまない」
事件現場の基本は現状維持だからな。それをばれないように俺の荷物だけを回収するのは大変だっただろう。水嶋には今度、何か奢らないとな。
「別に構わん。それより、あいつらも災難だったよな」
「あいつら?」
「ああ、あの爆発した奴ら。何が原因か知らんが、リア充だからってだけで爆発してるんだったら、そんなの八つ当たりもいいところじゃないか」
水嶋はまるで日常会話でもしているかのように語ってくる。
「俺もいつ爆発するかヒヤヒヤするぜ」
「や、お前は確実に爆発しないから安心しろ」
「そんなことないぞ。俺の腕前を恐れた軍が暗殺に乗り出してくるかもしれないじゃないか。できるだけ窓際に立たないようにしないと、狙撃されないように」
いきなり頭を下げて、辺りを警戒し始める水嶋を呆れた視線で見る。その様子にクラスメイトが冷ややかな目を向けていることを知らずに、水嶋は謎の組織に狙われているという想定の演習(?)を一人で続ける。
やれやれ、こいつは馬鹿なのか、そうじゃないのか全く分からないぜ。だから、面白いんだけどな。
俺は考えてみた。授業中に先生の話も聞かず、版書も取らずに考えてみた。澄み渡る高い空を眺めながら考えてみた。
リア充が爆発している事実。今、分かっている事。そして、俺はどうすべきなのか。
ミナが言うには俺が願ったからリア充たちが爆発しているらしい。それは完全に嘘とは言い切れないかもしれない。これだけ体験したら信じてしまいそうになる。俺が「リア充、爆発しろ!」と呟いたら、目の前で二回もリア充が爆発した。
もしそれが本当だとしよう。それで、俺はどうしたらいいのだろうか。警察にでも出頭したらいいのか?誰が信じてくれる、俺が「リア充、爆発しろ!」って言ったから爆発しました、だなんて。
「信じるわけがない」
じゃあ、俺はどうすべきなのだろうか。「爆発しろ!」って言わないように気をつける?それが可能なら昨日の爆発を起きていないっての。
「はぁ」
落ち着くために嫁のストラップを眺める。希は今日もかわいく微笑んでいる。その隣でミナからもらったお守りが鈍く蛍光灯を反射している。
別にリア充がどうなっても構わないと思う。俺には関係がないことだし、俺がどうなったって他人には関係ないことだ。関係ない……はずなんだけど……
「なんか胸の辺りがモヤモヤする」
なにかすっきりしない。見えない何かで加圧されるような感じで胸の辺りを締め付けられているような、俺の胸のとこだけ気圧が高くなっているような感覚だ。
これって……心筋梗塞?けっこう不健康な生活してるからなぁ。
「ああ、分からん」
「分からんのはちゃんと授業を聞いていないからだと、先生は思うぞ」
気付いたら、現国教師が俺の席の前で教科書を丸めて怒りを抑えていた。
その後、教室に軽い音が響いたのは言うまでもない。叩いた物も叩かれた物も軽いからマンガのようなすこぶる軽い音がした。
現国教師に頭を叩かれたくらいでへこたれる俺ではない。てなわけで、今日はすべての授業でずっと考えていた。趣味のこと以外で頭を使ったのはかなり久々のような気がする。慣れないことをしたものだから、なんかすごく腹が減ったような気がする。
「腹減ったなう」
軽食ともう少し考えをまとめるために、普段はあまり行かない駅前のファーストフード店に入る。さすが駅前だけあって、店内では多くの学生やサラリーマンが雑談に花を咲かせていたり、携帯をいじったり、ノートパソコンを広げたり思い思いの時間を過ごしている。
ハンバーガーのセットを持って、俺は空いていた店内を見渡せる四人掛けのテーブルを一人で陣取る。
「リア充が大量発生」
人が多いだけあって、それに比例してリア充も多い。そもそもこんなリア充が集まりそうな場所にヲタ充たちはあまり来ない。だが、俺はあえてここを選んだ。
授業中考えていて思ったことの一つに「リア充とヲタ充の違い」ってのがある。疑問を解決するには、実際にリア充たちを観察するのが一番早い。そりゃ、俺自身がリア充になるのが一番なんだろうけど、そんな実現不可能なことできるはずがない。
俺たちヲタクってのはよく偏見を持って見られることが多い。太っていてメガネとか、いつも「萌え~」と言っているとか、コミュニケーション能力がないとか。
だが、実際には全てのヲタクが太っているわけでもないし、「萌え~」だなんてむしろ言わない。対人能力も別に低いわけでもないから、一人ぼっちばかりってわけじゃない。そりゃ、中にはそんな奴もいるかもしれない。けど、それはそいつが特殊だったりするだけで、ヲタクじゃなくてもいるだろ。
偏見があるのは俺たちがリア充を見るときも同じじゃないだろうか。
リア充を見ればすぐに爆発しろとか死ねとか言うけど、それは単に妬んでいるだけじゃないだろうか。自分がなりたいけどなれないから羨んでいるだけで、自分がそちら側になったときに爆発すればいいとか思うだろうか。
確かに、世間はリア充が正しくてヲタクは負け組みたいな流れであるが、どっちが正しいとか間違っているとかないと思う。あってはいけない。
「大多数だから正しいとか、少数派だから間違っているとか、そんなのおかしいじゃないか」
民主主義に意義を唱えるつもりはないが、大多数が絶対正義っていうのも間違っていると思う。それなら悟りを開いたたった一人の聖人は悪ってことになるだろ。
ここにいる人のほとんどはリア充だろう。だが、どうだ。多少騒がしいが、別に他人に迷惑をかけているわけでもない。
そこのカウンター席にいるスーツの男は時折携帯を確認しながら、パソコンへの入力作業に集中している。きっと自分の仕事に夢中なんだろう。左の薬指に指輪をはめているから結婚して、もしかしたら子供もいるのかもしれない。
まさにリアル生活が充実しているリア充だろう。
「だからと言って、爆発しろとは思わないな」
水滴が付いた紙コップを持ち上げて、喉の渇きを潤す。そして、紙コップをトレイに戻すと同時に閃光が走り、サラリーマンが爆発した。
「え?」
光に遅れて、爆音が俺の鼓膜を激しく振動させる。ここのところ毎日見ている光景が今日も広がっている。携帯電話かパソコンか分からないプラスチック片が飛び散っている。
爆発した?俺、爆発しろなんて言ってないのに爆発した。
店内が一瞬の静けさの後、今までと比べものにならない騒がしさでパニックになる。ただ悲鳴を上げるだけの女子高生。唖然としたまま動けないでいる男子高校生。子供を抱えて逃げ惑う主婦。どうすればいいか分からないで立ち尽くす店員。
どういうことなんだ。俺は「爆発しろ」だなんて発していない。こんなのおかしいだろ。あの人はただ自分の仕事を、やるべきことをやっていただけだ。
「間違っていやがる」
俺はまたしても気付いたら駆け出していた。だが、今日は逃げ出すためじゃない。
神社にはすぐに辿り着けた。本当は遠回りをしたのかもしれないが、そんなことはどうでもよかった。境内を進んでいくと、やはり本殿前にいた。
「ミナ!」
体力がないことが自慢である俺は息を切らして肩で息していたが、怒気を孕んだ声でなぜかいつもそこにいるゴスロリ少女の名を叫ぶ。
「……」
ミナは無言で返事する。明らかに俺に怯えている様子で、今にも逃げ出しそうである。
「また人が、リア充が爆発した」
「……」
「俺は『爆発しろ』だなんて言っていないし、思ってすらいなかった。どういうことだ」
「……」
やはりミナは何も答えない。
「俺が爆発しろと願ったから、今までリア充は爆発したんじゃなかったのか」
「……痛い」
俺は興奮して、いつの間にかミナの両肩を力いっぱい掴んでいたらしい。ミナは苦悶の表情を浮かべて、少し涙目になっている。
「ごめん」
俺はすぐにミナから手を離し、謝ってバツの悪さから視線を逸らす。ミナは肩を擦りながら本殿の階段に腰かける。俺もそれに習って、昨日と同じように階段に座る。颪が熱を持った頬を撫でていく。
「……違う」
「違う?違うって何が?」
火照った身体を冷まして落ち着けていると、ミナがぼそりと聞き取れるか取れないかの微妙なラインの声量で呟いた。それが先程の答えだと気付くのにけっこう時間が要った。
「じゃあ、なんでリア充は爆発しているんだ?」
「……」
「ミナは最初に言ったよな?俺が『爆発しろ!』と言ったから爆発したのだと」
「……」
ミナはずっと無言でどこかをじっと見つめ続けるだけ。
「俺はどうしたらいい?」
「貴方はどうしたい?」
また質問に質問で返される。やはりあまり感心できないが、俺がどうしたい……か。
「俺は……」
「……」
西日が二人の影を長くする。
「俺は……この爆発を止めたい」
「なぜ?」
「リア充だからって爆発するなんて間違っている」
「……」
「あいつらは俺らをヲタクだと馬鹿にする。俺たちはあいつらをリア充だと妬む。でも、それってどこかおかしいだろ?別にどちらも悪いわけじゃない。ただお互いの好きなことが違うってだけだ。そりゃ、リア充が羨ましいよ。俺もなれるものならなりたい。いや、俺も本当はなれるはずなんだ。でも、俺はそれをしなかった。話しかけるのが怖くて、バカにされるのが嫌で俺は画面の中に逃げたんだ。二次元は裏切らない。そりゃそうだ、一方通行なんだからな。向こうは何もアクションを起こしてこない、こちらが何をしても」
