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交渉


 認めたくはないが、きっとレオナルドとセドリックは似たもの同士なのだろう。

 少人数の部下を連れ、マルーンに移動したレオナルドは、セドリックと考えが近いことを認めざるを得なかった。

 年もさほど変わらない。国は違えど共に第二王子と、立場が似ているのもあるだろう。

 自国に対しての見方が驚くほど似通っているのだ。


 愛着心がないのか、恐ろしい程冷静に自国を判断している。場合によっては、国を植民地にすることも厭わないくらいの勢いなのだ。

 その考えは王族や貴族の地位を守るため、国の存続を何より大事にして日々奮闘している父や兄にはない。きっと崩御したルトニア国王と王太子も同じだっただろう。

 だが、レオナルドは民――庶民を守るために王族や貴族の地位を捨てることが最善の方法だと思ったら、セドリックと同じように上流階級の者を切り捨てる判断をするだろう。


 レオナルドは複雑な気分だった。

 父王の跡は兄が、と心から思っているのに、セドリックの姿が近い将来の自分に重なって見えるのだ。

 だがレオナルドにとっては、間違いなく前のルトニア国王よりもセドリックのほうが交渉はやりやすい。

 前王だったら停戦や敗戦を認めず、その首をアタナスが落とすまで戦を止めなかっただろう。

 父王と同じ考えを踏襲していた、王太子だったセドリックの兄も然り。

 どちらが良いのかは分からないけれど、一般庶民にしてみれば、セドリックが王に立った方が良かったのだろう。

 戦争は、いうなれば上流階級が決めた戦いだ。

 そして犠牲になるのは常に庶民たちなのだから。

 アタナス帝国が掴んでいた情報だけでも、かなりの民間人がセドリック王子の元に集結していたのだから。


 セドリックを一言で表すのは難しい。

 頭が切れるのは間違いない。だが人望が厚いか、と問われると首を傾げてしまう。

 人望がないわけではない。だが、彼は決して万人受けはしない。

 味方もいるが敵――主に貴族たち――も多いタイプだ。

 きっと平時なら王に尤も遠い人物だ。だが、彼は民衆からの圧倒的な後押しで王座に着いた。

 後の世にルトニア国の変革期と伝えられるくらいの出来事である。


 その場面に立ち会っているのがレオナルド(自分)というのも何か暗示しているようで嫌気がさす。

 しかし、油断はならない。セドリックはまだ何か持っている。

 勘でしかないが、彼の抜け目ない視線はレオナルドの一歩二歩先を見据えているような気がする。

 気を引き締めるレオナルドの気持ちを知ってか知らずか、セドリックは単刀直入に申し出た。


「休戦協定を結びたい」

 と。


 セドリック王から先に提示された条件は三つ。

 

 一、アタナス軍を首都ヒースと国境の町マルーンに常駐させること。

 二、国立図書館をアタナス帝国に常時開示すること。

 三、アタナスとルトニアの国交再開。それに伴い、国の許可書を持っている者に入国許可を与えて商いをすることを認めること。


 予め記していたであろう書面を差し出す。もう既に「ルトニア国王セドリック・フィリベール・ルトニア」のサインと国印が押されている。


 レオナルドは書面を一瞥すると、若き王に向き合った。

「一見アタナス帝国(我が国)に有利な条件に見えますが、この条件は呑めません」

「呑めない、とは?」

「まず、一つ目の条件。休戦にするならわざわざアタナス軍を貴国に常駐させる必要はありません。これは、我が軍を常駐させることで民衆の不満を国ではなくアタナスに向けようとする意図が感じられます」

「ほう」

「二つ目ですが、国立図書館は数年前に重要な蔵書を教会と王宮に秘密裏に移送したと聞いています。国民なら誰でも立ち入ることができる国立図書館にある書物でしたら既に我が国も内々に調べがついています。教会及び王宮の蔵書の閲覧許可を求めます」

「ふむ」

「最後の条件ですが、貴国はどのような者に通行許可を与えるつもりでしょうか?国の許可証を出すのであれば、相手国――ルトニア国の者がアタナスで商売をしたいのであれば、アタナスで審査の上、許可証を出す必要があります。我が国に気軽に入国し、スパイ活動や破壊活動をされると堪りませんから」

 レオルドはそこまで伝えるとにっこり微笑んで、出された茶に手を付けた。

 そして、一口飲むと思い出したかのように言葉を添える。

「そういえば重要なことが書いていませんね。貴国は教会と貴族方の対応はどうなさるのでしょうか? この度の戦が十年もの長い年月だったのは、先王が重宝されていた貴族方の判断と教会の司教たちの強い口添えがあったためと聞き及んでおります。貴国の内政ですからあまり口出しはしたくはありませんが、国王としてその者たちの処分はなさるのでしょうか?」

