おばさんの逆襲。
「ただいま。」
扉を開けると、裸で抱き合っている男女がこちらを見た。
「……」
そして、目を見開くと、勇太たちは近くにあったシーツで慌てて身体を隠した。
「はっ……な、なんで……茉莉花が……お、おま……ノックくらいしろよ。」
勇太たちは、まだ私が帰ってこないと思っていたのだろう。
「ノックって……ここ。元は私が借りてた部屋なんですけど……?」
腕を組んで二人を見下ろすと、抑揚のない声で、話を続ける。
「それよりも、二人はここで何をしてるの?」
二人をゴミを見るような目で見据えると、勇太はキョロキョロと視線を動かした。
まるで子供が怒られた時のようだ。
「こ、これは……その……」
その姿を見て一気に頭の中が冷えていく。
(こいつのどこがよかったんだ)
出会いは私が勇太の新人教育についたことがきっかけだった。
付き合ったばかりの頃は母性本能をくすぐられるぐらいに思っていたが、今となってはどこが良かったのかさえ思い浮かばない。
(そういえば……デートでもお金出さないんだよね……)
目の前の二人を見据えながら違うことを考えていれば、それが気に食わなかったのか……
「チッ……」
勇太が不機嫌な顔を隠すことなく舌打ちをした。
「つーかさ、いきなり入ってくるとかどういう趣味してんの?頭おかしいだろ……ノックくらいしろよ」
(いや、話が戻ってますけど。)
先ほどと同じ言葉を言うだけの勇太に思わず笑いそうになる。
「ここ、私の借りてる家だから」
「はっ?俺の家でもあるだろ?」
「いや、あなたは転がり込んできただけでしょ?契約書見れば私の名前しか載ってないけど。」
「不動産会社に勤めててそんなことも分からないなんてやばいね。」
「はぁ??」
図星を突かれたことが癇に障ったのか、勇太の顔がみるみる赤くなっていく。
(まるで小鬼ね。あれじゃ、大型犬の方がよっぽど迫力あるわ)
「お前、そんな言い方して許される立場だと思っているのか?」
(立場って……)
勇太の言葉にピクリと眉が上がる。
「浮気しているあなたが言う言葉じゃないと思うけど。」
平静を装いながら、目を細めて首を傾げると、今まで黙っていた後輩がビクリと肩を揺らした。
「せ、先輩……違うんです。これは……」
自分が被害者とでも言うように目に涙を溜めている。
(入社した時から変わらないわね。)
烏丸 莉里香が入社して一年。
総務に配属されてから面倒を見てきたが、仕事を覚えるのが遅く、何度も注意をしていた。
目を離した隙にデスクからいなくなり、気付けば男共に囲まれながら「うふふ」「あはは」と笑っているからだ。
しかし、男はそういう守ってあげたくなるような女が好きなのだろう。
(こっちからすれば仕事をしてくれれば何も言わないんだけど)
いつものように庇護欲をそそる顔で見つめる莉里香を見つめ返す。
「……これは……なに?」
次の言葉を促すように、莉里香の言葉を反復する。
「……ち、違うんです!!」
後輩は必死に首と手をブンブンと振った。
「私、勇太……じゃなかった。裏山先輩の相談にのっていただけで……」
(相談……ねぇ……)
辺りを見渡せば、皺のよったスーツ、伝線してぐちゃぐちゃに丸まったストッキング、下着や情事の後のゴミが散乱している。
「へぇ……あなたたちは相談にのる時に裸で相談にのるのね。」
私は近くにあった後輩の下着を持ち上げた。
「それで?相談って……どんな話?私に言えないようなこと?」
持ち上げた下着を二人の前にぶら下げる。
「そ、それは……う、裏山先輩が先輩と上手くいっていないって……」
(付き合っていることは会社の人に話してないはずだけど……)
勇太へ視線を移すと、面倒くさそうに頭をかいた。
「俺が話したんだよ。別に隠すことでもないだろ?」
(いや、お前が隠そうって言ったんだろ……)
思わず、心の中で毒づく。
別に社内恋愛が禁止されているわけではない。
私が入社してからも何人かのカップルが結婚した。
「八歳も年上だから言いたくないんだろうと我慢してたんだけど……」
勇太を見て小さい声で呟いた。
「はっ?今なんか言ったか?」
「何も言ってないわよ。気のせいじゃない?」
私は、散乱している服とゴミをかき集めて二人の前に置くと、そのまま部屋の扉を開けた。
「とりあえず服着てくれる?それと、ここは私の家だし二人とも出て行ってくれるかしら。」
「はぁ?なんで俺が出てかなきゃなんないんだよ。出てくならお前だろ?」
勇太の言葉が少しずつ大きくなる。
けれど、そんなの気にしない。
「茉莉花先輩……」
「今までそんな呼び方したことないじゃない。それにさっきも言ったでしょ?ここは私の借りてる部屋。」
二人は何も言い返せないのか、喉を鳴らす。
私はそれをいい事に、そのまま話を続けた。
「あなた達も言ってたじゃない?私……おばさんだから。仕事で疲れてるのよ」
その瞬間――
「はぁ!?」
勇太の声が部屋の中に響き渡った。
(……うるさいな)
「ここしか住む場所ないのにどうしろって言うんだよ!!」
(知るか……)
「俺だってこの家に金入れてるんだぞ?」
「あなたが入れていたのは、食費にも満たないはした金じゃない。結婚式のためにお金を貯めたいからって……たった一万で何ができるって言うのよ」
「それはないわ……」
勇太の話を聞いていた莉里香も思わず呟いた。
「「……え」」
後輩のいつもより低い声。
その声からはぶりっ子らしさは感じられない。
「先輩……本当にすみません。私、こんな人だと思ってなくて……」
莉里香は勇太から一歩距離を取った。
「ちょ、お前何言ってんだよ!」
「それに、裏山先輩に彼女はいないからって初めに言われてたんですよ。」
莉里香は困ったように視線を落とす。
(いや、さっき相談に乗ってたって言ってただろ。)
「それに……彼女である先輩にこんな酷いことする人だなんて思ってなくて……」
私は内心で小さく息を吐いた。
なるほど。
今度は、こっち側に来るつもりらしい。
(……これ以上関わるのも時間の無駄だな)
ベッドの上で身を隠しているシーツを、私は無理やり引き剥がした。
「はぁ……そういうの良いから。とりあえず家から出てって欲しいんだ……けど」
その瞬間――
床が、突然キラキラと輝き始めた。
「な、なに……!?」
そして、あまりの眩しさに、思わず目を閉じた。




