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ボーワに向かえ


 ダンヒルの話は簡潔だった。

 エレナがセドリックと異母兄弟だということと、楔のこと。

 その二点を伝えたのみだ。

「あとこれを」

「なんだ?」

 真ん中で二つに折られた紙切れを受け取ったレオナルドは書き記されている文字にサッと目を通す。



 ――楔のことが知りたければこれを閲覧しろ。

 

 ・ある聖女の記録――自らを牢に閉じ込めて

 

 S・F――


 ちょうど折り目のところに書物名が入るように記載されているのが嫌味に写る。

 (本の名前が読みづらいじゃないか)

 口の中でセドリックに小言を言い放ちながら、レオナルドは懐に紙をしまう。

 全てを聞き終えた二人に最後に、とダンヒルは伝えた。

「ボーワ村の教会の三軒隣。そこがエレナ七歳まで母親と養父、弟と暮らした家です。その家をくまなく探してみてください。エレナの母親が当時持ち出した王族の証があるはずです」

「わかった」

 そういうとレオナルドは立ち上がる。必要なことは全て聞いた。ここでの用件は終わった。


 来たときと同じように顔を隠したレオナルドは、サッと入口の方へ踵を返す。と、もう一度ダンヒルの方に向かい合って訊ねた。

「貴殿の話を信じるに値する証拠は?」

 今まで真剣に話を聞いていたレオナルドだ。今更問うのかと、こみ上げる笑いを抑えながらダンヒルは答えた。

「ボーワに行けばわかります」

「わかった」

 レオナルドは短く答え、追従するグウェンを連れて今度こそ酒場を出ていった。


「リック並みにクセがあるな、あの王子サマも」


 ダンヒルは、誰もいないであろう空間に向かって声を上げる。独り言にしてはやけに大きい声に、僅かに空気が動く気配がする。


 (さて、セドリック(リック)の思惑通りに動いてくれるかな、あの王子サマは)

 今度は盗み聞きしている者に聞こえないように心の中で呟いたダンヒルは、朝食に使用した食器の片付けを再開したのだった。




 数日に渡るセドリック王との会談を無事にこなしたレオナルドは、マルーンに戻るなりエレナに会いに行った。

 憎たらしいことに会談中、セドリックはレオナルドが策略に気付いて酒場まで訪れていることを知らぬふりをし続けた。

 その態度に腹が立って仕方ない。

 今からエレナに掛ける言葉もセドリックの手の内だと思うと投げ出したくなる。



 (アタナス帝国(自分たち)側にメリットがなければこんな作戦に一枚噛もうと思わないのだが……)


 悔しいことに、今思いつく限りで一番セドリックの案がアタナス、ルトニア双方に都合がいいのだ。


 何故なら――レオナルドが首を突っ込んでいるけれど――これはルトニアの内紛でしかないから。

 セドリックには味方が少ない。報告があればいいが、最悪セドリックが知らないところでこの話はもみ消されてしまうだろう。

 だが、偶然を装ってレオナルドが巻き込まれたとしたら国家同士の話で有耶無耶にはできない。

 幸いにもエレナは今レオナルド預かりになっている。

 首を突っ込んでも怪しまれない立場である。


 (悔しいが頭の良さは……認めないわけにはいかないな)


 アランに似ていると言われたのは心外ではあるものの、レオナルドはセドリックの考えが手に取るようにわかるのだ。


「気が重いな」

 エレナを巻き込んでしまうことを。


 アランやグウェンが聞いたら「巻き込まれているのはお前だ」と返されそうなことを思いながらレオナルドは急いで帰るべく、マルーンに向かって駆けている馬の腹を軽く蹴ったのだった。




「ボーワ村にいく予定が出来た」

 唐突なレオナルドの言葉にエレナは持っていた治療器具を落とした。

 ガチャン! とけたたましい音を立てるまでエレナは自分がそれらを落としたことに気がついていなかった。

 音に驚き慌ててしゃがみ込んで器具を拾うが、気持ちは先程のレオナルドの言葉に持っていかれていた。

 (ボーワ……)

