ポシェット。
「そにょまえに……」
勝手に話を進めているが、スキルがどうとかよりも先に、ポシェットの狐よ。
「あにゃた、だれ?」
(お前は一体何者なんだ……)
「な、なに……!?」
狐は「お前、俺の事知らないのか!?」とでも言うような顔で、こちらを見た。
(いや、知ってたら逆にすごいわ!)
そもそも、ポシェットが喋る世界に生きていない。
私は眉を下げて首を横に振った。
「まりのしぇかいでは、おかばんはにゃしゃにゃい……」
せっかく幼女になったのだ。
だったらその武器を最大限活用させてもらおう。
「ぐっ……」
狐は眉をピクリと動かした。
(見た目は……神社とかにいる稲荷に似てるよね)
「し、仕方ない……そんなに我のことを知りたいのなら教えてやろう。」
「いや、べちゅに……」
(知りたい訳じゃないけど……)
つい本音が出そうになった私は、急いで手を口に持っていく。
「ん?何か言ったか?」
どうやら聞こえていなかったようだ。
(危ない危ない……)
息を止めて大きく首を横に振った。
「まぁ、よい。我についてだったな。我はお前のスキルのひとつでもある……」
「……スチル……」
見た目ポシェットの狐が……?
一体何に使えるというのだろうか。
使い道の無さそうなポシェットをじーっと見つめた。
「なんだ。その目は……絶対失礼なことを考えているな。」
「そにゃことにゃーよ。」
狐はジトッとした目でこちらを見た。
どうやら全く信じていないらしい。
ぐぅぅぅ~
……。
それでも私のお腹は空気を読まずに鳴り続ける。
「はぁ……まぁいい。そうは言ってもお前の意志とは繋がっていないからな。」
(ポシェットのくせに偉そうだな……)
(あ、いいことを思いついた)
私はあどけない笑みでポシェットに近づいた。
「な、なんだ……」
何かを察したのか、少し青い顔をする狐。
しかし、そんなことはどうでもいい。
(お腹がすいたんだから早く話を進めてよ)
ポシェットの紐を持ち上げると、そのままぐるぐると回した。
初めはゆっくりと――
「な、何をする……」
ビュン
そして――
風を切るように早くなっていく。
「うるしゃ、おにゃかしゅいた。」
「や、やめろ!目が回る……」
ビュンビュン
「わ、わかったから……話す。話すから止めてくれ。」
泣き叫ぶような狐の声を聞いて、私はピタリと手を止めた。
すると重力に従って、ポシェットが岩の上に落ちた。
「いたっ。」
「はやくちて。」
「ゴホンッ。」
わざとらしい咳払いに、私は眉をピクリと動かした。
どうやらもう一回ブン回して欲しいようだ。
ポシェットの紐にゆっくり手を伸ばすと、それを遮るように狐が言葉を発した。
「こ、このくらいいいだろ。」
「ちっ……はやく。」
大人の舌打ちも怖いが、顔の整った幼女の舌打ちほど怖いものは無い。
(いい加減このやり取りも飽きてきたわね。)
狐が落ちた岩の前にしゃがみ込んで目線を合わせると、狐は目に涙を浮かべながらスキルについて話を始めた。
「お前のスキルについてだったな。」
「おみゃえじゃにゃい。まりか。」
「はぁ。まりかな……」
紐に手を伸ばす姿を思い出した狐は折れたように名前を呼んだ。
「ふみゅ……」
「まずスキルについてだが、話すより、見た方が早いだろ。我のポシェットのがま口を開けろ。」
マスコットのようなポシェットをよく見ると、たしかに耳の後ろ辺りにがま口が見える。
私はがま口を開けようと耳の後ろに手を伸ばした。
その瞬間――
「くく……くくく……くははははは……!!」
狐が大きな声で笑い出した。
急な笑いに驚いて、思わず狐を落とした。
「いたっ……何をする!!」
「すすみゃにゃい……」
