エピローグ ホレスの手記より
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『大教会司教ホレスの手記より』
エレナが皇女であるということと、アタナス帝国の第二王子レオナルドと婚約が発表されたのは、休戦協定が結ばれてから三ヶ月後のことだった。
復興の兆しが見えてきた両国にとって二つの国を実質的に結ぶことになるこの婚姻は好意的に受け止められた。
特に、信仰が深いルトニア国での熱狂ぶりは半端なく、早くも二人をルナウスと聖女に見立てたグッズが売り出されるほどであった。
諸々の儀式を粛々と終わらせた二人が結婚式を挙げたのはちょうど休戦協定から一年後のことだった。
当初はアタナス帝国に嫁ぐ話もあったのだが、聖女の力はルトニア国でしか使えない。
そのため、ルトニア国へレオナルド王子を婿に迎え入れることで両国が合意したのだ。
レオナルドとエレナの結婚式は、ルトニア国神話をなぞらえたような式であった。
僭越ながら二人の結婚式の取り仕切りをさせて頂いたことは生涯忘れられない出来事である。
私が司教として王族の結婚式を取り扱った唯一のケースだからだ。
二人はしばらく王城の一室に滞在をしていたが、じきに居をかつてファン=マリオン卿が治めていた地に移した。
ファン=マリオン卿は、先王を唆し戦争を長引かせた責により処刑されており、親類縁者もそれぞれ罰を受けていたから、統治するものがいなかったのだ。
古参の貴族からの反発は凄まじいものであったが、セドリック王は聞く耳を持たなかった。
このことで古参貴族中心に内乱が起こったが、レオナルド王子率いるアタナス兵とセドリック王が引き立てたドゥシー伯爵の活躍により、少ない犠牲者で出すだけで終結した。
その功績の裏には、敵味方関係なく治療し続けたエレナを中心とした聖女隊の尽力があったことも合わせて記しておく。
ルトニア国の西の果て――首都から馬で一週間はかかる旧ファン=マリオン卿の領地――今はローレンヌ領に住み始めた二人だったが、伝わってくる話は事欠かなかった。
月神ルナウスの化身と聖女のロマンスに夢を見ている庶民がいる一方で、政略結婚だから表面上の関係だと言う話も絶えず、レオナルドがルトニア国を乗っ取るんだ、という噂も根強く流布していた。
ローレンヌ領が元々鉄の産地であり、アタナス国から多くの鉄加工の技術者が移住していたのも噂の信憑性を高めていたようだ。
だが、二人はそんな噂を気にもかけず、粛々と自身の努めを果たしていた。
そのため、二男三女に恵まれたレオナルド王子とエレナの子どもたちが大きくなる頃には、二人の悪い噂は鳴りを潜めた。
その要因の一つとしてレオナルド王子が、難しいところがあるセドリック王の良き補佐として東奔西走していたということである。
時にそこにエレナも巻き込まれ、二人してセドリック王の駒としてルトニア国中を巡行する姿は、国民――特に庶民から爆発的な人気を得ることになっていた。
国事にかまけて王城からほとんど出てこないセドリックは、元来の皮肉屋な一面と前王を欺いたということで生涯国民からの評判は芳しくなかった。
鉄加工の技術を高め、庶民から取る税負担を軽くし、アタナス帝国との国境沿いにある大河の治水工事を始めとして、国を整備した能力は歴代の王の中ではずば抜けていたというのに。
余談だが彼の功績が正当に評価されたのは、死後のことであった。
生涯妻を娶らなかったセドリック・フィリベール・ルトニアは五十才の若さで崩御した後、遺言通り後を継いだのはレオナルド・フォン=ローレンヌの嫡男であった。
そして、事前にセドリック王が段取りをしていた通り、彼が王座についたと同時にルトニア国はアタナス帝国の属国となり、永久の平和が約束されたのだった。
ルトニア国建国から王座についてきたルトニアの家名は、セドリック王の崩御によりその名を絶やすことになったのだった。
どこまでがセドリック王の計算であったのか、私にはわからない。
だが、彼王と身近に接していた者の一人として考えるに、セドリック王は小国であるルトニア単体ではそのうち成り立たなくなると考えていたように思える。
近年、多くの小国がアタナス帝国や他の大国の植民地にされている現状を見るとセドリック王に先見の明があったと評価せざるを得ない。
ルトニア国民の反感を買わないように、アタナス帝国の王子と皇女と判明したばかりの妹を婚姻させ、自らは目立つ仕事は行わず黙々と王としての采配を振るう姿は、巷で評されている駄王とは真逆の姿勢であった。
そんなセドリック王の計画に賛同して、月神ルナウスと聖女のロマンスを生涯演じきったレオナルドとエレナ。
この三人に共通していたのは、ルトニア国に永遠の平和を。
その一点に尽きるのであった。
ルトニア家の治世は終わり、新たにローレンヌ家による統治が始まった訳だが、若き彼はまたセドリック王とは違う姿を見せてくれると期待している。
(完)
数ある作品の中、拙作をお読み頂きありがとうございました。
また別の作品でお会いできたら嬉しく思います。




