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締結と会食


「思ったより早かったな」

 一週間も経たぬうちに首都ヒースに訪れたレオナルドにセドリックが冒頭でかけた言葉だ。

「お急ぎかと思いまして」

 レオナルドはいつもの美貌で微笑む。

 レオナルドの今日の服装はいつもの軍服ではなく、王族の正装として用意されている軍服だ。

 王族にのみ許された漆黒の軍服。

 上衣には多くの勲章、そして儀礼の時だけ身につける装飾のついたサーベルにマント姿のレオナルドは、銀色の髪と美貌、左右で違う妖しい瞳のおかげか、息が止まるほど美しい。


「ルナウスの化身……」


 誰が呟いたのはわからぬが、その一言はこの場にいるルトニア国の人間の気持ちを代弁していた。


 兄であり王である太陽神サールニウスを影で支える、弟の月神ルナウス。

 月の明かりの元でしかその姿を見ることができない。彼の銀髪が月明かりに反射してこの世のものとは思えないほど美しかったと言い伝えられている。

 正装に身を包んだレオナルドは確かにルナウスの化身と言われてもおかしくないオーラを放っていた。


 周りの雑音を気にかけることなく、王の元に足を進めたレオナルドは、セドリックに持参した信書を渡す。

 セドリックも王として正装をしている。ルトニアの王は太陽神に例えられるから、白地の上下に陽光を思わせる金色のラインが入っている。

 その場にいることが許されているルトニアの上流階級の者にとってはサールニウスとルナウスが手を取り合ってこの国を正しい方向に導いてくれる儀式に見えた。

 黒と白、対照的な二人の衣装がより演出を深めていた。

 どこか神秘的な雰囲気が漂う場にほぅ、と自然にため息が漏れる。

「確かに受け取った。アタナス帝国とルトニア国が今後は友好な関係を築いていけるよう、未熟だが王として尽力しよう」

 厳かにセドリックがレオナルドに言葉を授ける。

「アタナス帝国と致しましても貴国とは今後争うことなく、友人としてお互いの国が発展するように手を取り合っていくことを願っております」

 レオナルドの言葉に頷いたセドリックは、是非にと続けた。

「貴国との休戦協定を結んだ記念に、ささやかだが会食の場を用意させた。忙しい中恐縮だが、ぜひ我が国の伝統を味わって欲しい」

 レオナルドはニコリと微笑む。

「ありがたくお受けさせていただきます。この会食が貴国と我が国が新しい歴史のスタートですね」

「そうだな。とはいえ、我が国の物資は少ないので過度な期待は控えてくれよ。コックが倒れてしまう」

 ニヤリと笑うセドリックにレオナルドは、ええ、と頷いたのだった。



 会食の場はセドリックを始めルトニアの名だたる貴族が臨席していた。

 レオナルドは右隣はセドリック、左隣は最近変わった教会の司教に挟まれた席だった。

 共にルトニア国を訪れていたアランは貴族ということもあり――末席だが――席を設けられていた。

 他の同行者はさすがに格が違いすぎるから、席にはついていない。

 レオナルドは王と司教とにこやかに会話をしながら、抜け目なく周りを観察する。



 (新王の評判はイマイチ、か)

 元々セドリックは貴族よりも民衆の人気が高かったから仕方ない面もあるが。

 特に格が上の貴族たちはセドリックが王についたことを苦々しく感じているようだ。

 漏れ聞こえてくる言葉の端々や目線に、セドリックへの不満を匂わせる。

 国と国との会食の場でもあからさまに新王をこき落とす姿に、レオナルドは少々意地の悪いことを思いつく。


「セドリック王、我が国が力になれることがあれば何でもおっしゃってください。休戦協定で取り決めたといえ、教会のトップを交代したことで燻っているものもあるかと思いますから」

 場が一気にピリッとしたものになる。だが、左隣の司教から伝わってくるのは警戒というより、オロオロとした雰囲気だった。


 (この司教は、新王に害なす存在ではないな)


