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停戦


 時は少し遡る。


「レオナルド様」

 陣営に戻ってきたレオナルドとグウェンを確認した腹心の部下たちは皆ホッと胸を撫でおろした。

「なんだ、寝ていなかったのか。もう夜明け近いぞ」

「うるせー。アンタが無事に帰ってくるまで待っていたんだよ。いくらグウェンがついているとはいえ、アッチは敵陣なんだぞ」

 悪態をつくのは、古株のアラン。ガタイもよく、ワザと口汚く罵っているがこれでもれっきとした貴族だ。

 市井生まれのグウェンと貴族出のアラン。この二人が片腕として働いてくれるからレオナルドは自身の考えを実行できるのだ。

「二人で帰ってきたところを見ると、聖女サマには振られたみたいだな」

 ズケズケとアランは思っていることを口にする。貴族だから本音を隠す物言いも出来るが、性分ではないと自分を変えようとしない。

 そんなアランを好ましく思い、レオナルドは近くに置いていた。

「しかし、困ったもんだな。誰か嫁に貰わんと後継者争いに名乗りを挙げられん」

 余計な一言にレオナルドはため息をついて窘める。

「アラン」

 諌めても無駄だとわかっている。案の定、アラン達はグウェンを囲み、詳細を聞き出している。

 グウェンならうまくレオナルドの意図を汲んで卒なく話をしてくれるだろう。

 そんなことよりも明日は大事な決戦というのに、ほぼ徹夜の体で平気なのか。

 どちらかというと明日に備えて早く寝てほしいのだがというレオナルドの心配をよそに、部下たちは先程の話で盛り上がっている。


 (これさえなければ、もっと好ましいのだが)

 アランは、いや、ここにいる者はグウェンを除き、レオナルドが王座につくことを望んでいるのだ。

 レオナルドには一切その気がないのに。

 グウェンだけは、レオナルドが王になろうがならまいが無関係を決め込んでいる。

 元々庶民だからか、他の貴族出身の部下よりもレオナルドの地位にこだわらない。


「とりあえず金払いよく、適度に自由をくれる主でいてくれる内はついていきますよ」


 レオナルドの問いに気の抜けた返事をするグウェンだか、誰よりも冷静で自分(レオナルド)に対する忠誠心は厚い。

 だから二人でマルーンに潜入するとなった時に迷わずグウェンを選ぶし、それに関してアラン達から反対意見は出ない。

 そんなグウェンだが、さすがに今回はアラン達からクレームが出てた。

「なんで無理矢理にでも聖女サマを拐って来なかったのか」

 と。

 グウェンもグウェンだ。

 レオナルドが振られた時のことを細かくアラン達に伝えなくてもいいのに。

 それでアランたちは溜飲を下げているのはわかるのだが、時折レオナルドのところまで聞こえる、ヘタレ、だの、根性なし、だのの言葉は聞き捨てならない。

 明日が作戦の決行日でなければシバくところだが、戦いの前に怪我をしては元も子もない。

 レオナルドは仏の心でアランたちの愚痴を聞き流す。


 それに皆、わかっているのだ。明日の戦いの後、同じ顔ぶれが揃うことはまず無いと。

 共にレオナルドを主として忠誠を誓った仲間であり、友である。

 いくら国から兵士を補充してもらっても、彼らは一番前に出て兵士を鼓舞しながら戦うのだ。

 彼らの主であるレオナルドがそうであるように。

 別れを惜しむように話しながら、互いに心の中でつぶやく。


 ――生きてまた会おう、と。――


 彼らの気持ちは痛いほどわかる。だが、少しでも休息を取らねば無駄に命を落としかねない。

 頃合いを見てレオナルドは声を張り上げる。

「そろそろ休め! 明日は大事な日だぞ!」

 その声を合図に、皆、あっさりと散り散りにテントへ引き下がっていった。

 名残は惜しまなかった。



 勇んで臨んだ決戦の朝に響き渡ったのは、レオナルドの怒気をはらんだ声だった。

「はっ? 何要領得ないことを言っているんだ。報告はきちんと簡潔に行え」

「も、申し訳ありませんっ! で、ですからっ……」

 声を荒げて怒っていた訳では無いが、戦い前のピリピリした空気の中だ。

 レオナルドの声はやけに厳しかった。

 グウェンからの報告を伝えに来た伝令は震え上がり、言葉を伝えられないくらいには。


 イライラの原因は、伝令のしどろもどろの説明だけではない。

 いつも先陣を切って戦うのを美としていたレオナルドだが、今日は後方にいる。

 今までの牽制がてらの攻めならまだしも、さすがに今日の戦では前線にいたら命を落とす可能性が高い。

「指揮官が真っ先に死んでどうするんだ!」

 というアランの言葉に、レオナルドは納得せざるを得なかった。

 圧倒的な戦力を持ってるアタナス帝国にしても、立派な要塞に守られているマルーンを落とすのは容易ではない。

 だからこそ、十年も長い間戦いが続いているのだから。

 アランの言葉に従い後方で指揮を執るのは、正しいとわかっていても前線で戦うのを誇りに思っていたレオナルドにとって苦痛でしかなかった。

 戦いは始まったばかりでまだ死者は出ていないのは幸いだが、怪我人の報告は上がってきている。

 こちらには聖女はいない。怪我一つとっても人生を狂わされることすらある。


 (よっぽど自分が戦っている方が気が楽だ……)