「……」
「俺たちにリア充を、少なくとも俺にリア充を爆発させる権利なんてない。俺は自分でそれを放棄したんだから。それなのに、爆発させるなんて八つ当たりでしかないだろ。守るとまでは言わなくても、止めることくらいはできるんじゃないか?」
「……」
ミナは俺が喋っている間ずっと無言だった。俺の言葉を、意味を、真意を見定めるかのように聞き入っていた。
ミナは立ち上がると、そっと俺に手を差し出してきた。今まで陽に当たったことがないような白い、陶磁器のような肌である。
「貴方が望むなら」
空はすっかり暗くなり、月がもっとも明るい光源になっていた。月明かりに照り出されたミナは美しかった。まるで神のように。
俺はそんなミナに見惚れながら、本当に人の手かって思うくらい綺麗な手に少し戸惑ってしまう。だが、俺はしっかりとその手を握り締めた。
止めたいとかっこいいことを言ったわけだが、さして方針とかあるわけでもないのでおとなしく家に帰って来た。晩飯を食って、風呂に入って、部屋に引きこもる。これが俺の日常であったはずなのに、ここのところできていなかったように思う。
「久しぶりにネットサーフィンでもしますかね」
自作パソコンの電源を押して、OSを起動させてからモニターとスピーカーの電源を順番に入れていく。ファンの音がやけに耳に付く。やっぱり、静音の物にしとくべきだった。次、小遣いが入ったら交換するか。グラボもそろそろ交換しないと、推奨どころか必須まで満たせないネトゲが増えてきたんだよな。
「さて、掲示板やらニュースブログやらを確認しますか」
壁紙の希が微笑んでくるのに微笑み返してから、インターネットブラウザを立ち上げて各サイトへとアクセスする。
某掲示板には今日も多くの書き込みがなされているようで、もちろんリア充爆発事件(命名俺)に対しても多く書き込まれている。
『今日も多くのリア充たちが制裁を受けているようだ』
『日に日にリア充度が下がっていっているような気がするのは濡れだけだろうか』
『そんなことどうして分かるんだよ。マスゴミはリア充度なんて発表してねぇのに』
『これは現代魔法の仕業だ!』
『寝言は寝て言え。もしくは、よくわかるアセンブラでも読んでろ』
今日も酷いお祭り騒ぎである。自分勝手なことを言って、リア充たちが爆発していくのを楽しんでいる。
「人の不幸ほど面白いってことかよ。その相手が嫌いならなおさらってか……てわけでもなさそうだな」
レスが進むにつれてだんだんとリア充を憂いたり、原因究明に迷走してみたり、そういう書き込みが増えていく。
『何をもってリア充としてるか分からないけど、けっこう災難だよな』
『何か機器の故障による爆発だと思うんだが、明らかに規模が異常』
『ここまで意味不明だと、なんか心霊的なものの仕業とかでも信じられる気がするわ』
しかし、何か止められるような情報や証言は何一つ見当たらない。他のサイトやまとめブログに行ってみるも結果は同じであった。
「そう簡単にはいかないか……」
ハイバックチェアの背もたれに体重をかけて天井を仰ぐ。
「そうだ、ツイッターのほうでも検索してみるか。こういう場合はいまいち使い勝手が悪いんだよなぁ」
背もたれのメッシュの反動を利用して身体を持ち上げて、某掲示板とは別タブでツイッターを開く。フォローしている人たちのツイートがタイムラインにずらりと並んでいる。そこには爆発事件に関するものもあるが、だいたいはニュースを見た感想程度である。
「うーん、やっぱり有名作家たちのつぶやきは面白いぜ」
ラノベ作家たちのツイートが面白くて、ついつい読みふけってしまった。
「おっ、なんかダイレクトメッセージが来ているなぁ」
マウスを操り、ダイレクトメッセージの項目をクリックして表示させる。
『軍曹!なぜにシグザウエルP239はモデル化されない!』
水嶋からの謎メッセージだったので、返信もしないで放置しておく。てか、なぜモデル化されないか俺が知っているわけないだろ。
その後、JAVAとC++で適当なプログラムを組んで遊んだ。久しぶりに書き始めるとなかなかに面白くついつい単純シューティングとツイッター用のBOTを作っちまった。
ああ、またこの夢だ。三日連続ってどういうことだ。
「……」
どうもはっきり聞こえない。声が言葉になっていない。
「……貴方が……」
毎回、同じようなところしか聞こえない。
「……貴方が……選んだ……」
ああ、俺は選んだよ。
「……」
いつもならここで目覚めるが、どうやら今日はまだ終わりじゃないらしい。
「……助けて」
四日目 方法
「え?」
思わず飛び起きてしまった。しかし、所詮は夢の中での出来事であり、現実にあるのは見慣れた天井とつけっぱなしにしてしまったパソコンだけである。
「助けてってどういうことだ?」
普段は夢なんてどうでもよくてすぐ忘れてしまうから気にも留めないのに、何かやたらと気になった。
「疲れているのかなぁ」
とりあえず消し忘れていたパソコンをシャットダウンさせて、寝汗を吸ったパジャマを脱ぎ捨てて制服に着替える。
リビングに入っていくと珈琲の独特の香りとトーストの香ばしい匂いが漂ってきた。
「あ、仁くん。おはよう」
「おはよう」
キッチンでスクランブルエッグを作っている母さんに挨拶してから、朝刊を持ってテーブルに座る。テーブルにはすでにトーストとサラダが用意されている。
「もうすぐできるからね~」
母さんは注ぎたての珈琲を俺の前に置くと、すぐにキッチンへと戻っていく。俺は朝刊を一面からチェックしていく。やはり、リア充爆発事件のことが大きく取り扱われている。
警察は事件と事故の両面から捜査しているらしいが、どうも思うような成果を上げられないでいるようだ。事件だとして犯人組織も不明だし、手段も目的も特定できていない。要は何も分かっていない。事故だとしても何が事故の原因かも、そもそも何が爆発しているのかも分かっていない。どっちも八方塞りのようだ。まぁ、俺も似たようなものだけど。
「その事件、まだ犯人捕まっていないの?そういえば、この近所でも何件かあったらしいわね。爆発したら、やっぱり痛いのかしら」
スクランブルエッグを盛り付けながら、母さんは俺の見ている記事を横から見て的外れな感想を洩らしている。その何件かあったすべてを目の前で目撃しているって言ったら、どんな反応をするかな?言うつもりはないけど。
俺は真面目な生徒なので毎日ちゃんと学校に行く。授業を聞いていなくても出席することに意味があると思う。オリンピックと一緒で。
「四年に一回しか開催されない世界的スポーツの祭典と毎日の学校を一緒に考えるのはいかがな物かと」
「うっさい。勝手に人のモノローグに入ってくるな」
「それは失敬、軍曹」
通学路を歩いていると、後ろから水嶋が声をかけてきたというより、割り込んできた。今日も頭にはばっちり迷彩柄が輝いている。実は禿げていて、それを隠すためにずっとバンダナしているんじゃないだろうか。
「そういや、軍曹。いいことを教えてやろう」
お前が言う「いいこと」は今まで本当に「いいこと」だった記憶がない。
「今日は英語の抜き打ちテストがある」
「なぜ、お前がそんなこと知っている」
「世の中、すでに情報戦なのだよ。では、健闘を祈る」
「って、待ちやがれ。せめて範囲とか教えろ」
綺麗な敬礼を見せ付けた後、水嶋は撤退戦で確実に生き残るであろう逃げ足で走り去ってしまった。ちゃんと普段鍛えている奴は違う。
追いかけるのも面倒な話なので、小さくなっていく背中を見送り一人のんびりと歩く。
英語のテストとはまた面倒なことを知ってしまった。知らなければ、諦めも付いたというのに。ちなみに、俺は英語がそんなに得意ではない。文章は読めるのだが、現国的能力が壊滅しているため問題が解けない。プログラミング言語で問題文を書いてくれたらいいのによ。
「まぁ、英語のテストなんて目じゃないような難問が目の前でうろついているがな」
なので、俺は英語のテストなんて無視して眼前の難敵に立ち向かうべく、普段趣味でしか使わない頭をフル回転させる。決して、現実逃避なんかじゃないんだから。むしろ、現実に立ち向かうんだ。
水嶋の言うとおり英語の時間に抜き打ちの小テストがあった。日常的には絶対使わないような単語のテストだったので全く分からなかった。俺の英語はプログラミング言語で支えられているんだから、受験英語なんて分かるわけがない。
「世界勇者は学校に行っていないが、あれは単なる登校拒否の問題児ではないだろうか」
「いきなりどうした、軍曹」
俺の前でカロリーぐらいしか補給できなさそうなスティックを半分くらいまで齧った水嶋が不思議そうな顔をしてくる。
「いや、なんでもない」
バンダナの上に疑問符を浮かべている水嶋を無視して、俺も昼飯のメロンパンを頬張る。やはり、カリカリモフモフの法則で食べるのが一番うまい。
「そうだ、軍曹。今日は暇か?」
「ん?今日は……」
暇といえば暇だし、暇じゃないといえばミナと今後の対策や方針を話したいような……どうしたものか。
「ちと玄魔堂に行こうと思うんだが」
「行こうじゃないか」
玄魔堂とは、この辺じゃ珍しいパソコンパーツ専門店で広い売り場にけっこうな品揃えであるゆえ、俺のお気に入りの店である。そういや、久しく行っていなかった。交換予定の静音ファンとグラボを品定めしたいところだったし。