 軽く受け流されるのは目に見えているが、レオナルドは柔らかい言葉ながら口調と表情で圧をかける。

 言外に「舐めんなよ」というニュアンスを滲ませながら。


 そういうところがまだお子様なんだよ、と心の中で笑ったセドリックは、別の書面を取り出した。


「済まないな。これはたたき台であった。本物はこちらだ」

 白々しく紙を取り替えたセドリックにレオナルドはイラッとする。もちろん顔には出さないが。

 改めて差し出された書面を――今度は熟読する。


 一、ルトニア国の都市・マルーンをアタナス帝国の監視下に置くこと。具体的な監視方法は国家間で協議するものとする。

 これは、国主、国民がアタナス帝国に争う意志を無いことを示すと同時に、軍部の一部の者による反逆の可能性を抑制する意図がある。そのため敵意があると判断した者についてはアタナス軍独自での処罰も認めるものとする。

 二、ルトニア国はアタナス帝国の要請のある書籍の提供を行うものとする。ただし、国家機密もあるため王宮にある書物についての判断はルトニア国が行う。尚、教会に保管している書籍――主に聖女関連、ルトニアの歴史――については無条件で閲覧可能とする。

 三、アタナス帝国とルトニア国の国交を再開する。尚、使節以外の観光、商売、就労、勉学目的での入国は、相手国による審査を受け認められた者のみ入国可能とする。

 四、ルトニア国は、現在の大教会のトップである司祭を蟄居させることとする。また、教会と聖女の在り方を今一度検討することとする。ただし、国民の大多数が太陽神と月神を信仰していることから、国民の意見も取り入れつつ改革を行う。

 五、現在アタナス軍が占領しているマルーン以西の二町村をアタナス帝国に譲渡する。



 二回ほど読むと、レオナルドは一点だけセドリックに確認をした。

「最後の項目ですが、二拠点も譲り受けてよいのですか?()()()()()しているとはいえ、ルトニアの民の思い入れもある地ではないでしょうか?それにその二つの拠点を頂くとすれば、国境が変わりますが良いのですか?」

 セドリックに仕返しとばかりに殊更()()の言葉に力を入れたレオナルド。

 だが、セドリックは煽りには乗らない。淡々と答えを返す。

「良い。十年前よりルトニア人はそこに住んでおらぬ上、我が国では彼の地は悲しい思い出の地になっておる。今更住みたい者もおらぬだろう。……両地に住んでいた民をほぼ皆殺しにしたのは、確か貴国の現王だったな」

 セドリックの辛辣な切り返し。だが事実である以上、レオナルドに申し開きの言葉はない。

 我が国にも言い分はある。それがルトニアにとっては不義理でも、アタナスにとっては正義なのだ。

 アタナスとてルトニアが宣戦布告もなくいきなり攻め込んできて、多くの一般庶民が殺されたのだ。

 それがなければ、見せしめのように両地を落とすことはなかった。


 それが戦争といえば黙るしかないが、この十年で両国の間で命を落としたものは数知れない。これ以上犠牲を払わないうちに休戦協定を結ぶのは、両国にとってもメリットだ。

 それに新しく条件が書かれた書面を見ると、アタナスに不利な条件はないように見える。占拠している一拠点は欲しいと思っていたが、二拠点共アタナスのものになる。

 ルトニア国王から提案されたというのは何か裏を考えてしまうが、内容は事前想定よりアタナスが望んでいる以上のものになっていた。

 国王の許可はいるだろうが、この内容ならサインするだろう。


「お預かりします」

 持っていた書類を側に控えていたアランに渡す。

「国に持ち帰り、精査いたします」

「必要か?貴殿が一任されているのだろう?」

「ええ。私が任されておりますが、残念ながら王ではありませんので。私のサインでは国家間の条約は結べません」

 ふん、とセドリックは鼻を鳴らす。どこか小馬鹿にしたように聞こえ、レオナルドはカチンとくる。

「結局貴殿は決定権を持っていないということだな。……つまらんな」

 レオナルドは笑顔を貼り付けたまま、こめかみに青筋を浮かべた。

「レオナルド王子」

 気配を察したアランが静止するように声を掛ける。

 わざと怒らせているのだから冷静になれ、というようなアランの声色。

 わかってる、というように軽く手を挙げたレオナルドは、次のセドリックの言葉につい冷静さを失った。


「そういえば貴殿はエレナが欲しいようだから差し上げよう」



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