5話 『王国の汚点』
「だって貴方、今日捕まるんですから」
剣戟の音を聞きつけ、扉から出ていこうとしていた女が戻ってくる。
「<青鈍>クンっ......閉じ込められちゃったよ?!」
「この女を殺せ」
レティア一人簡単に制圧できるとでも言わんばかりに、<青鈍>と呼ばれた男は余裕そうな態度を崩さない。
しかし、レティアは女と意思疎通し、隙ができているのを見逃さない。<青鈍>は杖槍に注意を払っているが、攻撃手段は左手に持っている杖槍だけではないのだ。
腕を交差させる。左手には杖槍、右手には氷付与魔術で精製した大槌。風魔法で無理やり加速させつつ、振り抜いた。
すると威力と速度を向上させたこともあり、<青鈍>はおもちゃみたいに吹っ飛んでいく。
「私、怪力の人みたいですねぇ」
「呑気そうにしちゃっ、て!」
女の方も懐から武器を取り出す。その小柄な体で扱うとは思えないような大ぶりの銃。それのグリップで殴りかかってくる。
「火薬で攻撃するんですか? ……珍しい。サイズも合っていないのでは?」
(できるだけソレイユさんに注意を向けさせないようにしないと)
動きで勝てない相手だと思わせる。言葉で誤認させる。表情で勘違いさせる。実際に体調があまりすぐれないので、正直余裕なんてなくギリギリだが、そんなことは悟らせない。
大槌をぶん投げた。女が横っ飛びに転がって回避するところに杖槍を振るうと銃身で受け止められるが、攻撃の手は緩めない。風魔法で不可視の刃を飛ばし、女の身体を浅く切り裂いた。
「そういえば、<青鈍>って言ってましたね」
「―だから、何っ?」
「連邦の鼠が入り込んでいたようで」
王国での登録名は本人を形容するものが多いが、連邦は違う。いくつも既に候補があり、そこからくじで選ぶのが一般的だ。その候補は全て色の名前。敵に余計な情報を与えないための暗号なのに、「連邦の人間です」と喧伝しているようなものなので、どうかと思うのだが。
床に手をつき、左足で足払いをかければ女はバック転で退避。そして銃口を向けてくる。引き金に指がかかった。
しかし、この距離、タイミングであれば杖槍で向きを逸らしつつ避けられる。
あれだけの銃だとさぞかし反動が大きいだろうに。その隙をついて戦闘を終わらせるか―と、そう考えたところで、気付く。粘っているが大したことはない―そう思っていたが、少し感心した。
思わず、ニヤリと笑う。
「なるほど、反動なんて関係ないですね。だってそれ―」
言葉の途中でパン、と。
弾が銃口から発射される音がしたが―実際に発射されたのは、銃弾ではない。
「魔術を撃ちだす魔導具みたいなものですから」
レティアに襲いかかったのは、魔導具で生成された岩の塊だ。杖槍で弾いたものが追尾してくるが、そんなものは相殺すればいい。
肉薄するレティアに、女が焦ったような声を上げる。
「なんで分かっ―」
「なんでも何も……全部、見えてます」
「はぁっ?!」
杖槍で一閃。杖槍の片端につく刃で女の胴体を切りつけた。すぐに使用人服に血が滲み出す。呻いてうずくまる女の銃を蹴って遠くに滑らせ、首筋に手を当てる。
死なれると都合が悪いので、失血死しないように治癒魔術で傷口だけ塞いでおく。
「連邦政府の依頼ですよね。<漆桶の魔手>について知っていることは?」
「……話すことはない、から」
「王国の法律では拷問が禁止されていませんが」
あまり考えたくないことだが、最前線で捕縛された捕虜や犯罪者は拷問にかけられることも珍しくない。王国は他国と比べて治癒魔術のレベルが高いので、傷がついた側から治療され、苦痛は長く続く。
そのことを知ってか知らずか、女は渋々といった様子で口を開いた。
「……連邦のスパイ。王都で仲間がテロを起こす。長女ソレイユの誘拐はついで。<漆桶の魔手>の名を出せば<従事者>はホールに群がるから、防衛の手を薄くするための陽動をしてる」
「犯行予告は本物ではないんですね?」
「……そう。もうしばらくすればテロが始まる」
そこまで聞き出してノルアを呼ぶ。<従事者>本部への伝言を頼み、レティアは一息ついた。
<漆桶の魔手>の襲撃がないのだとしたら、王都からわりと離れた屋敷はかなり安全だ。王都で起こるテロは王国民が蜂起したと装われ、王城を攻めるもの。王族の始末が目的ではなく、国民に王への不信感を残すことが目的のようなので、こちらには攻撃が回らないだろう。
<漆桶の魔手>と戦うのだと思っていたから、拍子抜けする気分である。
「この二人、封魔石を持っているんですよね……とりあえずそれを拝借して、捕縛して……その後師匠に指示を仰ぎますか」
女の身体を探って封魔石を探す。しばらく探しても中々見つからず、<青鈍>の方が持っているのだろうと立ち上がろうとしたところで、女が口を開いた。殺気とともに、言う。
「ねぇ、<青鈍>クン―あたしら、けっこう上手くやったと思うよ」
「―まだ」
やる気か。
「後ろ」
緊張の糸がピンと張る。反射的に女の視線と言葉を追い、振り向いた。しかし、誰もいない。
女の方を向き直す。笑っていた。
そこで初めて、魔力を追い始める。
レティアが見つけるよりも、答えの発表の方が速かった。