「おうよ、軍曹」
食事中なのにも関わらず、二人して身を乗り出してがっつり腕を組み交わす。教室中から冷ややかな視線を受けているような気がするのは気のせいだ。
こうして、放課後は玄魔堂に行く事が決定した。玄魔堂までは電車で二駅である。別に毎日、神社に行く必要はないだろうから今日はお休みとさせてもらおう。
退屈な授業は強化されるパソコンへの妄想でやり過ごす。授業中の教師の声は考え事をするときにはいいBGMになってくれる。
「では、参ろうぞ」
「出陣だぜ、軍曹」
学校の門をくぐっていざ玄魔堂へ行こうとしたところで声をかけられる。
「ちょっと、君たち。君たちはここの生徒さん?」
「ええ」
スーツを着込んだ恰幅のいい男性二人組に声をかけられる。水嶋は分かりにくいようにしているが、完全に警戒態勢に入っている。
「警察の者なんだけど、この間、すぐそこで起きた爆発事件のことでちょっと聞きたいんだけど、何か知らない?」
「すみませんが、僕たち急いでいるので失礼します。それに、何も知りませんから」
水嶋は礼をすると、そのまま俺の腕を引っ張って先を急ごうとする。よく見ると、刑事の片方は前に聞き込みしてきた刑事だ。
「急いでいるとこ申し訳ないねぇ。すぐ済むから。何か、噂話とかでもいいから聞いたことないかな?」
「俺たち友達少ないんで」
「ああ、そう……」
刑事たちは顔を見合わせると、バツが悪そうに哀れむような表情を浮かべる。友達が少ないってのはそんなに悲しいことなのかよ。
「失礼します」
水嶋はまた一礼すると、さっさと歩き出していく。俺も遅れないように早足になって後を追いかける。刑事は何も言わずに見送ってくれた。
電車に乗って、この辺一番の繁華街に降り立つ。と言っても、所詮は田舎の繁華街であるから暇を持て余したじいちゃん、ばあちゃんに高校生くらいしかいない。
水嶋と二人で商店街を歩いていると、修行僧らしき人が道の端に立っていた。網代笠を深く被っているのでその顔は分からない。今時珍しい人もいたものだ。
「待ちたまえ」
前を横木走路としたら、突然その僧侶に呼び止められた。最初、俺たちのことだとは思わなかったので、軽くスルーして行きかける。だが、圧倒的なプレッシャーを与えてくるのでついぞ立ち止まってしまう。これほどのプレッシャーを発してくるとは、ニュータイプなのか。
「そちらのメガネの君、君には大いなる神の祝福と魔の存在が感じられる」
「はぁ……」
どうやら、最近の俺の運勢として電波に難ありらしい。どうしてこうも電波なことを言ってくる奴が突然現れるんだ。
水嶋と俺はなんとも言えない、実際に何にも言えない表情をしてその僧侶を見つめる。しかし、修行僧はマネキンか置物にでもなったかのように一言も発しなくなった。
「なんだったんだ?」
「さあ?」
二人で首をかしげながら、結局何もしゃべらなくなった僧侶に別れも告げずにその場を去って玄魔堂を目指す。
「……現代の魔に気をつけたまえ」
商店街の端にある三階建てのビルが本日の目的地『玄魔堂』である。入口には秋葉原にありそうなラジオ会館みたいな感じで『世界の玄魔堂』とでかでかと看板が輝いている。
「いつ来ても無駄に派手だなぁ」
「あいかわらず、周りとの調和とかを無視しているな」
何度訪れようが圧倒される外観に感心してから中へと、宝の山へと入っていく。物欲、持て余す。
水嶋とは入口のところで一時的に別れて、それぞれ個別に店内を回る。俺はモニターやケースなどが置いてある一階部分をほとんどスルーして、グラボやファンのパーツ類が置いてある二階へと上がっていく。ちなみに、三階にはソフトウェア類が置いてある。
エスカレーターを駆け上がり、慣れた足取りでグラフィックボードコーナーへと行って、グラボの品定めを開始する。
「うーん、やっぱ9800かな。でも、どうせならGTS450くらいにしたい。でも、値段がなぁ……」
値段差にして約五千円。これはけっこう大きい。どっちにしろ、高校生には大きい出費であることには違いないが。早く来ないかな、クリスマスと正月。
他にもいろいろと今流行の3D対応のグラボを見たり、静音ファンの静かさを聞き比べたりして、CPUコーナーまでやってくる。
「CPUはこの間、交換したばっかりだからまだ大丈夫だろうけど、やっぱり進歩が早いなぁ」
「何か、お探しですか?」
最新の商品が飾られたショーケースを眺めていると、店員らしき女性が声をかけてきた。
「いや、別に何か探しているってわけでは……」
「最近ですと、この最新のi7シリーズがオススメですね。今日も一人のお方が最高モデルを大量に買って行きましたよ」
「へえ~、何に使うんでしょうね」
「なんか魔法がどうの、リア充がどうのって言ってましたね」
魔法?リア充?
「CPUでいったいどんな魔法ができるんでしょうね」
店員は面白い冗談のようにかわいらしく口元を押さえて笑う。きっと本当に冗談に思っているんだろうけど、俺にとっては冗談のようには聞こえなかった。
パソコンで魔法?それ、なんていう現代魔法?リア充とか爆発させたりしないよね?
俺の中で何かがいろいろと繋がっていき、一つの情報ネットワークが完成する。もしこの仮説が正しいなら、止めることもできるかもしれない。
「すみません、ちょっと急用を思い出したので」
「そうですか。それではまた何かありましたら、お願いしますね」
店員さんに一礼してからガラスケースをあとにして階下へと降りていく。走りながら携帯を取り出し、水嶋にメールを打つ。走っている振動でストラップの希とサムハラのお守りがゆれる。
移動時間中も頭を熱暴走寸前までフル回転させて、仮説を強化できるように考えを尽くす。どうやって現代魔法をリア充だけにかけるかが問題だな。そもそもif文みたいにリア充限定の魔法とかできたりするのだろうか。
ずっと考えていたからか思いのほか早く神社に着いたような気がする。鳥居を抜けて本殿まで一気に駆けて行く。疑いようもなくミナは本殿の前に立っていた。
「分かったぞ、リア充が爆発する原因が」
興奮して挨拶も抜きにいきなり本題に入る。ミナは表情一つ変えずにじっと俺のほうを見てくる。
「現代魔法だよ、現代魔法!これを使って、犯人はリア充を爆発させていたんだ」
「……」
ミナのすぐ側まで駆け寄り、俺が考え付いた仮説を伝える。すると、ミナは普段ほとんど変わらない表情を変えて
「はあ?」
とかわいそうなものを見る目で俺を見てきた。
「えっ」
思わず絶句してミナの顔をまじまじと見つめてしまう。ミナは完全にバカにしたような、実際に馬鹿にしているんだろう表情を浮かべて、哀れみの視線で俺を見ている。
「だから、現代魔法だよ、現代魔法。パソコンを使ってシリコン基盤を通電するコードで発動させる魔法だよ。プログラムで同じ命令を何回も繰り返して……」
「や、現代魔法なんてものは存在しないから」
ミナは踵を返すと、本殿の階段に腰をかけて憂鬱な表情でこちらを見てくる。
現代魔法なんてものは存在しない?
「……ですよね~」
あまりにもミナの視線が冷たいので、ついつい同意してしまう。一時のテンションでの思いつきほど怖いものはない。しかし、なんだろう、この空しさというか悲しさは。電波なことしか言ってなかったミナにこうも冷静につっこまれると恥ずかしさが百万の大軍として押し寄せてくる。
「すまない、さっきの言葉は忘れてくれ」
「……わかった」
ミナは静かに頷く。その振動でアミュレットが揺れ動く。
ああ、今すぐにでもここから逃げ出したい。せめて、天照大神みたいに天岩戸に引きこもりたい、パソコンを持ち込んで。
俺は誤魔化すためにも冷静さを装って、ミナの隣に腰を落ち着かせる。大人だったらここでタバコでも吹かすのだろうが、俺はあいにくと真面目な高校生である。俺ができる精一杯は
「アメでも食べるか?」
とミナにイチゴミルクのアメを差し出すくらいである。
「……ん」
ミナは小さく頷くと、よく観察していないと分からないくらい微妙だが、嬉しそうに頬を緩めて受け取る。
ああ、せっかく前進できたと思ったのに、また振り出しに戻るか。今日はまだ爆発現場を見ていないけど、今日もきっとどこかで誰かが爆発しているんだろうなぁ。
夕焼けが二人の影を引き伸ばしていく。なんか毎日こうしているような気がする。今までならこの時間はすでにパソコンの前から動かなくなっていたのに。でも、こういうのもいいかもしれないな。
絶対に現代魔法の仕業だと思ったんだけどなぁ。俺の頭もだいぶラノベに侵されるようだ。
神社からの帰り道、俺は珍しく携帯電話を弄っていた。普段は暇潰しにブログやニュースサイト、ツイッターを確認するくらいだが、今日はリア充ってのを少しでも体験できないかと携帯向けSNSやポータルサイトにアクセスしてみる。
「今一番人気ねぇ」
とある携帯のポータルサイトがどっかのレールガンみたいなロゴで宣伝されていた。とりあえず登録だけしておく。
いい加減聞きなれてきた声がまた俺を癒して行く。
「……」
なんか今日はまたボリュームが小さいような気がする。
「…………」
今日はいつまで経っても息遣いみたいな音だけで言葉が聞こえない。どうしたんだ?
