切り裂き魔事件①
本編です。
まだ書き慣れてないので、誤字脱字、文章表現がおかしい箇所があるかもしれません。
帝都ヴァルハラ。
広大な魔界に点在する人工都市の中でも最大規模の敷地を誇り、都市を囲むように聳える外壁の内部には、およそ二千万人もの人間が収容されている。
帝都の中には複数の街が存在しており、それぞれの土地に居住区や市場、教育機関が設けられ生活規制がされている。
基本的に帝都の中央付近に分布している街ほど設備が良く、反対に外壁に近い外側の街ほど設備が悪い。最も外壁に近い街はスラム街となっている。
これには身分の差が大きく関係している。端的に言えば安全性の問題である。
もともと魔界は魔族の世界であり、人間が増加している現在でも帝都の郊外には多くの魔族が暮らしている。
当然その中には人間を良く思っていない者も多く、帝都が魔族の襲撃を受けることは珍しくない。
万が一外壁を突破された時、真っ先に危険が及ぶのはスラム街の住人だ。
一応スラム街にも警備兵が敷かれているが、外壁を突破出来る時点で一般の警備兵がどうにかできる魔族ではないので、結局中央区から対魔族の専門家が駆け付けるまでスラム街は荒らされ続けるのである。
スラム街の住人からは不満の声が吐き出されるが、帝都の中央区……その中心に住まう『帝王』は一切耳を傾けず、依然この態勢は変えられることがない。
もともと人が密集する帝都だ。人が増えれば、その陰で犯罪も増える。
解消されない不満が火種となり、スラム街の住人やその他の住人を犯罪行為へと走らせてしまう。
次々と犯罪に手を染める市民達と、そうさせてしまっている政府による悪循環。
よってこの帝都は別名『犯罪都市』と呼ばれている。
例え学生でも、金さえあれば簡単に薬や拳銃が手に入るのが現状だ。
そんな事件など日常茶飯事と化している帝都だが、最近群衆を賑わしている一つの怪事件があった。「切り裂き魔ぁ? あ~最近話題になってる通り魔事件のことね」
「もう十人くらい斬られてるんでしょ? しかも何人か死んでるって」
「マジで? 半端ねぇじゃん。まだ犯人捕まんねぇのかよ」
「それがさぁ、まだ犯人が男なのか女なのかさえ解ってないらしいよ。被害者は口を揃えて『何も見てない』の一点張りで」
「スゲー。そこまで行くと犯人尊敬しちゃうわ。暗殺のプロか何かかよ」
「さぁ? なんか魔族が絡んでるって噂もあるよ」
「魔族かぁ。じゃあ近々ヴァルキリー部隊見れるかもな」
「そしたら写メ撮んないと」
「うまく撮れたら俺にも送れよ」
目的の話題から脱線し、雑談を始めてしまった二人の学生を見て、少女は舌打ちしながらその場を離れた。
此処は学校。高等部である。
今は桜がキレイな季節であり、此処『紅蘭学園』の敷地にも、桜並木が校門から校舎に向けてのびている。
桜といっても天然の物ではなく、クローン技術によって生み出された人工的な物なのだが……素人の目では天然の桜と何が違うのかさっぱり分からない。
そもそも校門をくぐり抜けていく生徒達の大半は、これから始まる学園生活の事で胸いっぱいで、桜の事など考える余裕がなかった。
本日は紅蘭学園の入学式。皺のない真新しい制服に身を包んだ新入生達が、甘い期待と苦い不安を噛み締めながら、学園生活のスタートを切る最初の行事である。
ちゃんと友達が出来るだろうか? どんな教師が担任になるのだろうか? 新しい環境で上手くやっていけるだろうか? 彼女は出来るだろうか?
