CGではなく本物だったようです。
「ん……んぅ……」
意識を飛ばすのは何度目だろうか……
異世界に来てから、寝たくて寝た試しがない気がする。
(なんだろう……疲れてるのかな。)
重たい瞼をなんとか持ち上げると、低く落ち着いた声が、すぐ近くで響いた。
「……起きたか。」
白夜とは違う。
(……誰?)
霞んだ目のピントを何とか合わせると、そこには整った顔が、やけに近い距離でこちらを覗き込んでいた。
(うわっ……こんなイケメン初めて見たかも……)
耳はすらりと長く、先端がぴんと尖っている。
透明感のある白い肌に、整いすぎた顔。
(……え、なにこれ、作り物みたい)
「大丈夫か?」
ぽーっと目の前のその顔を見ていれば――
「……うにゃぁぁぁ、しゃべっちゃ!!」
「いや、話すだろう。」
どうやら――作り物ではなかったらしい。
「しゅ、みましぇ……」
絶対、私……世の中の女性を敵に回した気がする。
だって、現実離れしたイケメンが私に膝を貸してくれてるのだから。
(でも、幼女だからセーフよね。)
鼻をふんふん鳴らしながら頑張って起き上がると、イケメンを見た。
(うわぁぁぁ~これは……直視できない。眩しすぎる)
目を細めて、正面から見ればイケメンの周りにはキラキラとした何かが、本当に舞っているように見えた。
「あにゃたは……だりぇ……?」
首をこてんと横に倒して上目遣いで見上げる。
「……」
すると、イケメンは小さくため息を吐いた。
「……はぁ……本当に何も覚えていないんだな?」
何も……?
異世界に来る前に起きた出来事からこれまで……
たった数日。
しかし、平凡に生きてきた私にとってこの数日は今までにないほど濃い毎日だった。
だから忘れるはずはないのだが……
「わしゅれてにゃい……とおもう……」
だが――
本当にそうだろうかと、胸の奥がざわついた。
「……」
二人の間を風が通り抜ける。
その風は先ほどのようなジメッとした重さはない。
「ふむ。そうか……ではまず自己紹介からしないとな。」
相手が幼女だからか、どうやら私の言葉を信じてくれたようだ。
「じこしょーかい?」
コテンと先ほどとは逆に首を倒すと、イケメンが思わず口元を押さえて視線を逸らした。
「うぐ……か、かわいい……」
(……もしかして、ろ、ろり……こん?いや、でも……)
未だに口元を押さえているイケメンに目を向ける。
(助けてくれた?わけだし……いい人かも……)
頭の中で、考えがぐるぐると回り始めた。
だが――
いい案は何も浮かんでこなかった。
(っていうか、あの狐……こういう時こそなにか話してきなさいよ!何してるのよ……)
そう思って、ポシェットに目を向ける。
しかし、白夜は鼻ちょうちんを作りながらスヤスヤと眠っていた。
「ちゅ、ちゅかえにゃ……」
ぽつりと漏れた声は、小さかったはずなのに――
「ん……何か言ったか?」
イケメンにも聞こえていたらしい。
私は首を横に振った。
「にゃ、にゃんでもにゃい。」
(うん……ここは直感を信じよう……)
「ま、まりはまりかってゆーにょよ?あなたにょおにゃまえは?」
そう言いながら、イケメンを見上げると――
イケメンは鼻血を出しながら涙を流していた。
(えっ……早まったかしら……)
私は目を顰めた。
「す、すまない……そんな顔はしないでくれ……ちょっと可愛いものを見るとこう……あっ……違うんだ!そんな悪い意味じゃない!」
(……自分で墓穴掘ってるわね)
私はイケメンから距離をとった。
「あぁ~……訳を話すから。嫌いにはならないでくれ!」
嫌いって……
「そこまではいってにゃい……でもおにーしゃん……へんにょ?」
「す、すまない。俺たちエルフは長命で子供があまりできないんだ。」
一度言葉を切ると、真面目な顔で続ける。
「その為か、子供を見ると……つい我が子のように思ってしまってね。」
先ほどまでの鼻血を出していたイケメンはどこへやら……
出会った頃の淡々と話していた男の姿もどこかへ消え去ってしまっている。
(コロコロと表情が変わるわね。忙しい人。それに……エルフって……)
しかし、私の気持ちなど露知らず――
イケメンはそのまま話し続けた。
「エルフの中では子供は宝で、最も尊ぶべき存在だと言われているんだ。」
「って……えりゅふ!?」
ぼんやりと相槌を打っていた私は――
次の言葉で、思わず飛び跳ねた。
「って……えりゅふ!?」
(えっ?まさかのファンタジー来た!?いや、スキルとかスライムが出た時点でファンタジーだったけど!)
ゲーム好きと言う訳では無いが、人気のあったゲームはそれなりに手を出してきた。
私は目の前のイケメンに近づくと、耳に手を伸ばす。
「あ、あぁ……」
「じゃ、じゃあ、こにょみみも、ほんもにょ?」
私が触ろうとすると、ぴくりと耳が動く。
「うむ。本物だ」
(すごい……動いた……)
思わずじっと見つめていると――
「えりゅふってこちょは……おにーしゃんもおじーしゃんにゃの?」
エルフと言えば1000年以上生きるイメージがある。
「……じーさん?かは分からんが……俺は百五十歳だ。」
……百五十歳……?
(エルフの中では若い方ってことかな?)
イケメンは少しだけ視線を逸らす。
そして――
「まりかと言ったか。俺はトットール・シャンティアだ。好きに呼んでくれ。」
人好きのする笑顔でこちらをみるトットール。
(こ、これは……世の中の女が放っておかないわね。)
「……とと?」
トットールが首を傾げる。
「とっと、にゃがいにょ。ととはととにゃ」
それに――どこか安心する。
「……」
トットールは一瞬だけ言葉を失った。
それから、ゆっくりと息を吐く。
「……好きに呼べ」
ぽつりと落とされたその声は、どこか――やけに優しかった。
「ふふっ。」
(……いい人かも)
そう思った瞬間――
私はそのまま抱きついた。
(幼女なんだからこのくらい許してくれ。)
「ありがちょ。とと。よろちくにぇ。」
「あ、あぁ。よろしくな。まりか。」
ぐぅぅ~
なんだか安心したらお腹が減ってきた。
「ははは……なんだ腹が減っているのか。」
トットは苦笑すると、小さな袋から何かを取り出した。
「簡単なものだが……食べられるか?」
差し出されたのは、ビスケットだった。
ふわりと漂う甘い香りに、思わず喉が鳴る。
(……あまっ……)
砂糖をそのまま固めたような、強い甘さ。
けれど――
「……ふふっ……おいちぃ……」
ぽろり、と涙がこぼれた。
止めようとしても、止まらない。
視界が滲んで、手の中のビスケットがぼやける。
(不思議ね。ただのビスケットなはずなのに……)
すごく美味しい。
ぐしゃりと顔を歪めながら、もう一口かじった。
「とと。しあわしぇってこーゆーこというにょね。」
トットは、何も言わずにその様子を見ていた。
その表情は――遠くにいるはずの父の顔に、どこか似ていた。