「…………ばか」
って、ちょっと待てや。昨日の最後は「助けて」って意味深に終わっただろ?なんでそれが急に「ばか」になるんだよ。
夢はそこで途切れる。
五日目 挑戦
ある意味最悪の夢見であった。なぜに最後に「ばか」とか言われないといけない。いや、ちょっとかわいくて不覚にも萌えたけどよ。
携帯で時刻を確認すると、いつも起きる時間よりも五分ほど早い。しかし、眠気はなく爽やかな朝って感じだ。
「しゃあない、起きるか」
土曜で学校がないから別にもっと惰眠をむさぼっていてもよかったのだが、せっかくすっきり目覚めたので起きる事にする。夢見が悪いのにすっきり目覚めているってのも変な話だ。
リビングに下りていくと、母さんがすでに朝食の用意をしていた。
「あら、仁くん。おはよ、今日はお休みなのに早いね」
「ああ、目が覚めちゃったから」
母さんに適当に挨拶してから、新聞を開く。さすがにもう爆発事件は一面を飾っていなかったが、まだ起きているという続報はきっちり載っていた。
「ほらほら、新聞読む前に顔洗ってきなさいな」
「ん~」
新聞を広げたまま放置して、あくびをかみ殺しつつ洗面所へ向かい、洗顔と歯磨きを済ませる。リビングに戻ってくると、席には朝食のスクランブルエッグ(ケチャップ多め)とサラダ、トーストが用意させており、淹れたて珈琲が運ばれてきた。
「いただきます」
「召し上がれ」
母さんも席に着き、一緒に朝食を食べる。こうやって一緒に朝食を取るのは久しぶりのような気がする。
「仁くん、今日はどっかにお出かけするの?」
「う~ん」
箸を加えながら考える。早起きしたけど、特に何も予定がないなぁ。別にどっか出かけてもいいけど、玄魔堂は昨日行ったし……どうしたものか。
「予定がないなら母さんとデート……」
「ああ、約束があったわ。俺、急ぐからごちそうさま」
俺は残っていたサラダとトーストを珈琲で一気に流し込むと、早々にダイニングから立ち去り自室へと逃げ帰る。
母さんは年甲斐もなく俺と一緒に出かけたがる癖がある。さすがにこの歳で母親と二人でお出かけは勘弁してもらいたいと思うのが思春期男子として正しいはず。
「デート……」
リビングから母さんの寂しそうな声が聞こえるのは気のせいってことにしておく。うん、きっと気のせいだ。
母さんから逃げるように自宅を飛び出したわけだが、当然行く当ても予定もない。彷徨うように駅周辺までやってきたはいいが、これからどうしたものか。
「計画性のない男はモテないらしいが、そりゃ、こんなんだったらモテないわな」
自分の体たらくに悪態をつきながら、すでに人ごみができ始めている駅前をふらふらと歩き回る。一昨日、利用したファーストフード店は店舗改修中で休業していた。
「やることがないとここまで暇なのか」
普段の休日は昼過ぎまで寝て、適当に飯を食ったあとは次の日の朝までずっとネトゲをしていたり、プログラミングしていたりして過ごしていた。
珍しく早起きすると、逆にろくな事がないな。
「そこにいるは、軍曹か」
「違う、人違いだ」
イケメンボイスが聞こえたが、俺にはイケメンの知り合いはいないので無視しておく。
「いやいや、軍曹じゃないか」
「俺にイケメンな知り合いはいない」
「声だけで悪かったな」
「なんだ、水嶋か」
いつの間にか水嶋が目の前に現れていた。服装こそ私服だが、やはり頭には迷彩柄のバンダナがきっちり巻かれている。実はこいつの本体はこのバンダナの方じゃないだろうか。
「で、軍曹どうした、こんな朝早くから」
「朝早くってもう昼前だがな」
「俺たちにとっては十分早朝だろ?」
「否定できないのが悲しいな」
もうちょっとまともな生活を心がけよう。
「ところで、こんなところで何やってんだ?水嶋」
「俺はグロック17の限定モデルを徹夜で並んで買ってきた帰りだ」
水嶋は紙袋を持ち上げて戦利品を自慢してくるついでに、アホのように口を大きく開けて欠伸する。
「つうわけで、俺は帰って寝るわ。おやすみ~」
水嶋は欠伸をしながら、すたこらと帰っていった。その背中を適当に見送って、暇潰しの一つの可能性がなくなったことにため息をつく。今から帰って、こっそり部屋に引きこもっていようかなぁ。
あまりにも暇すぎるので無駄に商店街までやってきた。さすがに休みなだけあって、家族連れや若者などで賑わっている。みんな笑顔で行き交っているが、何がそんなに楽しいのだろうか。
暇潰しの定番、本屋にやってくる。常に新刊をチェックしている俺にしてみれば、あまり暇潰しにならなかったりする。
一部がカラーコーンとバーで囲われた入口を通り抜け、店内へと入っていく。やはり一番に行くのはラノベの新刊コーナーである。
「買い忘れている新刊はないな」
平積みされている表紙を眺めて、気になるイラストとかタイトルで持っていない物はないことを確認する。ライトノベルの七割がたはジャケ買いである。おかげで、何度苦い思いをさせられたことやら。
続いて、漫画の新刊コーナーへと移動する。こちらも特に買い忘れタイトルがないようである。漫画はラノベほど多く買っていないので、たまに買い忘れている可能性が高いのだ。
最後に雑誌コーナーへと立ち寄るも、特に発売日でもなかった気がするので表紙を軽く見て目の引く記事がないかだけチェックする。
「くっ、こんなにも早く終わるとは」
気付けば、見るべきコーナーを全て回っていた。日課のように本屋に入り浸っているのがこんなところで仇となるとは思いも寄らなかった。
仕方ないので、普段あまり近付かないパソコン書籍のコーナーへ行ってみる。プログラミング関係はネットで調べた方が早いし、分かりやすい。なによりコピペが簡単にできる。
「ちっ、やはり現代魔法の教本なんてないか」
コーナーにはすでに小太りの男がいて、なにやら頭の悪いことをぶつくさと独り言を言っている。
「もっともっと強い魔法でリア充どもを爆発させてやるんだ」
とっても物騒な事を言ってやがる。リア充を爆発させるなんて、これ以上爆発させる奴が増えられても困るんだがなぁ。てか、現代魔法でリア充、爆発?
「お前が犯人か!」
「な、なぜ、それを!?」
どっかの探偵小説よろしく男を指差しながら叫び声を上げると、男もノリに合わせて盛大に驚いてくれる。どうやら、けっこうノリのいい奴のようだ。
「……って、そんなわけないか。驚かせてすまなかった」
「いやいや、実際心当たりがあったので内心冷や汗だらけですよ」
二人で楽しげに笑い声を上げる。そうだよな、こんな簡単に目の前に犯人が現れるなんてフィクションでしかありえない展開だ。
「では、これで失礼する」
「ああ」
小太りの男性はそそくさと逃げるように立ち去っていった。
確証はないけど、たぶん俺たちと同じ種族のような気がする。オーラというか匂いというかそういうのが同じだった。
現代魔法でリア充を爆発するなんて俺以外でも考える奴がいるんだなぁ。心当たりがあるって言っていたが、なにか違法アップロードでもしてるのか?
入口のところで小太りの男にツインテールの小さな女の子が合流していた。ちらりと俺のほうを見てにやりと笑ったような気がした。
妹のようには見えないけど、まさか彼女?世の中、何が起こるか分からなさすぎるだろ。
ネジが外れていそうな奴と遭遇した本屋を後にして、昼飯をまだ食べていないことを思い出したので牛丼屋で軽くすましてからまた当てもなく商店街をぶらつく。本屋と雑貨店とゲーセンを巡るだけで行き場を失う。
「さすが田舎、店が少ないぜ」
これ以上見るところもないので、なんとなく神社に行く事にする。神社に行けば、きっとミナがいるから話し相手くらいにはなるだろう。いや、あの無口少女では話し相手にならんか。
一応、爆発事件のことを考えながら歩き回っていたが、何一つ思いつかなかったし、ヒントとなるような物もなかった。そう簡単に分かったら、警察が黙っていないか。
もはや迷う事がない通いなれた道を突き進み、神社まで辿り着き境内へと入っていく。やはり、綺麗に手入れされている。ミナが掃除でもしているのか?ありえないな。
「……」
季節を感じさせない黒いゴスロリドレスを身にまとった少女が本殿前でじっとこちらを見ていた。胸元には貰ったお守りと同じように「サムハラ」が刻まれたアミュレットが輝いている。
「いつもそこに立っているよな」
砂利を踏みしめながら、ミナへと近付いていく。さすがに返事がないのにはもう慣れた。
「……遅い」
五メートルくらいまで近付いたところでミナはぼそりと洩らした。なんの約束もしていなかったのに、遅いだなんて言いがかりでしかない。
ミナは不機嫌そうに(と言っても表情の変化はほとんどない)踵を返すといつものように本殿の階段に腰を落ち着かせる。呆れながらも、俺も同じようにもはや定位置になったミナの隣に座る。
風が境内の木々を揺らして、葉っぱがかすかな音を奏でる。まるで風がここにいることを主張しているようだ。それを否定するように、聞きなれたアニソンが空気を読まずに流れる。
「メール?」
携帯電話を開いてメールを確認する。どうやら、昨日登録していたポータルサイトからのお知らせようである。メッセージが届いたようなので、リンクされていたアドレスにアクセスして確認する。
「!?」
「ん?どうした?」
ミナが驚いた表情で(分かるくらい驚いている)俺を、俺の携帯電話を見ているのに気が付く。まさか携帯電話を見るのが初めてとかじゃないよな。
「それ」
「携帯電話、見たことないのか?別に危ない物じゃないから」
「危険」
何が危険だというのだろうか。しかし、ミナは体をかばうような体勢で俺から遠ざかる。なんか俺が変質者みたいだ。
「いやな感じがする」
携帯を指差しながら何かを恐れるようなそぶりを見せる。
「いやな感じって……いたって普通の携帯だと思うが」
持ち上げて観察してみるが、どこをどう見ても一般的な携帯電話である。違うといえば、ストラップに希と古銭が付いていることくらいだろう。
「違う。中?周り?」
相変わらずの電波発言。いったいミナは何を感じ取っているのだろうか。俺にはさっぱり分からないので、放置することにしてメッセージを確認する。
「邪魔するな。現代魔術は完璧なり。……なんのことだ?」
読み取れるのはその部分だけで他は文字化けしているのか、意味不明な文字列が並んでいるだけであった。プログラムのようだけど、全く見たことがない言語だ。スクリプト言語の一種っぽいけど、なんか違うようだし、独自のプログラミング言語か?
「術式」
「じゅつしき?」
いつの間にか俺の後ろからこっそり携帯の画面を見ていたミナが耳元で呟いてくる。何かくすぐったいような気持ちいいような……って、そんな場合じゃない。
術式ってあの術式か?魔法とかを発動する時に使用する呪文みたいなやつ。この謎の文字列が術式だとでもいうのか?