様々な気持ちを浮かばせながら、新入生達は今、新たな一歩を踏み出そうとしている。
新入生は勿論、受け入れる側である二三年生や教師陣も様々な期待や想いを巡らせているのだろう。
学園全体が暖かなムードに包まれる中、此処に一人、鬱屈とした表情をしている少女が居た。
先程二人の男子生徒に話を聞いていた少女である。
意志の強そうな瞳と、腰まで伸ばしてある、ゴムで留められ尻尾のように揺れている茶髪が特徴的な女の子。
彼女の名は南條深夏。今年から紅蘭学園に入学することになった新入生の一人である。
「はぁ……所詮は噂ってことかもねぇ」
呟きながら、深夏は深く溜め息をつく。
周りの雰囲気に対して、深夏のテンションは明らかに低かった。
別に、学園生活に対して全く関心がないわけではない。他の新入生と同じように学生生活に期待だってしてるし、多少の不安だって抱いている。
しかし今、学生生活以上に気になる事柄が彼女の胸の中には渦巻いているのだ。
『切り裂き魔事件』
最近ワイドショーでもよく取り上げられる通り魔事件である。
昨年の12月後半に第一の犠牲者が出てから今日に至るまで、既に約十名が被害にあっているにも関わらず、犯人の手掛かりが一切掴めていないとのこと。
犯行はいずれも同様に人気のない路地裏で行われ、鋭利な刃物で全身を切り刻み、時には腕や脚を切り落とすという残酷なものだ。
被害者の所有物が事件後に紛失していることから、金品を狙った犯行だと推測されている。
これ以外に不可解な点が複数あることから、切り裂き魔事件は怪事件とされている。
深夏はこの事件の詮索に熱を入れていた。
原動力は決して正義感ではない。 帝都での生活に置いて、正義感ほど重荷となるものはないだろう。
仮にも犯罪都市と呼ばれている帝都だ。正義感に振り回されていたら、それだけで人生が終わってしまう。
それに下手したら、暴力団や権力者から余計な恨みを買うことになりかねない。
正義を貫くには命を懸ける覚悟と、相応の力が必要なのだ。
それでは何故、深夏は切り裂き魔について調べているのか?
その理由は、先日切り裂き魔に対してかけられた懸賞金である。
調査を重ねてもなかなか尻尾を見せない切り裂き魔に業を煮やした政府は、遂に切り裂き魔に対して多額の懸賞金をかけたのだ。
それもDOA。つまり生死は問わないということ。
加えて、捕まえなくても確かな情報さえ掴めれば礼金が貰えるらしい。
金に困っている訳ではないが、学生となればいろいろ出費が嵩むだろうし、金はあって困ることはない。深夏はちょっとした小遣い稼ぎと好奇心に動かされ、捜査を始めたのだった。
しかし、ほとんど素人な深夏の捜査は早くも行き詰まりを見せていた。
この前掴んだ『紅蘭学園が怪しい』という情報を頼りにわざわざ早起きして朝から生徒に聞き込みを行っているのだが、精々ニュースで流れた情報に色を付けた程度の情報しか手に入らず、不毛な時間だけがダラダラと過ぎていく。
「……そろそろ入学式が始まる時間ね。はぁ、結局収穫無しかぁ……」
聞き込み調査を切り上げて、会場である体育館に向かおうと深夏が思ったその時だった。
「やぁ君。こんなところで何してるの? もしかして体育館の場所分からなかったりする?」
突然背後から男の声が聞こえたかと思うと、次の瞬間には深夏の肩には腕が回されていて、紅蘭学園の男子生徒らしき少年が顔を覗き込んできた。
ナンパか?
深夏は鬱陶しそうに男子生徒を一瞥すると、
「大丈夫です。お構い無く」
素っ気なく言葉を返して男子生徒の腕からすり抜ける。
だが男子生徒も負けじと深夏の前に回り込んで引き留めようとする。
「まぁまぁ。そんな釣れないこと言わないでさ、ちょっと付き合ってよ。ほら、ちょうど俺らも体育館に行くところだし。なぁ武ちゃん?」
そう言って男子生徒は深夏の背後に目を向けた。
深夏が振り返ると、そこにはもう一人男子生徒がいた。
声を掛けてきた男は軽薄そうな細身の黒髪なのに対し、背後にいた男はガッシリとした身体付きの長身の白髪であった。
黒髪だけなら殴り倒して体育館に直行出来そうだったが、白髪を殴り倒すのは深夏には厳しそうだ。
どうせこの様子では黒髪は逃してくれないだろうし、下手に抵抗して喧嘩になったら面倒だ。
喧嘩で負ける気はしない深夏だったが、登校初日から問題を起こすのは今後の生活に響くと判断。
「……分かったわ。体育館までなら」
「よしきたっ! じゃあ話でもしながら行こうか」
馴れ馴れしく肩に手を回してくる少年が勘に障るが、深夏は渋々ながら二人の男子生徒と共に体育館へ向かうことになった。