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レオの体質


「明日……」

 一旦言葉を切ったエレナは、口を固く閉じた。


(普通なら間に合わないけれど、【彼】ですからね)


 レオナルドに攻め入ると言われたエレナの頭によぎったのは、その一点だった。

 首都のヒースまでは馬で四日。【彼】に手紙を出したのは一週間前だ。

 受け取ってすぐ出発をしていてもあと一日足りない。


 ――普通なら。――


 レオナルドに指摘された通り、投入できる戦力はもう殆ど残っていない。

 傭兵として潜入していた彼だ。いくら強固な城壁を構えているマルーンの攻略方法など、とっくに思いついているはずだ。

 【彼】が援軍を連れて来なければ、マルーンの人間は明日皆命を落とすだろう。


 それが分かっているからレオナルドはエレナを連れて帰ろうとしていたのだ。

 彼の目は本気だった。

 エレナの力を欲しいといい、その一方で明日攻め込むと言ったレオナルドの言葉に嘘の要素は混じっていなかった。


 死に対して恐怖がないわけではない。

 エレナとて、無駄に命を落とすのは本意ではない。だがここにいる以上、死はいつでも隣にいたし、何よりエレナは確信をしていたのだ。


 【彼】は間に合う、と。


 あくまで勘でしかない。けれど【彼】はきっと来るはず。

 そうでなければ、わざわざ大教会を裏切ってまで【彼】に付いた意味がない。


 正攻法でないやり方は【彼】の十八番だ。


 真っ直ぐぶつかってくるレオナルドとは真逆。だけど、まともな方法ではルトニアには未来がない。

だから【彼】に賭けたのだ。


 レオナルドのような人間は嫌いではないし、ルトニア国に愛着があるわけではないけれど。


 (私の居場所は、ルトニア(ここ)にしかありませんから)


 他国では聖女は確認されていない。

 何故かは明確にわかっていないが、神話の頃の話では月の神・ルナウスが気まぐれに一握りのルトニア人女性にだけ授けたと言い伝えられている。

 だから、ルトニアの地を離れるとルナウスの加護が無くなり力を使えなくなるのだ。

 このことは、ルトニアでも一部の人間しか知らない。


 そう、レオナルドは知らなかったから。

 アタナス帝国でも聖女の力が使えると思ってエレナを勧誘したのだ。


 ()()()が必要。


 そう言われたので我に返ったが、一瞬勘違いしてしまうくらいの熱っぽい視線だった。

 ルナウスの化身を彷彿とさせる美しい姿であんな視線を向けられると――好意があるかないかは別として――クラっとときめいてしまう。

 だからレオナルド()が欲しいのは自身(エレナ)ではなく、聖女(エレナ)と告げてくれてホっとしたのだ。


 結局、エレナには【彼】を裏切ることもルトニア()を捨てることも出来ないのだから。



「レオが完治していて良かった」

 今の言葉は、自身が治療した患者に向けた気持ち。


 あれ程の怪我を負ったのに、それを感じさせない動き。

 敵だとしても治療した者が無事な姿を見せてくれるのは喜ばしいことだ。


 それ以上の感情は、ない。

 ないはずだ。




「あら……?」


 レオナルドのことを考えていたエレナは、ある違和感に気づいた。

 (レオは少し前に退院したんじゃなかったかしら……?)

