夕暮れを撮るカメラマン
自分で選んだテーマなのに、同じカメラマンとして心が痛くて上手く書けたか自信ない…
「なんでこんな恰好なのー…」
夕日の輝く時間帯、だれもいない閑散とした海岸。
僕は彼女と一緒に、そんな場所を歩いていた。
遠くからかすかに聞こえた汽笛さえ身近に感じられるような、遠近法のマジックにかかる不思議な感覚。
隣で手を繋いでいる彼女の手が、ほんの少しだけ熱を帯びていた。
「暑い?」
優しく語りかける僕の瞳に、静かに頷いて滴る雫。
残暑の残る海岸というのは、一見涼しいようでどこか火照りの冷めない風が吹いている。
だから彼女が暑いというのも無理はない。
この場所には絶対に似つかわしくない、ロリータ風ファッションに身を包んで、数十分歩き続けているからだ。
「ねえねえどこで撮るの?」
そう。
今日ここに来たのは、とある理由があってのポートレート撮影なのだ。
「もうちょっと先……あそこで撮ろうよ。」
僕の中で、彼女に水の中に入ってもらうのは想定済みのこと。
しかし想定外の波が彼女に覆いかぶさってしまうのは、流石に可哀想だしこちらとしても避けたいところ。
「君に撮ってもらうなら水着がよかったー。」
ぷくーっとフグのように頬を膨らませている彼女。
その頬をツンツンとすると、耳の先まで真っ赤にしてブクっと不機嫌な顔になってしまった。
「ふふっ、ごめんって。」
今回はクライアントがいるから、あまり悠長なことをしてはいけない。
この服装だって、そのクライアントからの依頼に沿って彼女に着せているものだ。
しかし諸々の理由があって、彼女にはクライアントがいることを知らせておらず、あくまでも僕のプライベートな撮影に付き合ってもらっているという認識でここまで来てもらっている。
「私の裸に需要はないってことかあ。」
なんて、怒ったりしょぼんとしたりと表情が渋滞を起こしている彼女。
「需要がないわけないんだがな。」
「変態っ。」
サッと胸を腕で隠す彼女。
ちなみに今着ている衣装は、スカート丈が短い意外は特段露出度の高くない、どちらかと言うと正統派に近いファッションスタイルだと思う。
「それはひどくないか?」と苦笑いする僕の頬に、「お返しだよ。」と言ってキスをしてきた。
「バカップルにもほどがあるな……それじゃあここで寝転がって。」
「え、濡れちゃうよ?」
「いいからいいから。」
何がなんだか分からないと、困惑する彼女。
無理もない、モデルにとってもカメラマンにとっても、衣装というのは大切に扱わないといけないものだから。
「……本当に?」
「うん。今日はそういう写真だから。」
邪道な写真だって、それくらい分かってるさ。
けれどそれが目的なのだからしょうがないだろう。
「じゃあ、ちょっと頬を膨らませてムスッとして。」
「え!笑わなくていいの?……こうかな。」
体を少しだけ捻らせたり片足を少しだけ上げたりと、必死にポージングを探り考えて表現しようとする彼女。
「自分が一番可愛いって思う格好で頼む。」
「丸投げ!?こんなこと今までなかったじゃん。どうしたのさ。」
「……そんな表情も撮りたいなって思っただけだよ。」
「もうっ。」
仕方ないな。
そんな感情が混ざり込んだ表情を、僕は見逃さなかった。
「ん。これでいいでしょう!撤収!」
「え、一枚だけ!?私まだできるよ?」
「いやこれがいい。風引くとまずいから車に戻ろう。」
なんで人ってこういう時に、めちゃくちゃ良くて苦しくなる表情をするんだろう。
普段見せない表情を、なんでこうなってからするんだろう。
「俺達ってさ、付き合ってどれくらいだっけ。」
「どうしたの急に。幼稚園の頃から好き同士だったから二十年以上はずっとじゃない?」
「……そうだね。」
早いな。
今回の依頼は本当に……
早いな。
手早く着替えを終えた彼女は、お手洗いに行ってくると言って席を外している。
「ふう……」
僕は車のボンネットによりかかりながら、小さな漣に目を細めた。
今まで何十いや、一年の半分以上は撮影業務をしていたから、百人はゆうに越えるくらいの人たちを撮影してきた。
沢山の人たちと出会って、笑顔を見て、そして……早ければ数週間後にまた再開するんだ。
そんな日々の繰り返し。
頭が痛くなる、心が痛くなる、それでもやらなければならない仕事。
別にお前がやらなくてもいいじゃないか、辛いならやめたらいいじゃないかと言われたら、何も反論できないしする気もない。
しかし僕が出会ってきた人たちで、世の中で自分にしか出来ない仕事というのを主観論で述べるやつは、ろくな人がいなかった。
再現性がないから主観論に固執するだけ。
それに気がついたとき、自分の仕事に留まらず人生の殆どがシンプルになった。
誰かに必要とされる限り自分の仕事に意味があって、その他は自分の納得の行く選択に最善を尽くせばいい。
それだけなんだ。
うん、それだけ……
実は今日の撮影、クライアントがいるもののその撮影日は別に用意してある。
つまり、隣りにいる彼女を騙して呼び出したというわけだ。
「綺麗な夕焼けだ。」
「そうだね……」
いつの間にか戻ってきていた彼女は、迷うこと無く僕の手をか弱くにぎっていた。
水平線に沈む夕焼け。
隣りにいる彼女の額を見ると、微かに青みを帯びていた。
おそらくこの景色を見るのは、今日を終えれば数年間は見ることができないだろう。
いや、もうこれ以上多くを語るのはやめだ。
主観でも客観でもない、依頼してくれた人を僕は誰よりも尊敬しないといけない立場だから。
無情にも選択肢を奪われそうになりそうになった人が、僕のことを知って時に泣きながら依頼をしてくることもあるんだ。
だから僕はやる、やり続ける。
何が何でも。
だけど今回だけは少しだけ……
「あのときはプロ失格でごめんな。ご飯ちゃんと食べてる?友達できたかな?好きな人が出来たら、その人を大切にしてくれよ。……頑張ったな。楽しい毎日をありがとう。」
あれから数週間が経った、赤々とした花たちが色めきだって咲き誇る季節。
あの時の写真を手に墓地に来た僕は、静かに泣き崩れていた。
僕は遺影写真を専門に撮影するフォトグラファー。
本当は笑顔を写したかったけど、そんなこと僕には出来なかった。
しかしそれは、自ら彼女を悲しませることをしてしまった。
だからこれから先も、この仕事は続けることだろう。
己の魂を削ってでも。
完
次回ですが、来週の月曜日は投稿をお休みします。
次回更新日は来週木曜日(9月3日)です。