 攻め込まれ、村人皆が亡くなった故郷。ずっとアタナス帝国に占領されていたため、訪れることが出来なかったエレナのふるさとの村。

 突然告げられた懐かしい出身地に治療道具を拾う手が震える。

 いや、手が震えるのはレオナルドの口からボーワの名を聞いたからだけではない。

 実は数日前にエレナは他の者からもボーワ村の名を聞いていたのだから。


 内心の動揺を隠すようにゆっくりと時間をかけて拾い集めたそれらは、幸いにも壊れていなかった。

「……そうですか」

 やっと絞り出せたのはその一言だ。

 立ち上がったエレナはレオナルドの顔を見ないまま、一礼して通り過ぎようとする。

 どうか声をかけないでください、と願いながら。


 その祈りはどうやら神には届かなかったようだ。

 エレナが忌避しようとした言葉をレオナルドは口にする。

「エレナ、案内してくれないか? ……君の生まれた村を」

 エレナは黙る。答えは決まっているのに、返答するのが心苦しい。


 何度か口ごもって、やっとエレナは答えた。

「……わかりました。では……」

 それがエレナの限界だった。

「ありがとう。日時は追って連絡……」

 失礼は承知の上で、エレナはレオナルドの返事を最後まで聞くことなく、その場から逃げるように去ったのだった。



「レオナルド王子から誘いがあるはずだ」

 エレナを常に護衛している――といえば聞こえがいいが――見張りの者から告げられたのは、レオナルドがマルーンに戻る二日前のことだ。

「何の、ですか?」

 対面に立つ見張りの者はニヤリと笑った。醜悪さを感じる笑みにエレナは本能的に数歩後ずさる。

 この者と向かい合って対峙するのは初めてだ。いつも背後からエレナを監視していた見張りの者が顔を見せた。

 ということは、セドリックからエレナに顔を見せても良い許可を得たのか、あるいはエレナを……。

 エレナはその先に浮かんだ考えを払うように首を左右に振る。その動作にくくっと笑った見張りの者は、エレナに告げた。

「レオナルド王子とボーワに向かえ。そして、その際に彼を亡き者に」

()は打っています。いずれ……」

「すぐ殺すように、とのことだ」

「待ってください! まだ彼の身体の調べは終わっていません。当初、セドリック様とのお話では半年は猶予を頂けるとご了承を……」

「聖女ともあろう者が察しが悪いな。それまで待てぬ、ということだ。……そもそも()()()は本当に打っているかわからない()には懐疑的なものでな」


 エレナはハッとして、見張りの者の顔をマジマジと見つめた。

 彼の言い方は引っかかる。セドリックなら()の効果は知っているはずなのに。

「……こちら、とは」

 慎重に切り出したエレナに見張りの者は再び笑った。

先程は気づかなかったが、彼の顔は何処かで見たことのある。

 誰だったか思い出そうと考え始めたエレナの思考は、ヒヤリとした物のせいで中断される。

「王子の誘いに乗り、ボーワに向かえ。そして……」

 いつの間にか、彼はエレナの背後に立っていた。

 エレナの背中に先が尖った物が当てられる。

「油断している王子の背中を……こう、ブスッと」

 グッと背中に触れている何かを押し付けてくる。

 ひゅっ、とエレナの口から声が漏れた。

 

 戦時中は何度も危険な目にあった。死を覚悟したことも一度や二度ではない。

 だけど、これは。

 明確な殺意を自分に向けられていること。

 そのことに本能的な恐怖を感じエレナの足はブルブルと震える。


「寝込みを襲うと良い。こうして背中からブスリと刺すんだ。無防備だから力のないお前でも簡単に……」

「……いやっ!!」

 更にグッと押し込まれたソレに、エレナは叫ぶ。

 逃げたいのに身体は張り付いたように動かない。

 くくっと耳元で笑うと見張りの男の身体は離れた。


「確実に殺せ。ルトニアのために」


 そう言って見張りの者は闇に消えていく。

 完全に気配が消えた途端、糸が切れたようにエレナの身体が崩れ落ちる。

 両手で身体を抱くが、先程感じた恐怖は去っていかない。

 震える身体を抑えるように何度も擦るが、効果はないようだ。


 マルーンに着任する頃からずっと自分に見張りがついていることは知っていた。

 セドリックがつけた見張りは、自分の影となって基本的には表には出てこなかった。

 エレナは報告はセドリックとの手紙でやり取りをしていたし、彼からの命令も手紙、もしくは対面であった時に限られていたのだ。

 だから、エレナは最近まで見張りの者の声すら聞いたことはなかった。


 (いつから……?いや、最初から?)


 見間違いかと考え直すが、片目を潰すように左の額から頬にかけて縦に剣でつけられた創傷と鋭い目つきの特徴を持った者は、他にはいないだろう。

 (……確か、あの者は、【凶犬】ロジオ)

 先程対峙した男は、セドリックが戦犯として罰したファン=マリオン卿に仕えている男だ。

 以前は軍人として名を馳せていたロジオは、腕は立つが一度切れると手に負えない人物でもあった。

 ついたあだ名は【凶犬】ロジオ。彼の武勲で勝利を納めたことも多くあった。

 彼が前線で戦い続けていれば、もっと戦争は長引いていたと言われるほどの者ではあったが、それよりも軍規を乱すことを問題視され、随分前に処罰されていた。

 そしてロジオの処罰を声高に主張していたのは。


 (セドリック様だ……)


 いつからロジオがファン=マリオン卿の命でエレナを監視していたのかはわからない。

 エレナは見張りの者と話したことがなかったのだから。

 ロジオはいつからエレナを見張っていたのか。

 見張り自体はマルーンに着任する頃からついていたから疑問に思うことはなかったのだ。


 

 (セドリック様に知らせないと……!けど!)


 気持ちは焦るが、今のエレナにはその手段は取れないのだ。

 もうエレナはセドリック側の人間ではない。手紙を送っても彼の元に届く前にロジオが握り潰すだろう。


 次に思いついたのは、レオナルドの存在だった。

 パッと顔を輝かせたエレナは、次の瞬間に暗い顔に戻る。

 (レオに伝えて……いえ、何と言えば……)


 ルトニア国の汚点だ。アタナス帝国の王子に伝えたところでどうにもならない。

 しかも自分は彼を「殺せ」と命じられているのだ。

 セドリックからの王命として。


 人のいいレオナルドはエレナが頼みこめばセドリックとの橋渡し役はしてくれるだろう。

 でも、その手紙に何と書く?

 ロジオがレオナルド王子を殺害する作戦を知っていました、と書いた手紙を、張本人(レオナルド)に託すことなど、エレナには出来ない。

 かと言って、レオナルドを殺す任を投げ出すことも出来ない。

 何故なら、ロジオがエレナを見張っているからだ。

 考えたくないが、ロジオがセドリックの命で来ている可能性だってある。

 ロジオはファン=マリオン卿の手先ではなくてセドリックの側の人間であり、エレナがレオナルドを亡き者にするかどうか確認するために派遣されたとも考えられるのだ。


 誰を、何を信じればいいのか。

 エレナはわからなくなっていた。



 (お願いだから、ボーワに誘わないで……)


 セドリックを信じたい。けれど疑う心はなくならない。

 エレナはそう願うしかなかった。

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