 疑問は、疑念となってエレナの足を早めた。

 病院に着くなり診察室に向かって彼の治療記録を探したエレナは、やっぱりと呟いた。


「ユーク先生、この患者のこと、覚えていますか?」

 サラサラと書類をしたためている同僚の老医師に問いかける。

 エレナからカルテを見せられたユークはほうほう、と頷くと「覚えておるよ」と答えた。

「彼、退院の際は杖なしで……自分の足で歩いていましたか?」

 エレナは重症患者をメインに扱っているから、レオの治療には初回しか関わっていない。

 だから経過は把握していなかったけれど、もし、このカルテの通りならあまりにも……。

 ユークはその一言でエレナの言わんとしていることを察する。

「そうじゃ。ついでに他のところも完治しておったよ。内臓の損傷も含めて」

「……そうですか」


 エレナは顎に手を当てて考える。

 レオという傭兵の最後の治療記録は、三ヶ月ほど前。そしてここに滞在していたのは、たった一ヶ月。

 内臓がもげ、アバラも足も折れていたのだ。いくらエレナが治療を施したとしても、すべて完璧に治したわけではない。

 聖女の力はエレナの体力と本人の精神力に依る。重症者皆を全快まで治療していたら次々運ばれる兵士たちを治しきれないし、治療を受ける側の細胞にも良くも悪くも影響を及ぼす。

 だからエレナは命を失わない最低限の治療しか施していない。

 レオは重症だった。ここに生きて運ばれて来たのが奇跡と思えるほどの大怪我だった。

 エレナの予測では、ベッドから起き上がれるようになるのに一ヶ月。完治までは三ヶ月はかかるはずだ。

だが、記録を見ると、レオは一ヶ月で完治していたのだ。

 ユークに問いただしたのは、記載ミスだと思ったからだ。


 (ユーク様がそんなミスをするはずないのに)


 だとすれば……。


「聖女の力が強く作用している……?」

「一度、調べてみる価値がありそうだのう。再び彼と会うことがあるなら、だが」

 エレナと同じことをユークも思い浮かんでいたらしい。

 彼の言葉にエレナは頷いた。


 聖女の力が人体にどのような影響を及ぼすのか全ては解明されていない。

 ただ、聖女の力は細胞に直接作用しているのは事実だ。。


 純粋に聖女の力の影響なのか。

 それとも聖女の力を受けて細胞が活性化したことによるものなのか。

 はたまたレオナルドの持って生まれた体質なのか。

 過去にもレオナルドのように治療効果が出やすい人間の記録はあるが、それは精々骨折程度。

 彼のようにひどい内臓損傷を受けたものの記録はない。

 エレナのように力の強い聖女が戦いの前線に派遣された例はないからだ。

 仮にレオナルドの体を調べることが出来たなら。

 聖女の力がどのように細胞に作用しているかの分析は一気に進むだろう。


 しかし、問題が一つ。

「会えるでしょうか?」

 再び彼と(まみ)えることはできるのか。

 明日、ここに攻め込むと宣言している敵国の王子と。お互い生きて会う日など来るのか。

「そうじゃな……」

 ユークは手を止めてしばし思案すると、きっぱりと断言する。

「会えるでしょうな、必ず。彼と貴方は不思議な縁で結ばれているようじゃ」

「……」

 先程のレオナルドの言葉を聞いていたかのようなユークの言葉にドキリとする。

 (私が裏切る……と思っている?)

 裏で【彼】と繋がっていることは、ここにいる誰も知らないはず。


 マルーンからの要請と王命により、自分の身を犠牲にして来た聖女。


 そう演じることが【彼】から与えられた役割なのに。


 だが、ユークの言葉には他意は無さそうだ。

 ホッと息を吐いたエレナは、改めてユークの言葉を反芻する。

 彼には珍しく、断言した言葉であった。

 戦場に長く身をおいているユークは不幸な事例を沢山見てきている。

 どんな事柄でも、万が一がある。そう言って苦しそうに笑うのがこの老医師の常だった。

 そんな彼が言い切る物言いをするのは、エレナがマルーンに派遣されてからは一度も聞いたことがない。

 そのことに驚いている様子のエレナにユークは苦笑する。

「たまには儂も確信めいたことを言わんとな。まぁ、老いぼれの勘ですので笑って聞き流してくだされ」

 いつも通りのユークの茶化した口調にエレナの顔がほころぶ。

「さて、そろそろ休むとしようか。明日も忙しい日になるじゃろうし」

 一つ伸びをしてすっくと立ち上がったユークに続き、エレナも診察室を後にしたのだった。

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