<青鈍>の声が小ホールに響き渡る。
「―上だ」
陰が差して、天井を見上げる。<青鈍>がいつの間にか登っていたらしいシャンデリアから剣を構えて飛び降りてくる。
(……避けられない)
女の方も武器を構えるのが分かる。音からして銃か。小銃を隠し持っていたらしい。
片方しか避けられない。上と、背後からのダブル攻撃。
思えば、明らかに女よりも強そうだった<青鈍>がすぐに戦闘から脱落したのがおかしかったのだ。相手が敵を倒したと思って油断したところを二人がかりで襲うという戦術なのだろう。
負けたフリで油断を誘う―そんなものは常套手段なのに、レティアは見落としてしまったのだ。
やはり詰めが甘い。だからリアムに認められていなかったのかもしれない―そう思いつつ、レティアは、笑った。
「この程度で負けると思います?」
この二人を合わせても、<流離>にはてんで届かない。いくら調子が悪くても、負けるビジョンはない。
なぜならー
「手加減してるんですよね、私」
実力、得意な戦術を隠しているのはレティアも同じ。今日は魔術中心の戦い方をしていない。魔力筋に極力負担をかけたくないからだ。
瞬時に展開された二種類の結界。対物理用結界が<青鈍>の攻撃を止め、対魔術用結界が女の銃をはじき返す。自らを覆うように氷の刃を無数につくり出し、被弾しそうなところだけ魔力供給を切る。迷いなく刃を飛来させると二人から血しぶきが飛んだ。それを浴びながらもさらに魔術で追撃を入れ、その隙に手刀で意識を刈り取った。
封魔石の粉末を<青鈍>の懐から見つけ出し、二人の口を無理やり開けて摂取させる。二人を縄で縛りあげるとソレイユを風付与魔術で下ろし、命に別条がないことを確かめた。
首から下げていたペンダントを外し、保護結界の術式を付与し直すとソレイユの首にかける。
「これで安全です」
ダミー術式も盛った。強度も申し分ない。高階位の魔術師であっても破壊には時間がかかるだろう。
敵を倒し、ソレイユを保護して。周囲に人の気配はなく、魔力も感じ取れない。そこで緊張の糸は緩み、レティアは床に横になり、力を抜いた。深く息を吐く。
「それにしても、頭痛が酷くなりますね……」
不調―頭痛の原因は分かっていた。視界から魔力を排除しているはずのペンダントの効果が消えたのだ。その異常は一週間前帰国したときにはもう始まっていた。最初は一日のうち数時間、ペンダントの効果が消えただけだったが、だんだんとその時間は伸び、一週間経った今ではほぼ一日中魔力が視えている。
任務で何かと頼ることが多く、慣れてきたのだろう。セレナイト学園で前のペンダントが壊れたときと比べればまだ辛くはないが、その代わりとでも言うのか、魔術にも不具合が生じ始めている。それが、先日の精霊騒ぎである。入れる訳がないのに、屋敷の中に精霊が侵入した。
ペンダント自体に問題はなく、しかし効果がない。帝国任務で自分の身体に何かが影響を及ぼしたのだろうとは思うが、解決はできないでいた。魔力筋が悪いのであれば、早期解決は難しい。だから魔術の使用を制限するという手加減をしていたのだ。
「今日は思わずついてきてしまいましたけど......この任務が終わったら休暇をとってどうにか解決しないと」
ソレイユの意識が戻ったら共にホールに行く。リアムに状況を説明し、次の指示を仰ぐ。
とるべき行動を整理し終えてしばらくグッタリと寝そべっていると、ソレイユが隣で身じろぎした。
「んぅ、」
上体を起こして見れば、意識が戻っている。周囲を見回して怯える様子に、レティアは出来るだけ優しい声をかけた。
血が目立たないし、紅いドレスで良かった―なんて考えつつ。
「<従事者>四階級の<狂花>レティア・レグリアです。貴女が拐われていたので助けに来ました......痛むところはありませんか?」
丁寧に名乗られ、安心したのだろうか。レティアが小柄な同年代の少女だから親近感が湧いたのかもしれない。
ソレイユは泣きそうな顔になりながら感謝の言葉を口にする。
「大丈夫です......助けてくださり、ありがとうございます」
「任務ですから。そのペンダントは差し上げます。保護結界の術式を付与してあるので、今夜は外さないでくださいね」
「分かりましたわ」
「この後は一旦ホールに戻って貴女を伯爵家の信用できる方に引き渡します」
「えぇ」
動きを確認すると移動を始める。
扉のところの氷を溶かし、小ホールから出ようとしたところで、近くで風が起こった。何度か体験したから知っている。これはノルアだ。
予想通り、ノルアが姿を現した。
「おい、レティア!」
「どうしたんです? そんなに焦って......」
いつも通りの黒猫姿―しかし、ノルアの全身の毛が逆立っている。
(王都でテロが始まったんですかね?)
ノルアが次に発した言葉はレティアの予想と大きく違っていた。
「屋敷で<漆桶の魔手>の襲撃が始まった!! 人質をとられてホールは膠着状態だ」
「ぇ、でも......犯行予告は偽造だったって」
「連中、吸い寄せられてきやがった。王都ではテロが始まってる」
状況はレティアの想定よりも遥かに悪い。
残虐な所業を厭わない『王国の汚点』の襲撃が始まってしまったのだ。