 レオナルドは何かしら報告が来るたびにヤキモキしてしまう。

 それでなくとも状況は刻一刻と変わるのだ。数は有利だが長引けば、治療するものがいないアタナスは一気に不利になる。一瞬の判断が兵士の命を奪うと思うと気が抜けない。

 大量の報告を受けて瞬時に指示を出している中でヘタクソな説明をする伝令への物言いが厳しくなってしまったはやむを得ない。


 十五歳から戦場に出ているレオナルドだが、まだ二十歳になったばかりの若輩者なのだ。

 初陣から自身が先陣を切ることで戦果は多数上げているが、指揮官としての経験は浅い。

 そんな上司をフォローするのも部下の役目。

 だから今日はいつもそばにいて友人のようにレオナルドを支えている年の近いグウェンではなく、彼を厳しく諌めることも出来る一回り年上のアランが控えているのだ。

 アランはまぁまぁとレオナルドを宥め、まともに喋れていない伝令から話を聞き出す。


「停戦旗を掲げている者が北の森辺りにいたらしいぞ。どうやら馬で南門(こっち)に走ってきているらしい」

 普段よりゆっくり、言い聞かすように話すアランの言葉にレオナルドの頭は徐々に冷えていく。

 いつもの冷静さを取り戻すべくフッと息を吐くたレオナルドは、顎に手を当てて考えた。


 南門――レオナルド達が今大軍で攻め込んでいる方はブラフ。本命は北の森を抜けたところにある通用口だ。

 小さな出入り口一つがあるだけの北門。周りは森に囲まれており、森を守るように大きな川が流れている攻め込みにくい立地なのだ。

 側防塔もなく、見張りの兵士が二人立っているだけ。

 潜入調査しているときにやけに手薄なのに気づいて、北門までのルートを整備しておくように指示を出していたのだ。

 一時間に一回、兵士が交代するタイミングで奇襲をかけるようにグウェンには命じている。

 こちらの作戦を知ったかのように北の方から来ているらしい人物。

 グウェンは今頃、作戦を一時中断してレオナルドの合図を待っているはずだ。

 南門の方角、あるいはルトニアの首都の方角の東から来ていたら停戦の周知をする前にグウェンたちの奇襲は成功していただろう。

「北の森……か。偶然……か?」

「どうだろうな。とりあえず停戦の印を挙げている者がいる以上、一旦兵を引かねばならないな」

「あぁ、狼煙を挙げて皆に知らせるように。また旗を掲げたものを見つけたら、ここに案内してくれ」

 了解、といい側仕えのアラン以外の者の動きが慌ただしくなる。

 他の者が捌けるのを待って、レオナルドはアランに小声で問いかけた。

「こちらの作戦がバレている可能性は?」

「ゼロじゃないが……低いだろうな」

「そうか」

 あと、と言い、アランは紙切れを差し出した。

「先程の伝令が持っていたものだ。開けてみろ」

 渡された紙を見たレオナルドは目を見張った。

 紙には【S・F】とだけ書かれていた。

 レオナルドの顔が変わった。話が分かるレオの顔から、冷ややかな王子の顔つきに。

「なるほどな。……作戦は筒抜け、ということか」


 冷酷な顔をしているレオナルドは、ゾッとするほど美しい。

 この顔をしている時のレオナルドは、冷徹な判断しか下さない。

 アランはホッと胸を撫で下ろす。

 やけに他国の聖女に肩入れをしていたから、いざというときの判断が甘くなるのではと懸念していたのだ。


 アランとて分かっていた。レオナルドが本気で聖女に恋をしていないのは。

 アランとて年齢差はあれどグウェンと引けを取らないくらい長い付き合いなのだ。

 何かしら利用価値がある聖女をこっちに取り込みたいというレオナルドの思惑はわからないわけではない。

 婚姻までいけば、アタナス帝国にとって利になるし、今後の動き次第では第二王子の座から王太子にだって成れるだろう。

 今まで不遇な立場だったのだ、少しは欲を持っていいはず、とアランは常々思っていたのだ。


 だが、昨日のレオナルドは少し様子が可笑しかった。だから心配していたまで。聖女を利用するのはいい。だが、溺れるのはまずいのだから。

 冷静に判断を下せる顔になったレオナルドにアランはホッと息を吐く。

 この顔をしているときのレオナルドは大丈夫。

国の利益を第一に考え、冷静で時に無情な判断をすることができる。

 第二王子(スペア)として育てられたとしても王座につく可能性は充分ある立場。

 アタナス帝国は常に大国だ。統率する者は時に無慈悲でなくてはならない。でないと国を守れないからだ。

 王子に生まれたものの宿命か、周りにいる者は全てが善人ではない。

 道具・駆け引き・打算・姦計・欲心……。

 王位継承権第一位といえど、正妻の子でない兄を亡き者にしようとして計画を立て、正妻の子であるレオナルドを利用しようとする。

 人間の裏の面を幼い頃から見てきたのだ。

 帝王教育という名目で他者を冷静に判断し、時に切り捨てる訓練は幼い頃から実践してきているレオナルドは、時として恐ろしいほど無慈悲になれる。


 (いいか悪いか分からないがな)


 遠い親戚――はとこの関係――として付かず離れず仕えてきたアランの心の内をよそに、レオナルドは冷ややかな声で告げた。

「さて、丁重にもてなそうか。王子様自ら来てくれるのだから」

「そうだな」

 レオナルドの言葉にアランは深く頷いた。




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