6話 出来損ない
素晴らしい天気と街の活気に、思わず食あたりを起こしたような気分になる。ここは王都、大国の王城がある街というだけあって、商業が発展していた。
リアムの家がある山の麓の街とは比べ物にならない程に近代的なつくりの建物が多い。近くに音楽劇団でも来ているのか、王都の盛り上がりはレティアの記憶よりもかなり大きかった。
今日は、リアムと共に備蓄の買い出しに来ていた。備蓄といっても、食料ではなく任務で使う道具類のようだが。
あと一週間もすれば買い出しだけはたまに引き受けてくれるセイラが帰宅する予定なのだが、王都に急ぎの用があるということでリアムが名乗り出たのだ。
その時に同行者としてレティアが志願したから、共に王都への汽車に乗り込んだ。
汽車から降りて、リアムの隣に並んで歩き出す。カタンとブーツの踵が鳴った。
一般的な休日というだけあって人が多い。王都でずっと暮らしていたはずなのに人集りに慣れていないレティアは、リアムの少し後をピッタリとついて進んだ。
リアムはスルスルと人集りを抜け、新聞と花の押し売りをかわしていく。
そのまま素早く改札を抜けると、駅前の広場があった。そのベンチに二人で腰掛け、買い出しの内容のメモを見せられる。
そのメモはメモと呼んで良いのか分からないような状態だ。数枚の大きめの紙を綴じたもの。リストと呼んだ方が正しいのかもしれない。
「飛び道具に短剣、サーベル、斧......って、物騒ですね」
レティアが武器をまとめた部分に注目すると、リアムは何てことないようにツッコミを入れた。
「暗殺者だからな」
「それはそうですけど。斧を使う人なんているんですか?」
エレナでは無理だろうから、リアムかヘヴンか。だが、予想と反してリアムは首を振る。
「詳しくは知らないが、セイラが使うんじゃないか」
「............セイラさんが?」
セイラはレティアよりも小柄である。あんな小さな体で斧を振り回すのか。訊ねてみるがリアムでも見たことがないらしい。
今度聞いてみましょうかねぇ、と呟くと、リアムが付け足してくる。
「僕が師匠に言われたことなんだがな......『あまりセイラを怒らせると痛い目見るよ』だそうだ」
「え、そんなに危ない子ですかね......というか、師匠は割と言い争ってません?」
「あれには理由がある」
ふぅん、と頷く。「嫌がらせだ」と聞こえた気がするが、気のせいだろう。もっと崇高な理由があるに違いない。
大きな角を曲がって、新たな疑問を告げる。
「......あ、この辺りは変装道具ですか?」
「そうだな」
「............量、すごく多い気がします」
やはり多いか、とリアムが呟く。
店の指定をし、その店の服の型番がメモに書かれているのだが。型番がメモの七割を占めている。
この馬鹿みたいな量は百パーセントエレナが犯人だろう。
「必要経費だと言い張ってたんだが......」
「私、全然詳しくないですが、流石にこんなにいらないと思いますけど......帰ったら言っておいてください」
いらないと思う。思うのだが、どれが無駄なのかは本人がいないため分からない。全部買うしかなさそうだった。
そこで、リアムは不思議そうに訊ねてくる。
「どうして僕が?」
「..........................................黙秘します」
一週間ほど前の不用意な発言のせいで、エレナと話すのが恥ずかしいからである。ちなみに、あの後から逃げられ続けている。
食事にも毒の混入を疑われているらしかった。レティアとしては「貴女の食事が毒のようなものです」と言いたいところだ。
そっぽを向いて目を逸らすレティアに、リアムはそれ以上追及せず、行こうか、と立ち上がった。
*_*_*_*_*_*
武器、洋服の発注を終え、次の店へと向かう。隣を歩くリアムを見上げる。
「今度、ロブスター料理に挑戦したいんですけど......」
恐る恐る、口にした。
何故確認するかというと、ロブスター料理に挑戦するにあたって、レティアにとって大問題が発生するのである。
「何かまずいことがあるのか? アレルギーはいないと思うが」
「............そのですね」
ふぅ、と気持ちを落ち着かせて。
「すっごく高いんです......!!」
「そうか。買っても構わない」
サラリと許可されるが、ここで流されてはいけない。
元々必要最低限の家事しかしていなかった―本当はセイラの仕事だが―彼が、ロブスター料理を作ることによってどれだけお金がかかるか、知っていると思えなかった。
「ロブスター五尾か六尾。それと道具も足りないんです。一尾一万リゼルを超えるのがほとんどなので、八万リゼルぐらいが一品で消えるんですよ......!!」
「別に構わないが」
「考えてみてください......毎日毎食、こんな食事をしていたらいつか終わってしまいます!!」
「......お前はロブスターがいるのかいらないのか、どっちなんだ」
毎食毎品ロブスターを使う訳でもないだろう、とリアムが呆れた声を出した。
金額を把握しておいて欲しい、というだけだったのに、いつの間にかリアムを説得しようとしてしまっていた。レティアはゴホン、とわざとらしく咳払い。
それから、真っ直ぐにリアムと視線を合わせる。
「欲しい、ですけど。でも、それ以上に」
―言っておきたいことが、ある。上手く言えるかは、分からないけれど。
リアムと出会った夜から、ずっと。レティアの心の中で燻り続けたそれを。
「私を、甘やかしすぎないでください」
そう告げると、リアムは数度瞬きをする。自覚していないらしい。
やや呆気にとられた表情に苦いものを感じていたレティアは、言葉を重ねようと口を開いたところでハッとする。
―今、自分は何を言おうとしている?
