4話 強がり
ケイティの言葉に思わず鳥肌をたてた後、レティアはシーラたちと別れた。
今度こそリアムの元へ向かう。ちょうど次女のデビュタントが始まっていた。その後はすぐダンスの時間になる。
デビュタントと結婚式でのみ許される純白のドレス。ホールの中央にはそれを身につけ、父のカウツ伯爵と踊る少女がいる。
王国の女性のデビュタントは父親と踊るのが普通である。男性の社交界デビューはパートナーと踊るのだが。
リアムの姿を見つけた。人の間を縫って進みながら、レティアは深呼吸をする。
「大丈夫、大丈夫……今日はちゃんと、落ち着いてますし」
自分にそう言い聞かせ、曲が終わると偽名で呼びかけた。リアムは振り向いて、そしてレティアの手を優しく引いた。されるがまま、ホームの中央へと誘われていく。
リアムの顔を見る。少し表情が硬いように思えるのは、気のせいではないだろう。目も合わないのだから、先日の失言が尾を引いてしまっている。今日、解決しなければならない。
社交ダンスは、男女の密談に最適な場所。
今日できなかったことが、明日以降できるはずもないのだから。
ワルツが始まる。リアムに誘われ、所作を完璧に整えつつ、レティアは口火を切る。他の参加客からは聞こえないよう、ひそやかに。
「師匠」
「……何だ」
話しかけられるとは思っていなかったらしいリアムが少し遅れて反応を返す。
「私、師匠に拾われてすぐの頃、物凄く悩んでいたんです。自分は何もかも貰ってばっかりで、師匠の役になんて立ててないんじゃないかって」
「……そんなことはなかったが」
「えぇ。<流離>の任務を通して、ちゃんと分かりました。それで、この前……帝国の任務から帰ってきたとき。私、思えたんです。あぁ、やっと認めてもらえたんだなって」
リアムに、「追いつかれそうだ」なんて言われて、舞い上がってしまっていた。これからは、一人の人間として頼ってもらえるのだと、思っていた。
でも、違ったのだ。「戦わせるつもりはない」と言われて初めて気がついた。
「でも、私は師匠に認められていなかった。<漆桶の魔手>と戦うことになったとき、頼りたいと思われていなかった」
きっとリアムはレティアのことを認めてはくれている。
しかし、どうしてもこの立場関係がリアムよりもレティアが劣っているという印象を強めてしまう。
「よく考えたら仕方のないことです。師は弟子を教え導き、弟子は師に諭され成長する。だから当たり前なはずなのに、私はそれで満足できなかったんです」
シェルムの言葉の影響も大いにあった。
師弟間の禁忌の恋、なんて言われて、レティアは当然平静ではいられない。その小説においてそういう設定だった、というわけだが。
だから、混乱して言ってしまったのだ。
「弟子、やめます」と。
絶対に自らの意思が伝わらない最低な言葉を。
クルリとターンをする。紅いドレスの裾がフワリと広がった。
ちゃんと向き合う勇気を持てたのはこのドレスとパーティーの雰囲気のおかげなのかもしれない、と思う。
リアムがポツリと言う。
「......すまないな」
「師匠は悪くないので、謝らないでいいです」
目を伏せるリアムにそう告げ、レティアは気合いを入れ直す。
ここからが正念場である。
レティアの想いを、伝え直すのだ。
「私、どうしてもあなたに追い付きたいんです。隣に並びたい。手を伸ばすばっかりじゃ嫌。あなたにちゃんと、認められたい」
真っ直ぐにリアムを見つめる。
もうすぐ出会って一年だし、かなり成長したという自負はあるけれども、まだまだ彼の背中は遠い。
そんなことは、自分でも分かっている。
それでも認めてほしい。色眼鏡なしで見てほしい。頼ってほしい。未熟なりに守らせてほしい。
その願いを、捨てられない。
まだ、恋心を伝えるなんてできないから、彼に伝える言葉は一つに決めていた。
「師匠」
「......何だ?」
その反応は、先程よりも少し柔らかかった。
「もっと一人前として見てください。いつ追いつかれるか分からないってヒヤヒヤしていてください」
ちょうど、曲が終わる。密談が終わる。
その締めくくりとして、レティアは告げた。今はこれぐらいが精一杯だから。
彼は二〇歳、レティアは一七歳。
そう、ほんの少しだけ、強がりを込めて。
「だって師匠と私、三つしか違わないんですから」
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ワルツが終わってしまって。最初はパートナーと数曲踊るのが普通だからと、夢のような心地で二曲目が始まるのを待っていたレティアは、ふと会場を見回す。
「―あれ?」
違和感があり、感知魔術を展開して―気付く。
カウツ伯爵家の長女のソレイユがホール内にいない。
「どうした?」
「……ホールに長女がいません」
話した途端、リアムの顔がスッと真剣みを帯びる。
勿論、ホールに姿がないだけでは誘拐とは限らないが―
「居場所は分かるか」
「…………封魔石の粉末でも飲まされているのか、居場所は探れません。感知魔術を展開した状態で近付けば分かると思います」
―魔力が感知できないとなると、話は別だ。