 とすれば、この不穏な雰囲気を作っているのは、レオナルドの席の近くに着席している上流貴族たちだ。

 前王と前王太子と懇意にしていた者たち。ある意味戦争を長引かせた戦犯たちといってもいい。

 その者たちがセドリックの出方を伺っている。

 敢えて切り込んだ話題を放り込んだレオナルドをセドリックは面白そうに眺めながら、そうだな、と口を開いた。

「そうだな。まだ私の中で考えているだけだが、前王が重宝していた者には何かしらの処罰は検討している。でないと民に示しがつかないからな」

「お言葉ですが!」

 そう声を荒げたのは、セドリックの向かいに座っていた恰幅の良い中年男性だ。

 群を抜いて身なりのよい服を着ていることから、ルトニア貴族の中でもトップ階級だと推測される。

「なんだ、ファン=マリオン卿」

 セドリックの言葉でレオナルドも彼が誰か瞬時にわかった。


 ルートヘル・ピエル・ファン=マリオン。ルトニアで一、二を争うくらい歴史のある貴族の家柄てあり、前王の側近であり、この戦いを長引かせた元凶の一人だ。

 前王に耳障りのよい言葉を囁やき、戦争を長引かせたのは家業のためと噂されている。

 領地に鉄山を持ち、製鉄も任されているファン=マリオン家は、随分とこの戦争で相当儲けたらしい。

 武器を作るのに鉄は必須だからだ。

 休戦協定が結ばれた今、苦境に立たされている貴族の一人であろう。


「セドリック殿はまだ王になって日が浅いからご存知ないかもしれませぬが。前王が重宝していたものを処罰すると国が成り立ちませんよ」

 レオナルドはその言葉でこの男のことを理解した。

 無能のくせに下手に権力を持っているロクデナシだと。

 脅しのような言葉もさることながら、仮にも王に就いたものを「殿」呼ばわりするとは。

 国民だけならまだしも、他国の王子を迎えている最中なのにもかかわらずだ。


 (真っ先にコイツを処罰しないと国は迷うな)


 顔には出さなかったつもりだが、気配で隣にいたセドリックには勘付かれたようだ。

 再度ニヤリと笑うとセドリックはレオナルドに矛先を向ける。

「レオナルド王子、君ならどう判断する?」

 セドリックの意図を察したレオナルドだが、形式的に一回固辞する。

「お言葉ですが、貴国の内政に口出しするつもりはございません。それは新たな争いの火種になりますから」

「貴殿の意見だけで国は動かさないさ。ただ、帝国の王子ならどう判断されるか知りたいだけだ。元々私もレオナルド王子と同じスペア(立場)だ。王や王太子とは違った味方ができるだろう」

 セドリックのフリは完璧だ。元々レオナルドが仕掛けた話だ。自分の考えを述べないのは失礼に当たるだろう。


 僭越ながら、と前置きしレオナルドは口を開いた。

「私もまずは前王が重宝していたものは――処罰はどうであれ――一時的に重役からは外します」

「何故?」

「理由は二つありまして。まず民の視点から言うと、前王とその周りにいた者に対する不満は募っているはずです。民はきっと前王の悪手で戦争を引き延ばしたと思い込んでいますから。亡き前王の意志を踏襲する者たちを引き続き新王が重宝する。これをすると民は「前王と同じか」と失望します。最悪の場合、内乱になります」

「ふむ」

「次に王の視点から考えますと、王宮にいる者で誰が味方で誰が敵なのか把握するためです。表面上は新王に従うふりをして寝首を掻こうとする者がいるかもしれない。その見極めもありますし……」

 レオナルドは言葉を切って、ファン=マリオンを見た後、セドリックにイタズラっぽい笑みを投げかけた。

「先程ファン=マリオン卿がおっしゃったように、重鎮たちがいなければ本当に国が回らなくなるか試してみたくありませんか? でも、きっとセドリック王でしたら穏便に物事に対応されると思うので、こんなことはお考えにはならないと思いますが、私は気が短い方でして。

