悪夢
「旦那様、雪様こんなものが‥」
震える手で執事がレオンに紙を渡した。覗き込むと息を飲んだ。
小さく、でも丁寧な整った字。見つかった、絶望して声が出ない。情けない息が漏れた。
「この手紙の送り主を知っている?」
優しい声でレオンが聞いてきた。この手紙が送られてきたということは、すぐに連れ戻されるのだろう。
「はい‥‥。知っています。」
もっと私のことを知って欲しかった。もっとレオンのことを知りたかった。こんなにあっけなく終わりが来るなんて。あまかった。
「言える範囲でいいんだ。君の過去を教えて欲しい。なぜどこか寂しそうな顔をしているのか、教えて欲しい。」
この声だからあの日も安心したのだろう。レオンの声は魔法の声だ。思い出したくもない過去の辛さを、この人になら吐き出せるかもしれないと思ってしまうのだから。
△△△△
ずっと心配そうな執事を置いて、ニコニコメイドが部屋まで温かい紅茶を持ってきてくれたところで覚悟を決めた。何度も目を閉じて深呼吸をするとレオンが手を握ってくれた。この家の温かさに本当に感謝した。
「私の家族はとても仲が良いんです。両親と六歳年の離れた兄と私、小さい頃から家族で旅行に行ったり、食事もいつも一緒にとっていたんです。でも、私が小学4年生の時に母が亡くなりました。その時からすべてが変わったんです。」
自分でも声が震えていることが分かった。レオンが大丈夫だよ、というように強く手を握ってくれた。
「父は私と兄に暴言を吐き、暴力を振るい始めました。毎日じゃないんです。仕事でつらいことがあった時とか、お酒を飲んだときとか。気分が高まってしまうんですよね、きっと。ある程度気が晴れたら今度は泣き出すんです。ごめんなさいって。」
私も兄も体、精神共に限界だった。あれ以上あそこにいたら殺されていたかもしれない。もしくは自殺していただろう。
「兄が大学に入ると同時に一緒に家を出ようと言ってくれたんです。兄は相当頑張っていたんだと思います。奨学金とバイトで何とか暮らせたんです。幸せでした。」
そう、貧しくて家が狭く、決して学校帰りに遊んで帰ることもできなかった。そもそも、すっかり心を閉ざしてしまった私に友達と呼べる人などいなかった。でも、家に帰ることが怖くなかった。だから幸せだった。
「ある日、いつもバイトで帰りが遅い兄が珍しく早く帰ってきたんです。その顔を見て驚きました。だって意識がもうろうとしていて血の気が全て引いていたんです。何かあったのだな、とすぐ分かりました。いきなり腕を掴まれて抵抗する間もなく抱かれたんです。」
寸前までいうか迷った。汚くなった自分をレオンに知られたくなかった。でも、レオンは黙って私を抱きしめた。
私は、レオンの腕の中で話を続けた。
「許せなかった。でも、私にはそこしか居場所がなかった....。だから耐えて耐えてきたんです。それでも数日後に知ってしまったんです。父が亡くなった。誰かに殺されたって。」
誰が殺したかは、一目瞭然だった。私には、一瞬の幸せも許されなかった。その日、私は自分で自分を殺した。つまり心を殺した。
その時から、私の中に別の私が乗り移ってきた。ずっと私を死に誘う誰かが。




