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交差する策略



 朝にマルーンを出たレオナルドたち一行がボーワに着いたのは、昼過ぎ――もう夕暮れの方が近い時間であった。

 駐在している兵士と二言三言話したレオナルドはエレナに向き合った。

「エレナ、案内してくれるか?」

 道中で軽めに昼食を済ませていたから、いつでも動ける。

 同行していたアランとグウェンは駐在兵とのやり取りがあるとのことで、エレナはレオナルドだけ連れて村の中を歩く。


「ここが村長さんの家で、この二軒隣が……」


 当時とはすっかり様変わりした故郷。だが、エレナはそんなことよりレオナルドのことで頭がいっぱいだった。

 正確に言えば、レオナルドを殺害することに思考がいってしまうのだ。

 それでも、かつて暮らしていた家に入る時は懐かしさと共に失ったものを思い出して苦しくなった。


「ここが私の家……でした」

「そうか」

 家の中心にどっしりと構えている柱を撫でるレオナルドに告げた声が震える。気づいているが、彼は知らんぷりをしてくれた。


 任務で来ているのだ。亡くした者を悼むのは一人になってからでいい。

 エレナは込み上げてくるものを押し込めて、そっとレオナルドが触っている柱の近くに立つ。

「実は仕掛けがあるんです」

 エレナは柱の上の方に手を伸ばす。

 かつては古い大木だった柱には多くの節がある。

 その一つの節の横によく見ないと気付かないくらいの小さなくぼみがあるのだ。

 小さい頃は届かなかった場所だが、今のエレナだったら充分届く。

 昔父親がしていた動作を真似して、三回くぼみを押すと、柱の一角がポコっと開いた。


 流石に驚いた様子のレオナルドは、瞬時に中を確認して呟いた。

「……何かあるな」

「あ……えぇ?本当だ」

 相手は王子だということも忘れて、思わず素の声を上げたエレナは布切れで包まれているものを取り出した。

柱の中の隠し扉はさほど大きいものでない。そこに収まるくらいのそれも、片手で収まるくらいの小ささだった。


「何でしょうか?」

「ん……。ここの仕掛けは知っていたか?」

「いえ。存じ上げません」

 レオナルドは護衛の兵士に訊ねる。いつも付き添っているアランとグウェンには別行動を命じている。

 今レオナルドたちに同行しているのは、ボーワを管理している責任者だ。彼が知らないなら他の者も知らないだろう。

 とすれば。


「開けてみよう。君の家族の残したものだろうから」

 レオナルドに促され、エレナは包みを解いた。

 中から表れたのは。

「これは……ブローチ?」

 縦三センチ、横四センチほどの小ぶりなそれはエレナの指摘通りブローチのようだ。

 精巧な細工だがデザインは月神ルナウスの後ろ姿を聖女が見つめている、というルトニア国ではよく見かけるもの。

 ブローチの縁はツルンとしていて余計な装飾は無い。

 台座も太陽を思わせる小さな丸が連なって縁取りをしているシンプルなもの。

 教会で同じデザインでももっと大きくて、美しい装飾を施されたものを見慣れていたエレナの感想は「よく流通しているブローチ」といったところだ。

 それに長年――少なくとも十年以上はここに納められていたからか、布で包まれているといえども表面は埃が目立ち、どことなくくすんで見える。

 ぱっと見、高価な物に見えない。それに、自分の家にそんな高値なものがあるはずがない。

 普段使い出来そうなものなのに、母がこれをつけているのを見たことがなかったし、なぜこんなところにあるのかは、少々不思議に思うがそれだけだ。


 だからレオナルドがこんなに真剣にブローチを見ているのかもエレナはわからなかった。穴が開くように見るものでは決してないのに。

 その態度に逆にエレナは戸惑ってしまう。


「触っていいだろうか」

 ようやく口を開いたレオナルドの言葉に頷くと、包まれていた布ごとそっと手に持っていたブローチを差し出す。

 受け取ったレオナルドは表面を傷つけないように布で軽く汚れを拭う。


 確認はすぐに終わった。


 レオナルドは窓際に近づいてブローチを太陽の光にかざす。

 ただそれだけで納得したようだ。

「もし君の許しがもられるのであれば、数日預かってもいいだろうか?」

 丁重に頼んでくるレオナルドにエレナは戸惑いつつも許可を出す。

「ありがとう」

 礼を言ったレオナルドは、再び布にブローチを丁寧に包み直すと、懐にそっと入れたのだった。




「知らないんだろうな」

「知らないんでしょうね」

 異口同音に答えたのはアランとグウェンだった。


 エレナから預かったブローチ。レオナルドが反応したのは、細工の部分だ。

