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意図的

 

「ご報告は以上です」

 ヒースについたレオナルドを待っていたのは、グウェンからの報告であった。

 仕事が早いのはさすがだ。

 ヒースへの到着はレオナルドと一日しか変わらないのに、既に必要な情報を調べ上げていた。


 エレナの出生は、前に洗った以上のものは出てこなかった。

 ボーワ生まれで七歳の時に故郷はアタナス軍に制圧され、身内はすべて亡くしている。

 彼女自身は聖女の能力の判定のため、マルーンの教会に行っていたから難を逃れた。

そこからはヒースの大教会で孤児として暮らし、聖女としての教育を受ける。

 これが大教会に残っている彼女の記録である。

 グウェンはこの他以外に、彼女の両親の名前を調べ上げていたが、それ以上、エレナに関しての情報はないようだ。


 それよりもグウェンが町で仕入れてきた噂話の方がレオナルドが望んでいたものであった。


 ――ボーワ村は、国王に孕まされ捨てられた女を匿っていた。だからボーワがアタナス軍に侵略された時に王は軍を派遣しなかったのだ。ロアンには兵を向かわせたのに。


 信憑性もない噂話である。

 だが、火のないところに煙は立たないのもまた事実。

 実際にルトニア国に宣戦布告もなく侵略されたアタナス帝国は、国境付近のボーワ村と川沿いの町ロアンを攻め込んだ。

 同じ鉄を踏まないように、きちんと宣戦布告をした上で。

 アタナス帝国に残っている記録でも、ボーワはあっさりと陥落したが、ロアンを手に入れるまでは3年ほどかかっている。

 レオナルドは単純にロアンの方が村であるボーワと比べて大きい上に、ルトニアの拠点となっていたからだと疑問には思っていなかったのだが。

 噂話に真実が混じっていたとすれば、前提が覆る。


 顎に手を当てて考えながら、レオナルドはグウェンに問いただす。

「どう思う?」

「そうですね……」

 グウェンは慎重に答える。

「エレナが王の血を引いているかどうかは一旦置いておいて……。先程ご報告した通り、聖女の力が現れるのは王族の血を引いている者だ、という記録が正しいとすれば、エレナはセドリック王の血縁者ということになります。しかしその場合……」

「『七歳になった女児は教会での審査を受けなければならない』というルトニア国の法律の意図がわからない、か」

 グウェンの言葉に付け足すようにレオナルドが答えた。

 グウェンは、ええ、と返事をしたきり再び考え込む。

「エレナ以外の聖女と、王族との繋がりはどうなんだ?」

 レオナルドの問いにグウェンは滑らかに答える。

「今、大教会で把握している聖女は百名ほど。エレナを除いては皆、貴族の家柄でした。そして五代前まで遡れば、皆王の血縁関係です。ちなみに能力の強さと血の濃さは比例していないとされていますが、過去を遡ると高い能力を持っていたといわれる聖女はエレナ以外皆、皇女でした」

 ふむ、と考え込んだレオナルドは、もう一人、部屋にいる人物に声を掛ける。

「アラン、君はどう思?」

 急に話を振られたアランはソファーにもたれ、ダラけた姿勢のまま見解を口にする。

「俺は、エレナ嬢はセドリック王と近しい血縁関係――妹だと思う」

「なぜ?」

「簡単だ。セドリック王がエレナ嬢をお前のところに寄越しているからだ」


 レオナルドは知っていた、というように黙り、グウェンはハッとする。

 アランは二人の様子を見てニヤリと笑った。

「気付いているだろう? セドリック王の意図を」

「……」

 返事がないのは肯定の証。楽しくなってきたとばかりにようやく姿勢を正したアランは、口を開いた。

「ずっと考えていた。なぜエレナ嬢を中央から追い出したのか、と」

 首を傾げたのはグウェンだ。期待通りの反応に嬉しそうにアランは話を続けた。

「最初は俺も不思議に思ったさ。彼女程の力の持ち主だ。休戦したとはいえ、使い所はいくらでもある。大教会を裏切ったといえども、今回の戦いに多大な貢献をしている。セドリック王が近くに置こうと思えば何とでも理由をつけられるはずだ。実際、大教会の司教は交代させているのだし、エレナ嬢以外の者はセドリック王に引き立てられているのだから」

