餃子は海の生き物
プロフィールに「ぎょうざはうみのいきもの」と書いてくれたN氏に感謝を込めて
「僕が以前から訴えているようにだね、やはり餃子は海の生き物なわけだよ」
彼は拳を振り下ろしながら真っ直ぐな瞳で熱弁する。
今日も授業終わりに教授の研究室に呼ばれた。先月、僕の祖父が冷凍餃子の発明者であるということを何気なく話したところ、彼はなぜかその話にしつこく食いついてきた。
「あなたは餃子のことを何も理解していません、」と僕は反論する。「仮に餃子が海の生き物であるのならば、骨やえらがなければなりません」
「骨は魚にとっての必要条件ではないのさ。君軟体動物って聞いたことあるかい。彼らは骨を持たない」
「えらはどうなります」
「餃子の皮は上にひらひらしている部分があるだろう。あれさ」
「大体、餃子のどこが海の生き物だというのです。餃子は皮とタネに分かれていて、その二つのものを組み合わせて初めて餃子と言えるのです。仮に餡が泳いでいたとしてもそれはタネで、餃子というもの自体を魚とは言えやしません」
「君は大きな勘違いをしている」
彼は「ちょっと待ちたまえ」と腰を上げると、自分の書斎から本を二冊引っ張り出して来て目の前に丁寧に並べる。
「ほら、これらは全て餃子の由来を示した本だよ。こんなに文献がある時点で僕の話への信憑性は高まったろう」
「いえ、別段」
二冊は多いと言っていい程の冊数ではない。むしろ、そんな突飛な説を書いている人間がいることに驚きだ。だが、本の劣化具合から彼がそれを長年愛読していることが伝わってくる。
彼は『海洋生物図鑑 あ-は』を手に取る。
「この頁を御覧、餃子は古代中国人が発見した海洋生物なんだ」
五六頁に「餃子、饺子は春秋戦国時代の中国で曹雲により発見された軟体動物である」との記述がある。次いで五七頁には「饺子は体内で卵を育てる。食べ物の餃子は、その姿が似ていたため名付けられた」と書かれている。
「これはかなり権威ある本だ。なにせ昔からある本で、とても偉い人が監修しているのだ。だからこの事実は正しい。仮に魚であるという分類が間違っていたとしてもだね、少なくとも生き物ではあるわけだ」
そういう彼は心から信じているようだったが、信じる理由が具体性に欠けるのに、なぜここまで信じられるのだろうか。
「……あなたの主張は飛躍しすぎています」なぜか声が裏返ってしまう。「僕たちが普段作っているのと、ここに載っているのは全くの別物でしょう。これを信じるのならば、僕たちの普段食べているものはこの餃子を真似たまがいものです」
「いや違う。僕たちが普段目にしている餃子こそが、海で泳いでいる本物の餃子さ。まがいものの餃子など存在しない」
「では餃子が海の生き物なら、なぜ精肉店と粉問屋で肉と皮とを別々に買って調理せねばならないのです。僕の知っている限り、他の海洋生物はそんなことをしません」
「それは餃子が水揚げされた際に皮を剝がれてしまったからだ。皮こそが餃子なのだよ」
「き、詭弁ですよ。タネである餡は豚のものですし」
彼は指でとんとん、と『精神はどこに宿るか-砂からシロナガスクジラまで-』をつつきながら本に視線を落とす。
「少しばかり議論は逸れるが、餃子の精神はどこに宿っているのか、君はご存知かな」
「そんなもの、人間と同じです。脳みそですよ」
「それが違う。彼らの精神は表皮に宿っているのだ。ほら御覧」
本には小難しいことばかり書かれている。著者はこんな文章で煙に巻いたつもりだろうか。だが、自分の知る限り、彼はそんなことに騙されてしまうような人間ではない。そうでなければ帝国大学の教授などできやしないだろう。
