道中
マルーンから南西に数十キロの距離にあるボーワは、馬で半日ほどの距離だ。
エレナはレオナルドの馬に同乗して懐かしい故郷に向かっていた。
(この道も……)
通る道はかつての面影を残していて、どこも懐かしい。
「休むか?」
周りを見ているエレナを気にかけて後ろから声を掛けるレオナルドに、ゆっくりと首を左右に振った。
立ち止まると懐かしい思い出と同時に悲しいことも思い出してしまう。
あの時、決められていたこととはいえマルーンにいかなければ皆と一緒に逝けたのに、と。
ボーワの唯一の生き残りとして、ルトニア国に尽くし、聖女の力を持って人々の命を救ってきた。
一方で不毛な戦いを終わらせるために育ててくれた教会を裏切り、前王を自らの能力で殺め、そして今度はその力で別の者を屠ろうとしている。
今のエレナを村人が、両親が見たらどう思うのだろう。
よくやった、と褒めてくれるのか。あるいは叱られるのか。
(どちらでもいい……)
もう一度彼らの声を聞けるなら。もう一度抱きしめてくれるなら。
叶わないことだ。頭では理解していたけれど、あの時、帰れなかった七つの頃の自分が浮かび上がって、激しく心を乱してくるのだ。
エレナはレオナルドに気づかれないようにそっと目元を拭ったのだった。
※
もちろん、レオナルドはエレナの様子に気づいていたが、気づかないふりをして馬を走らせる。
付き添う者はアランとグウェンの二人だけ。そして戦争が終わった今、物資運搬の拠点では無くなっているボーワに駐在している兵士は十人にも満たない。
コトを起こすに絶好の機会である。
その証拠に、エレナに張り付いている見張りのロジオも気配を殺しながらついてきている。
彼女を巻き込むことには未だ納得はしていないが、作戦の舞台は整ったのだった。
ボーワで何が起きるのか、酒場の店主のダンヒル経由で受け取ったセドリックからのメッセージで薄々予見はしている。
セドリックからの紙切れに書かれていた書物『ある聖女の記録――自らを牢に閉じ込めて』はその日のうちにアランに用立てて貰っていた。
夜を徹して読んだが、目を皿のようにして隈無く探しても楔のことは一行サラリと書かれているのに過ぎない。
なぜこれをセドリックが勧めたのか。
しばし考えたレオナルドはハッと気づいた。
重要なのは、その手紙と書物名の方だということを。
あとは簡単だった。
敢えて余白の多い手紙。書籍名を2つに割るように書かれた文字。
そしてタイトルに含まれている意味深な「牢」という字。
タネがわかれば結論までは早かった。
軽く手紙を炙って出てきた文字には、セドリックの策略が書かれていた。
「ったく。これを俺にやれって言うのかよ、あの男は」
口では文句を言いつつ、レオナルドの唇の端は楽しそうな笑みを浮かべている。
全く持って突飛なことを考える男だ。使える者は、他国の王子だろうと利用する。
人材不足の国事情もあるだろうが、敢えてレオナルドに自分の作戦をさらけ出すことで信用を得ようとする態度は、アタナス帝国側としても好感触ではある。
ルトニアが一枚岩ではないことはわかっているのだ。
セドリックは新王として前王の考えを踏襲しようと目論んている者たちを一掃するつもりで、アタナス側に援助を求めていた。
新しい時代を作る気概とアタナスへの忠誠心を感じさせる内容に、レオナルドが取る対応はたった一つ。
この作戦に乗っかることだ。
案の定、部下――特にアラン――からは反発が出たが、レオナルドは頑なに譲らなかった。
「エレナ嬢を巻き込んでもいいのか!?」
エレナの危険。それは、彼女を預かっているレオナルドの危険も意味をする。主人を守るために苦言を呈するアランだったが、レオナルドは聞く耳を持たない。それどころか。
「巻き込んでも守り切る自信はあるぞ?それに彼女は傍観者じゃない。当事者だ」
最後のダメ押しの言葉に自信満々に答えるレオナルドに、アランはガックリと肩を落とした。
「やっぱりお前はセドリック王に似てるよ……」
「今だけはその言葉は賛辞だと受け取っておこう」
アランの肩にそっと手を添えたのはグウェンだった。
「諦めましょう」
その言葉でアランはついに諦めたのだった。