「てことは、やはり現代魔法」
「違う」
はっきりとした口調で即答される。これはかなり堪える。
「じゃあ、なんだってんだよ」
「……」
ミナは無言で画面の一部分を指差す。現代呪術?いや、現代魔法と何が違うんですか。
「でも、こんな術式見たことない」
「たぶん、プログラミング言語で書いてるから分からないんだろう」
独自のプログラミング言語だから解析できるか分からないが、帰ったら可能な限り解読してみよう。ついでに、送り主も特定してみるか。アカウントはすでに削除済みだったが、なんとかなるだろう。俺のパソコンのスペックで足りるかなぁ。
帰宅早々に晩飯も取らずに自室に引きこもり、パソコンを起動させて先程のメールにある術式(?)の解析と送り主の特定作業を開始する。まずはソースをアセンブラして機械語にしてから逆コンパイラして高級言語に変換してみる。
「と思ったが、やっぱり手持ちのソフトじゃアセンブラすらできないか」
使われている言語が独特すぎて解読どころか実行すらできない。勘と経験でアナログ的に解読していくしかなさそうだ。
「思った以上に手間がかかりそうだ」
一応、この前に暇潰しで適当に作った解析プログラムを起動させてみるが、どこまで読み解けるか分かったものじゃない。せめてフリーズしないことだけを祈ろう。
大き目のレポート用紙とペンを持ち出して、文字列を書き出していく。ここからは根気が物をいう世界だ。ぶっちゃけ一番苦手である。
「だが、ゆえに楽しい」
書き写し終えた文字列を見て、ついついにやけてしまう。こりゃ、今日明日は徹夜かもしれないな。なんかテンション上がってきたぞ。
楽しそうと思っていた時期が俺にもありました。
「いったい、何の言語を参考にして作ったんだよ」
持っていたペンをレポート用紙に投げつける。開始一時間、すでにお手上げ状態だ。ちっとも解読できない。部分的にif文だとかfor文だとかは判別できるんだが、その中身の関数が全くもって意味不明、鬼畜魔境。カオスだ、カオス。
パソコンのほうは一割も解析できないで動きが止まっている。エラーを起こさないだけマシと思いかけたが、エラー定義していないことを思い出して泣きそうになった。
「これは誰に白旗を振ったら助けてくれるんだ?」
自作解析プログラムを強制終了させてCPUにも休息を与える。先に犯人を捕まえて、ハッタリで自白させた方が早いような気がする。つうか、絶対に早い。
「そうと決まれば、送り主の特定を行うか」
ようやく休めると大きな深呼吸をして体を冷やしているパソコンに鞭打って、先程のメッセージの送り主を特定する作業にかかる。
「まずはIPアドレスを割り出す」
メッセージが送ってこられた携帯向けポータルサイトはパソコンでもメッセージ等は閲覧できるようになっているので、パソコンからサイトにアクセスして送り主の特定を行っていく。やはり、送りつけてきたアカウントはすでに削除済みになっており、そこからは何一つ得ることができない。
「だが、俺の手にかかれば」
自作の追跡プログラムを起動させる。これを使うことでメールとかがどこから送られてきたかを特定できる。拡張性を持たせて、メールだけでなくネットのメッセージも利用範囲に入れといた。使うつもりもなくただ面白そうだからと作っておいたのがこんなところで役立つとは思いも寄らなかった。
プログラムを走らせて数分後、画面には思いがけないメッセージが映し出された。
「エラーだと!?特定できなかったってことか」
途中まではうまく行っていたが、ある部分に突入すると突然エラーを表示した。もう一度、実行してみるも結果は同じ。
プログラムを間違えたのかとソースを確認してみるが、バグは見つからない。
「つまり、セキュリティをかけている?この場合はジャミングと言ったほうが正しいのか?」
どっちにしろ、故意的にIPアドレスを特定できないようにしているようだ。
「プロバイダとサーバ、IPアドレスの途中までは特定できたんだ。あとは根気でなんとか……なるわけないだろ!」
いったいどれだけの人数がインターネットを利用していると思うんだ。昨今のインターネット普及率は五十パーセントを超える。人口の半分以上はネットを私的に利用しているんだ。
「こうなりゃ、解除プログラムを組むほうが早いかもしれない」
しかし、相手がどんなプログラムを使っているか分からない以上はこちらもどういうプログラムを組んだらいいか分からない。
「さすがに手詰まり感MAXだな」
だらりと体を背もたれに預けて両手を挙げる。見慣れた天井が俺を見下ろしていた。
ああ、俺は負けたのか。プログラムでも負けて、爆発事件も止められずに負けたのか。そりゃ、俺は一介の高校生でしかない。力も金も何も持っていない。よく分からない正義感のために必死に努力して、誰に認められるわけでもなく影で事件を解決するなんてことできるわけがなかったんだ。ラノベや漫画のように一般高校生が警察もが捕らえられない犯人を捕まえることなんてできない。
「でもな、俺はそういう主人公になってみたいんだよ」
倒れる寸前でクッションを利用して体を起こす。机にはびっしりと書き込まれたレポート用紙とペンが散乱している。モニターにはエラーメッセージや他のウィンドで隠れている希が微笑んでいる。
ヲタクは誰もが思う。自分もラノベや漫画、ゲームの主人公のような体験をしてみたいと。でも、実際は遅刻してもパンを咥えた転校生にぶつかることもないし、空から女の子が降ってくることもない。実際に起こったら、それは単なる最悪の出会いであってそれっきりだし、転落事故でしかない。
「人生に一回くらいはラノベ的、漫画的展開があってもいいじゃないか」
右手にマウスを握り、エラーメッセージのウィンドを消す。ついで、他の立ち上げていたプログラムやブラウザをすべて消す。モニターいっぱいに希の顔が何物にも邪魔されずに映し出される。
「俺はあいつの笑顔を、笑っている顔を見てみたいんだ!」
一つのアイコン、一番使っているかもしれないアイコンをクリックして起動させる。しばらくして、総合ソフトウェア開発環境が立ち上がってくる。そして、思いつく限りの関数、アルゴリズム、技術をつぎ込むべくキーボードを叩く。
六日目 解決
気付けば窓の外が明るくなっていた。いつの間にやら夜が明けていたようだ。明けない夜はないとはよく言ったものだ。地球は人の意思とは関係なしに回転しているんだから。
「だが、明けて欲しくない夜があるのも事実」
窓際に立って外を眺めながら途中で淹れたコーヒーを啜るが、完全に冷めてしまっていてマズイ。徹夜明けのボロボロの体では優雅に決まるわけもなかった。
その分、徹夜の成果はあった。IPアドレスを最後まで完全には特定できなかったし、謎の文字列も謎ままだけど、メッセージを送りつけてやることくらいはできた。驚く事に意外とこの近所周辺にいるらしい。
「これで向こうがどう動いてくるかだな」
俺は倒れるようにベッドに身を投げ出す。まどろみに落ちようとするところで、無慈悲な携帯電話は着信をアニソンで知らせてくれる。やっぱ、希の着ボイスにしとくべきだったか。
鳴り続ける携帯電話を闇雲に探すが、なかなか見当たらない。まったくこんな朝っぱらにどこのどいつだ。ようやく見つけた携帯を開き、誰からか確認する。
「この携帯はただいま使えません。徹夜明けのところに電話してきたお前が悪い。七万回転生してからかけ直してこい」
「あいかわらず俺への扱いが酷いなぁ、軍曹」
受話器から聞こえてくるイケメンボイスに憂鬱になりながら、ベッドの上で転がり体勢を変える。
「で、何の用だ。俺は超絶眠たいんだ」
「ああ、ちょっと軍曹に知らせておこうと思ってな」
水嶋は珍しく歯切れが悪い。このクソ眠い時にもったいぶるな。さっさと用件を言って俺を寝かしてくれ。
「玄魔堂が本日限定特価バーゲンで、全品二割引だそうだ」
うん、これは知っといてよかった。だが、今の俺は物欲よりも睡眠欲だ。
「俺の財布の中身が三割増しになったら行く」
「ふむ、今は物欲より睡眠と。それなら仕方ない。じゃあ、ぐっないん」
そのまま電話は切れてしまう。俺としてももう限界なのでもう鳴らないようにマナーモードにした携帯を放り投げて、ベッドの上に丸まって意識を失うように寝込む。
夢。ああ、俺はまた夢を見ているのか。ここのところずっと夢を見ているような気がする。爆睡しているときは夢を見ないというが、俺は案外疲れていなかったのかもしれない。
「……貴方が……願ったから……」
俺が願ったから……何を?
「……貴方が……望むなら……」
俺が望むなら……何をしてくれる?
「……貴方が……選んだ……」
俺は選んだ……信じた道を。
「……」
今日こそは今まで聞こえなかった部分を聞かせてくれないか?
「……貴方がリア充になりたいと願ったから」
……リア充になりたかったさ。でも、臆病で勇気がなかったから殻に閉じこもった。
「……私はリア充を爆発させた。それで貴方がリア充になれるはずだから」
リア充がなくなりゃ相対的にリア充になるってか。とんだ勘違いだな。
「……貴方が爆発を止めたいと望むなら」
もうその時から俺は望んでいたんだな。
「……私は爆発を止める。それが貴方の願いなら」
しかし、爆発は止まらなかった。それは何故なんだ?