こっちは丸一日以上食べていないのだ。
狐とのやり取りに時間を割く暇はない。
「いいか?耳の後ろはくすぐったいのだ。だからこっそり開けてくれ……」
ふむ。それを先に言っておいて欲しい。
(っていうか、たかがポシェットなのにくすぐったいとかあるのか……)
むしろそっちの方が驚きだ。
「わかちゃ……」
今度は耳の後ろに当たらないように、そっとがま口に手をかける。
そしてゆっくり開けると――
眩い光が私を包み込んだ。
「ま、まぶち……」
思わず目をぎゅっと閉じる。
ぐらり……
空間が歪んだような、そんな感覚に陥った。
(この感覚さっきと似てるわね。)
酔った感覚が落ち着くと――
先ほどまで香っていたはずの草花の匂いは消え、代わりに桜のような、どこか懐かしい匂いが身体を覆った。
「……え?」
恐る恐る目を開ける。
「待っていたぞ。茉莉花。」
そこには、見渡す限りの山と、空き地。
そして――
空き地の中央には、一本の大きな桜の木が立っていた。
淡い花びらが風に揺れ、ゆっくりと舞い落ちている。
花びらが、まるで私を迎えるように足元へ落ちた。
その桜の下で、真っ白な大きな狐がこちらを見下ろしていた。
「あにゃたは……」
どこかで見た事のある狐に首を傾げる。
「ふむ……こちらに来ればお前の体も戻ると思ったが無理なようじゃな……」
狐は私の事を上から下まで見ると小さく息を吐いた。
(……ってか、誰よ)
正直、異世界転移から始まって、この二日間弱……情報量が多すぎだ。
「……だれ?」
「……いや、気づけよ!そこは気づいたっていいだろ!?」
そうは言われても狐の知り合いなんて居ない。
私は逆側にこてんと首を倒した。
「ん~……」
しばらく考えたあと、私は首を横に振った。
「やっぱりしらにゃい。」
「お前なぁ……」
白い狐は大きくため息をついた。
「ほら!さっきまで持ってただろ!?」
持ってた?
「お前振り回してたじゃないか!」
振り回してた……?
「ほら……がま口のやつだよ!!」
「……がまぐち……」
「……そうだ。」
がま口ね……
がま口……
それからしばらく――
ふと、頭の中にとあるものが浮かんだ。
狐は早く思い出して欲しいのか、ソワソワしている。
「あっ!」
「……ふん。やっと思い出したか……」
「あぁ~うるしゃきちゅね!」
「うるさいは余計だ!!」
狐は尻尾を大きく膨らましながら怒った。
なんなら唾も飛んでいる。
(そんなに怒らなくてもいいのに……)
「我は由緒正しきこの地を守る狐だぞ!」
「へぇ~……しょにょはにゃしにゃがい?」
長くなるならご飯食べた後にして欲しいものだ。
「はっ?」
「まりか、おにゃかしゅいた。」
ぐぅぅぅ~
話を遮るようにお腹が鳴った。
「ふ、ふむ……そうだったな。先に飯にしよう。」
見たところご飯らしきものはないけど、一体どうするつもりだろう。
狐が首に着いている鈴をチリンと鳴らすと、どこからともなく小さな狐が現れて果物を置いていく。
「かわいい……うるしゃきちゅねとちがう。」
狐は眉をピクリと動かしたが、何も言わなかった。
「……まぁよい。先に腹ごしらえをしよう。」
白い狐は桜の木を見上げながら言った。
「話はそれからだ。」
狐は何かを考えているようだったが、私は目の前の果物に釘付けだった。
そしてリンゴを一つ手に取ると、がぶりと齧り付いた。
「ん~!!おいちぃぃ~!!」
久しぶりに食べたリンゴは甘くてとても美味しかった。
白い狐はそんな私を見ながら小さくため息をつく。
「……まったく。こんな奴が我が主とはな。」
(主になったつもりはないけどな……)
そんなことを思いながら、私はもう一口リンゴをかじった。




