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予想外


 エレナは焦っていた。

 レオナルドが小隊を率いてマルーンに駐在を始めて早一か月。

 彼の身体を調査をする機会が全くないからだ。


 アタナス軍が駐在しているのは、教会の敷地の一角だ。教会に住んでいる司教や修道女などが、国からの指示で彼らの生活の世話をしている。

 本来ならエレナも世話をする方に周るはずだったが、彼女が暮らしているのは戦時中から馴染みのある病院だった。

 さすがに裏切り者のエレナを受け入れる教会はこの国にはない。

 たとえ王のセドリックの命だとしても新しく就任したホレス司教の指示でも、頑なに受け入れない上層部がいるのだ。

 新しい御代になったのにも関わらず、エレナのみを「裏切り者」として教会から追放し続ける層が。


 ――逆に言えば、それだけ教会のトップ層は前王政権中に甘い蜜を吸った者が多いということ。

 セドリックの代になり、前王時代に画策したことを尽く無いことにされているからか、エレナに対する彼らの恨みは相当なものだ。

 ルトニア国を腐敗させた原因の一つに教会が噛んでいたこと。そのことに庶民からはかなりの恨みを持たれていることを、悪事に手を染めた彼らは気づいていない。


 だが、幸いにもマルーンの住民はエレナを好意的に受け入れていた。

 自らの身を顧みず、最も危険な戦場に志願して来てくれたこと。聖女の力で多くの者の命を救ったこと。

 エレナが来る前は、どれだけマルーンの住民が教会に能力の高い聖女の派遣を依頼したのか、彼らはすっかり忘れている。

 そして、マルーンの戦況が厳しいとなったときに真っ先に教会の者から首都に避難したのを、住民は忘れていない。

 いくら大義名分が「教会の者を一旦首都に集結し、能力別にそれぞれの町に派遣する」とだったとしても。


 本来なら聖女は首都以外の教会に派遣されることはまずないのだ。癒やしの力を持っている聖女はそこまで数が多くないし、彼女たちの能力は上流階級の者にだけ行使されるものだと暗黙の了解で決まっているからだ。

 だから、マルーンから一気に教会の者が去ったあとの人々の嘆きは凄まじかった。

 なんだかんだいいながらもこの国の根幹は、太陽神サールニウスの化身である王と、王を献身的に支えた月神ルナウスと聖女の教えを現代まで忠実に言い伝えて来た教会なのだから。

 教会に人がいなくなったことで、マルーン(この町)に見切りをつけ出ていった住民も多い。

 そんな悲惨な状況の中、戦いの最前線で兵士たちと共に戦ったエレナは、マルーンの人々にとっては英雄なのだ。

 教会が目の敵にしているし、今のエレナは公には「聖女」は名乗れないことになっているけれど、庶民にはそんなことは関係ない。

 エレナとレオナルドの神話になぞられたラブロマンスも含めて、マルーンの住民は彼らを大歓迎しているのだ。


 そんな状況に戸惑ったのは、エレナだった。

 最初のうちは、レオナルドと共に町に繰り出したりしていたのだ。彼が「町を案内してほしい」というから。

町に繰り出すとマルーンの住民は皆、温かい目(?)で二人を見守っている。

 いや、見守っているというどころではない。


「今日も連れ立って買い物かい?仲がよろしくて何よりだよ」

「結婚するときは教えてくれよ。マルーンの住民皆でお祝いに駆けつけるからさ」

「れおなるどさまとせいじょさまのけっこんしきで、ぼくうたうたってあげる!」

 などなど。


 こちらがタジタジとなるくらいの(笑顔)で人々は声をかけて来るのだ。

 エレナが外で「レオ」と呼んだ時には、それはもう右へ左への大騒ぎだった。

「もう、そんな名で呼ぶくらい親密になったんだね」

 と。


 だからエレナは安易にレオナルドと外出しなくなったし、彼のことを「レオ」と気軽に呼べなくなった。

 それが意識していることの裏返しだとは、まだエレナ自身も気づいていなかったが。


 ただでさえレオナルドは忙しい。

 ルナウスの化身としてレオナルドを好意的に見るマルーンの住民だが、反対にアタナス軍に対する目線は厳しいのだ。

 それもそのはず。

 つい数ヶ月前までは敵だったのだ。皆表立っては言わないが、アタナス兵に身内を知人を殺された者も大勢いる。

 戦争が終わりました、はい仲良くしましょう、と、国同士が言っても感情はついていかない。

 レオナルドもそれを分かっているからか、出来るだけ日夜問わず町に繰り出すように兵士たちにも伝えているようだ。

 そのため、マルーンで見かける兵士のほとんどは軍服こそ着ているが、帯剣はしていない。

 敵意がないことを暗に示しているのだ。

 もっとも駐在しているマルーン兵士たちは剣など持ち歩かなくても、素手で熊でも倒せそうなくらいのガタイのいい体格の持ち主ばかりなのだが。


 兵士というよりゴロツキの集まりのようなマルーン兵たち。

 最初はマルーンの住民に怖がられていたのだが、ルトニア国軍は決してやらない肉体労働や汚れ仕事を厭わず率先して行う姿や、マルーン復興の手足となって人々の手助けをするうちに、少しずつ――本当に僅かずつだが――わだかまりは溶けていっているようだ。


