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1話 パートナーの立場を譲ってくれて、ありがとう


 帝国任務終了後、<嚇焉(カクエン)>のチームは平穏な日々を過ごしていた。

 通常任務はこなしつつ、各々が趣味を楽しむ。調査員のユーフラシアも一週間もすれば屋敷に和み、帝国任務での緊迫感はどこへやら―といった加減である。


 レティアが機嫌良く野菜を切っていると、リビングにリアムがやってきた。彼の定位置、レティアの席の隣の椅子に腰かける。

 今日も変わらず凛とした佇まいである。しかし、若干何か悩みがあるようにも見えた。


「どうかしましたか? 師匠」


「あぁ。別に大したことではないんだが......」


 振り向いた彼は、レティアの方に手に持っていた紙を見せてくれる。次の任務のようだ。包丁を置いた後身を乗り出した。


「招待状......貴族主催の夜会ですか?」


「カウツ家......由緒正しい家系だ。重鎮を多く輩出していて、優秀な者も多い。新たな産業に乗り出すらしく、その門出を祝い、次女のお披露目をするそうだ。今回、それに対して犯罪予告が出されたらしい。被害を防ぐのが任務だ」


「何だか、工作員か騎士みたいな仕事ですね」


 基本、パーティーに忍び込むのは工作員、公の事件に対処するのは騎士の仕事である。


「工作員は数年前の大規模任務で一斉摘発されて今人手不足らしい」


「なるほど。それで、何が問題なんですか?」


 リアムの口ぶりからして、汚職を繰り返していたり人格が捻じ曲がっていたりということはなさそうである。夜会の目的にも、何らおかしなところはない。何か問題があるようには見えなかった―が。

 招待状の最後、衝撃の言葉の羅列目が止まる。


『参加者は、必ずパートナーと同伴すること』


(夜会なんですから、パートナーって、あれですよね? 婚約者とか、そういう)


 視界がチカチカした。誰を誘うのか―と脳のどこかが勝手に考える。そんなこと、考えたくもないのに。

 動揺が収まらないレティアをおいてけぼりにして、話は進んでいく。


「パートナーを同伴、というのがな。当主きっての依頼だから、必要不可欠な訳ではないが、していないと不審だ」


「............」


「トラブルを犯しそうなんだが......エレナは暇だろうか」


 グッと唇を噛む。知っている。この人がエレナに、仲間ということ以上の感情を一切抱いていないということを。反対に、エレナもリアムを特別視なんてしていないということを。

 それでも、どうしても認めたくなかった。


―認めたくないと、そう思ってしまった。


 キッチンの作業台を回り込み、リアムの正面に立つ。自分の心に任せて口を開いた。


「そのパートナー役、私じゃ駄目なんですか?」


「貴族に詳しく、作法が身に付いていれば誰でも構わない」


「なら、私に行かせてください」


 強い意思を示すレティアに、リアムは困惑しているようだった。拒否する理由はないと思う。どちらの条件もわりと満たしているから、完璧にするための労力は大したことはない。

 それでも不安なものは不安で、勝手に舌が回り出す。


「それに、エレナちゃんガーデニングしたいって言ってたような、言ってなかったような......言ってたり、言ってなかったり......」


「どっちなんだ」


「言ってました、多分」


 嘘である。別に、ガーデニングをしたいなんて露ほども聞いたことがない。

 リアムはレティアのそのお粗末な嘘を全然信じていなさそうだったが、頷いてくれた。


「......そこまで言うなら任せようか。本部に通達して、明日の午後には任務詳細を伝える」


「分かりました!」


 リビングから出ていくリアムの背中を、ニコニコして見送る。入れ替わるようにしてやって来たエレナに駆け寄り、その両手をガッシリと握った。


「ありがとうございます、エレナちゃん!!」


「何の話?!」


*_*_*_*_*_*


 ()()が起こったのは、あまりにも予想外だった。リアムの当たり前の日々に突如乱入してきた珍事件だ。

 レティアが任務の同伴として決定した後すぐに出発し、翌日の早朝任務から帰還したリアムは仮眠をとろうとして―廊下にトマトが散乱しているのを見て動きを止めた。


「............何だこれは」


 見渡す限り、トマト、トマト、トマト、トマト、トマト、トマト、トマト、トマト、トマト、トマト、トマト、トマト、トマト、トマト、トマト、トマト、トマト、トマト―床が真っ赤に染まっている。

 絶句する。トマトと言われて真っ先に思い付くのはヘヴンだが、この量のトマトを一気に発注しているのは見たことがない。まず、何故散乱しているのかも分からない。


 放っておいてもいいだろうか。放置の結果汚屋敷が出来上がることは知っているのだが、どうも関わる気になれなかった。


「飛行魔術で突破するか......」


 詠唱を始めたところで、足音が聞こえてくる。音からして、二人―レティアとヘヴンか。

 数メートル離れた位置にトマトが入っていたのだろう箱が倒れている。その辺りに何か気配があった。


「............」


 何となく何が起こったのか予想がついた頃、レティアたちが到着した。二人とも肩でゼエゼエと息をしている。


「あ、師匠......おかえりなさい」


「ただいま。何があったんだ?」


 訊ねると、「それがですね」とレティアが報告してくれる。


「風精霊のシルフルード......変身型ですね。それが、迷い込んでいて。セイラちゃんがたまたま魔力干渉を阻む首輪をつけてしまって捕まえられなかったんです。それで、安かったからってエレナちゃんとヘヴンくんが大量に買ってきたトマトの箱にぶつかったり、それに巻き込まれて二人犠牲になったりして......」


