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「怪異探偵 久世小夜」

作者: リケ
掲載日:2026/08/19







 キッカケはなんだったのか、ソレはもう覚えていない。覚えているのは、妬み嫉み執着、なぜという疑問。

谷へ身を投げた理由も忘れた。誰かを恨んだような記憶が、取れないサビのようにこびりついている。

だからなのか、そしてなのか。いつしか同じような、似てるような、似せたような。同じナニかが集まって行った。


 ソレは近くを通った生き物を、なぜか分からないまま憎んだ。小動物、大型の動物、散策で迷い込んだ人型の何か。硬い筒を持った生き物。

いつしか山は、誰も入らない場所になって行った。


 今日もソレは、近づいて来た何かを見つけた。ああ、妬ましい、羨ましい、寄越せ寄越せ。衝動のままいつものように襲いかかる。

いつものように、今まで通り、何も変わらないはずだった。


 しかし、この、自身の首を掴む手はなんだろうか。

目の前には小柄な女。制服と言う名前も抜けてしまったソレには認識も出来ない。

女の両腕は組まれている。動いていない。なのに、なのに、なのに、なのに。

首にかかった手は、ソレを掴んで離さない。

右手が捕まった。

左手が掴まれた。

右足が囚われた。

左足が固まった。

 

「なるほどね。大体分かったわ」


 身を捩っても微動だにしない。体中から忘れたはずの感情が溢れる。いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ。

久しく忘れていた懇願という感情が、溢れてこぼれる。


「ごめんなさいね。依頼だから仕方ないのよ?」


 依頼とはなんだ。私が何をしたというのか。動かない体から無言の言葉が滲む。私はただ、私はただ。


──ただ……なんだ?


「もう良いかしら?静かな所で休むと良いわ」


『焚書』


 小さな言葉だった。何気ない言葉だった。

ソレの体は手足の先から墨のように黒くなり、端から燃え始める。

声にならない声をあげて、ボロボロと崩れる自身を感じ、なぜか少し安堵した。


 少女はソレが燃え尽き、灰になり、煙となって消えるまで見届けると、その場で電話を取り出す。

上に大きく掲げ、くるくると回り出してジャンプを繰り返す。小さく「よしっ」と呟くと、慣れた手際で話し出す。


「あ、父さん?終わったよ。うん、そう。もう平気。良くないモノは消えたから、ここの工事で事故は起きないよ」

「─────。──、───」

「うん、分かった。下までは1時間くらいかかるから、迎えにきて」


 少女は改めて周囲を見渡す。作りかけの橋脚、舗装前の道路、建設機械、プレハブに供えられた花束。

ここに橋が架かれば、だいぶ便利になるだろう。ちょっとした接触事故は起きたけど、依頼という形で収入になった。「結果オーライね」と軽く頷くと、真っ暗な、街灯もない山道を軽快に歩き出した。


   ◇◇◇◆◇◇◇


「さよっち———!!」


 いつも元気なクラスメイトの声が、朝の通学路に響く。

駆け出した勢いのまま、小夜の背中にジャンプしてくる。


「おはよう!今日もいい朝だね!!」


 肩にかかる衝撃に一瞬姿勢を崩すが、二、三歩足踏みしただけで、なんとか耐えた。

クハッと息が出たのは、衝撃ゆえか。


「おはよう、美空。朝から元気ね」

「さよっちは、なんか眠そう。夜更かししちゃった?」

「父さんの仕事の手伝いよ。帰って来たのは朝」


 いい加減、背中から降りてほしい。しかし、この友人は、なぜか小夜にのしかかるのを好むのだ。

無駄とは知りつつ、腕を払おうとするが、抵抗が激しい。


「あー、探偵さんだったっけ?さよっちのパパ」

「そうっ……よっ。くぅ、なんで、取れない、の」


 なおさらガッチリ抱きついて来た友人に、半分諦め、半分望みをかけて再度チャレンジを試みる。


「朝から乳繰り合ってる……」


 声に振り返れば、ドン引きした顔が見えた。


「おお!いいんちょー。おはようー、混ざる?」

「結構よ。久世さん、おはよう。朝から大変ね」

「ワタシにもおはようって言ってー!いいんちょー!」

「はぁ、おはよう。これで良い?」


 美空は満足したのか、今度は小夜の頭に擦り寄って来る。諦めて委員長の相手をする事に切り替える。


「おはよう、委員長。いつもの眼鏡が素敵よ」

「いつもと同じよ」


 彼女は自信家なのか、そうでは無いのかいまいち分かりにくいのだ。なぜ、自分の周りには変わった人物が多いのか、小夜はいつも不思議に思う。


「早く行かないと学校に遅れるわよ」


 美空を乗せたまま、諦めて小夜は歩き出す。非常に歩きにくいので降りてほしいが、重いと言った時の、過去の記憶が思い出される。ハァとため息をついて、遅い足取りで学校へ向かう。


「重くないの?」


 委員長の言葉に、ピクリと反応した美空の事は頭から追い出し、考えるのをやめた。

そういえば、昨日は徹夜だったな?と今更ながら思い出す。


 今日も空は青く澄み渡り、爽やかな風が吹く。

友人達は何事もなく学校へ向かい。どこにも異常は無いかのように世界は回る。





 社会の隙間、視界の隅、物事の裏側、感情の残滓、隠された歴史、忘れられた世界の奥深く。

見つけて、調べて、確かめて、まとめて、くるんで、さらに掘る。




『怪異探偵 久世小夜』








 


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