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どうせ好き。

「しゅーん」

「何?」

「カラオケ行こ」

「いいよ」



 紗来(さら)が言った。俺は当然のように頷いた。

 いつものことだ。俺たちにとっては。

 俺と話していた友達、健汰(けんた)は呆れたような顔で俺を見た。


「お前ら、ほんと仲いいのな」

「うん」

「……ほんとに付き合ってないの?」

「うん」

「付き合わないの?」

「……そんなんじゃないだろ」


 えーお前今彼女いないんだしいいじゃん、町田普通に可愛いと思うけどな。ああでも俺的には○○が好み。俺、ボブ好きなんだよ。あと地味にいい身体してね?

 俺は健汰の話をつけっぱなしのテレビのニュースを聞くように聞いた。


 そんなんじゃないだろ。

 俺が?紗来が?それともお互い?

 俺のことを熟知した俺よりも少し意地悪な俺が、気持ちの悪い笑顔で聞いてくる。

 俺は心の中でそいつに「うるせえよ」と返して、出てこられないように鍵付きの箱の中に閉じ込めた。



 紗来と初めて話したのがいつだったか、何度か考えたがどうしても思い出せない。

 ただ、クラスの男女六人くらいでカラオケに行って、帰り道に少し話したことは覚えている。

 たぶん、それが、『俺』と『紗来』のはじまり。


「好きな人いるの?」

「ん?『俺』」

「ええ?ナルシやん」

「はは。嘘噓」


 そのときの俺には彼女がいて、でもなんとなく言いたくなかった。

 彼女のことを、『別に嫌いじゃない』くらいの気持ちで好きだったこと。彼女がいるのに、紗来に興味を持ったこと。

 知られたくなかったのは、きっとそういうこと。



 けれど、彼女の存在はいつの間にか紗来にバレていて、バレた数週間後にはその彼女と別れていた。

 俺からは言っていないから、たぶん友達の誰かから聞いたんだろう。

 少なくとも俺に彼女がいると知った時点で、紗来の中で俺の位置は『友達』で確定して、それは俺が彼女と別れた後も変わらなかった。



***


 カラオケで二時間、紗来と歌った。

 紗来は、歌は別段うまくないけれど、ずっと聞いていたいような声をしていた。

 頼んだポテトを頬張る紗来の頬に、なんでもないことのようにスカして触れた。

 俺は無表情に、一人で勝手に照れて、紗来は不審げな顔でもぐもぐしていた。


 それから二人でスタバに行った。

 俺は教科書とノートを開き、勉強している風を装いながら延々ペンを回し、真面目にペンを動かす紗来の顔をちらちらと見ていた。


「そういえば舜、最近彼女とはどうなん?」

「え?」


 話していなかっただろうか。紗来はずっと、俺に彼女がいると思っていたのだろうか。

 俺はひっそりとショックを受けながら答える。


「……別れた」

「え、噓。ごめん」

「いや、平気。別れたのだいぶ前だし」


 せめてもと、しばらく彼女がいないことを主張してみる。

 ふうん、と紗来は薄いリアクションをし、俺はがっくりと肩を落とした。



「あ、そういえば」

「うん?」


 紗来が思い出したように手を止め、俺は顔を上げた。


「よそのクラスの男子に、ライン聞かれた」

「……へえ」

「今度、スタバ行こって」

「ふうん」


 俺は無意味にシャー芯を出しては引っ込め、紗来から目を逸らした。


「行けば?」

「数回話しただけの関係やのに?スタバ行って何話すん」

「知らんわ」


 紗来の顔が見れなかった。

 苛立ちと動揺を隠すように硬い声で答え、「トイレ」と言って席を立った。



 俺と紗来は友達だ。ここまで友達できてしまった以上、どうしようもなく。

 でも、少なくとも俺のほうは、少しの独占欲と、ただの友達というには大きすぎる好意があった。



 家に帰り、ベッドに寝転んで手を見た。

 紗来の頬の感触を思い出し、勝手に赤面する。


 紗来があの距離を許すのは、俺だけであってほしい。

 俺が触れたら、紗来はちょっとむくれつつも笑って、……という都合のいい妄想が始まりかけたが紗来の不審者を見るような目を思い出し、現実に戻る。

 ま、でもとりあえず。

 ……紗来の頬、柔らかかったな。



 頬杖をついて授業を聞くふりをしながら、紗来を盗み見る。

 紗来はペンを持ったままうとうとしていた。

 ……くそ。可愛いな。

 他の誰が寝ていてもなんとも思わないけれど、紗来が寝ているとずっと見ていたくなる。

 これってやっぱそういうことなんだろうか。


「……やま。おい、城山」

「……はい?」

「はい?じゃねえよ。問五」

「あ、すんません」

「ったく。ちゃんと聞いとけよ、テスト近いんだからな!」


 俺が怒られた途端に皆は起き始め、俺は隣の女子にくすくす笑われながら問五を答えた。

 くそ。かっこ悪。




 昼休み、俺は他のクラスの女子に呼び出され、学校の中庭の隅で告白された。


「あの、城山君のこと、結構前からいいなって思ってて」

「……まじで」

「うん。委員会のとき、いつも手伝ってくれたでしょ?」


 言われてみればそうだったような気もする。

 だが告白してもらえるほど大したことはしていない。ぶっちゃけ、「え、そんなんで……?」という気持ちだ。


「あの、だから、付き合ってくれないかな……?」


 潤んだ瞳に上目遣い。正直女子にこれやられて心が動かない男なんていないと思う。


「……まじか。えーと」


 このまま付き合ってしまおうか。ここで俺がうんと言えばなんか色々うまくいく気がする。

 可愛いし。なんかちょっと、……おっきいし。


「めっちゃ嬉しい。だけど」

「けど?」

「……付き合えない。ごめん」

「なんで?」

「うーん」


 なんで?

 なんでかは分からないけれど、紗来の顔が浮かんだ。


「好きな人いるとか?」

「……まあ、そんな感じ」

「そっか」


 その女子は頷いて足早に去っていった。名前を呼んで、ありがとう、と声をかけようとしたが、名前は出てこなかった。

 我ながら最低だと思った。



 俺は紗来と付き合いたいんだろうか。

 だが仮に付き合ったとして、どうするというんだろう?

 二人で飯も行ける。部屋に二人きりでも困らない。

 そんな関係なのに、付き合って何が変わるというのだろう。

 じゃあ今のままでいいじゃないか。

 紗来は友達。紗来もそれを望んでる。

 俺もそうだ。男友達の中で、一番仲がいい。その一番を、壊したくない。

 たまにどうしようもなく触れたくなるのは、男の子だからしょうがない。


 そうやって、感触を忘れさせるみたいに手を握りこみ、教室に戻った。


 認めたくない。認めたら、きっと辛くなる。

 だって、どうせ好きだ。振られたって、どうせ。


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