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新たな戦い


 休戦協定で大まかな内容は取り決めていたが、詳細を詰めるのはなかなか骨が折れる行為だった。


 協定の第一条に書いてある「マルーンをアタナス帝国の監視下に置く」こと一つとっても、何十、何百と決めないといけないことがある。

 あっさりと決まる項目もあるのだが。

「では、第二条と第四条については、ルトニア国の内政として取り決め、後ほど、アタナス帝国に報告をするということで。逆に第五条については、現状アタナス帝国の支配下にあるため、そのままアタナス帝国で維持していくこと。こちらでよろしいでしょうか」

 場を仕切っているドゥシー伯爵にセドリックとレオナルドは「異議なし」と応える。


 家柄はあるが貴族としては若いドゥシー伯爵には発言権がないが、敢えてこの場に居させるということに、セドリックの意図が見える。

 (昨日の会食の影響か、それとも以前よりセドリック王の腹心だったのか……)

 異国のため調査に苦戦しているのかまだアランからの報告は上がってきていない。

 間違いなく言えるのは、ドゥシー伯爵は今後のルトニア国のキーマンの一人になるということ。関係を築いておいて損はない。

 瞬時に判断したレオナルドは、同席し、隣に座っているアランに軽く頷いて指示を出すと姿勢を正した。


 ここからがこの会談の本題なのだ。


 第二条はルトニア国がアタナス帝国の要請がある書籍の閲覧許可、第四条は大教会の司教の交代と教会と聖女の関係の見直し、第五条は現在ルトニア国となっているボーワとロアンをアタナス帝国に譲るという内容だ。

 第五条は新たに国境をどこにするかは別途協議が必要だが、恐らくボーワとロアンを直線で結んだところが国境になるだろうし、圧倒的に領土が広がったアタナス帝国である。

 今こちらが考えている境よりも内側をルトニア国が主張してもある程度は呑む所存である。

 国境をどこに置くことなど、残ったニつの協定に比べると大した内容ではない。

 問題は第一条と第三条だ。


「では、第一条の「マルーンをアタナス帝国の監視下に置く」協定から協議を始めます。ルトニア国側よりお話をしてもよろしいでしょうか」

「ええ、お願いします」

 ドゥシー伯爵の言葉に答えたのはアランだ。

 ドゥシー伯爵は予めセドリック王が国政を司っている者たちと協議したであろう内容を、手元の紙を見ながら淀みなく述べていく。


「マルーンをアタナス帝国の監視下に置くのですが、いきなりルトニア国の兵士を全部引き上げると混乱が起きること、また、()()()()()()()()()()()()()()()()()であることから、一部の兵士はそのまま駐在いたします。ここまでは問題ないでしょうか」

「ございません」

 アランが頷くのを確認してドゥシー伯爵は続ける。

「では、マルーンに置くルトニア兵の数ですが――現在マルーンに滞在している兵士は約五万人。戦争が始まる十年前はマルーンの警備は三千人規模の一連隊で賄っておりました。マルーンの都市の規模としましても、兵士の数は三千人が限界と思われます。そのため、ルトニア国からマルーンに駐在させる兵士は千人の一大隊程度と考えております」

 思ったより少ない人数に、レオナルドは考えを巡らせる。


 ボーワとロアンをアタナス帝国に譲渡したルトニア国にとっては、マルーンは最も国境に近い都市になる。

少しでも多くの兵士を置きたいはずだ。

 だが、とレオナルドは思い直す。

 そのマルーンもアタナス帝国の監視下になる。自分がセドリックならどうするか。

 多くの自国兵士をマルーンに置くと兵力は強化されるが、すべてが筒抜けになるリスクがある。逆に兵の数を抑えると漏洩のリスクは少ないが、アタナス帝国が協定を破り攻め込まれる可能性は高まる。


 (手駒がない……?いや、そう単純じゃないはず……)


 先日までの戦いでルトニア国の兵士は減ってはいる。だが、聖女(エレナ)の力で――内面は別として――ここ一年と少しで命を落とした兵士は予想よりも少ない。

 実際にこの間まで隊長級は少ないといえども五万人程マルーンに兵力を集中させていたのだから。


「レオナルド王子」

 アランの呼びかけにレオナルドは顔を上げる。


 決めた。


「そうですね……」

 一旦言葉を区切る。レオナルドの口調でアランは察する。

 予め決めていた中ではもっとも危ない橋を渡るプランだと。

「我が国の要望としては三十〜五十人程度の一小隊の派遣を考えております」

「小隊?こちらは大隊を常駐させるのに少なくないか?」

「いえ。あくまでマルーンの自治は貴国にありますから。ちなみに隊長は私が、と考えております」

「レオナルド王子自らが?」

「ええ。やはり先日まで敵国だった国に赴任するのは、任務とはいえ複雑な感情を抱きがちです。ですので王族自ら駐在することでルトニア国とは良い友好関係を結んでいく、という証拠になりますし、なにより私が第一線に行くことで「王子が行っているなら安全な国」と国民に周知することもできます。幸いにも私は将軍職を拝命していますし、何より()()()()()しばらく働いておりましたのでマルーンのことでしたら我が国のどの兵士よりも詳しい自信がありますので」