「……貴方が選んだ道を」
俺は自分の道を行く。自己中だからな。
「……私は助けたかった。でも、できなかった」
そんな悲しい声をするなよ。十分力になってくれている。
「……逆に助けを求めてしまった」
誰にだって助けて欲しいときくらいある。俺でよかったらいくらでも助けてやるよ。
「お願い、止めて!」
俺に何ができるか分からないが、任せておけ。
目が覚めると、西日が俺に直撃していた。寝起きに自信がない俺だが、今はすぐに起き上がって窓の外を見る。
「いつの間にかリア充になっちまってたんだな」
着替えを持って風呂場へと向かう。床に放置された携帯が光っていたことにその時は気付かなかった。
軽くシャワーを浴びて完全に眠気を排除して、俺は当然のように神社にやってくる。出かける際に母さんに怪しまれたが、別に何もやましい事はしていないので堂々と出てきた。
部分的にペンキが禿げている鳥居を通り、両サイドの狛犬に威嚇されて境内に足を踏み入れる。今日も綺麗に手入れが行き届いている。
今日も少女は立っていた。神社に調和しない漆黒で覆われ、白で描かれた模様が浮かび上がり、散りばめられたフリルが可愛さを主張するゴスロリファッション。今日は腰に付いた大き目のリボンが特徴的だ。ショートボブにカットされた黒髪が風に靡いている。
「よう」
「……」
挨拶しようが返事をしない無口というか無愛想、無表情。でも、内に秘めているのはさまざまな想いだろう。それをどう表現したらいいか知らないだけだ。
本殿の階段に腰かけると、同じように隣に座ってくる。肩が触れ合ってしまうくらいの距離だ。
「話、聞いてくれるか?今日見た夢の……違う、ここのところずっと見る夢の話だ」
「……うん」
珍しく返事をしてくれた隣を見てから、俺は空を眺めて話し始める。こいつに出会ってから見始めた不思議な夢の話を。
話している間ミナは一言もしゃべらず、相槌すら打たずにじっと聞き入っていた。まぁ、ミナならどんな話でもじっと聞いているような気がする。
「――って、夢を見たんだ。所詮は夢だし、現実がどうってわけじゃない。明日になれば忘れているかもしれない。それが夢だと思う」
話し終わり、俺は一息つく。空はすっかり暗くなって、月が綺麗に輝いていた。
「……」
話し終わっても、ミナは無言のままでじっと俺の顔を見ている。そう見つめられると照れてしまうから勘弁してもらいたい。
「寝ている間にこんなメールが来た」
ポケットから携帯を取り出して、寝ている間に届いたメールを表示させる。
『明日、十六時に玄魔堂に来られたし。闇へと葬ってやる。現代呪術は偉大なり』
今朝、ある一定の不特定多数に送りつけてやったメールに対する返信である。おそらく、あのメッセージの送り主からの。
それを見てもミナは無言でこちらの顔を見上げてくる。
「行ってくる。安心しろ、俺に任せておけ」
手の中に納まるほど小さな頭に手を乗せる。その影響で髪型を少し乱れる。ミナはもちろん何も言わない。無言で受け入れて、嬉しそうな安心しているような表情をうっすらと浮かべるだけだ。きっとこれは俺の妄想ではないだろう。
最終日 対決
今日は夢を見なかった。夢なんだから見る時もあれば、見ない時もあるものだ。それでいいんだ。じゃないと困る事が多々あるからな。
目覚まし時計が鳴り響く前に起きた俺はパジャマを脱ぎ捨てて、制服に着替えてからリビングへと降りていった。
「おはよう」
「あら、仁くん、おはよ。今日も早いわね」
ダイニングにいた母さんが驚いた表情で出迎えてくれた。俺は時間がある時の日課にしている新聞を持って席に着く。新聞を広げて目を通していると、母さんが先に珈琲だけ持ってきてくれた。
「毎日、早く起きてくれたら、母さんも助かるんだけどね」
「考えとく」
素っ気無く返事しながら、珈琲に一口つける。母さんはそのまま何も言わずにキッチンへと朝食の用意に戻っていった。俺はその背中に小さく感謝を投げかけておく。もちろん、恥ずかしいので心の中でだ。
新聞にはもう爆発事件のことは載っていなかった。マスコミはすぐに何か目新しい面白いことがあるとすぐにそちらに行くくせにわりと大事な事は載せていなかったりする。載っていても小さく紙面の端っことかにだ。
「はい、今日はトーストじゃなくてメロンパンよ」
そう言って出されたのはカリカリモフモフで俺のお気に入りのメロンパンだった。もちろん、スクランブルエッグとサラダも忘れられていない。
「ふふ、最近の仁くん、なんか生き生きしていて母さん嬉しいわ」
「そうかい」
嬉しそうに鼻歌を歌いながら笑顔で俺の対面の席に座る母さんはまるで無邪気な少女のようだ。自分の親を少女だなんて俺もかなり焼きが回ってきたな。
個人的に大切な日であっても、世間的には単なる平日にすぎない。だから、もちろん学校は通常通りあるし、休んだら欠席が付く。そういうわけで、真面目な生徒の俺はずる休みするわけもなく、律儀に通学路をぼんやりと登校する。
すでに何も変わりがなくなったいつもの歩道を、生徒たちのざわめきを聞きながら歩いていく。道路の一部分が黒く焦げているのは今も変わらない。だが、それを気に留める奴はもうどこにもいない。
俺は珍しくすべての授業で教師の話を聞き、版書を取って、居眠りも考え事もしないで真剣に授業を受けてみた。人生で初めて真剣に授業を受けたかもしれない。思った以上に時間が早く過ぎた。たまにはこういうのもいいかもしれない。
「どうした、軍曹。今日はやたらとハツラツとしているな。タウリンが千ミリグラム入っている液体でも飲んだか」
「いや、崖で落ちかけたりとかしたくないから」
昼休みにいつも通りにやってきた水嶋にツッコミながら弁当の用意をする。今日の弁当には嫌いなにんじんは入っていない。
「なぁ、久しぶりにミリタリーショップに行かないか?新商品が入ってんだよ」
「悪いな、今日はちょっと放課後忙しいんだ」
「そうかい、じゃあ仕方ないな。がんばってこいよ」
「ああ、ありがとよ」
別にどんな用事があるとは言っていないが、水嶋はそのイケメンボイスで俺を応援してくれた。なんか今日は顔までイケメンに見え……るわけがないか。頭には迷彩柄の趣味の悪いバンダナが巻かれている。
水嶋は今日も味気ないカロリーを補給できるだけの携帯食料を齧っているだけだ。軍人は常に簡易食料で満足できる胃袋を作っとくべきだとか意味不明なことを言っている。こいつもこいつなりに筋トレしたり、モデルガンで射撃訓練したりといろいろとやっているようだ。ただのミリタリー好きとは違う、ミリタリーヲタクだ。だからといって、別に変な奴では……あるが、悪い奴ではない。常にハンドガンを携帯しているわけでも、いきなりマシンガンを乱射することもない。そこらの中学生のほうがよっぽど凶暴だ。
「ニヤニヤして気持ち悪い奴だぜ」
「ニヤニヤなんてしてねぇよ」
俺もラノベやアニメ、漫画にゲームが好きなだけの高校生だ。自分でプログラミングを勉強しているのはゲームを作れるように頑張っているだけだ。好きだから毎月大量のラノベを買うし、読み漁る。ヒロインがかわいけりゃニヤけることもあるし、展開が熱かったら叫びそうになることもある。嫁とは常に一緒にいたいからストラップにしている。だからって、二次元にしか興味がないわけでもないし、超能力が使えるとも思っていない。超能力はちょっと期待しているところはあるが。
誰にだってこれだけは譲れない、これだけは負けないってものがあるはずだ。そういう趣味があって当然なんだ。それが人によって、ミリタリーだったり、ラノベだったり、サッカーだったり、楽器だったりするだけだ。熱中している物が人と違うからって、少し特殊だからって軽蔑されたり、差別されたりするのはおかしいことなんだ。
「だから、俺は戦うってわけじゃないが」
「?なんのセリフだ?」
どっかの不幸少年みたいにかっこよく説教してきてやろうじゃないか。
午後の授業も真面目に受けた。別に態度が悪かったわけではないが、教師たちが驚いたような表情をしていた。真面目に受けて気付いたが、教師によって授業の効率の良し悪しがちゃんとあるんだな。
「さて、決戦時間までまだ少しあるか」
校門を出て、携帯で時間を確認すると直行するには早い時間だった。
「じゃあ、行くべき場所はあそこだな」
てことでやはりこの場所にやってくる。巫女さんを見かけたことがないのに綺麗に手入れされた神社。俺が逃げ込んだ場所。そして、こいつと出会った場所。
「ミナ」
「……」
ゴスロリファッションに身を包んだ背の小さなショートボブの少女が振り向く。遠心力で艶やかな黒髪がふわりと広がる。無感情な視線が俺を捕らえる。無表情な顔が少しだけ柔和になる。それでも、やっぱり返事はしてくれないようだ。実はミナって名前じゃないとか。
砂利を踏みしめてミナに近付いていくが、ミナは動かずに俺が来るのを待つ。目の前に立つと、かまわずに頭に手を置き撫でてやる。
「……」
ミナは驚きもせずに素直に受け入れてくれる。まるでそのことを望んでいるように。
「緊張」
「伝わっちゃったか。そりゃ、これからどんな奴か分からない奴に会うんだ。緊張くらいするさ」
「……」
「え?」
ミナは何も言わずに俺の空いていたほうの手を両手でぎゅっと握り締めてくる。手からほんわりと温かいミナの体温が伝わってくる。女の子ってこんなにも温かくて、いい匂いがするものなんだ。なんかすっごく落ち着く。
しばらくの間、そのまま二人して立ち尽くす。傍から見たらさぞ変な二人組に映ることだろう。ああ、これがリア充なのかな。やっぱり悪くない。
決戦時間三十分前になったので、俺は単身神社を後にして指定された場所へと赴く。ミナは神社で待っている。現代呪術ってのがどんなのかさっぱり分からないが、人を爆発させられるものを使うような奴である。どんな危険があるか見当も付かないので、ラノベの主人公みたいに守れる力なんて持ち合わせていないから一人で戦場に行く事にした。
玄魔堂は今日も商店街の端で輝く看板をでかでかと掲げている。平日なのに加え、昨日がセールだったからかほとんど人通りは見えない。なので、入口のところで突っ立っている奴はとても目立つ。ましてや、そいつがずっと片手に持ったノートパソコンのキーボードを叩いており、その隣ではツインテールの少女が退屈そうにしていたら嫌でも目立つ。
あの顔、どっかで見たことあるような気がする。
「あんたがこれの送り主か?」
二人の目の前まで行き、携帯電話の画面を印籠のごとく掲げて尋ねる。少女は不敵な笑みを浮かべて俺を見上げ、小太りの男は億劫そうに画面から視線を上げる。
やっぱり、こいつは昨日、書店で遭遇した奴だ。マジでこいつが犯人だったのかよ。あそこまで頭悪く堂々としていたら逆に怪しくないものなのか。
「げっ、昨日の奴!まさか本当に我輩を犯人だと思っていたのか。なかなか鋭い奴め」
俺の顔を見て、小太りの男は呆れるオーバーアクションで驚き、距離を取る。少女は何も言わずにじっと俺を見続けている。
なんか一気に面倒になった気がする。やっぱり帰ってもいいかなぁ。
「くくく、だが、もう遅い!お前は我輩の手によって闇へと葬られるのだから」
「なんでもいいが、もう止めないか?リア充を爆発させたところで何も変わりはしない」
「うるさい、この勝ち組め。リア充は爆発してしかるべきなんだよ。あいつらは我輩を、我輩たちヲタクを馬鹿にする。だから、我輩がこの手で自ら断罪を執り行ったのだ」
頭のネジどころか設計図から間違っている頭の悪さだ。こんな奴がいるからヲタクがマスコミのかっこうの餌食になるとなぜ気付かないかねぇ。本人には無理な話か。
「なぁ、君からもなんか言ってやってくれ」
「ふふ」
俺を見つめ続ける少女に助けを求めるが、不敵に笑っているだけで何もしようとしない。
「誰に離している?まぁ、いい。我輩の邪魔をするというなら許さない。昨日のセールでさらに強化された現代呪術の力を思い知るがいい!」
小太りの男は持っていたノートパソコンのディスプレイをこちらに向けてくる。画面には送られてきたやつみたいな謎の文字列がびっちりと表示されていた。少女はにやりとあまりいい意味じゃない笑みを浮かべる。
ちっ、しまった。俺は爆発するのを覚悟して、無駄かもしれないが頭部をガードするように両腕を顔の前でクロスさせ目を閉じる。
「……」
しかし、いつまで待っても衝撃もなければ爆発音もしない。恐る恐る目を開けてみるが、辺りの風景は閉じる前となんら変わりない。違いといえば、小太りの男が焦った表情をしているくらいだ。少女は少し驚いた顔をして固まっている。
「なんでだ、なんで爆発しない。リア充は爆発するはずなのに。現代魔法から現代魔術、そして現代呪術に進化したってのに」
小太りの男は脂汗を浮かべて、ノートパソコンのキーボードを叩いている。
ああ、そういうことか。
「残念だったな」
俺はガードしていた腕を戻し、小太りの男に一歩近付く。小太りの男は引きつった表情で俺を見てくる。
「俺は異形の力をキャンセルする能力があるんだ」
「馬鹿な。そんなどっかの説教大好きな不幸少年みたいな奴がいるわけがない」
「ああ、そうだ。そんな力あるわけがない。答えは簡単だ。俺はリア充じゃない!」
「な、なんだってー!?」
昨日と同様にノリよくオーバーリアクションしてくれる。ああ、こいつも本当はいい奴なんだろうな。
「俺はラノベが好きだ。漫画が、アニメが、ゲームが好きだ。俺の嫁はこの霧谷 希だ!」
ポケットから携帯電話を取り出し、ストラップでぶら下がっている嫁を見せ付ける。
「我輩はどちらかというと芹沢 文乃が好みである」
「なに、文乃派なのか。あんな嘘つきツンデレ狼少女のどこが可愛いんだよ。いや、かわいいけど、絶対希のほうが可愛いに決まっている」
「お前は何も分かっていない。文乃ちゃんはな、実に繊細で可憐な娘なんだよ」
小太りの男と意見が対立する。これはいろんな意味で決着をつけないといけないようだ。
「いいだろ、その辺も含めて決着つけようじゃないか」
「望むところ」
小太りの男は持っていたノートパソコンを鞄に片付けると、ふたたび間合いを取る。そこへ先程までまったく動かなかった少女が近付いていき、小太りの男の体に触れる。すると、小太りの男は一瞬にして体の力が抜けその場に崩れ落ちる。
「え?」
あまりの出来事に息が詰まりそうになる。対戦相手を失ったファイティングポーズのまま固まってしまう。
「ふふ、さすがお姉さま」
お姉さま?