「そうですね」

 アランの指摘は尤もだ。グウェンも一度はなぜ、と考えたことでもある。実力者の彼女一人に戦争の責任を負わしているセドリック王の意図は正直理解出来ない。

「だが、反対に考えてみれば話は単純だ。セドリック王はエレナ嬢を何かと理由をつけて中央から遠ざけたかった。彼女の力を政権に利用されないように、と」

「それだけの理由であれば、彼女が王と近しい関係でなくても筋は通るぞ」

 ようやく口を開いたレオナルドの指摘に、アランは立てた人差し指を左右に振り「わかっていないな」と呟いた。

「ただ中央から遠ざけるだけなら、僻地の教会預かりにでもすればいいだけだ。彼女の癒やしの力など、どこでも引手数多だろうし。わざわざ()()()()()()()()()()()に身を預けたんだ。この意味がわかるか?」


 グウェンはようやくアランが言わんとしたことに気づく。

 エレナには聖女の能力以外にも利用価値があり、中央にいれば陰謀に巻き込まれる可能性があるのだと。


 今、ルトニア国内で尤も安全な場所といえばレオナルドの元である。

 レオナルドが首都ヒースに訪れているこの時も、アタナス兵の者が彼女をさり気なく護衛しているのだ。

 少人数で敵国だったルトニアに常駐させている兵たちだ。クセはあるが、どの者も実力者揃いである。

 エレナが仮に命を狙われていたとしても、守りきれるはずだ。

 それに、協定を結んだばかりの帝国の王子預かりになっている彼女を討とうとするものは、よっぽどの大馬鹿者以外いないだろう。

 新たな戦いの火種になるからだ。

 それでなくても十年続いた戦いで民は思っている以上に疲弊している。これで再び戦争が始まるとなれば、次はルトニア国が存続するかすら危うい。

 特権を享受している貴族たちもそれには耐えられないだろう。

 身柄が敵国だった王子であるレオナルド預かりになっている。

 ある意味これ以上、安全な場所は他にはない。


 逆にセドリックの近くは危険ということでもある。

 王が交代しセドリックの周りはごたついているということだ。

 それに乗じて人一人を殺害、あるいは誘拐でもし利用することなど容易な状況なのだろう。

 セドリック自身、古い貴族たちには評判が良くない新王だ。彼も前王の取り巻き貴族たちはさり気なく閑職に回している。

 新王のことを面白くないと考える者も多いだろう。

 不満が高じて王を代えろと考えを持つものが居たとしてもおかしくない。


 きっと、セドリックには腹心と呼べるものが少ないのだろう。だからエレナを護衛する手まで回らない。

 それでなくても王は常時忙しいのだ。新たに王座についたセドリックはそれ以上に処理しないといけない物事は多いはず。

 常に自分や信用できるものにエレナを守らせる人員は避けないのだろう。


 アランの推測は突飛なものだ。だが、完全に否定は出来ない。

 むしろアランの考えが当たっているとしたら、セドリックの行動の説得力が増すのだ。

 それよりもアランの指摘は重要なことを暗喩している。

「……新王の失脚を狙っている者がいる、ということですか?」

「だろうな」

「そして次の王は……」

「仮にエレナ嬢が皇女だとしたら、あり得ない話ではないな。彼女の生い立ちは俺たちが調べた以上わからないが、()()()()()()()()()()()()()()

 皮肉な笑みを浮かべながら吐き捨てるように言葉を放ったアラン。

 彼は知っている。貴族という人種が、時に人を人と思わない行動を取るということを。

 アラン自身はゴタゴタから身を遠ざけているが、古いだけが取り柄の貧乏貴族出なのだ。貴族同士の足の引っ張り合いなど、腐る程見てきている。

 比較的安定した国政を行っているアタナス帝国でもそうなのだ。

 ルトニア国では、より顕著に特権階級の陰謀が渦巻いていることだろう。


 その経験をしているから、グウェンが気付かなかったセドリックの考えを見破ったのだろう。


 (だったら俺を次期王にする、というのも止めて欲しいのだかな)


