ポシェットでも戦えるようです。
「も、もうこれいじょーにげりゃれにゃい。」
人一人が何とか登れる石の上――
スライムから逃げようと、その上に登ったまでは良かったが……逃げ道が塞がれてしまった。
「なぜここに逃げたんだ。考えればわかるだろうが。」
白夜はポシェットの姿でガミガミと説教をしてくる。
《そんなことよりも、打開策を考えないと!》
「そんな事とはなんだ!?そもそもだなぁ~……って聞いてるのか!?」
《あ~、聞いてる、聞いてる。》
白夜の言葉に適当に相槌を打つと、策を考えるために手で耳を塞いだ。
「いや、聞く気ないだろ!?」
手の向こうから白夜の声が聞こえたが……今は目の前のことに集中する。
(物理攻撃は全てだめか……刃物とかも物理になるからだめかな)
初めは一体しかいなかったスライム。
しかし時間が経つとどんどん増えていく。
仲間を呼んだ形跡もなかった。
そうすると、考えられることはただ一つ――
(一体が分離したと考えるのが正しいわよね……)
目の前でボヨンボヨン揺れるスライムたち。
(こういう時……ゲームだったら、魔物とかモンスターにコアのようなものがあると思うんだけどな……)
そうか……
「こあ……にゃ。」
耳から手を離す。
先ほどまでシャットダウンされていた外界の音が一気に耳に押し寄せた。
シュー
ボヨヨン
スライムがいるところの草木はどんどん溶けてしまっている。
「……ん?コア?」
私は石の上からスライムを観察した。
すると――
「びゃくにゃ……まんなか……」
中央にいるスライムのお腹の中に、薄らと色の濃い部分が見える。
「……あそこ。」
白夜はわずかに声の調子を変えた。
「ふむ……あれがコア、か?」
色の濃い部分は、中央のスライムから動こうとしない。
と、言うよりも動けないのだろう。
(きっと、あそこがスライムの本体ね。)
「こりぇ……こわしぇば……」
しかし……見た目は三歳の幼女。
コロン、コロン
近くにあった石をコアに直接当てようと見定めて投げるが――
「ん~……とどかにゃい。」
どっからどう見ても――
手足の長さが足りなかった。そして筋力も……
「ふっ……それでは一生届かぬな。」
白夜は私の投げた石をみて、鼻で笑う。
《あんたなんて、ポシェットで何も出来ないくせに。》
「……」
何も言い返すことができないのか……白夜は押し黙った。
(炎とか、水とか使えれば変わるんだろうけど。ゲームに似てるし……)
「うぉーちゃーぼーる!!」
……
「ふぁいあーぼーる!!」
……
魔法っぽい名前を試しに言葉に出してみるが、なにも起こる気配はなかった。
それどころか――
「くくっ……くくくっ……お前恥ずかしくないのか。」
白夜はその様子見て容赦なく笑い続けた。
(くそぉ~……私だって恥ずかしいっての……この状態じゃなかったらぐるぐるの刑に処してやるのに。)
頬を少し赤らめながら、ポシェットの紐を強く握る。
その瞬間――
白夜の顔色が、すっと変わった。
「おい……それ、離せ……」
白いポシェットが、じわりと黒く染まっていく。
「……え?」
じん、とポシェットから今まで感じたことがないような熱さを感じる。
「あちゅっ……」
私はすぐさまポシェットから手を離した。
すると――
チョロ……
ポシェットの口から、水が一滴こぼれ落ちた。
「……みず?」
違和感を覚えた、その直後――
ボッ!!
「きゃああああ!?」
炎が弾けるように噴き出した。
白夜の口から放たれた火は、一直線に前方へと伸びる。
「びゃくにゃ……ひ、ひ、ひがぁぁぁ!」
白夜自身も火を吹き出すと思っていなかったのか、目をパチパチと動かして放心状態だ。
その間も火の玉は、スライム目掛けて飛んでいく。
ジュッ――
炎が触れた瞬間、スライムの一体が一気に縮んだ。
「え……きいた……?」
さらに、中央のスライムの中にあった“濃い部分”が、わずかに揺らぎ、周囲のスライムたちの動きが一斉に鈍くなる。
刹那、ボヨンボヨンと増え続けていたはずのスライムがピタリと動きを止めた。
「びゃ、びゃくにゃ。いまがちゃんしゅよ!もういっかいひだちて!」
ポシェットの紐をもっとガクガクと揺さぶる。
「うっ。やめてくれ。よ、酔う……」
《ポシェットの癖に酔うのかよ……》
「よってるひまじゃにゃいわ。はやくちて。」
「む、無茶をいうな!やり方が分からないのにどうやってやれというのだ。」
白夜の声がどんどん小さくなっていく。
どうやら白夜も気づいていないうちに火を吐いていたようだ。
「……でも……」
このままじゃ私達も溶かされる未来しかない。
(それだけは絶対いや!!)
首をブンブンと横に振ると、ポシェットの紐をぎゅっと強く握りしめた。
「こんにゃとこりょで、ちんでたまりゅか!!」
スライムのコアがある場所を見据えて、大きな声を出すと――
ジワッ
手のひらに熱が集まってくるのを感じる。
ポシェットにもその熱が伝わっているのか少しずつ黒色へと変わっていった。
(これは……)
「びゃくにゃ!!」
「あぁ……今ならできそうだ。」
ポシェットが真っ黒の狐に変わると同時に、
「いけぇぇぇえええ!ふぁいあぶれしゅ!!」
ボォォオオオオオ
先ほどとは比べ物にならない炎が、一直線に噴き出した。
狙いはただ一つ。
中央にいるスライム。
ジュゥゥゥ――
炎がコアへと直撃する。
「あたた!」
「やったか!?」
炎が少しずつ弱まると、その中からコアが丸見えになったスライムが、ボヨーン……ボヨーン……と力なく揺れた。
「……ありぇ……?」
(まだ生きてる……?)
スライムから目を離さないように見続けていると、コアにうっすらと亀裂が入っていくのが見える。
ピキピキ……
ピキピキピキ……
パリーンッ。
乾いた音とともに、コアが砕け散った。
「……っ」
それを合図にしたかのように――
周囲にいたスライムたちが、一斉に崩れ落ちる。
ぷしゅん、ぷしゅんと音を立てながら、ただの液体へと変わっていった。
「……」
「か、かっちゃぁぁ!!!」
全身から力が抜ける。
「はぁ……はぁ……」
足元がぐらりと揺れた。
(なんか……ふわふわする……)
「あ、ありぇ……」
石の上から降りると、スローモーションになったかのように体が床に近づいていく。
バタリ……
液体に変わっていくスライムを見ながら、私はその場に倒れ込んだ。
「あ、おい!まり。起きろ!」
白夜の声が聞こえた気がしたが、そこから先の記憶はプツリと途絶えた。




