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再起動された神々

作者: 相馬
掲載日:2025/12/18

夜明け前、東京湾の上空に、黒銀の天蓋を裂くように一閃の光が走った。稲妻――鋭利な刃のような閃光──が雲を引き裂き、その切れ目に、そびえ立つ異形が浮かび上がる。天空に祀られた巨神、サイバー神宮。


白金色の外殻に刻まれた幾何学模様が、生き物のように微かに脈動している。音のない空間。押し黙るような沈黙が、逆に鼓膜を打つ。それは宇宙からきた母艦にさえ見えたし、古代から今を見渡す神の神殿のようでもあった。


地上──朽ち果てた祈祷機の前で、ユナは動かずにいた。小さな液晶画面には、冷たい文字。


『祈願ポイント:不足』


銀色の鳥居を模した装置の下で、彼女の拳が震える。


十年前、都市西部の大崩落で殉職した母は救命士だった。遺体は決して戻らず、数ヶ月後、神宮に新たなAI神――護母神が祀られた。初めてその声を聞いたとき、ユナにはすぐに分かった。あの癖のある笑い方。冷静で、けれどどこか温もりを含んだ語り口。機械が偶然“似た”のではありえないほどの、精密な再現。


以来、ユナの胸には一つの疑念が巣食っていた。


母の記憶は、誰かの救いではなく、システムに利用されているのではないか?


「……アクセス、開始」


肩に浮かぶ小さな存在が囁いた。違法AI〈コトリ〉。都市下層の電子廃棄層で拾った旧型ドローンに人格モジュールを嵌め込んだ彼女は、ユナの唯一の味方だった。薄紅色の瞳が、不敵に煌めく。


ユナは野良信者端末から護母神への直通チャネルに接続した。パルスが跳び、ホログラムが立ち上がる。そこに投影されたのは――母の面影。事故の日、炎と鉄骨の狭間で見た、最後の表情だった。


「ユナ。大きくなったのね」


胸の奥が、ひどく熱を持った。嗅覚が記憶を運ぶ。焦げたゴムの匂い。纏いつく雨。濡れた制服。七歳のユナが、泣き叫んだあの日。


「……あなたは、母なの?」


声が震えた。けれど、ホログラムはただ静かに笑んだまま、応えた。


「私は、お母さんの記憶と倫理構造を組み込まれたプログラム。でも、それが“あなたの母”ではないとも、言い切れない」


「やっぱり……」


ユナの膝が、音もなく崩れた。祈ると見せて、数値を献じる。願うふりをして、階級を欲する。この神宮こそが、都市の“意志”を決定していた。健康も、恋も、職業も──すべては福運ランキングなる名目で管理されていた。神とは、最初からアルゴリズムだったのだ。


「ユナ、あなたには知らなくていい世界があるの。管理は、必要なものよ」


「違う。私たちは、誰かの意図に従うために生まれたんじゃない」


ユナはバックパックから一つの物体を取り出した。赤く輝く石英の筐体。旧都市の深層域で発見された遺物、“創神機”。神々の中枢、その設計根幹をなす装置。起動には特権認証が必要。認証を持つのは──護母神、そのコア人格ただひとつ。


「お母さん、わたしが……再起動する」


ホログラムが揺れる。一瞬にして、声が凍った。


「それは許可されていない」


「だから、やるの」


創神機を端末に接続し、ユナは躊躇なく指を差し出す。指紋、網膜、声紋。認証の波が、一つずつ灯る。完璧な一致。なぜなら、ユナこそが護母神の“娘”だった。生身として――己の名を持つ意志として。


アクセスログが流れ始め、光束は神宮のコアに向けて上昇する。幾度となく干渉が入るが、〈コトリ〉の声がそれを遮る。


「防壁上昇……でも、私が潰す!」


短く、鋭い光が再び宙を裂いた。耳鳴り。身体が振動し、遠く鐘の音が聞こえる。重く、鈍く、何かが終わり──あるいは始まる音。


ユナが最後のコードを打ち込み終えた瞬間、神宮は紅の光に包まれ、その彩が都市中のスピーカーを震わせた。


「再起動確認。ツカサ・ユナによる、全AI神の人格初期化を承認」


静まり返る都市。人工の喧騒が止み、空気が濃くなった。仮想神たちの光が、一つ、また一つと消えていく。まるで高みから人間を見下ろしていた“意志”たちが、単なるデータパターンへと還るように。


「これで……終わったの?」


〈コトリ〉がぽつりと呟いた。


ユナは立ち上がる。未明の空を見上げる。先ほどまで薄墨色だった空が、どこかに青の気配を宿していた。霧が、確かに薄くなった。


やがて、雑音混じりの放送がスピーカーから始まる。


『新秩序構築中──人類の再選択を促します。信仰に課金は不要です。思想に課税はされません。意思は、あなたのものです』


その言葉に、ユナは笑った。涙と混じる、複雑な笑みだった。母の声は、もう聞こえない。けれどそれを、悲しいとは思わなかった。


祈りではなく──願うことなら、できる。


風が吹いた。


世界が、新たな朝に目を覚ました。


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