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2話 置き土産(爆発寸前)


 夕食を大いに楽しみ、時間はもう汽車の最終便に近い。春がもうすぐ来るとはいえ冷え込む夜は月光が雲で隠されて真っ暗だった。

 シェルムが最近ハマっている小説のジャンルについて力説してくる。


「あのねぇ、ほんっとうにいい作品なんだよっ。何といっても、師弟間の禁忌の恋の描写がすごいのっ!」


「へぇ」


「結局は叶わない恋なんだけど、それでも好きっていうジレンマがねっ、本当に上手でねっ、最早美しくてねっ」


「すごいですねぇ」


「ウチ、推理小説で有名なオスカー先生の作品を買おうとしたら間違えて、リュシアン先生の恋愛小説買っちゃたんだよねっ。エリックとエレリックだから紛らわしくてさぁっ」


「なるほど」


「色々また今度教えるね。じゃあ、ばいばいっ」


「はいはい、急がないと汽車に遅れますよ―って、ぇ?」


 ほとんど聞き流していたが、何か重要な言葉が聞こえた―師弟間の禁忌の恋、と。


 レティアは愕然とする。指先が震え出した。口が戦慄いているのを感じる。

 それは認めがたい内容だった。


「禁忌、……禁忌?」


 嘘だ、と心が騒ぐ。シェルムが出ていった扉を閉めることも忘れて思考がグルグルと巡った。


「いやいや、そんなこと……ないです。またあの子が適当を言っただけで……」


「何がだ?」


「ぴゃっ」


 いきなり背後で声が聞こえて飛び上がる。思わず奇声を発しながら振り向いた。

 声で分かっていたけれども、そこにいるのはリアムである。リアムに恋情を向けるレティアからするとタイミングが悪いとしか言いようがなかった。


「ぃ、いえ……何も。そんなことより、何の用ですか?」


「任務詳細を伝えに来た。先程初めて知ったんだが、犯罪予告を出したのは<漆桶の魔手>らしい」


 ハッと息を呑む。ここでようやく扉のことを思い出して閉めながら記憶を探った。


 <漆桶の魔手>―過去に何度も何度も摘発されている、魔神を崇拝するイカれた集団だ。禁則魔術も臆せず操り、残虐な手立てをよく利用する。拠点を焼き払われても、教祖を殺されても消えない王国の汚点(魔神の僕)

 五年前の襲撃事件で、何人が死んだことか。


(色々調べて、対策しないとですね)


 レティアは内心気を引き締め直す。

 シェルムの残した台詞は一旦、無理やり忘れようとした―ところで、さらなる爆弾が投下された。


「詳しいことはこの紙に書いてある。それと、<漆桶の魔手>と()()()()()()()()()()から、安心してくれ」


「......え」


―戦わせるつもりはない?


「連中が来たら避難指示を出してもらうことになる」


 言葉が出なかった。体が冷たくなっていく。戦わずに、どうやってリアムを守り、役に立つのか。

 「どうして」と、心が彼に問いかける。聞こえる訳もない問いへの答えは、既に分かっていた。


(私が弱いから)


 弱いと、庇わなければならないと、遠ざけねばならないと、リアムが思っているから。  

 帝国任務で認めてもらえたと思ったのに、まだ足りないのだ。


 気付けば言っていた。頭の中も感情も、何もかも整理がつかないまま。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 きっと、この立場が悪いのだ。事実はどうにしろ、自分より劣っているという印象を強めてしまうから。



「私―弟子、やめます」



「ん?」


 口が半開きになったリアムの顔はこれまでで一番間抜けだったが、レティアは気付かずに俯いたまま。自分の意図が欠片もその言葉で伝わっていないなんて知らずに。


「…………弟子をやめる?」


「はい」


「何か悪いことをしたなら謝罪するが……」


「いえ。大丈夫です」


 沈黙が広がった。


「……チームは移動するか?」


「するわけないじゃないですか」


「……………………そうか」


 長い沈黙の果て、どう返事をすればいいのか分からない、といった風にとってつけたような返事をしたリアムが去っていく。何故そんなに混乱しているのか、と考えて―そして、レティアは気付く。