封魔石は魔力反応を阻害する性質を持つ。粉末を飲ませると相手の魔力操作を一定時間封じ、魔力の回復を止められるのと同時に、外部に微量に放出されている魔力も一切なくなり、感知魔術で気付かれにくくなる。誘拐や敵の捕縛にうってつけの代物だ。
誰も屋敷から出ることはできない。普通のパーティーならまだしも、<漆桶の魔手>の犯行予告が出ているこのパーティーで一般人が行方不明というのはよろしくない。
ソレイユが危険に晒されている可能性がある。
感知はかなり得意である。レティアが行くのが最善。
「私、探してきます」
「危険だから、僕が―」
ショックを受け、思わずリアムを見る。
しっかり伝えられたと思ったのに、駄目だったのか。
しかし、リアムは頭を振った。レティアの視線に気付いた―というより、先程の会話を思い出したのだろう。
再度口を開く。
「―いや。レティ―、行ってくれるか」
レティアは己の口角が勝手に持ち上がっていくのを自覚した。喜びのあまり零れた微笑みを残して、リアムからノルアとの契約用の指輪を受け取る。レティアの武器はかさばるので、仮契約して転移魔法で運んでもらうのだ。
指に嵌めるとサッと身を翻す。
「―勿論っ。他でもない師匠のためなら、喜んで」
少し周囲から不審に思われるかもしれないが、そんなことを言っている場合ではない。リアムは参加している<従事者>たちにそれとなく情報を伝え、緊急体制に入ってくれるだろう。
ホールを静かに抜け出し、屋敷の廊下を進んでいく。範囲を絞って精度を上げた感知魔術を展開し、しらみつぶしにソレイユを探す。そして約一〇分後、ようやく小さな痕跡を発見する。
「…………これは」
廊下の隅に粉が少し落ちていた。触ってみると鉱物を粉末にしたものだと分かった。普通鉱物は少し魔力を含んでいるものだが、これからは一切の魔力を感じられない―封魔石か。
間違っても吸ってしまわないように入念に指から払い落とす。最も近いのは小ホールに繋がる扉だ。
「人間の反応が二つ。微細な反応が一つ」
微細な反応の方は感知魔術に優れている者しか気付けないほどに小さい―封魔石を飲まされた人間と見て間違いないだろう。
小ホールは今日使用されない。警備もホールの方に回っているだろうから、中にいるのは招かれざる者と見て間違いない。
目の前の扉に手をかけ、そっと押した。
その先、広がるのは贅を尽くした豪華な部屋。ソレイユの居場所を先に確認するため、一般人を装う。コツコツと足音を鳴らし、レティアは小ホールに足を踏み入れた。
中央付近には若い男女がいる。男は正装、女は使用人の服だ。レティアが鳴らした足音を聞くと二人ともこちらに振り向いた。
レティアが二人に近付くと、男が挨拶してくる。
「やぁ。どうしたんだい? パーティーの参加客のようだけれども……道に迷った?」
「申し訳ありません。ミモザ・アンツヴァイクと申します……体調が優れず、控室で休もうと思ったのですけれど、迷ってしまって……」
「―使用人は連れていないのかい?」
その問いかけにはナイフで切りつけるかのような鋭さがあった。おかしな返答をすれば攻撃をする、と言わんばかりの。
しかし、レティアは焦らず言葉を返す。その質問は予測していた。
「えぇ。何しろ、中堅貴族の分家の三女なものですから……今回の出席はパートナー同伴が条件故です」
中堅貴族の分家の三女だから、送り迎えにはお付きの者がいたがパーティーの最中はつきっきりの者はいない、という訳である。名家の令嬢ですら常に護衛を携帯することはない。<従事者>制度によって治安が良好に保たれているからだ。家で雇っている使用人も多くて両手両足で数えられる程度。
だから、パーティーなど人手が必要になるときは短期間だけ使用人を雇う。目の前の女もパーティー用の使用人として雇われ、屋敷に潜り込んだのだろうと予測をつけた。
男は「それもそうだ」と頷くと、横の女に何か囁く。女は小さく頷くと小ホールから出ていこうと歩き出した。
小ホールの扉は氷付与魔術でしっかりと凍らせてある。簡単には開けられないようにしてあるので特別後を追わず、レティアは会話を続けた。
「それにしても、美しい装飾ですね……」
「そうだね。とても綺麗だ」
「壁の彫刻ももちろん美しいですけれど……こんなに大きなシャンデリア、初めて拝見いたしました」
タペストリーも取り払われた状態で壁や床に細工をし、バレないように隠すのは難しいだろう。つまり―ソレイユは、見える場所にいる。
例えば、大きなシャンデリアの上。
そこに布にくるまれた何かが乗せられているのを認め、レティアはスッと右手の指輪を撫でた。室内で風が吹くのを感じる。
男もまた、行動を開始した。レティアがシャンデリアと口にした瞬間、後ろに回していた短剣を握る手を動かし始める。悲鳴を上げさせる気はないと言わんばかりに迷いなく首を狙い、攻撃を繰り出してきた―が。
「―<従事者>か?」
「教える義理はありませんね」
虚空に突如出現した杖槍によってレティアが防御。
杖槍と短剣がぶつかり合い、火花を散らした。続けざまに振るわれる二撃、三撃目も弾き返し、レティアは不敵に笑う。
「だって貴方、今日捕まるんですから」




