寝静まったころ。
「いぬごや……」
私は目の前に建っている小さな小屋を見つめた。
どう見ても――
小屋というより、犬小屋だ。
(この体型なら入って眠れなくはないか……)
大型犬には狭そうだが、中型犬ならゆっくり出来そうな広さだ。
私はその中に身体を滑り込ませた。
「あめかじぇ、しのげゆぶんだけましね。」
チラリと白夜を見れば、私の言いたいことがわかったのか、フンッと鼻を鳴らした。
「我は外でも寝られる。気にするな。」
「で、でも……」
さっきも昼寝をしたばかりだと言うのに、妙に眠い。
この小さな身体のせいだろうか。
重たい頭がこくりと船を漕ぐ。
(瞼が重い……)
「いいから。今日はおとなしく寝ろ。明日からやることは沢山ある。」
白夜は前足で私の頭を軽くポンと叩くと、すぐ横でうずくまった。
「あちた……やりゅこと……すぅすぅ……」
白夜がチラリとこちらを見た気がしたが、そのあとのことは覚えていない……
***
「ふん……やっと寝たか。」
犬小屋の中では、茉莉花が呑気な顔で寝息を立てていた。
異世界とやらに来てからまだ二日。
我自身、分からないことばかりだ。
「この土地が、茉莉花の手に渡ったからこうなったのか……それともほかに何かあるのか……」
この土地は、先祖代々地主の一族が治めていた。
しかし、地主家の最後の血縁である六郎太がこの世を去り、他の者に渡ることになったのだ。
「裏山勇太だったか。胡散臭そうなやつではあったが……六郎太も茉莉花も騙されるとはな……」
つくづく間の抜けた連中だ。
「まぁ、似た者同士ということか……」
茉莉花を見ると、犬小屋の中でうずくまりながら、寒そうに小さな身体を丸めて震わせていた。
「はぁ……仕方がない。」
少し近付くと、犬小屋の中に尻尾を入れる。
それだけで暖かさが変わったのか、歯をガチガチ鳴らしていた顔が、少しだけ和らいだ。
「まずは拠点を作るところからだが……こんなチビに何ができるというのか。」
いくら中身が大人でも、見た目三歳の茉莉花には限界がある。
「どうやったら身体は戻るんだろうな……」
空に輝く星を見ながら、ため息を吐いた。
そんな時――
《そんなことも分からないのですか?本当に脳なし狐ですね。もう少し頭を使ったらどうですか?》
頭の中にどこかで聞いたことのある声が響き渡った。
「お、お前は一体……誰だ?」
《……はぁ》
「ため息で返事をするな。」
《……》
プツン――
テレビの電源が切れるような音が頭の奥で鳴った。
「おい、聞いてるのか!?」
……
「我を無視するとはいい度胸だな!?」
その後、何度話しかけても返事が返ってくることはなかった。
「人を小馬鹿にしたような態度。あやつにそっくりではないか。」
あやつ……
不意に出た言葉に、自身も首を傾げた。
(あやつとは一体……)
遥か昔の記憶が、ふと脳裏をよぎる。
『あなたはすぐ人に騙されますね。』
『お前に言われる筋合いはない。』
『そう言っていられるのも今のうちですよ。狐なんですから、バカにされるのではなく、化かせるようにならないと。』
『ふん……我を馬鹿にするのはお前くらいなものだ。』
『馬鹿になどしていませんよ。馬と鹿に失礼になるじゃありませんか。いいですか?あなたは馬鹿なのではなくバカなのです。間違えないでください。』
扇子を口元に当て、くすりと微笑む姿が脳裏に浮かんだ。
いつもこの桜の近くに居座っていたことだけは、何となく覚えている。
だが、それ以上は思い出せない。
男だったか、女だったか……
それとも――
人ですらなかったのか。
「まぁよい……いつかまた思い出すことがあるだろう。」
周りを見れば、暗かった世界が少しずつ色を取り戻す。
「もう朝か……」
ふと犬小屋に目を向ければ、食べ物の夢でも見ているのか――
「むにゃ、むにゃ……」
と口を一生懸命動かす茉莉花の姿が見えた。
「ふむ。朝ごはんでも準備しておいてやるか。」
我は分身体をいくつか呼び寄せ、果物を集めてくるよう命じた。
白い小狐たちが忙しなく動き回る。
「今日も忙しくなりそうだな。」
そんなことを考えながら、我は小さく欠伸をした。