「成程」


 よくもまあ、ここまでハプニングが連続するものである。

 呆れつつも頷いて、レティアの方へ一歩踏み出した。


「動くなよ」


「ぇ」


 動くな、と聞いて目の前の少女が目を見開く。

 リアムは腕を振った。無造作、とも表されそうなほど、唐突に、何の気負いもなく。


「素早い生物を捕まえるには、まず目を離さないことだな」


 次の瞬間、リアムの手にはウサギが握られていた。普通の野ウサギより一回りか二回りほど小さい。セイラがつけたのであろう首輪が首にある。

 レティアは目を見開いて固まっていた。


(驚かせてしまったか)


 次の機会にはもう一言付け足すことを決め、首輪を取り外した。窓から精霊を逃がす。

 その数秒の間に平常を取り戻したらしいレティアが制御板を宙に生み出した。


 制御板とは、ここ数年で登場した新規の技術である。宮廷魔術師就任後ヘレネルが編み出したもので、固定型結界についての詳細を術者が確認できる。


「不具合、別にないんですけど......どうして入ってきたんでしょう」


 確かに、彼女の結界を下級精霊ごときがすり抜けられるとは思えない。制御板を見るに、リアムには到底編めなさそうなほどの高度な術式である。管理も丁寧だ。

 精霊が入ってきたのがあまりにショックなようで顎に手を当てて考え込んでいたレティアがハッと顔を上げた。


「ノルア、呼んでくれませんかっ」


「分かった」


 すぐにパチンと指を鳴らす。すると部屋の中に風が生まれ、銀色の目の黒猫が現れる。

 黒猫―ノルアは、どこまでも呑気そうな顔で欠伸をしていた。尻尾をゆらりと振る。


「よぉ」


 レティアがノルアに向かって手招きする。


「ちょっと、こっちに来てください」


「何だ―うぉっ?!」


 無警戒で近寄っていったノルアが見えない壁に弾き飛ばされ、悲鳴を上げる。ノルアがぶつかった瞬間にだけその存在を知らせるかのようにそれが光る。

 屋敷の回りのものと同じ結界か。ノルアが越えられない―シルフルードも越えられないはず、ということになる。


 廊下の壁にぶつかったノルアは、「扱いが雑」と不満げである。しかし、そんな文句はレティアの耳に入らないらしく検証は続いていく。


(長くなりそうだ)


 一つ、息を落として屈む。足元のトマトを拾い、風魔法で近くに移動させた箱に入れていく。埋まっていたエレナとユーフラシアを救出するとリアムは自室へと歩き出す。


 昼過ぎには任務詳細の受け取りの予定、夜にはまた任務がある。それまでに睡眠をとらねばなるまい。

 直前まで任務詳細が知らされない任務なんてろくなものではないのだから。


*_*_*_*_*_*


 夜会は精霊騒ぎの翌日から。その日の正午過ぎに出発するらしい。犯罪予告を出した集団や参加者リスト、段取り等は今日の午後に伝えてくれるようだ。

 エレナに頼んで映えるドレスと八センチ以上のヒールを用意してもらった。その後、レティアが普段通り夕食の買い出しに行こうとしたとき、ちょうど玄関の扉がノックされる。


 その相手を思い浮かべながら扉を開けると、やはり予想通り彼女がいる。


 茶目っ気たっぷりに、ケラケラと笑って。


「ウチ、どうしても会いたくて......来ちゃったっ」


「シェルムちゃん......いきなり来ないでって言うの何回目ですかねぇ」


 文句を言いつつも、口角は上がる。友人が自分を訪れるのは何とも嬉しいものである。

 シェルムが胸を張った。


「そんなに迷惑じゃないタイミングでしょ?」


「どの口で......」


「だって、レティアちゃんが買い出しに行くタイミング知ってるもんっ」


夕食食べてく(迷惑かける)気満々じゃないですか」


 確かに、買い出し前だから然程迷惑ではないけれども。王都との距離からするに一日あれば手紙ぐらい届くだろうに。

 そう考えて呆れた顔になるレティアに、シェルムはやっぱりケラケラと笑った。


「事前に言ったら朝買い出しに行っちゃうから」


「確かに行きますけど......」


「つまり、一緒に行きたいんだから、この時間が最適なんだよっ」


「......な」


 何とも言いがたい感情が心を満たすのを感じる。黙り込むレティアを見て、シェルムは嬉しそうに口元をムズムズとさせた。


「レティアちゃんって、可愛いよねっ」


「置いて行っていいですか」


「話聞いてたっ?!」


 愕然とするシェルムを放って扉を押す。ほんの意趣返しのつもりで走り出すと、「行かないで」と背後で悲鳴が上がった。



 そして一時間後、荷車を引くレティアは横でゼエゼエと荒い息を吐くシェルムを見ながら口を開く。


「それにしても、慣れませんねぇ」


「これ、結構ハードだからっ。ウチだって、女性の平均以上には、動けるからっ」


「見習い暗殺者が聞いて呆れますね」


「毎度だけどこの時間が悔しいーっ!!」


 この時間も含めて望んでいたくせに、ムキー、と唸るシェルム。やはりその姿も見慣れたもので、今思い返すと案外この半年間シェルムと会っていたのだろう。

 生きていることが楽しい―そう思っていられるのが、どんなに幸せか。


「はいはい。ほら、もう着きますよ」


 レティアはそう言って、笑みを溢した。屋敷の庭の花壇でも見ていたのだろうユーフラシアに呑気に手を振る。


 この後起こる悲劇なんて露ほども知らずに。


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