気付いたら幼女でした。
「ありぇ……いにゃい……」
周りを見渡すが、見えるのは木や草花ばかり。
少し離れたところからは川の流れる音が聞こえてくる。
さっきまで目の前に立っていたはずの男の姿はない。
「ましゃか……ゆめおち……?」
家に帰ったあとから、今までの出来事を思い出す。
勇太と莉里香のことから始まり、石造りの部屋の出来事。
そして――
なぜか今は森の中。
現実とはかけ離れた一日の出来事だ。
夢だと思っても仕方がない。
「こういうとちは……」
自分の頬をつねろうと、手を顔に持っていく。
と、その時――
プニ……
いつもと違う頬の感覚に違和感を覚えた。
(……え?)
試しにもう一度触ってみる。
プニ……
すると、指先に触れたのは、いつもより柔らかい――
マシュマロのような頬だった。
(こんなにぷにぷにしてなかったと思うんだけど……)
柔らかい頬を両手でムニムニ触っていると、違和感に気づく。
話すと舌ったらずになる言葉。
いつもよりも、視線が低い。
(あのお兄さんが大きいのかと思っていたけど、もしかしてそういうわけじゃない?)
恐る恐る、頬に置いた手を自分の見える位置に持っていく。
視線の先にあったのは、小さな手と、子供のような短い足だった。
ニギニギ
試しに手を動かしてみれば、自分の思った通りに動く手。
バタバタ
足も同じように動く。
(……)
嘘のような現実に、私は一度目を閉じて深呼吸する。
そして、もう一度ゆっくり目を開くと、近くを流れていた川を覗き込んだ。
そこに映っていたのは――
顔のパーツに、どことなく面影はあるが、くりっくりな丸い黄色い瞳に、白銀の髪色をした、三歳くらいの女の子だった。
「ど、どうなってりゅにょぉぉ~!?」
自分の声が森の中に木霊した。
しかし、木霊するだけで誰からも返事はない。
冷たい風が頬をかすめる。
「さみゅい……」
興奮した体温が少しずつ冷えていく。
(そういえば……)
お兄さんが言ってた言葉を思い出した。
『ここを真っ直ぐ行け。そしたら街につく。』
自分の背丈の十倍以上はありそうな木々を見上げる。
サワサワ
まるでイタズラでもするかのように風が葉を揺らした。
「どれくりゃいかかるにょかにゃ……」
目の前に続く獣道を見つめた。
しかし、ここに立っているだけでは何も始まらない。
いつもよりも短くなった足で立ち上がると、ヨタヨタと、街に向かって歩き始めた。
***
「まっくら……」
あれからどのくらい歩いたのだろう。
獣道だからか、後ろを振り向いても景色が変わらない。
ぐぅ~……
「おにゃかしゅいた……」
家に帰ったのが二十一時頃だったはずだ。
それからここに飛ばされて――
気づけば、月が昇っていたはずの空には、もうお日様が出ていた。
そして、今現在……
お日様は沈み、月が顔を出している。
(お昼食べてから何も食べてないから……一日以上は何も食べられてないわね……)
持っていたはずのスーパーの袋はなく、代わりに小さな狐のポシェットが肩に掛かっていた。
ちなみに着ていたスーツもどこへやら……
いつの間にか着ていた服は赤いトレーナーと青いオーバーオールに変わっている。
しかも帽子まで赤い。
(って、配管工事の人じゃないんだから……)
(まぁ、いっか……これ以上歩いたら迷子になりそうだし……)
「きょうはここでやすも……」
私は、近くにあった岩と岩の小さな隙間に身体を押し込むと、膝を抱え込み、目を瞑った。
ウトウト
子供の身体で歩いたからか、すぐに眠気が襲ってきた。
そんな時――
「おい、起きろ!!」
高い声が耳元で響いた。
「んぅ……」
「お、おい!起きろと言っているのがきこえないのか!!」
「にゃに……」
(寝て何とか空腹を凌ごうと思ってたのに……)
眠い目を擦りながら、ゆっくり顔をあげた。
だが――
そこには誰も立っていなかった。
「げんちょ……」
「幻聴ではない!こちらをみろ!!」
声のする方へ視線を落とす。
「やぱりにゃにもにゃい……」
「何もないわけないだろ。よく見てみろ。お前に付いているじゃないか。」
「ちゅいてる?」
コテンと首を傾げる。
眠さもあって、正直思考が回らない。
「そうだ。ここだ。ここ!!」
「ふみゅ……すぅー……」
気が抜けた声と共に、身体がコテンと横に倒れた。
「こら、寝るなぁぁぁ!!」
すると、いつの間にか胸に抱え込んでいた狐の形をしたポシェットがジタバタと動き出した。
「ふふ……く、くしゅぐ……ふふふ」
お腹と膝の間でバタバタ動く何かのせいでくすぐったい。
「笑ってる場合じゃないだろ!!こんなところで寝たら風邪をひくではないか!」
子供の身体になってから数時間――
頭は大人なはずなのに、なんだか精神年齢が見た目に引っ張られているような気がする。
「ふみゅ。でもねみゅ……」
カクンと頭が落ちる。
「はぁ……仕方がない。我がいい所にお前を連れてってやる。ここより寝やすくなるぞ。」
「ねやしゅく……」
寝やすいと言われても、身体が動かない。
もう限界だった。
「起きろぉ~!」
遠くで、誰かの声が聞こえたが、そのまま視界が真っ暗になった。
「お、重い……」
誰かの困ったような声が、かすかに聞こえた。