 レオナルドはアランへの不満をそっと心の中で呟く。

 貴族の揉め事の根幹は、基本跡目争いなのだ。

 誰が王になるかで自分の進展が決まる。

 自分が仕えている者が王になれば、それだけ引き立てられる。それが貴族としての権力の象徴であるのだ。

 アランを始めレオナルドに仕えている者たちは純粋にコンラート()よりも第二王子が王に相応しいから推しているのはわかっている。

 しかし、腹心の部下以外は腹の中で何を考えているのかわからない。

 兄にも擦り寄り、その一方で自分にも愛想を振りまく貴族たちの二枚舌にはほとほと辟易しているのだ。


 イヤなことを思い出したレオナルドは深い溜め息をつく。

 息を吐いたついでに、レオナルドはふとアランに訊ねた。

「エレナがセドリック王の妹だという推測に至ったのはなぜだ?」

 持っている情報はレオナルドとそう大差ない。

 レオナルドとて正直確信は持っていないのだ。セドリックの手の内を読み、消去法で考えた末に出した結論である。

 アランがどこで気付いたのか知りたくなったのだ。


 アランは一瞬呆けたあと、困ったように眉を寄せる。

 顔に苦笑いを浮かべながら、いうべきかどうか逡巡している様子のアランにレオナルドは鋭い声をかける。

「アラン」


 へいへい、と観念したようにアランは口を開いた。


「噂話です」

 言葉を正して話しだしたアランにレオナルドの顔も真剣味が帯びる。

「噂話?」

「そう。グウェンは継続的にエレナ嬢のことを調査していましたよね」

「あぁ」

 エレナがレオナルド預かりになるずっと前。レオナルドが彼女に治療を施された後から定期的にグウェンはエレナのことを調べているのだ。

 最初は聖女の力について。レオナルドが彼女に好意を寄せてからは、エレナの生い立ちや評判も含めて身辺調査はなされている。

 なんだかんだいっても、レオナルドは王子である。

 疑わしい者は、たとえ本人に気持ちがあろうと近づくことは許されない。

 レオナルドもそこはわかっている。だからグウェンに調べさせた上、問題がないことを確認して口説いている。

 とはいえ、ここ最近は新しい情報はなかったのだが。


「なぁグウェン。今回の情報、どこで得た?」

 急に話を振られたグウェンは少々驚きながらも返事をする。

「ヒースの裏路地にある酒場兼宿だ。治安はあまり良くないが、そういう場所は傭兵やら裏情報に通じた者が多く集まるからな」

「やっぱりな」

 グウェンの答えにアランは得心がいったように頷いた。

「どういうことだ?」

 改めて問いただすレオナルドにアランは決定的なことを告げた。

「意図的に流したんですよ、この噂を」

「意図的?」

「ええ。グウェンの調査能力は一流です。今さら新しい情報が出てくる可能性は低いでしょう。それもボーワ村が女性を匿っているなど下世話な話は庶民の大好物です。酒のアテ代わりにポロッと気軽に出てくるレベルの話が今までグウェンの耳に入らないはずはありません。と、すれば、本来であれば限られた人間、それも貴族たちしか知らないような話をグウェンがアタナス帝国の人間――いえ、レオナルド王子の腹心だと分かっていて伝えた。……そうは考えられないですか?」


 アランの言葉にレオナルドはハッとする。


 アランの言葉を聞き、思考を巡らせたレオナルドはゆっくりと口を開いた。

「グウェン、その酒場に案内してもらうぞ」

「はっ」

 そしてアランに顔を向ける。

「アラン、突飛だがいい着眼点だ。さて、そろそろ教えてもらおうか、その推論に至った訳を」

「あ、やっぱり答えないとダメなパターン?」

「当たり前だ」

 ウヤムヤにしようとしていたアランにレオナルドは笑顔で圧をかける。


 アランはハァとため息をつくと覚悟を決め、一息に言った。


「似ているからだ」

「……」

 グウェンがブボっと吹き出した。

 ツボにはまったのか、グウェンの笑いは止まらない。

 こんな彼はめったに――いや、初めて見るかも。

 激しく笑うグウェンに気圧されたレオナルドは言葉を失う。

「グウェンもそう思うよな!」

 反対にアランの顔はヒーヒー言っているグウェンも同じ意見だったことで安心したかのように笑顔が零れる。

 ピンと来ていないレオナルドをよそに意気投合している部下たちに、レオナルドは控えめに声を掛けるしかない。

「おい……」

「やっぱりセドリック王とレオナルド王子って考え方似てるよな! 策略の張り巡らせ方とか、同じ陰険さが滲み出てるからピンときてな!」

 理解者がいた喜びのあまり、アランは口を滑らせたことに気付いていない。

 自覚はしていたが、他人に――それも部下に指摘されて笑われるのは面白くはない。

 だが、今口を挟んだとしても負け惜しみとしか捉えられないだろう。

 横でレオナルドは憮然とするしかなかった。



 後日、アランはレオナルドからキツイ仕置きを受けたことは余談である。


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