意味が分からないじゃないか。迷惑ばかりかけて、あまつさえ。
自分はまだ、何も返せていない。何も、自分の誇れるものを示せていないのに。
何にもなれない出来損ないの自分に。
自分の在り方に、吐き気が込み上げてくる。喉がひきつって、唇を噛む。
(............私は、こんなにも)
醜い、と心の中で呟いた。きっと誰よりも、本当に。
そこで、レティアが纏う雰囲気が急変したからかリアムがメモを差し出してくる。そっとしておいた方がいい、と感じたのか。
―その優しさすら辛いというのに。
「残りを発注しておいてくれ......僕は本部に顔を出してくる。一時間後に落ち着いて座れる店にいてくれ」
どの店にいても合流できる、ということだろうか。リアムは「また一時間後に」と告げて去っていく。
その背中に、声を上げた。普通に呼び掛けたはずなのにあの、と上擦った声が出る。リアムが振り向き、続く言葉を待つ間に深呼吸をして。
ギュッと握りこんだ手に爪が食い込んで痛かった。
「どうして、こんなに良くしてくれるんですか......?」
目の前の黒々とした瞳が見開かれる。彼はふっと息を吐くと少しだけ微笑んだ。
そして―
「お前が、僕の弟子だからだ」
そう、今一番レティアが聞きたくなかった言葉を発したのだった。
◯○○
「えぇっと......型番で良いですか?」
「構いませんが......あぁ、<従事者>の方ですか」
<従事者>階級第五級相当の権限を持つものの、登録名がまだ無いので本名を告げることになってしまう。
それに躊躇い、リアムの登録名を宛名にしてメモを読み上げた。
「―〇一三二番、〇一五七番............これで終わりです。全部二倍数、一週間以内にお願いします」
「承りました。お会計は二八七二三八リゼルとなります」
胃がギュッと縮むのを感じる。震える手で何とか鞄からカードを取り出した。
金色の、美しい装飾がされたカードだ。<従事者>階級第一級のみが使えるカード。提示すれば発注の際現金を出さずに仕入れが出来る。月に一度申請分が給料から差し引かれる仕組み。
店員はやや目を見開くと、一度カードを受け取り、本物かどうか確認。返却すると「またのご利用、お待ちしております」と頭を下げた。
店を出て、街頭にある時計に視線を向ける。今のが最後の店だ。リアムと別れて四〇分ぐらい経っただろうか。
(座れるお店......というと、飲食店ですよね)
困ったことになった、と考える。セレナイト学園編入前は王都に住んでいたくせに、レティアは全然詳しくないのである。
リアムに変な店を紹介するわけにはいかない。もっとも、レティアは『変な店』がどんな店なのか分からないのだが。
「あと二〇分しかないんですけど......この辺りって落ち着ける店はあるんでしょうか............っ」
焦りながらキョロキョロと周囲を見渡していたレティアは、肩を跳ねさせる。嫌な予感が凄かった。
―これは。この、魔力の感じは。
(シーラちゃんじゃないですかぁっ?)
セレナイト学園生徒シーラ・ルーティング。一二七と、魔術師を志すにしては少ない魔力量ながらも、優秀な成績を残している女子生徒だ。水属性で、この前魔法交戦大会では準決勝まで進んだ。
同じ階位だったこともある。すぐに抜かされたけれど、きっと覚えられている、と思う。
だから、振り向くわけにはいかない。
「あら」
「..................」
予想通りの声。やはり見つかってしまった。どうしましょう、とレティアは汗を流す。
(声を出すとバレる気がしますし......やっぱり、白髪は隠すべきでしたか......っ?!)
沈黙したまま考えて、それでも打開策というものは出てこない。
全身から冷や汗が噴き出して、レティアの背を濡らす。
「あなた、どこかで。もしかすると、レティアさんでは―」
声を出さずとも、後ろ姿だけでバレたことに絶望する。どうしましょう、とレティアは半泣きになった。
―レティアに訪れた直近最大のピンチ。それは、くだらない意地が原因の、知り合いとの再会だった。