「餃子の皮は古来より珍味として重宝されてきた。一方で、皮下の肉や中身の卵は捨てられて、現在に至るまで全く価値はないとされている。重宝するだけしておいて後はお役御免というわけさ。で、結果として絶滅したと言う。餃子の気も知らんで」
彼は急に押し黙り、畳をじっと見つめる。反論は沢山浮かんだが、もはや彼の前では無意味だ。
涙が畳に二、三粒落ちる。
「あぁ餃子たちよ、当時は本当に、本当に痛かったろう、餃子は意識を失うその瞬間まで、自らの皮と肉とが剝がれる痛みにのたうち回ることも出来ずに、ただひたすらに体内で嘆き喚くしかないんだ。なぜ一度剝がされたものを再びもとの形に復元しようとそんな無慈悲なことができるんだい。餃子の気持ちを考えたら、そんなことはとてもできない」
「さっきからあなたは変です。なぜいちいちそんなことにこだわるのですか。似たような話はごまんとあるでしょうに」
「……子供の頃に餃子の悲鳴を聞いたことがある。焼かれているときに甲高い声を出していたんだ。焼かれている状態ならとうに死んでいるはずなのに、彼らは声を上げた」
餃子の悲鳴について思いを巡らせていると、高くてか弱い「キャッキャッキャー」という声が脳内に響く。
「今年の初めに海岸を散歩していた時、打ち上げられた餃子を見たんだ。あれは本当に餃子だったんだ、彼らはまだ生きているのだ。絶滅した、ということについて誰も疑問を持たなかったのだ。僕は世紀の発見をしたんだよ。まだ生きているということはつまり、彼らは相も変わらず未だに皮を剝がれているということさ」
その言い方がいやに現実的で、何故だか皮を剥ぐ妄想をしてしまい気分が悪くなってくる。と同時にそんな残酷なことをする餃子漁師たちにも嫌悪感が湧く。
「……こんな背景を知ってしまったら、君も正気ではいられなくなってしまうだろう。だけどね、ここまで食文化に根付いてしまったものは仕方がない。君だって餃子は好きだろう」
「当たり前です。僕の祖父は冷凍餃子の発明者なのですよ」とは言ったが、こんな残酷な行為に加担していた祖父へ不快感を覚える。
彼は一拍置いてから続ける。
「実は僕も好きなんだ」と隠し事を追及されたかの如く視線を逸らす。
「ここまで君に力説しておきながら、あんなに美味しいものを食べないわけにはいかない。それにだ、」
彼は目を伏せる。
「重大なことに、僕は焼き餃子が好きなんだよ」
「別に大したことじゃないでしょう。餃子はみんな焼いて食べるものです」
「ところがどっこい、君ね、中国では水餃子が一般的だと言う。なぜ中国では水餃子が主になったのか。古の時代に餃子の悲鳴を聞いてしまった彼らが、せめてもの贖罪にと塩水で餃子を茹で始めたからなんだ。食べられる寸前くらいせめて故郷の海を感じさせてあげようとね」
また「キャッキャッキャー」と響く。
「だが日本にそれは伝わらず、焼き餃子が主流となった。僕は餃子を食べるべきではないのかもしれない、ただどうしても焼き餃子を愛している。だけど焼き餃子は餃子への冒涜だ、だからね、君」
彼の涙目が僕を捉える。
「公式に餃子が絶滅したとされている三月の一八日には水餃子を食べねばならないよ。これが餃子に対する礼節だ。いいかい」
「……それで彼らは弔われますか」
「あぁ……ところで君、具合でも悪いかい。顔が青白いよ」
キャッキャッキャー。
いえ。お腹がすいただけです、と誤魔化す。
「そうかい。だったら餃子でも食べると良い。畢竟背徳感のある食べ物が一番美味い」
彼はそう言うと、「一人にしてくれ」と僕を部屋から追い出した。
相変わらず声は響く。
キャッキャッキャー。
キャッキャッキャー。
それからというもの、聞かれることのなかった餃子の声を外に漏らしてやろうと、餃子を割ってから食べるのである。