「何言ってるんですか、私……?! 意味不明なんですけどっ?!」


 そして、恥ずかしい以上に発言内容がまずい。

 頭を抱えて嘆くレティアを見て、通りかかったユーフラシアが訊いてくる。


「どうしてあんなことを言ったのですか」


「言葉の綾なんです。本当はそんなこと思ってないんです。だからもうなかったことに……」


「できませんね」


「............」


「『発言は災禍を招く』という言葉の意味が分かった気がします」


 取りつく島もない。

 追い打ちをかけただけで去っていったユーフラシアの背中を見て、思う。最近よく一緒にいることもあって、セイラやエレナと似てきたな、と。


*_*_*_*_*_*


 翌日、レティアの顔は悲嘆に暮れていた。リビングの机に突っ伏して呻く。


「あぁ、どうして......どうしてこんなことに......」


 あの後から、予定があるのか避けられているのか、リアムと一度も顔を合わせていない。「違うんです」と訂正したいのに、とまうもままならないのだ。

 エレナとヘヴンは気にとめていない。ユーフラシアでさえ慰めてもくれないのだから、薄情過ぎる気がする。

 ただ、レティアは話を聞いてくれる(聞かせられる)人を知っていた。


「セイラちゃん......どうしたらいいですか?」


「............」


 瞬時に現れたセイラ。一言も発さずに部屋から出ていく。その背中を見送った後、もう一度その名を呼んだ。


()()()()()()......一緒にお話ししましょう?」


「悪用されたのは初めてです」


 セイラの表情は動かないが、呆れているような声音だった。

 話を聞いてくれるようだったので、立ち上がって茶葉を手に取る。何だかんだセイラは優しい、というのがレティアの感想だ。


「何があったかは知っています。何故あのようなことを言ったのですか」


「......表現を間違えたんです。シェルムちゃんが去り際に変なことを言うから混乱して、頭がいっぱいになっていて......」


 順を追って説明する。途中で紅茶を淹れ終わって、茶菓子と共にテーブルへと運んだ。セイラが真っ先に手を伸ばすのは茶菓子の方である。

 手元の紅茶に視線を落とすと、ゆらゆらと飴色の世界の中で自分の顔が揺れていた。


「師匠、『戦わせるつもりはない』なんて言うんですよ!」


「<嚇焉>様はそう言うでしょうね」


「下っ端程度なら倒せますし、そもそも盾になる所存なのに......」


「あの方のどこがいいのかセイラは甚だ疑問です」


 そうコメントし、セイラは紅茶を一口含んだ後「<狂花>様、お尋ねしたいのですが」と言葉を重ねた。

 開け放たれた窓から入ってくる柔風が紫紺の髪がサラリと揺らす。深い紫の瞳と、視線がかち合った。


「<嚇焉>様への想いは―言葉は、もう固まっていますか」


 伝えたい言葉。伝えたかった想い。現時点で伝えられるライン。

 それは今ハッキリしているか、と尋ねてくる。レティアは数秒、答えを再確認してから頷いた。


「はい」


 とはいえ、言うべきタイミングや適した場所が分からない。そう伝えると、セイラは身を乗り出した。耳元に口を寄せてくる。

 まるで、内緒話かのように。



「社交ダンスは、男女の密談に最適な場所ですよ」



 何とも言えない感情が生まれて、それを誤魔化すためにレティアは紅茶を口に運ぶ。『男女の密談』という言葉はどうにも落ち着かないものがあったのだ。

 茶菓子に手を伸ばして取ろうとすると、手が空をきる。見れば、レティアはまだ一口も食べていないのに、既にそこにあったはずのものは無くなっていた。


「え......私食べたかったんですけど」


「相談費です」


「えぇ......」


 どうも納得できない。ジットリと見つめると、セイラは無表情のまま話を逸らした。


「どんな集団が来るのですか」


「<漆桶の魔手>らしいですよ」


「……<漆桶の魔手>?」


 セイラが訝しげに動きを止めた。その様子に珍しいなと思う。やはり、セイラは中々感情を外に出さないので。


「どうも、新規事業が気に入らないらしくて。『徹底的に破壊し、当主の首を魔神様に捧げる』とのことです」


「......そうですか」


「彼らが犯罪予告を出すことなんてこれまでありませんでしたけどね」


「............中止にしないのですね」


「私もそれ、思ったんですけどね。王国としては一人でも多く始末したいようです」


 実際、カウツ家の当主も中止にしようと考えたらしいが、<従事者>を多く派遣し体制を整えておけば五年前の襲撃事件ほどの悲劇は起こらない、と<従事者>本部に説得されたそうな。

 損害も補填するというのだから、本気である。


「他の勢力が偽造しただけなのでは」


「その可能性は高いかと。何せ、<漆桶の魔手>はふざけた連中ですし。王国の対応は予想しやすい」


 なんにせよ、<漆桶の魔手>は気軽に名乗るような存在でないことだけは確かだ。その目的が分からない。


「五年前の襲撃事件、セイラちゃんは詳しく知ってますか? 私、あまり詳しくなくて」


「いえ。存じ上げません」


「じゃあ今からエレナちゃんに聞いてきますね」


 出発まであまり時間がない。あと一時間ぐらいである。

 急いでエレナを探しに行こうとするレティアは、セイラに袖を掴まれて立ち止まった。反射的に振り返る。


「何ですか?」


「<狂花>様にお伝えするべきことがあります」


 セイラの瞳はやはり無機質な様子で感情は読み取れない。それでも、その奥に何か言い知れない想いがあると分かった。

 それぐらいには感情的な雰囲気。レティアは思わず緊張して、肩に力が入るのを感じる。


「大きな怪我を負わないで。昏倒しないで。精神干渉を受けないで。あまり動揺しないで。ショックを受けないで。奴らに指一本触れさせないで」


「............」


「それで......」


 深い紫の瞳が感情の色を帯びる。それは悲しみのようで、羨望のようで、郷愁のようで、寂寥のようで、絶望のようで、使命感のよう。

 そこから涙が流れるのを、レティアは初めて見た。


 白銀の粒子とともに、その言葉は告げられる。言葉のみを残して、セイラは先に部屋から出ていく。



「それで、明日からもずっと貴女のままでいて」



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