……少なくとも私なら他国の王子がいる前でセドリック王のことを「殿」呼ばわりするような臣下は今ここで真っ先に処罰しています」

「なっ……!?」


 レオナルドの言葉に目を剥いたのはファン=マリオン卿だった。

 そしてそんな彼を横目にセドリックは愉快そうに声を上げて笑う。

 どうやらレオナルドの回答は、セドリックを満足させたようだ。

 レオナルドはセドリックの笑い声しかしない静まり返った会食場で涼しい顔をして温くなった蒸留酒に口をつけた。


「そうだな。レオナルド王子の言い分はもっともだ。ファン=マリオン卿、退出しなさい」

「なんだって!?」

 セドリックの命にファン=マリオンは立ち上がり怒りを露わにする。

「私がどれだけ! ……どれだけこの国に尽くしてきたと思っているんだ!」

 バンッとテーブルを叩き、皿が宙に浮いてガチャンと音を立てる。


 辺りがシーンと静まりかえる。更にファン=マリオンは自分がどれだけ国に貢献しているかまくし立てる。

 レオナルドは内心嘆息する。他の者も同じ気持ちであろう。


 ――ルトニア国が中々戦争を終わらせなかった原因の一つはこの者だと。――


 無能な者を重宝していた前王や王太子はもう既に亡い。セドリックは家柄でなく能力で人を登用するタイプだ。

 後ろ盾は既に無いのに、気づいていないのは本人だけだ。

 彼に注がれる冷ややかな視線がどんな意味を持っているのか考えもつかないのだから。


 セドリックは黙って手を挙げた。部屋の隅に控えていた警備兵二人が素早くマリオンを取り押さえ、退出させようとする。

「ふざけるな! 離せっ! 私を誰だと思っている!!」

 この場に及んでまだふざけた事を口にするマリオンにセドリックは呆れたように声を出した。

「一貴族にすぎない貴殿が王より上だと申すのか?」

「ぐぅ……」

 さすがに言葉を無くしたマリオンにセドリックは尚も言葉を重ねた。

「他国の王子、それも今後友好関係を結ぼうと誓った国の前で見苦しい言葉を放った罪は重い。その一言で再び戦争の火蓋が切られた際、貴方の命一つでは到底まかないきれない程多くの民が命の危険に晒される。国益を失っていることがわからない者はこの場に相応しくない」

 連れて行け、とセドリックが厳しく言い放ち、まだ何か喚いているファン=マリオンは強引に部屋から退出していった。



 嫌な沈黙が降りる中、最初に口を開いたのはセドリックだった。

「騒がしくして申し訳ない。先程の者は早急に処罰をする。この場に免じて水に流し、末永い友好国として付き合いをお願いしたい」

 セドリックの思惑が手に取るように予見できるレオナルドにとっては白々しいとも思えるやり取り。

 だが、上流階級は往々にして回りくどい会話が必要となる。

 馬鹿らしいという気持ちを隠し、レオナルドも首を横に振り、新王に詫びる。

「いえ、王が謝ることはございません。私も彼の立場を考えず少々過激なことを申し上げ、失礼いたしました。皆様も楽しいお食事の雰囲気を壊してしまい申し訳ございません」

 異国の王子から丁重に頭を下げられ、慌てるルトニア貴族たちだが同時にホッとした雰囲気を取り戻す。

「ならば仕切り直しだ。皆、グラスを掲げよ。……乾杯」

 タイミングを見計らったセドリックの機転で再び和やかな食事がはじまる。

 一言二言穏やかにレオナルドと言葉を交わしていたセドリックは、意地悪そうに口を開いた。


「レオナルド王子、君は見た目は穏やかそうだが、中身は過激だな。さすが傭兵としてマルーンに潜入する度胸の持ち主だ」

 予想外にストレートな物言いだ。

 セドリックはレオナルドに「忍び込んでいるのは知っていた」と言ってきたのだ。

 セドリックの打ってきたジャブにレオナルドは一瞬迷う。


 サラッと受け流すかしらばくれるか。

 考えた末、レオナルドは開き直ることにした。

「目立った外見をしているためすぐに見つかると思ったのですが、堂々としていると逆に指摘されないものですね。おかげで色々と調べることが出来ました」

 ニコリとするレオナルドだが、セドリックを除いた周りの人は凍りつく。

 セドリックも同じような笑みを浮かべて応酬する。

「調べられても困ることはなかったものでね。そのまま我が国の傭兵として働かないかね」

「申し訳ございませんがお断り致します。私はアタナス帝国の王子としての任がありますし。もっとも……」

 緊張した様子の人々を横目に、レオナルドは言葉を続けた。

「従来気が短いものですから、重要な任には就けないのですが。でも、たまには短気も役に立つのだと先程実感致しました」

「と、いうと?」

「ファン=マリオン卿の噂はこちらも把握しておりましたし、簡単に罰せれない身分でもありました。先程のやり取りでセドリック王は彼に堂々と処罰を与えられる。こういう使い方をするとき、王族の肩書は便利なものですね」


 沈黙の後、セドリックは豪快に吹き出した。声を上げて笑うセドリックはよっぽど珍しいのだろう。

 周りの者がギョッとした顔で王をみる。

 セドリックはというと、満足するまで笑うとレオナルドに向き合って右手を差し出した。

「レオナルド王子は面白いな。ぜひ君とも友好を深めたいものだ」

 レオナルドは差し出された手を握る。

「こちらこそ。ただし、お手柔らかに頼みます。私は()()()()()でしかありませんから」

 自分をわざと揶揄する言葉を放つレオナルドに再びセドリックが吹き出したのは、言うまでもなかった。

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