「怪異探偵 久世小夜」
キッカケはなんだったのか、ソレはもう覚えていない。覚えているのは、妬み嫉み執着、なぜという疑問。
谷へ身を投げた理由も忘れた。誰かを恨んだような記憶が、取れないサビのようにこびりついている。
だからなのか、そしてなのか。いつしか同じような、似てるような、似せたような。同じナニかが集まって行った。
ソレは近くを通った生き物を、なぜか分からないまま憎んだ。小動物、大型の動物、散策で迷い込んだ人型の何か。硬い筒を持った生き物。
いつしか山は、誰も入らない場所になって行った。
今日もソレは、近づいて来た何かを見つけた。ああ、妬ましい、羨ましい、寄越せ寄越せ。衝動のままいつものように襲いかかる。
いつものように、今まで通り、何も変わらないはずだった。
しかし、この、自身の首を掴む手はなんだろうか。
目の前には小柄な女。制服と言う名前も抜けてしまったソレには認識も出来ない。
女の両腕は組まれている。動いていない。なのに、なのに、なのに、なのに。
首にかかった手は、ソレを掴んで離さない。
右手が捕まった。
左手が掴まれた。
右足が囚われた。
左足が固まった。
「なるほどね。大体分かったわ」
身を捩っても微動だにしない。体中から忘れたはずの感情が溢れる。いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ。
久しく忘れていた懇願という感情が、溢れてこぼれる。
「ごめんなさいね。依頼だから仕方ないのよ?」
依頼とはなんだ。私が何をしたというのか。動かない体から無言の言葉が滲む。私はただ、私はただ。
──ただ……なんだ?
「もう良いかしら?静かな所で休むと良いわ」
『焚書』
小さな言葉だった。何気ない言葉だった。
ソレの体は手足の先から墨のように黒くなり、端から燃え始める。
声にならない声をあげて、ボロボロと崩れる自身を感じ、なぜか少し安堵した。
少女はソレが燃え尽き、灰になり、煙となって消えるまで見届けると、その場で電話を取り出す。
上に大きく掲げ、くるくると回り出してジャンプを繰り返す。小さく「よしっ」と呟くと、慣れた手際で話し出す。
「あ、父さん?終わったよ。うん、そう。もう平気。良くないモノは消えたから、ここの工事で事故は起きないよ」
「─────。──、───」
「うん、分かった。下までは1時間くらいかかるから、迎えにきて」
少女は改めて周囲を見渡す。作りかけの橋脚、舗装前の道路、建設機械、プレハブに供えられた花束。
ここに橋が架かれば、だいぶ便利になるだろう。ちょっとした接触事故は起きたけど、依頼という形で収入になった。「結果オーライね」と軽く頷くと、真っ暗な、街灯もない山道を軽快に歩き出した。
◇◇◇◆◇◇◇
「さよっち———!!」
いつも元気なクラスメイトの声が、朝の通学路に響く。
駆け出した勢いのまま、小夜の背中にジャンプしてくる。
「おはよう!今日もいい朝だね!!」
肩にかかる衝撃に一瞬姿勢を崩すが、二、三歩足踏みしただけで、なんとか耐えた。
クハッと息が出たのは、衝撃ゆえか。
「おはよう、美空。朝から元気ね」
「さよっちは、なんか眠そう。夜更かししちゃった?」
「父さんの仕事の手伝いよ。帰って来たのは朝」
いい加減、背中から降りてほしい。しかし、この友人は、なぜか小夜にのしかかるのを好むのだ。
無駄とは知りつつ、腕を払おうとするが、抵抗が激しい。
「あー、探偵さんだったっけ?さよっちのパパ」
「そうっ……よっ。くぅ、なんで、取れない、の」
なおさらガッチリ抱きついて来た友人に、半分諦め、半分望みをかけて再度チャレンジを試みる。
「朝から乳繰り合ってる……」
声に振り返れば、ドン引きした顔が見えた。
「おお!いいんちょー。おはようー、混ざる?」
「結構よ。久世さん、おはよう。朝から大変ね」
「ワタシにもおはようって言ってー!いいんちょー!」
「はぁ、おはよう。これで良い?」
美空は満足したのか、今度は小夜の頭に擦り寄って来る。諦めて委員長の相手をする事に切り替える。
「おはよう、委員長。いつもの眼鏡が素敵よ」
「いつもと同じよ」
彼女は自信家なのか、そうでは無いのかいまいち分かりにくいのだ。なぜ、自分の周りには変わった人物が多いのか、小夜はいつも不思議に思う。
「早く行かないと学校に遅れるわよ」
美空を乗せたまま、諦めて小夜は歩き出す。非常に歩きにくいので降りてほしいが、重いと言った時の、過去の記憶が思い出される。ハァとため息をついて、遅い足取りで学校へ向かう。
「重くないの?」
委員長の言葉に、ピクリと反応した美空の事は頭から追い出し、考えるのをやめた。
そういえば、昨日は徹夜だったな?と今更ながら思い出す。
今日も空は青く澄み渡り、爽やかな風が吹く。
友人達は何事もなく学校へ向かい。どこにも異常は無いかのように世界は回る。
社会の隙間、視界の隅、物事の裏側、感情の残滓、隠された歴史、忘れられた世界の奥深く。
見つけて、調べて、確かめて、まとめて、くるんで、さらに掘る。
『怪異探偵 久世小夜』




