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嵐の前の静けさ


 エレナは答えない。答えられない。

 レオナルドの本意がどこにあるのか、測りかねている。

 ただ、戦況はレオナルドの言う通りである。


 ――表面上は。――


 そのことを知っているのは【彼】に選ばれた人間だけ。


 ぱっと見、ルトニア国には戦いを続ける力はない。

 兵士は負け戦とわかっているから日に日に指揮は下がっている。

 求心力のある指揮官も、もうマルーンにはいない。

 脱走した兵士も多い中、残っている者はどこにも行き場がない者がほとんどで、エレナのように死んでもここを守り切る、という気概を持っている者は一握りだ。

 エレナとて【彼】の命でなければとっくに逃げ出していたかもしれない。


 (いや、どうだろう。……ここがマルーンじゃなければとっくに逃げ出していたかもしれないけれど)

 エレナにとってマルーン(ここ)は特別思い入れがあるのだ。

 【彼】もそれを知った上でエレナをここに来させたのだろうが。

 内心動揺していたエレナだが、レオナルドには感づかれなったようだ。

 彼はエレナを見つめたまま、話を続けた。

「攻め込んだ後は、容赦はしない。仮にも俺は王子だ。アタナス帝国の名を背負って兵を率いる以上、手加減するわけにはいかない」

 レオナルドの言葉にエレナは頷いた。彼の立場ではそうだろう。彼は王子という立場でありながら、戦場では最前線で戦うのだ。彼がいるだけでアタナス兵の士気に繋がり、戦果もあがる。

