異世界なんだから、そこはタダでしょ!?
「あいちゅか……」
「ん?あいつ……?」
裏山勇太――
名前の通り、裏表の激しいやつだったと気づいたのは、烏丸莉々香と浮気に気づいた時のことだった。
(もっと早く気づくべきだった。)
思い返せば、ところどころおかしい所はあった。
『結婚するのに資金貯めなきゃいけないだろ?共同口座作ろうぜ。』
『同棲したら、金も貯まりやすくなるだろ?だから一緒に暮らそう。』
『通帳の保管場所知っておいた方が安心だろ?どこにあるか教えて。』
そして最後に――
まるで決め台詞のように
『俺、茉莉花以外と結婚するとか考えてないから。』
と言うのだ。
(まんまと騙されていたということか……)
それもこれも惚れた弱みというやつなのかもしれない。
それか――
周りが結婚して子供が産まれていたから焦っていたというのもあるのだろう。
私は小さな身体で深く息を吐いた。
「とちにちゅいてはわかた。……で、スチルは?」
「いや、俺の質問は無視か!?」
「しちゅもん?」
上目遣いで見つめると、狐は口の端を歪ませてニヤリと笑った。
「そうだ!さっきしただろ?まさか……覚えてないのか?」
(……くっ……なんだかムカつくな。)
「やはり三歳児には三歳児の言葉しか理解できないか。」
やれやれと首を横に振った。
普段なら気にならないのに、狐に言われると顔を引っ掻いてやりたくなる。
(相手が狐だからか……?)
「そのことばそっくりかえしゅ。あいちゅにだましゃれてたにょは、きちゅねもだじょ!」
そもそも管理者が縁者でもない男に管理を頼んだのだ。
まぁ、最後の頼みだったのかもしれないが……
景色で見える一帯がすべて亡くなった管理者の所有物だったとしたら……
(地主だったんだろうな)
「な、なんだと!?」
まぁ、今更何を言っても後の祭りだ。
この土地が私のスキルになったということは……
ずっとここで生活すればいい。
なんなら夢だった大型犬を飼って悠々自適なスローライフができるのではないか。
(うるさい狐がおまけで付いているのは嫌だけど……)
ペットボトルの景品くらいに思うことにしよう。
汚い唾を飛ばしながらガミガミ言っている狐を前に、私は全く違うことを考えていた。
その時――
「あぁ、そうだそうだ。この土地を使うには、ローンを払ってもらう必要があるからな。そこだけは頼んだぞ!」
狐の一言によって、夢の世界から、一気に現実へ引き戻された。
……ローン?
「ちょ、ま、どゆこちょ!?」
私は狐の首をがしりと掴むと、勢いよく首を前後に振った。
「く、くるし……や、やめてくれ。」
「だ、だっちぇ!ろーんっちぇ……にゃんで!?」
「し、しかし……お前が契約したんだぞ?」
「わたちじゃにゃい!あにょくしょやろうにゃ!」
異世界にいるんだから、ローンなんて払えるわけないだろうが……
一体どうしろというんだ。
「と、とにかく……話すから……首を絞めるのをやめてくれ!話すに話せないだろ……」
気づかないうちに、手に力が入っていたのか狐の顔は赤を通り越して紫になっていた。
「ご、ごめちゃ……」
「ゴホゴホッ……スゥ~ハァ~」
狐は大きく息を吸い込み、呼吸を整えた。
「お前の慌てぶりを見ている限り、なんとなく何が起こったかは理解した。だがな、契約は契約だ。お前の拇印も押してあるだろ?」
拇印って……
(印鑑じゃないんかい!!)
小さな手で契約書を持つ。
そこには――
《ローン三十年。五千万円也。》
と、はっきり書かれていた。
紙を持つ手がワナワナと震える。
……ローン三十年。
五千万円。
「ご、ごしぇんまん……!?」
「そうだ。これを払い切ってもらうまでは頑張ってもらわないとならぬ。」
(なんでそんなに偉そうなんだよ。)
狐は少し顎を上げ、フサフサの尻尾をゆっくり揺らした。
「も、もしはらいきれにゃかたりゃ?」
「その時は……」
「そのとちは……?」
狐は黙ったままこちらを見た。
二人の間に沈黙が流れる。
嫌な間だ。
喉の奥がからからに乾き、思わず唾を飲み込んだ。
「……しらぬ。」
「……は?」
何度目か分からない低い声が、私の口から漏れた。
「ほ、本当に知らんのだ。我も異世界に来るとは思ってもみなかったのだからな……」
「だが……」
「だが?」
「なんとなくだが……お前の身体はこのスキルが影響しているのではないかと思っている。それにこの土地もだ。」
「とち……?」
狐がこくりとうなずくと、首元の鈴がチリンと鳴った。
「元々ここには大きな屋敷が建っていた。しかし――気づくと屋敷はなくなり、桜の大木だけが残っていたのだ。」
「そして、我はポシェットとなりお前の肩からぶら下がっていた。」
屋敷が建っていた……
(だから更地のようになってるのね。)
「にゃんとにゃくねぇ……はなちはわかっちゃわ」
大きな土地に、更地。
そして……私の幼児化。
(関係しているようには見えないんだけど。)
「そうか……ではこれからについて話をしていこう。」
「えっ……まだちゅぢゅくにょ?」
正直、お腹も頭もいっぱいだ。
一旦考える時間が欲しい。
「うむ。お前にはローンを返しきってもらわなきゃいけないからな。」
(いや、そのローンって……勇太が勝手に組んだやつじゃん。)
「わたちかんけーにゃい。」
頬を膨らませ、子供らしくプイッと横に顔を向ける。
「うっ……そんな、可愛くしても無駄だ。」
「ここに名前と拇印がある以上、お前が契約者であり、この土地の所有者なのだからな。」
(解せない……)
「うぅ……」
納得できないまま、頭を使いすぎた私はそのまま夢の中へと旅立った。
「おい、寝るな!まだ話は終わっていないぞ!」
遠くから狐の声が聞こえたような気がした。