 アタナス帝国の人間全てが悪いわけではない、と。


 これもレオナルドの作戦なのか、それともセドリックと話し合って行っている行為なのかはエレナにはわからない。

 確実に言えるのはたった一月しか経っていないのに、マルーンの人々のアタナス軍への態度が軟化してきているということだ。

 少なくとも今マルーンに駐在してる三十人の軍人に関しては、住民たちは受け入れ始めている。

 彼らが国軍というよりどちらかというと傭兵のような雰囲気を持っているのも関係しているだろう。

 話す言葉、所作、話題、それらの雰囲気がどことなく庶民的だ。

 聞くと、隊員のほとんどは孤児だったり、家が貧乏で生きるためには軍人になるしかなかった家出身なのだ。

中にはレオナルドやアランのように育ちがいいお坊ちゃまという者もいるが、ほんの二、三人だ。


「俺たちゃ、隊長に拾われなけりゃよくて傭兵、悪けりゃ賊にしかなれない者たちの寄せ集めだからな」


 勤務が終わった隊員が連日飲みの席でガハハと笑いながら、レオナルドや自分たちことを屈託なく喋っていたのも効果的だったのだろう。

 気取ったところのないアタナス軍の者がマルーンの人々の心を掴み始めたのとは反対に、エレナはどんどんとレオナルドとの接し方が分からなくなっていた。



 そんな頃だった。


「いつ作戦を実行するんだ」


 病院の裏庭に植えた薬草の世話があるエレナが、いつものように日が昇る前に起き出して外に出た時だった。

後ろからヒヤリとした声が飛んできたのは。

 夜明け前の一番暗い闇に紛れて声をかけてきたのは、セドリックの手下の者。

 (もう見張りはないと思っていたけれど……)

 戦時中はずっとエレナの行動を見張っていた存在だが、マルーンに追放されてからはその気配を感じることがなかった。

 用無しのエレナの役目など、定期的に送っているセドリック宛の報告書で事足りる内容だ。

 だから勝手に見張りはいないと思っていたけれど、どうやらエレナの勘違いだったようだ。


 確かにレオナルドの身体の調査は終わっていない。そして、葬ることも。

 それでもまだ一ヶ月だ。

 予め調査に時間がかかることはセドリックには伝えていたし、レオナルドも戦争の残処理でルトニアの首都・ヒースやアタナス帝国を行き来しているのだ。

 実質的にマルーンに滞在している時間は少ない。

 そこのところはセドリックも承知しているものと捉えていたが。


 (早めないといけない理由が……できた?)


「早急に対応するように、とのことだ。わかっているな」

 エレナがその理由に思い当たる前に、闇から声が響く。

 思考を中断されたエレナは静かに頷いて返事をする。

「わかりました、と……」

 お伝えください、とエレナが言い終わる前に、影が消えるように見張りの気配が無くなった。

 ホッとため息をついたエレナは昇ってくる太陽の光をその身に浴びる。

 燦々と気持ちいい光とは裏腹に、エレナの心は暗い影が支配していた。


「……参りました、ね」


 久々に感じる見張りの者の危険な気配。悠長にしていたわけではないが、早急に物事を終わらせないといけないようだ。

 エレナは笑みを浮かべた。彼女は自覚していなかったが、その顔は笑顔というより苦しそうに歪んでいた。

 それでも朝の仕事をしなければ、と一歩踏み出したエレナだったが、それ以上歩を進めることができなかった。

 膝を抱えるように座り込んだエレナは何かを耐えるように唇を噛み締めた。


 町の人に冷やかされるからと、彼と出かけるのを避けていたのに。

 逆にレオナルドを意識していることに繋がっていたのに、エレナは今の今まで気づかなかったのだ。

 この胸の痛みが個人的な感情としてではなく、()()()()()()()()()()()()ものである。

 そうであってほしい。いや、そうでないと困るのだ。

 エレナは誰もいない裏庭で、決して口にできない感情を必死に飲み込んだのだった。

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