「貴方は爆発しなかったのをリア充じゃないからと思っているのでしょうけど、それは違うわ。その携帯に付いたお守りをよく見てみなさい」
言われたとおり、握ったままだった携帯電話についてあるミナから貰った古銭型のお守りを見てみる。
「嘘だろ、いつの間に」
大切にしていたはずなのに、端のところが少し欠けてひびが入っていた。
なにか固いものにでもぶつけちゃったかな。てことは、隣についている希も傷ついている可能性もあるかも。
希のストラップを各所くまなく傷ついていないかチェックしていく。顔……問題なし、今日もかわいい。腕……大丈夫、欠けていない。足……こっちもOKだ。胴……このリボンがかわいいんだよな。髪……ちゃんとネコミミ型になっている。スカートの中……白いパンツが見える。うむ、どこも傷ついていない。
「貴方もとんだ変態ね」
「これが通常だと思うが?」
少女は呆れて頭を抱えているが、俺にはどこが変態だったか全く分からん。
「で、何も気付かなかったの?」
「ミナから貰ったお守りが少し欠けていた」
「そ。さっきの爆発から身を守ってくれた代償」
つまり、ミナがくれたサムハラのお守りが守ってくれたってことか?
「まさかサムハラのお守りを持っているとは思わなかったわ」
「てか、あんたは何者なんだ?」
小太りの男の彼女かなんかだと思っていたが、どうもそういうわけではなさそうだ。この言動から味方ではなさそうだが。
「高神産巣日神って知っているかしら?」
「悪いが、日本神話はあまり明るくない」
「見るからに学業ができるようには見えないものね。いいわ、教えてあげる。この日本、世界を作った三柱の神、造化三神がいるの。それが天之御中主神、高御産巣日神、神産巣日神」
あめのみなかぬしのかみ?たかみむすひのかみ?かたむすひのかみ?
「その征服や統治の神が私、高神産巣日神よ。長いから『むすび様』とでも呼びなさい」
ああ、この娘もかわいそうな子なのか。自分のことを神だなんて思っているなんて。
「やめてよね、そんな哀れむような視線。本当のことなんだから」
「ああ、分かった。そういうことにしておこう」
こういうタイプはそっとしておくに限る。
「絶対信じてないわよね?ま、いいわ。どうせ一生かかっても理解できないでしょうから」
「で、その神様がどうしたんだよ、むすび」
「むすび様と呼びなさいと言ったでしょ!いい?邪魔しないでくれるかしら」
意味が分からない。何故にこの電波少女にそんなことを言われなくてはいけない。てか、俺が何を邪魔した。
「私はこの男がリア充ってのを爆発させたいって言っていたから手伝っているの。リア充ってのがどんなのか知らないけど」
神様がこんなドジっ娘みたいなこと言っていて大丈夫なのだろうか。
「リア充ってのはリアルが充実している人のこと。つまり、ただ普通に生きている人間のことを言うんだよ」
「え?何かの罪を犯したり、反逆を企てていたりするような人々のことじゃないの?」
ドジっ娘神様むすびは心底驚いたような表情で口元を押さえる。
「だから、現代魔法だか魔術だか呪術だか分からないけど、いんたーねっと?ってのを使って全国のリア充を爆発させたっていうのに、いいことしてお姉さまに褒めてもらおうと思ったのに……」
むすびはその場に膝を着いて終焉が来る事を告げられたイエスのようにショックを受けて項垂れる。
この娘もある意味、被害者なのかもしれない。いや、ただ単に自身のドジとも思えるが。
「お姉さまってのが誰のことか知らないが、こんなことしても褒めてもらえないぞ。むしろ怒られるんじゃないか?」
「怒られる!?お姉さまに怒られる」
怒られるって言葉がトドメだったのか、さらにがっくりと頭を下げる。ツインテールの先が地面についてしまっている。
「だから、今すぐに止めるべきじゃないか?」
「ふん、そんなこと人間風情に言われなくても分かっているわよ」
立ち上がったむすびはどう見てもない胸を張って威張りかえる。ツインテールに少し土埃がついて汚れている。
「ほら、もうこれでリア充は爆発しないわ」
「へ?」
特に何かやったように思わなかったが、むすび曰く小太りの男が言っていた現代呪術に加えていた力を無効化したらしい。
「なによ、神様なんだからこれくらい普通よ」
「いや、呪文とか印を切るとかの動作はないんだなぁって」
「はぁ?祝詞は人が神に捧げる言葉よ?なんで神である私が言わないといけないのよ。それに印を切るのは西洋の魔法とかいう不可思議な力を使うときで、日本の神である私が使うわけないじゃない。使うとしたら印結びのほうがまだ合っているわ」
むすびは完全に人を馬鹿にしたような表情で早口に捲くし立てる。
「じゃあ、私はもう用ないから行くわ。お姉さまによろしくね」
そう言うと、むすびはどこかへと消えていく。霧の散るようにその場にあったものがぼんやりと少しずつ消えていく感じだった。
「なんだったんだ?」
むすびの姿とともに疑問も消えてもらいたかったが、どうやら無理だったようで疑問だけは残ったままだった。
「ううっ、今のはいったい?我輩としたことが大事なトコで居眠りをしてしまった」
ついでに消えて欲しかった小太りの男が意識を取り戻し、立ち上がり頭を振っている。
「さあ、むすびはもういなくなっちまったぜ?もうリア充も俺も爆発しない。どうだ、降参しないか?」
「は?何を言っているのだ?むすびってなんて奴、知らないぞ。そして、勝負はこれからだ!」
小太りの男はポケットから最新のタッチパネル式携帯端末を取り出し、何や操作し始める。
次はいったい何を仕出かすつもりだ。もうむすびの力はないから何も起こらないはずだから大丈夫だとは思うが。
「ふふ、聞いて驚け。この端末は我輩の家のパソコンに繋がっており、我輩の家のパソコンは最近のi7-980xを五個も積んだ脅威のハイスペックなんだぞ。メモリも三十二ギガも搭載しているから処理能力はスーパーコンピュータ級!しかも、今までばら撒いた術式でそのCPUをネットワークでつなげば、威力はまさに最強!」
なんだ、その高級無駄ハイスペックは!その一割でいいから俺にパーツを分けてくれ。
ちなみに、NASAのスパコンは千二十四個のCPUと四テラのメモリを搭載している。PS3もスパコンレベルの演算能力があるからスパコン級か?