 指揮官が逃げ出したルトニアとは正反対なのだ。


 共に来てくれ、というレオナルドの言葉を素直に受け止めたらいいのか、それとも裏があるのか。

 しかし、エレナは決めていた。仕える主は一人だけと。

 どちらにせよ、返事は決まっている。


「お断りいたします」


 エレナはレオナルドを真っ直ぐ見返す。


「私はルトニア国の人間です。あなたに守る兵士たちがいるように私もマルーンの負傷兵たちを任されています。任務を全うし、命を落とすのであれば本望です」

 エレナは強い眼差しをレオナルドに向ける。言葉にできない気持ちもあったが、それは心の内に秘めておく。


 レオナルドはその視線を淡々と受け止めた。そして静かに問いただす。

「犬死にとわかっていても、か?」

「ええ」

「……そうか」

 レオナルドは苦笑する。


 答えは予想していた。彼女ならきっと断るだろうと。


 それだけですか、と言ったエレナはスッと立ち上がった。

「再び生きてお会いできればいいですね」

 彼女はそれだけを言い、踵を返した。



 レオナルドは彼女の姿を充分に見送ってから、小さく声をかける。

「いるか」

 後ろで影が動く。レオナルドは後ろを振り向かずに言葉を続けた。

「引き続きエレナを監視するように。だが、監視以外の手出しは無用だ」

「はっ」

 短い応え。そのまま影に溶け込むかと思ったレオナルドの護衛のグウェンは、何か言いたげにその場に留まった。

「なんだ?」

 きっとレオナルドにとっては喜ばしい話ではないだろう。だが、止めても無駄なのもレオナルドは知っている。仕方なくグウェンに続きを促す。

「恐れながら……」

 そこまでいうとグウェンは吹き出した。

「「惚れたから一緒に来てくれ」って言わなくて良かったんすかー?」

 茶化すな、というようにレオナルドが顔をしかめる。

 クククッと声を押し殺して笑うグウェンをレオナルドはひと睨みしてみるが、そんな視線など全く気にかける様子はない。

「予想通り、だ」

 確かに想定の範囲だ。

 だからレオナルドの言葉が少しだけ残念そうに聞こえるのは、きっとグウェンの気のせいだ。

 たとえ、小さく舌打ちの音が聞こえたとしても。


「さて、どうしますかね」

「……どうもしない。予定通り決行するまでだ」

 言葉に少しだけ悔しさが滲んでいるレオナルドの言い方に、グウェンは昨日のことを思い出していた。



 昨夜、急にレオナルドが腹心の部下を集めたのだ。

 グウェンと二人でもう一度マルーンに潜入すると言って。

 馬鹿なことを言うな、と静止するグウェン(部下)たちに、レオナルドはこう言い放ったのだ。


 ――妻に娶りたい女性(ひと)がいる。――

 と。


 ここにいるのは、王子としてのレオナルドではなく、彼自身に忠誠を誓った腹心の部下しかいない。

 レオナルドの言葉を聞いた部下たちは湧き上がったのだ。

 グウェンを除いて。グウェンだけは、そう言ったレオナルドの目の奥が冷めているのを見逃さなかった。

 瞬時にレオナルドの意図を把握し、一人嘆息する。


 レオナルドが妻に、といえば部下たちは全力で彼女を守るからだ。たとえ敵国の人間であろうとも。

 何故なら次の王座を狙うには、レオナルドの婚姻は絶対条件だからだ。

 次期国王に第二王子を、というのはレオナルドに心酔して戦場までついてきている部下たちの総意と言っていい。

 レオナルドにその気がないのは重々承知をしている。それでもここにいる者は全員、第一王子よりも第二王子(レオナルド)の方が次期アタナス帝国を率いるに相応しいと思っているのだ。

 そして、次期国王の座を狙うためには結婚し後継ぎを作っておく必要がある。

 今まで言い寄ってくる令嬢たちが沢山いたのにも関わらず、レオナルドは軽くあしらってきたのだ。


 ――第一王子()の方が後継ぎに相応しい、俺は一線で父や兄の手足となって働くまで。だから部下は得ても嫁はいらぬ――と言って。


 そのレオナルドから出た結婚宣言。

 相手はルトニア国の、それも一、二を争うほどの力の持ち主と名高い聖女エレナ。

 彼女だったら、次期国王の妻として申し分ない。


 だが、グウェンは内心首を捻っていた。

 (表面上の言葉だけですんなりとよろめくいくエレナ()じゃなさそうですけどね)


 歓喜の声を上げる仲間たちの前では口に出しては言わなかったが、グウェンはレオナルドの命で直近までエレナを見張っていたのだ。

 確かに彼女は「聖女」だ。不思議な力を使えるし、献身的に奉仕をしている。

 日々戦況が悪くなるマルーンから逃げ出さず、笑顔を絶やさず、少ない物資を人々に分け与え、自分は清貧であろうとする。

 それがマルーンに残った人々にとってどれだけ救われているか。


 マルーンに潜入していたグウェンは理解していた。そして、完璧に「聖女」であろうとするエレナの真意を計りかねてもいた。

 時折エレナ宛に届く「S・F」という人物からの手紙。

 確証は持てていない。だが、レオナルドとグウェンは相手が誰なのか予想をつけていた。

 一週間前にエレナがS・Fに出した手紙。

 レオナルドたちの推測が正しければ、明後日には手紙を受け取ったS・Fが援軍を引き連れてやってくるだろう。

 マルーンを陥落()とすには、明日が最後のチャンスだ。

 だからレオナルドたちは危険を承知の上で再びマルーンに忍び込んだのだ。




 ふと空気が動く気配がする。


(引っかかったな)


「行くか、グウェンダル」

 グウェンのことを正式名で呼んでくるレオナルド。彼も気づいたようだ、二人を見張っている人物に。

 幸いにも攻撃してくるつもりはないようだ。

 だが、こちらが存在に気づいていることは悟られてはいけない。

 さりげなくレオナルドを護衛しながら、グウェンは軽口を叩く。

「いやー、危険を犯して侵入して。ここまでお膳立てしたのに、キッパリ断られているやないですか」

 言葉の中に本音を少々トッピングしたグウェンにレオナルドはドスの効いた声で返す。

「……うるさい」

 クククッと笑いながらもグウェンは辺りの警戒し続ける。

 小さい頃からのお目付け役の一人であるグウェンは、レオナルドに遠慮がないが器用で卒がない。

 つまりかなり有能な、レオナルドの右腕なのだ。

「あの言い方だったら、彼女自身じゃなくて彼女の能力しか興味ないように聞こえますって。女の口説き方、教えましょうか?」


 この余計なお節介がなければもっと重宝できるのだが。

 本人曰く、王子として常に気を張っているレオナルドをリラックスさせるためにわざとやっているらしいが、今は逆効果にしかなっていない。

「……いい」

 どっと疲れが押し寄せる。レオナルドはあからさまなため息をつくと、グウェンをシッシとあしらう。

「へいへい」

 軽い調子で答えながらグウェンはレオナルドに急ぐように促す。

 レオナルドは黙って頷くと足を早めた。


 戦略に有利になるために口だけで放った言葉なのに、胸に名残惜しい気持ちがよぎるのは気の所為と言い聞かせて。







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