 若干当てこすりも交えながら澄ました顔で答えたレオナルドとは反対に、今度はセドリックは深く考え込んだ。


 自分の思い描いていた筋道とは違うが、レオナルドの言い分は一理ある。

 一見特に問題になるようなこと――レオナルドがマルーンに一番詳しいというところには引っかかるが――は、無さそうだ。

 だが様々な策略を練ってきたセドリックにとっては、圧倒的に少ない兵力と王子自らマルーンに駐在するのには裏があるように思えて仕方ない。

 ミスをすれば今までしたことが全て台無しになりかねないのだ。

 単純に受けていいものか即断は出来なかった。


 黙るセドリックにレオナルドは、眉を寄せて切り出した。

「もう一つ理由がありまして」

「なんだ?」

 困り顔のレオナルドは少しだけ小声になる。

「実は私が王都にいると様々な問題がありまして……。ですので私がルトニア国にいる方が王も王太子も都合が良いのです」

 これにはセドリックも笑うしかない。


 アタナス帝国の王太子のコンラートは、文官としての能力は高いのだが、武人としては戦場に出ていたレオナルドの方が実績が高い。

 アタナス帝国は大きな国だ。表面上はうまくいっていても不穏な関係なのは、何もルトニア国だけではない。

きな臭い情勢だからこそ、レオナルドを王太子にという声はポツポツと出てきているらしい。

 もっとも国王も王太子もそして当の本人も全くその気はないのだが。

 不安定な状況だからこそ、内紛のきっかけになりかねないレオナルドを王都から離れたところに置いておこうとするアタナス帝国の方針は、理解できる。


 (それにまだ軌道修正できる範囲……か)


 使えそうな部下も何人かは現れたし、それにまだエレナがいる。彼女は先日下したセドリックの勅令を守ろうとするだろう。

 何か企んでそうなレオナルドの様子は気にはなるが、エレナがいい感じに引っ掻き回すだろう。

 しばらく目が届かなくとも望む結果になるだろうと判断したセドリックは、レオナルドの提案に乗っかることにした。



「わかった。貴国が良いのであればそれで兵を配置しよう」

「ありがとうございます」

 礼を述べるレオナルドに被せるようにセドリックは口にする。

「して、例の件だが」

「……例の件?」

 何のことかと、訝しげに訊ねるレオナルドに、「覚えていないのか?」とセドリックは続けた。

エレナ(アレ)のことだ」

 アレが誰を指しているのか瞬時にわかった途端、レオナルドの外交用の笑顔が瞬時崩れた。

 すぐに元の澄ました顔に戻ったが、まだまだ甘い。セドリックは内心で笑いを噛み殺しながらレオナルドに話をつける。

「本人からの了解も得た。貴殿にやろう。マルーンはアレにとっても思い入れのある町だ。貴殿と共にマルーンに居続けれるなら、アレも喜ぶだろう」


 (用済みとなると、名前すら呼ばないのか……!)


 やけに癇に障り文句の一つでも言おうと口を開きかけたレオナルドを押し留めたのは、アランの一蹴りだ。

 セドリックに見えないように机の下で行われたのがついてなかった。

 ちょうど弁慶の泣き所にクリーンヒットした蹴りは、一時レオナルドは言葉を失ってしまうくらい痛かった。

 お陰で冷静になれたのだが。


「……エレナ殿がご納得されているのであれば私から申し上げることはございません」

 怒りを何とか押し留めようとするレオナルド。

 セドリックはその青臭い姿を、からかってしまいたくなった。

「納得もなにも」

 煽るようにニヤリと笑う。

「アレに一言命じればいいだけだ。「レオナルド王子にお前をやることにした」と。欲しいのだろう?」

 煽りは成功したようだ。

 セドリックの思惑通り今度は苛立ち隠さぬレオナルドだったが、さすがに学習したのか先日のように剣は抜かないようだ。


「……では」

 感情を消した声でレオナルドはセドリックに宣言する。

「私の元に来られた後は、……彼女の身柄についてはセドリック王は関与しないということで問題ないでしょうか?」

「あぁ。それで良い」

「なら、エレナ殿にお伝えください。「どうぞマルーンでレオがお待ちしております」と。そしてこちらに来られた後は、貴方の身は自由です、と。セドリック王の元に戻られるのもよし、私の元に残って頂くのもよし、自由の身で新たな一歩を踏み出してもよし、と」

 レオナルドの強い言葉と視線を受けたセドリックは、末席に控えているホレスに命じた。

「ホレス司教、レオナルド王子の言葉をアレに伝えとけ」

「はい」

「ついでだ。アレには一両日以内にマルーンに向かわせろ。レオナルド王子を迎え入れる準備をしておくように」

「……準備?それはどのような……?」

 ピンときていないホレスにセドリックは神話を持ち出した。

「レオナルド王子はルナウスの化身だ、といえばわかるな」

 瞬時に意味を理解したホレスは赤くなる顔を伏せて答える。

「はいっ。全てはサールニウスの身心のままに」


 サールニウスと呼ばれた新王は、未だ苛立ちを隠さないレオナルドに向かってニヤリと笑ったのだった。

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