 ルトニア国で流通しているこのデザインのブローチや装飾品は、ほとんどが直接宝石に絵を彫ってはいない。

 描いた絵を加工した石やそれに類するもので挟み込むという手法が取られているのだ。

 それでも、絵を見せるために石を磨く加工が施されているためそれなりな値段はする。

 庶民に手が届くものとなると、機械で台座に直接判子のように焼き付けて透明な樹脂を塗りツヤを出しているものになる。


 しかし、エレナの実家にあったものは職人が一つ一つ彫っているものであった。

 もう一回り大きなサイズならいざ知らず、このサイズのブローチに細工を施すだけでも高い技術が必要になる。

 ましてや構図は男女二人の全身が描かれているもの。

 更にいうと奥にいる人物が立体的に見えるような細工なのだ。

 ただ平面で描くのにも難しいデザインだから、手彫り出来る職人は限られている。


「これは、アタナス帝国からかつてルトニア国王へ贈呈した品物で間違いなさそうですね」

 グウェンの言葉にレオナルドは頷いた。

「ということはエレナ嬢はルトニア王家の血縁者で確定だな」

 そう言ったのはアランだ。レオナルドは彼の言葉に複雑な表情を浮かべる。

「なんだよ、レオ。その顔は」

「いや……」

「もしかして、エレナ嬢と縁を結べばセドリック王と義兄弟になる。それが嫌なのか?」

 アランの軽口だ。いつもならスマートに返事をするレオナルドだが今日は勝手が違った。

「そういうことでは……いや、それもあるが」

 いつになく歯切れが悪いレオナルドにアランとグウェンは顔を見合わせ首を傾げる。


「なんだよ、引っかかっていることがあるならはっきり言ってみろ」

 義兄弟でもあり年長者のアランが訊ねる。レオナルドのことを雑に扱うことも多々ある彼だが、こういう時の物言いは――長年の付き合いもあった上だが――頼りがいのある口調だ。

 アランの問いかけにレオナルドも心に燻っているものを吐き出すようにポツリと呟いた。


「気持ちが悪いんだ」

「何がだよ」

「セドリック殿の策略通りに駒として動かされている気がして」

 アランはため息をついて同意する。

「まぁな。あの王が何を考えているのか読みきれないところはあるわな。だが……」

 アランは真剣な面持ちでレオナルドに告げた。

「向こうは我々に全て手を明かしているわけではないんだ。油断するな」

「ああ、わかっている」

「本質も見失うなよ。俺たちが今日ここに来た目的を」

レオナルドは頷いた。


 彼らがここに来た目的は、休戦協定を結び多くの兵士が本国に引き上げたボーワにて不審な動きがあると報告を受けたからだ。

 今ボーワを警備している兵士は最低限しかいない。

かつてボーワにも存在したアタナス帝国とルトニア国を行き来できる橋は、戦争が始まった当初に落とされて再建していない。

 アタナス帝国の人手はルトニア国から貰い受けたもう一つの町・ロアンに投入しているのだ。

 ここに唯一残った両国を行き来出来る橋があり、規模もボーワの何十倍もあるためだ。

 そもそもボーワは小さい村だし本来主要な拠点があるような場所でもなかったから、戦争が終わった今重点的に警備が必要ではないのだ。


 本来であれば。


「誰かが侵入した後があったのは、今我々がいる教会とエレナ殿の生家があった場所とのことです」

 到着後から別行動していたグウェンの報告にレオナルドは頷く。

 尤も報告を受ける前から確信はしていた。


 マルーンやロアンならいざ知らず、正直何も無いボーワなど、危険を冒して侵入する価値はないのだ。

 敢えてここに来る理由としたら、エレナのことしか思いつかない。


「レオナルド様の予想通り、いくつか仕掛けを施された形跡がありました。指示通りそのままにしておりますが、良かったでしょうか?」

「ああ、それでいい」

 彼女はここに来る道中も、レオナルドに村を案内している時も、その前――レオナルドがボーワに同行するように頼んだ時から様子がおかしかったのだ。

 何かしら命を下されているのだろう。

 彼女があからさまに取り乱すほどの命を。

 それがセドリックからの勅命かどうかはこの際、重要ではない。

 彼女が今夜起こすであろう行動が、アタナス帝国とルトニア国の関係を決定づけるのだ。


「さて、エレナ嬢はどう出るかな」

「さあ。ま、俺としては受け入れるだけだ。……彼女の決断を」

 アランの言葉に覚悟はとっくに決めているときっぱりと言い切ったレオナルドの顔は、男である二人も思わず見とれてしまう魅力に溢れていた。


「お前……むやみに愛想を振りまくなよ」

 口の悪いアランを普段なら咎めるような視線で見ていることの多いグウェンだったが、今の言葉には全力で頷いたのだった。


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