「ふふ、あまりにも凄すぎて言葉もあるまい」
「ああ、なんかの実験でもしない限り個人ではいらないレベルでビックリだわ」
「実験?そんなこと、何のためにする必要がある。こいつは全国のリア充どもを一気に爆発させるためにあるのだ」
小太りの男は自分が完全優位に立っていると思っているからか、威張り散らした態度でべらべらといろいろ喋ってくる。こういうのに限って劣勢になるとすぐに許しを請うんだよなぁ。
「今こそ我輩が神になる時だ!その瞬間をしかと見届け、敗北に喫するがいい!」
小太りの男は仰々しく腕を振りかぶる。
「リア充、爆発しろ!」
叫び声とともに握った携帯端末のエンターキーらしき場所をタッチする。携帯端末が可愛らしい電子音を鳴らす。
「……」
「……」
「あれ?」
タッチしてからいくら経っても爆発音も何も起きない。ただ玄魔堂から有線やら店頭CMやらが混じった騒音が聞こえるだけだ。
「おかしいなぁ」
おそらく爆発音があたりから鳴り響いてくると思っていた小太りの男が疑問符を頭に浮かべながら、携帯端末を確認し始める。いくら確認したところで何も起きやしない。現代呪術ってのは単なるでたらめな文字列でしかないのだから。まったく解析できなくて当然だ。
「もう終わりか?」
「う、うるさい。今システムをチェックしているところだからしばし待ってくれ。どっか間違っているかなぁ」
小太りの男は携帯端末から目を外さず、ぶつくさ呟きながら作業を続ける。
「いい加減子供じみたこと言ってないで、大人になりやがれ!リア充もヲタ充も変わらないんだよ。ちょっとお互いに守るべきもの、好きなものが違うってだけで、両方とも一生懸命生きているんだ。それが、自分がなれないからってだけで爆発しろ!なんて我が儘すぎるんだよ。ちょっとはリア充になれるように自分で努力しろ!」
携帯端末を弄っていてちっともこっちを見ていない小太りの男へ一歩踏み込む。軸足を踏ん張りありったけの力を拳に籠める。格闘技なんて何一つしたことがない不恰好な大振りパンチを繰り出す。
「ぐげっ」
携帯端末に集中していた小太りの男は俺の動きにまったく気付かずに、突然の一撃を盛大な音で頬にクリティカルヒットさせて後ろに転げ倒れる。その衝撃で持っていた携帯端末が投げ出されて、道路に跳び出て行く。
うう、殴った拳が痛い。人なんてほとんど殴ったことなんてないからなぁ。
「な、殴るなんて、親父にもぶたれたこと……」
「そんな名台詞を聞きたいわけじゃない」
「うっ」
後ろで殴った拳を擦りながら一歩、小太りの男へと踏み出すと小太りの男はその重そうな体を少しだけ後ずさりさせる。
「終わりにしよう。別にあんたが悪いとは思っていないさ。俺もリア充になれなかった、なろうと努力しなかった臆病者だ」
「まだだ、まだ終わらんよ!携帯端末さえあれば……」
俺が差し出した手を払って、往生際の悪い小太りの男は辺りを見回して携帯端末を探す。
「あ、見つけた。ふん、今すぐに後悔させてやる」
小太りの男は立ち上がると、よろけながら道路に投げ出された携帯端末へと近付いていく。
「危ない!」
小太りの男が道路に出ようとした瞬間、トラックが通り過ぎて小太りの男を轢き飛ばしかける。寸前のところで気付いた小太りの男は急ブレーキをかけて、なんとか一命を取り留める。
「アブねぇだろ、死にたいか!」
トラックの運転手の叫び声がエンジン音とともに遠ざかっていく。小太りの男はその場で尻餅をついてしまう。俺も急いでそばに駆け寄る。
「大丈夫か?」
「ああ、ああ、携帯端末が……」
小太りの男が指差す先にはトラックに轢かれて、みごとに粉々になった携帯端末らしき物の残骸が散乱していた。
「チェックメイトだな」
「うう……」
小太りの男はその場で項垂れてしまう。
これでもうリア充が爆発する事はないだろう。俺がいくら「リア充、爆発しろ!」と呟いても安心だ。
俺は本日二度目の神社前に来ていた。
小太りの男はしばらく項垂れたまま動かなかったので放置してきた。警察に突き出したそうかと思ったが、どう説明すればいいかも分からないから止めておいた。罪の意識があるなら自分で自首しに行くだろう。行ったところで取り合ってくれるとは思わないが。
「ふう」
感慨深く鳥居を見上げる。思えば、ここに辿り着いたのは偶然だったのだろうか、運命だったのだろうか。
「どっちだって変わりないさ」
『偶然はない。すべては必然』って言葉もあれば、『偶然は運命にできる』って言葉もあるんだから。
しばらく夜空に浮かぶ朱色の鳥居を眺めてから、狛犬を撫でて境内に入っていく。砂利を踏み歩いていくと、月明かりに照らし出された本殿が大きく目に入ってきて、小さな少女の影がこちらを見つめている事に気付く。
「ただいま……かな?」
本体なのか、影なのか分からない黒のゴスロリドレスに身を包んだ少女、ミナにゆっくりと近付いていく。
「……おかえり」
今までいくら挨拶しても返ってこなかった返事が初めてミナの口から小さく紡がれる。返ってくると思っていなかったので、一瞬聞き逃しかける。
「ふっ、ようやく返してくれたな」
「……」
ミナは無言で恥ずかしそうに顔を背ける。その仕草がちょっとかわいくて、ついショートボブに切り揃えられた頭に手を乗せる。
「終わった」
「……うん」
「これでリア充が爆発することはなくなるんだよな?」
「……うん」
「お願い……叶えてやれたか?」
「……」
夜風が小太りの男を殴ってまだ少し火照っている拳を冷ましてくれる。
「……ありがと」
月明かりの元、今までほとんど無表情だったミナが最高の笑顔を、嬉しそうな笑顔を、まさに女神の笑顔を浮かべる。それは本当にかわいくて、美しかった。
ミナは笑顔でいるほうがずっとかわいいや。
エピローグ
いつもの通学路。個人的にどんなことがあっても次の日が平日である限り、学校は通常通り授業を執り行う。少し擦り切れていた拳に絆創膏を貼った俺も例外ではない。
目の前にはカップルが朝っぱらイチャついている。どこかで見たことある二人組だが、小さな学校だからどっかですれ違っていても不思議じゃない。
後ろでは男子三人組が騒ぎながら楽しそうに笑っている。この声も聞いたことある気がするが、声なんて似ている奴が五万といるから気にも留めない。
パソコンのキャリーバッグを持ったサラリーマンとすれ違う。携帯を弄っていたのでもう少しでぶつかりそうになる。左の薬指に結婚指輪がはめられていた。
「おはようさん、軍曹」
「おはよ、水嶋」
道の端で待っていた迷彩バンダナ男は俺が来たことに気付くと、片手を上げて相変わらずのイケメンボイスで挨拶してくる。俺たちは学校まで並んで歩いていく。
「今日こそはミリタリーショップに付き合ってくれるよな?」
「残念な事に今日もちょっと行きたいとこがある」
「じゃあ、あとからでいいや。先に行って待ってる」
「そういうことなら行くよ」
「さすが、軍曹」
学校までの道すがら、俺たちはくだらない雑談に花を咲かせて笑い合う。
放課後、水嶋と校門で別れた俺は通いなれた道を歩く。
「もう日課だな、ここに来るのも」
陽の光を浴びてはっきりとその形が見て取れる鳥居を昨晩と同じように見上げる。狛犬に挨拶して、綺麗に手入れされている境内に入っていく。
「長いように思うけど、まだ一週間しか経っていないんだよな」
しばらく歩くと見えてくる本殿は大きな存在感で夕日を一身に受けている。その前にはいつも通りに小さな影が……
「ない?」
本殿の前には人っ子一人いなくて閑古鳥が合唱大会を開催している。
「ミナ?」
本殿の階段に座ってもいないし、裏側に回ってみてもその姿を見つけることができない。いつもいたからここに来れば、必ず本殿前で立っていて会えるものだと思っていた。何か無償に寂しさを感じる。
「急用でどっか行ってるとか?」
本殿の階段に腰かけて少し待ってみるが、ミナが来るような気配はまったくない。携帯を取り出して、ミナに貰ったサムハラのお守りを見る。やはり、端の部分が欠けてしまっている。
「あ、あの~」
「ミナ?」
古銭型のお守りを弄んでいると、突然声をかけられたので勢いよく頭を上げる。しかし、そこに立っているのは黒を基調としたフリルがかわいらしいゴスロリではなく、朱と白の世界だった。俺が大好きな巫女さんだった。
「え、え、違います」
「ミナ……じゃない?」
俺に声をかけてきたのはミナの姿をした巫女さんで、ミナであってミナじゃない全くの別人だった。
そりゃ、そうだ。ミナが自分から話しかけてくるわけがない。あの無口で無愛想な、でも笑顔がとってもかわいいゴスロリ姫が。
「すみません、人違いでした」
「いえ、お構いなく」
その巫女さんは申し訳なさそうに頭を下げてくれる。ミナの姿なのに俺と同い年くらいに思えてくるのだから不思議だ。ミナのときは中学生くらいにしか見えなかったのに。
巫女さんは少し戸惑うような表情を浮かべながら、もじもじと持っていた竹箒を弄ぶ。
「えっと、誰かと待ち合わせですか?」
「まぁ、そんなもんですかね」
巫女さんは恐る恐るといった感じに話しかけてくる。あまり人に話しかけるのに慣れていないようだ。
「じゃあ、その方が来るまでの間、少しお話しましょう」
「いいですよ」
俺の言葉を聞いて、巫女さんは少し安心したように頬を緩める。
「この神社が祀っている神様ってご存知ですか?」
「そういや、知らないな」
「この神社は天之御中主神様が祭神なんです。この天地を創られた神様なんですよ」
天之御中主神ってどっかで聞いたことあるなぁ。むすびがそんなこと言っていたような気がする。
「確か、造化三神の一人なんですよね?」
「ええ、そうです。よくご存知ですね」
「たまたまです」
「その持たれているお守りに刻まれている『サムハラ』ってのはその三神の総称なんですよ」
俺の手の中で弄んでいたミナから貰ったお守りを指差してくる。刻まれている『サムハラ』を指でそっとなぞってみる。
「すごいお守りですから大切になさってくださいね」
「ええ、とても大切なものですから」
微笑みあう二人の間に一陣の風が駆け抜ける。
「じゃあ、俺はそろそろ行きます」
「え?お待ちになっているのでは?」
「ああ、もういいんです。別に絶対会わないといけないってわけでもないので」
「そうですか。では、またお参りに来てくださいね」
「はい、また来ます。俺は仁。高峰 仁って言います」
「私の名前は……」
強い風が起きて、巫女さんの声がかき消されるけど、俺にはきっちりとその名前が届いていた。決して聞き間違えることのない名前が。
俺は巫女さんに挨拶してから神社をあとにして、水嶋が待っているミリタリーショップへと向かう。
もう日課になっちまっているようなものだから、また明日も来るとするか。俺の大好きな巫女さんにも会えることだし。リア充?はっ、笑わせるな。リアルも二次元も両方楽しまないと人生もったいないじゃないか。
ちょっと見方を変えたら、世界は変わって見える。一歩踏み出せよ。
終わり