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身分を明かして


「いつ気付いたんだ?」

 我に返ったレオナルドは、先程の狼狽を取り繕うことなく自然体で問いかける。

 エレナは心の内を隠し、毅然とした態度を彼に向けた。

 彼の話術に飲まれないように。

「確信したのは先程です」

「そうか。しらばっくれたら良かったのかな」

 笑いかけるレオナルドにエレナは答えた。

「下手な演技はお辞めください。わざわざ眼帯を外して来られたところを見ると、私に気付かれる前提で来られたのでしょう?」

 レオナルドの瞳は、右目は燃えるような赤、左目はヘーゼルのオッドアイだ。

 銀髪にオッドアイ。一つだけならまだしも、二つの特徴を兼ね揃えている者はレオナルド王子しかいない。


「バレたか?」

 ニカっと笑うレオナルド。王子のクセに彼はしばしば市井の民と同じような表情を見せる。

 上流階級お得意の作った顔ではなく、心の内を素直に出してくる自然体の笑顔に、ついエレナの顔も緩みかける。

 慌てて顔を引き締めるエレナに、レオナルドは両手を上げて敵意がないことを表した。

「何もしない……今は。君に礼を言いたかったんだ。お陰で命拾いした。感謝している」

「それを言うためだけに敵の陣地に忍び込んだのではありませんよね?」

 エレナは固い表情で質問する。いくらルトニア国が、このマルーンの町が明日にでもアタナス帝国に陥落されそうだとしても、危険を冒して敵国に侵入する理由としては弱い。

 礼なら人を介してではあるが、彼が全快し病院を去るときに受けている。

 エレナの鋭い視線にレオナルドも真顔になった。

「無論、それだけではない」

 一呼吸置くと、レオナルドはここに来た目的を告げた。


「君が欲しい」




「はっ?」

 エレナから聖女としてはふさわしくない声が出る。


(何言って……?)


 予想外過ぎて頭の中が真っ白だ。

 平然としているレオナルドの顔。こんなときでも美貌は健在だ。それが今は憎たらしい。

 質問の意図を訊ねようとするが、かと言ってなんと切り出せばいいのかわからない。

 黙りこくるエレナにレオナルドは更に爆弾を落とした。


「明日、この町に攻め入る。ここを落とせばルトニア国は負けを認めるだろう。もう戦争は十年も続いている。そろそろ終わらせなければならない」

「……」

 きな臭い動きは空気で感じていた。だが決行が明日なんて早すぎる。

 エレナはゴクリと息を呑み、レオナルドの次の言葉を待った。

 視線で先を促すエレナに頷いたレオナルドは続きを口にする。

「傭兵として潜入していたし、今も部下が身元を隠して調査をしている。この町のことも兵力も把握している。いくら君が治療しても追いつかない程、兵士たちは疲労困憊していることも。もう有力な指揮官はいないことも。王都もすでに援軍を出せる程戦力がいないことも」

「……そうですね。それでも昨日今日でその状態になったのではありません。これまで生かさず殺さずの絶妙な加減で攻め入ってきたのは、レオナルド王子、あなたではないですか?」

 エレナの指摘にレオナルドは静かに笑う。

 エレナの言う通り、レオナルドはのらりくらりと戦況を引き伸ばしてきた。


 アタナス帝国とルトニア国は十年もの長い間戦いを続けてきた。

 戦力では圧倒的に有利なアタナス帝国にずっと挑み続けてきたルトニア。

 国土も人口も劣る彼らが、アタナスに抵抗し続けてこれたのは――堅牢な城壁のおかげもあるが――ひとえに彼らの知識の高さと〈聖女〉の存在であると、レオナルドは推測していた。

 結局十年かけてアタナスが攻略できたのは、町村合わせて数か所でしかない。

 だが、それも終わりが見えてきた。

 手をかえ品をかえ、時には傭兵として潜入し、時間をかけて、やっとマルーン(辺境の要)を陥落させる目処がついたのだ。

 ここを落とせさえすればルトニアの負けは決まったようなもの。

 だから、ルトニア国はマルーンにこれでもか、というくらい戦力を投入していたのだ。

 この地が要だと、アタナスもルトニアも双方が痛いほど理解していた。


 だが、レオナルドはこれ以上高い知識を持ったルトニアの民の命を失うのはあまりにも惜しいと考えていた。

 戦争が始まった当初――今でもだが――強大なアタナス帝国に逆らう国はいなかったのに、ルトニアはそれをやってのけたのだ。

 足りない兵力を戦略でカバーし、新しい武器を開発し、怪我をすれば聖女の不思議な力で治療し。

 十年も長い間戦闘が続くとは、アタナスの誰もが考えてもいなかった。

 大国という驕りがあったアタナスは、ルトニア以上に払った犠牲は大きかったのだ。


 アタナスとて、この戦いの中で多くの戦力も民も失い、人手は足りていない。


 ――これ以上の犠牲を出さぬうちにルトニアに降伏宣言させ、知識と人手、聖女を手に入れよ。――


 一年前、父である王が出した命に従い、レオナルドは絶妙な加減でマルーンを責め立てた。

 傭兵として潜入し、内部からルトニアの戦力を削ると同時に外からも攻め入る。

 一方でアタナス帝国としては最大限の譲歩をして、好条件で和平を――最終的には属国にしていくのだが――申し入れてきたが、彼の国は受け入れることはなかった。

 折れることないルトニア国にさすがに痺れを切らした父王から、完膚無きまで攻め入るようにと、最終警告の命が下ったのだ。


「もう敗戦は見えているのに、頑なに負けを受け入れない。我々は散々時間は与えてきた。我が国としてもこれ以上は待てぬと判断をした」

 レオナルドの本意ではないとしても。王族としてアタナス帝国を背負っている身としては、王の命は絶対だ。

 和平を申し入れる傍らルトニア国が最後まで抵抗することも考慮し、レオナルドは既に何通りもマルーンを陥落するためのシミュレーションをしてきた。

 いつでもマルーンを陥落させる準備はしていたのだ。

 決行日を明日と決めた以上、レオナルドは徹底的に作戦を遂行する。王命に従い、一人も生かすつもりはない。


 だが、彼女(エレナ)は別だった。高レベルの聖女の力。有望な指揮官がいなくなったマルーンが頑なに陥落しないのは、聖女・エレナの存在が大きい。

 彼女を殺せばあっという間に戦争は終わるとわかっていたし、そのチャンスは何度となくあったのにレオナルドは何故か実行することができなかった。

 このあと口にする言葉は、王子として有るまじき行いだとは理解していた。

 痛いほどわかっている。自分勝手な感情だとは。

 それでもレオナルドは「(エレナ)が欲しい」と、その一言を告げるためにエレナに会いに来たのだ。

 わざわざ危険を冒して、再度マルーンに忍び込んだ上、王子ということまでさらけ出して。


「君はここで命を落とす人間ではない。ルトニア以外でも君の力は役に立つ。聖女エレナ、君を我が国が……いや……」

 一旦言葉を切ったレオナルドは、ありのままの気持ちをぶつける。

「国を捨てて俺の元に……来てくれないか?」





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